第33話:おむかえ
変だなぁとぼんやり思っていた。
──そうやってすぐ疑うのね。
煩い。
煩いのは自分だ。全部これは幻聴なんだと思う度に嫌な気持ちになる。レイヴンには俺が捕まったことが伝わっているだろうから、いつしかここから出られるだろうと思っていたが、捕まえた奴らの動きが気になる。
罠だ。
そう確信したのが軟禁されて三日目の今日なのだから、いったい何をしているんだか。
俺を狙っている奴らは、まずこんな拘束はしない。交渉をするはずだ。そして三日経っても動かないところを見ると、何か狙いがあるようにしか思えない。
閑だ。
ゆっくり休めるだろうと思っていたらこの有様だ。窓が一つで格子が嵌めてあるのはともかく、まさか片腕を縛られるとは思わなかったので、この拘束にストレスが溜まりつつある。ストレスが溜まると良くないと、口煩く云われていたのだけどどうしてくれるんだか。最初は小さくしか出ていなかった咳が、ここのところ激しくむせ返ることも多く食欲もなくなってる。結構まずい状態なんじゃあないかと思いながらも、俺はレイヴンを遠ざけた。
──考えなしに動くからよ。ビルには用心が足りなさ過ぎるのよ。
煩い。
──この間だってそうだったわ、お従兄様たちが見つけてくださらなかったらどうなっていたか。
煩ぇ。
──これは当主命令だ。
うっさいな、本当に。
いろいろな記憶がごちゃごちゃになる。
──何所へなりとも行けば良い。ただし必ず、生きていなさい。いつしか寿命とやらが来るまで、その生を捨てることはまかりならぬ。
なんで俺はあの時、平然と答えたんだろう。刷り込まれた返事を、気持ちのないまま吐き出すことに慣れていたのか。
いい加減、家で大人しくしていた方が良いのかもしれない。こんな面倒に巻き込まれるのもしょっちゅうだったが、今まではうまく切り抜けられた。
──リュース。
女神とやらがいけないんだ。なんで女神とか崇め奉ってるくせにあんな年なんだよ。もう婆さんかと思ってたのに。一番楽だった時期とかぶったら、なんか黙っていられなかった。本当に何も考えずに穀潰しと云われながらも平気で生きていた時。今も別に平気で生きてるけど。むしろ親父から穀潰しと云われたことがないのが不思議だ。親父も親父で相当に変人だから仕方がないかもしれないが。
この間の映像が蘇る。神官に繰り出された、変な技。
俺はやっぱり、あの頃から納得していない。情けないことに俺の時間は、十四歳で止まったままなのだと思い知らされた。
あの死にかけた十四の秋。
俺の世界から、色が消えた。
・・・・・
いきなり衝撃音が聞こえたのは、頭がぼんやりとして来たときだった。呼吸の限界を感じ始めていただけに、反応までゆっくりになってしまったが 気が付けば目の前の柵が綺麗に壊されていて、砂埃の中に小さな影が飛び込んで来た。
「リュース!」
いきなり呼ばれて、はっとする。よりに寄って一番来てはいけない奴が、何のこのこ来てんだよ。
「……莫迦」
「捕縛!」
何所からか声が聞こえて、ああやっぱりと思った。俺を捕まえようとする莫迦な奴らと、神官が協力しているのだ。俺をしばらくこの教会に閉じ込めることでネイシャを呼び出し、神官の目的は達成だ。もう片方はと云えば、俺の身柄を捕まえるだけで満足しているから、お互い目的は果たしている。神官の意図がなければ、俺はこうして繋がれることなどない。むしろ優遇されるはずだ。
とにかくネイシャを守らなければと思ったのだが、何せ声すらかすれてうまく出ない有様だ。片足でも戦わないとならない状況ってこういう時なのか。だが片腕で何ができるかと云われても、既に朦朧として来た俺にはなすすべもない。
「かかれ!」
聞き覚えのある声がまた響いて、ネイシャを捕まえに来た神官の一派があっと云う間に捉えられていく。いつも以上に頭が働かず、何が起きているのかさっぱりわからない。ぼけっと砂埃から見える戦を見ていれば、間からでかい男が近寄って来る。
「待たせたな」
にやりと笑ったのはジョー・クルー。誠の海賊と名乗る、義賊。
「何、やってん、だよ……」
「助けに来たの」
気が抜けて弱々しく云えば、ネイシャはさも当然のように云って俺の片腕から紐を取り去る。莫迦じゃあないのか、こいつ。云おうとした息を吸い込んだら、急激に詰まって咳き込んでしまう。
「リュース!」
「へーき……、だから……」
ああ、まずい。発作が来るかもしれない。狭い所に閉じ込められると、呼吸が苦しくなる。薬ってあったかな。最近落ち着いていたから油断してた。
「手のかかる餓鬼だなぁ」
砂の踏む音と一緒に、呆れたような声が落ちて来た。その大きな影からジョーがこちらへ来たのかと思ったが、彼は他の戦場にかかりっきりのようだ。ネイシャが誰と小さく呟いたが、相手をしていられない。
「小さい頃から、おまえはいつだって薬を飲まない」
「──うる、せぇ、頼んでねぇ……」
「お、それだけ話せるならまだ良いほうだな」
俺は医者じゃあないのにさ、と恩着せがましく云われるが、俺だって別に助けてくれと頼んでいない。いつだって発作が起きたところで死にかけたことはあったものの、絶対に死ぬことはなかった。だから俺は、ここに居る。
「取りに戻るのに時間喰っちまったんだ、許せよ」
云いながらレイヴンは、慣れたように俺に錠剤を飲ませる。文句を云う隙もなく、酸素を当てられた。自分でできるってのに、レイヴンは嫌だと云いながら俺に薬を飲ませる。餓鬼の頃は飲んだふりばかりしていたからか、まったく信用がない。飲まないといつもレイヴンは無理矢理飲ませるから、俺はその度に嫌な気分になる。
レイヴンが俺に薬を飲ませるためには、人の姿に戻らなければならない。
レイヴンを人の姿にさせるのは、とてつもなく残酷な行為だ。だから俺は仕方なく自分で薬を飲んだ。俺が自分で飲めばこいつに残酷なことをさせずに済む、そう思って避けて来たと云うのに。
「なんて顔してんだ」
白。レイヴンと云う奴を一言で表すなら、獣の姿の時からわかるように、それに限る。髪も肌も白くて、おまえけに性格も真っ直ぐ白いレイヴンは、あまりの忠誠ぶりにたまにまぶしくなる。だからレイヴンの人間の姿を見るのは、なんとなく辛い。なんとなくだが。
「死なせねぇよ、残念ながら」
ああ、そう。
俺の寿命はまだ、先なのか。




