オーベルジュ大公家の領地へ
休憩地点として下り立った先は、レゾナント伯爵が領する街〝クルッポ〟。
魔王討伐の旅でも立ち寄った街らしく、到着前のタイミングとなったが、先触れのメッセージを鳥翰魔法で送ったらしい。
ワイバーン車が下り立ったのは、レゾナント伯爵の庭園広場。
いつでも出入りしていいと言われていたようで、お言葉に甘える形となったようだ。
ワイバーン車から下りると、大勢の出迎えがいて驚く。
「オーベルジュ卿、お待ちしておりました!」
やってきたのは、四十代半ばくらいの男性。
「レゾナント伯爵、久しいな」
「ええ!!」
どうやら親しい関係らしく、握手と抱擁を交わしていた。
「レゾナント伯爵、彼女は私の婚約者である、メーリス嬢だ」
「やはり、そうでしたか! 初めまして、ドルー・ド・レゾナントです!」
「初めてお目にかかります、メーリス・ド・リュミエールと申します」
驚いた。レゾナント伯爵相手にも婚約者なんて紹介するなんて。
一時的なものなのにいいのか、なんて思ってしまった。
「お昼は召し上がりましたか?」
「いいや、まだだが」
「でしたら我が家でぜひ!」
「いいのか?」
「大歓迎いたします!」
お呼ばれしたのはユベール様だけかと思いきや、私も同席してもいいらしい。
御者やワイバーンにも用意してくれるという。
レゾナント伯爵、いいお方だ! と感激してしまった。
食事の席にレゾナント伯爵夫人を交え、昼食をごちそうになる。
コゼットには蜂蜜を、シュシュには立派な帽子掛けを用意してくれた。
レゾナント伯爵は嬉しそうに、私達をもてなす。
「メーリス嬢、聞いてください。我が領地が今も平和なのは、オーベルジュ卿のおかげなんですよ!!」
なんでも魔王復活のさい、このクルッポの周辺に魔獣の大量発生が出現したという。
「すぐに王国騎士隊を派遣するよう陳情したのですが、クルッポ周辺は峡谷に囲まれた場所にあり、遠征が難しいという回答がありまして……」
そのときの絶望は言葉にできなかったという。
「結界を展開し、襲撃に耐えていたのですが、魔法使いが一人、一人と倒れ、崩壊寸前でした。それから三日後、ついに結界が崩壊し、魔獣の襲撃を受けてしまったのですが、オーベルジュ卿が単独で駆けつけてくださり――!」
なんでもユベール様は魔王討伐の旅の中で、マケールから見放された街クルッポについての話を偶然耳にしたという。
「この街はオーベルジュ大公家の領地へ向かうさい、何度も休憩地として下りたっていた」
そのため、転移魔法で駆けつけることができたという。
「オーベルジュ卿は単独でクルッポの街に下り立ち、我が街の魔法使い達の指揮を執りながら、勇敢に戦われました」
結果、ユベール様とクルッポの街の魔法使い達は見事、魔獣の群れの討伐を成功させたという。
「我々にとって真なる勇者とは、オーベルジュ卿のことを意味します。命の恩人なのです」
レゾナント伯爵の話を聞いて、よかったと思う。
ユベール様の活躍をわかっている人達もいるのだ。
「魔王亡きあと、マケール・ド・ギース卿が勇者ともてはやされるのは、いかがなものかと思っているのですが……」
なんでも騎士隊を派遣できないという手紙にあった署名は、マケールのものだったらしい。
「魔王の討伐を優先していたでしょうから、すべての人を救うのは無理なのでしょうが、あんまりだと思ってしまいました」
レゾナント伯爵は拳を握って、マケールを勇者とは認めないと主張していた。
その調子だ! と心の中で応援したのは言うまでもない。
その後、ゆっくり休憩を取らせてもらい、クルッポの街を後にしたのだった。
「ユベール様のご活躍を聞くことができて、嬉しく思いました」
「レゾナント伯爵は少々大げさに言っているだけだ」
そんなことはないだろう。
ユベール様が駆けつけてくれて、レゾナント伯爵だけでなく、街の人々も救われた。
レゾナント伯爵が言うように、ユベール様は真なる勇者なのだろう。
それから一時間半後――オーベルジュ大公家の領地に到着する。
美しい高山地帯〝フロンティエール〟。
国境付近にある辺境地で、国の重要地点でもある。
そんな土地をオーベルジュ大公家が任されているようだ。
「父は国王陛下の側近であるがゆえ、ここへはほとんど戻らない」
その代わりに、アデールの父親であるオーベルジュ閣下が領主代理を務めているようだ。
「アデールも社交期以外は、この地に滞在している」
社交期になればブルジェ伯爵が迎えにやってくるので、しぶしぶと王都へ向かっているという。
「ここ数年、帰っていなかったから、叔父と会うのは数年ぶりとなる」
オーベルジュ閣下は師匠に似て、朗らかな人物だという。
「ただ、笑顔が胡散臭いと言われることが多いようだが」
いったいどんな人物なのか。お会いするのが楽しみだ。
ワイバーン車はオーベルジュ大公家の塔に下り立つ。
螺旋階段を下りて屋敷へお邪魔する形となった。
こちらにもユベール様からの先触れの手紙は届いていたようで、螺旋階段を下りた先で使用人達が出迎えてくれた。
「ユベールお坊ちゃま、お久しゅうございます」
家令を名乗る男性セザムさんは、ユベール様を幼少期から知る〝じいや〟らしい。
「セザム、痩せたな」
「もう年ですので」
「そうか」
御年七十歳、現役の家令だという。
「オーベルジュ閣下がお待ちです」
「わかった」
家令の先導で、オーベルジュ閣下が待つ執務室へと向かう。
オーベルジュ閣下は明るく私達を迎えてくれた。
「やあやあ、ユベール君! ここでは十一年ぶりくらいかな? かなり久しぶりだね!」
オーベルジュ閣下はたしかに師匠似だと思う。初めて会った気がしなかった。
「それでユベール様、そちらの女性を早く紹介してくれないかい?」
「彼女は婚約者である、メーリス嬢だ」
またしても、ユベール様は私を婚約者だと言って紹介してくれる。
アデールの信頼を勝ちうるための設定だったのに、このように言って回って大丈夫なのか。不安になるものの、未婚の男女が連れ合って旅をするというのも怪しまれるので、婚約者同士という形でいたほうがいいのかもしれない。
「初めてお目にかかります、メーリス・ド・リュミエールと申します」
「初めまして。ユベール君の叔父の、マリユス・ド・オーベルジュだよ。いやはや、ユベール君がこんなにも愛らしいお嬢さんを婚約者として迎えていたなんて驚きだ」
両家の許可などない婚約でここまで喜ばれるなんて。
少し気まずく思ってしまう。
オーベルジュ閣下が久しぶりの再会となったユベール様を歓迎する一方、ユベール様の表情は硬かった。
「アデールがいろいろ迷惑をかけているようだね。本当に困った娘だ」
「その問題は私達に任せてほしい。それはそうと叔父上、ずいぶんと痩せているように思えるのだが」
「え、そう?」
「十一年前に会ったときは、もっと恰幅がよかっただろう」
一回りほど小さくなっているという。
そういえばセザムさんも痩せていると言っていた。
思い返してみれば、他の使用人も痩せ細っている印象だった。
どうして?
「何かあったのか?」
「うーん、何かあったかと聞かれたら、十一年前くらいにフロンティエールで発生した流行病にかかったくらいで」
それ以降、体重が落ち、痩せた体型のまま今に至るという。
「少々息苦しく思うこともあって、医者は病の後遺症だろうって言っていたんだけれどね」
「もしや、じいやも同じ病に罹ったのか?」
「そうそう! フロンティエールにいる人達はほぼ罹ったんじゃないかな」
ユベール様はショックを受けた表情を浮かべる。
「そのようなことがあったなど、把握していなかった」
「たぶん、兄上はユベールにとって大事な時期だと思って、言わなかったんだと思うよ」
話を聞いていると、なんだか引っかかる。
それはユベール様も同じだったようだ。




