第34話:はじめて
次に気が付いたときにはでかいレイヴンに背負われ、戦闘から離れた建物の陰に連れて来られていた。外に出たのと酸素のおかげか、割とすぐ目が覚めたのだと思う。レイヴンはゆっくり瓦礫にもたらせるように俺を下ろすと、顔を見てよし、とつぶやく。隣からネイシャも心配そうに顔を覗いて来る。
「リュース、大丈夫?」
「……もう平気」
「俺のおかげだけどな」
軽口を叩くレイヴンに俺は溜め息を吐く。獣だったらどつくこともできたが、人の姿のレイヴンに俺はものすごく弱い。そして残念なことに莫迦に背が高いから頭を叩きたくても届かない。
「……さっさと戻れ」
「はいはい」
云われるがまま獣に戻ったレイヴンは、ばさばさっと羽を羽ばたかせる。白い鳥にしか見えないその姿を見ると、ようやく俺はひと呼吸つけた。ただでさえ弱っているんだから、心臓に悪いものを見せないで欲しい。
「あーあ、誰かさんの所為で久しぶりに疲れたぜ。すんごい重労働した。大変だったんだぜー、フレイヤーバードまで行って鴉王に説明して……」
「あー、はいはい、後でゆっくり聞いてやる」
俺が捕まったことで将軍たちがまさか動くとは思わなかった。だから助けとして伝手のあるフレイヤーバードへ行くのはわかるのだが、結局持って来たのが軍ではなく薬と酸素だけってどういうことなんだと思わないでもない。まぁそう簡単に北大陸が西大陸へ軍を動かすことなどできない。たぶん一番手っ取り早い集団が動かされたことだろうが、果たして将軍たちとどっちが早かったのだろうか。後先を考えると少々げんなりする。
「レイヴン、なの?」
獣に戻ったレイヴンを見て、ネイシャが目を丸くする。あ、すっかりこいつの存在忘れてた。そういえばこいつには母国のこともばれてる(かもしれない)し、いろいろと醜態ばかり見せている気がする。だがレイヴンはまったく気にした様子もなく、自慢げに羽をばたつかせる。
「おう、そうだぜ、ネイシャ、レイヴンだ」
「……おまえね。……ネイシャ、黙ってろよ、また売り飛ばされたら面倒だ」
「え、あ、うん」
珍しいものに人は喰らいつく。戦争が終わって平和な世の中になってきても、すべての町が順風満帆に治安が良くなるわけではない。生活苦に陥る家庭だってある。みんなが満足に暮らしているのに自分だけあぶれていると、どうしても金が要り用だと考えてしまう。だから珍しい俺とかレイヴンに目が行く。珍獣を見つけたようなものだ。
ようやく意識もはっきりして来たところで、俺はがやがやと騒がしい建物を見る。この間ネイシャが居た教会と同じような建物と、その横に同じ規模の礼拝堂が建っている。
「リヴァーシンの都の近くにある、教会と礼拝堂なの。リュースの居場所はレイヴンが教えてくれたんだよ」
流石もと女神様、よくご存知で。
「誰なんだ、これ考えたの」
「あ、将軍と、ジョーさんが」
「何所に居る?」
ネイシャは頷いて立ち上がり歩き始めるので、とりあえず腕を引っ張って止めさせる。
「な、何?」
「おまえ、怪我、してないか」
「──うん」
なら良い。何もなかったのなら。俺があそこを去って、もし何かあったらと思っていた。だが誰にも、何もなかった。迎えに来るなんて思ってもしなかったが、少しは俺の努力は意味があったのだと思えた。
「それよりリュース、立てるの?」
「大丈夫」
本当はたぶん大丈夫じゃないけどでも、立たないと。なんでこんな大事になってしまったんだろうと思いながらも、俺はネイシャに連れられて上機嫌な海賊船長のもとへと辿り着く。
「首尾は」
「上乗だ、見ればわかるだろう?」
首尾を尋ねる将軍に船長殿は得意げだが、いきなり俺を指差されてもな。
「将軍……」
「はは、罠に引っかかってやった。だがこれで完全包囲した、残党もほとんど捕獲している」
「あんたって本当に……」
明らかに悪い顔をする将軍に、呆れて何も云う気にならなかった。この人はこういう奴だったと、すっかり忘れていた認識を取り戻すかのように。付き合いが長いわけでもないのに、将軍のことをわかり切ったかのように。
「ネイシャに教えてもらってな、ビル殿も、好きで来たわけではないだろう?」
思わずネイシャを見ると、ものすごく居心地悪そうな顔をする。
「だ、だって……」
「……ありがと」
「え?」
素直に礼を云えば、ネイシャは戸惑ったように俺を見返す。まぁそうだろう、俺はそれなりに布石を打って、ここまで追わないようにしたんだから。
「流石にちょっと、やばそうだったから」
死んでも良いかな、と思う時がある。それはきっと、死ぬ時なのだと思っている。だがその度にこうして邪魔が入るのは、まだ死ぬ時ではないからと云うことなのだろう。そしてなんだかんだ云いつつ、こうしてまたこいつに会えたことにほっとしている。
何やってるんだろうな、俺は。
自分の莫迦さに呆れつつも、まさか死に場所を求めて来たここが、こんなに居心地良いとは反則だ。
「女神ぃ!裏切り者!」
突然の叫び声に俺の身体が動いたのは本当に偶然だ。ネイシャは反射的に振り返っただけで、自分に向かって掲げられている剣を呆然と見ていることしかできていない。
俺は咄嗟にネイシャの前へ出ていた。腰元に剣はない。あ、何も考えてなかった。そういえば取られたんだっけ。やべぇなと思った時には目の前に剣の刃があり、俺は咄嗟に男の手を掴んでそのまま逆さに切り上げた。ひどく雑な切り方だったが、それはご丁寧に胸から首元をえぐる。
血が出る。
血がかかる。
ああ、血ってこんなあったかいもんなんだ。
「リュース、大丈夫?!」
「……ああ」
目の前の男は、事切れていた。俺についた血は既に冷たくなっていて、たぶんそう遠くないうちに、目の前の身体の体温も消えて行く。そうやって人は、死んで行く。……ああ、今俺、殺したんだ。目の前の、まったく見知らない男を。
その男から派生したのか、後ろでも剣劇が聞こえ誰かが倒れる音がする。今ここで、魂が二つ消え去った。本当にあっけない、たった数秒で人の命が消える。
「一撃必殺だなぁ、すげえじゃん、ビル」
ジョーはそんなことなどお構いなしに、いつもの調子でからかうように口を鳴らす。
「斬りまくって国を追われたのか? ん?」
いやだから、なんで俺、国を追い出された設定になってんの。
「人を斬ったのは初めてだ」
「──え」
「今のが、初めてだ」
云いながらぼんやりと死体を見つめていた。見知らぬ男の、俺が招いた死。ネイシャを連れて来た2度の戦争は、戦争とも云えないものだった。だから目の前で剣戟の音がしても昏倒させる程度ばかりで、俺なんかが誰かを斬ることさえ必要なかった。だが今は必要悪で、知らない男を斬るしかなかった。
「──そっか」
そう云うジョーの声がいつもと違う気がして、ようやくにして死体から目を離したものの、船長殿の顔はいつもと変わらない、皮肉に満ちた笑みを浮かべている。
「これからどんどん来るぜ。初心者、付いて来られるか?」
「うん……付いて行きたくない」
正直、あんまりやりたくはない。だが俺は今、ネイシャに助けられてネイシャを助けた。だったら守り通す。それが筋というものかもしれない。だけど俺は正直だから、そんなことしか云えないのだった。
・・・・・
開き直るとあっと云う間に終わった斬り合いは、結局俺はあまり役に立つこともなく、相手方も撤退という形を取ったため、神官一味と俺を襲った一味は散り散りに逃げて行く。かろうじて数名を捕まえたものの、お互い協力していたことさえも秘匿しようとする。 まったく手がつかない状態のところ逃げたやつを追いかけていたのか、戻って来た隊長が、申し訳なさそうに報告する。
「大変申し訳ございません、数名取り逃した中に、ヤオン=ヤードの存在もございます」
舌打ちと一緒に悔しそうな声を漏らしたのはジョーだ。そういえばこいつ、あいつを捕まえることに、やけに必死になっていた気がする。あんな危ないやつがまだ居ると思うと、ネイシャとしては確かに危ないから、捕まえるに越したことはないのだが、あいつはそう簡単に捕まえることなどできないだろう。特に俺みたいに心の弱いやつは、すぐやられてしまう。
捕まえられない悔しさは同じながら、だんだんとその報告が聞き取れなくなる。何を云っているのか、翻訳する頭が回らなくなる。
「ヤオン=ヤードを詳しく……そして居場所として……徹底して探そう」
「シーバルトも……もちろん」
当然のように主張するジョーに、俺も何かと思ったのだが、口を開いても声が出なかった。
あ、本格的にまずいかもしれない。そう思ったところで、咳が出て来る。それに伴うように心音が少し早くなって行く。息を吸っているはずなのにちっとも空気が入って来ない。ただただ咳が止まらず、立っているのもままならなくなる。
「リュース!?」
あーあ、軟い身体なんて、良いことなんにもねぇな。
俺は病弱な病人らしく、日の照る砂漠の上にぶっ倒れた。




