第27話:俺を賊軍扱いか
ジョーの願いは、簡単に云うと叶わなかった。
突如として現れた奴らはすぐデヴィットにのされたから、俺たちの存在を神殿に伝えることはできなかったらしい。が、神殿に入った途端、ネイシャを捜す俺たちに飛びかかって来たのは百人近くの軍勢。気が付けば乱闘になってしまい、神殿の内部は壊滅的となった。
「ビル、ネイシャが居ない」
「──ああ」
沈静化して来てからようやく気が付いたのは、ネイシャの不在。下調べをした限り、確かにここにヤオン=ヤードが集めた一味が居ることは確認していた。だがヤオン=ヤード本人も、ネイシャもここには居ない。
「あっちの方が、上手か。俺は単純だからな」
ジョーはそう云いながら、剣を柔く振ることをやめない。多勢に無勢なわけではないのだが、ごちゃごちゃと薄暗がりの内部で敵味方が入り乱れているため、あまり本気を出せずに居る。
「だがこいつらがここに居るってことは、そう遠くないはずなんだがなぁ」
「また王宮に戻ったとか?」
神殿の隣は王宮である。ネイシャを連れ出したときに壊れたものの、全部が全部破壊されたわけではない。今は王も不在であるし、リヴァーシン残党として居るのはあの神官だけだ。
「ああ、その手もあるな」
と回りを見渡したジョーが突然剣を仕舞い、かかって来た敵を手刀で返した。
「どうした?」
「いんや、こいつらほとんど神職じゃねぇ、ただの町人だ。熱心な信者だったんだろうから、そいつらから信じる者をいきなり力で奪っても納得はしないだろ」
それに手刀で充分、簡単にやられちまうと彼は付け足す。確かにただの国民なのだから剣の扱いがそううまいわけではないだろう。他の国ならともかく、ここはリヴァーシン。長きに渡って戦をしなかった国だ。西に行けば行くほど、昔は兵だった人が普通の暮らしをしていることなんてざらで、喧嘩が起こると仲裁も大変なぐらい、国民が剣の扱いに長けてしまっているらしい。自衛という意味では良いんだろうがと苦笑して教えてくれた、将軍の顔が思い出された。
「でもどうするんです、船長。他に一味が隠れられそうな場所ってあります?」
「もうほとんど、天帝に従った国民たちの場所だろ。そう簡単に……」
ポールに適当な振られ方をしたジョーは、そこで何かに気が付いたように口を噤む。神殿から動いたその視線は、ステンドグラスから外へと向いている。
「全員外へ出ろ!」
大将のいきなりの大声に動揺することもなく、また理由を訊くこともなく、シーバルトの連中は適当にリヴァーシンの奴らを撒いて外へと逃れようとしている。あまりにあっさりと退く彼らに逆に付いて行けないのか、連中は対応が遅くなっていた。
「外?」
莫迦みたいにぼんやりしていると、ジョーがああと深く頷く。
「ここは女神の居城である神聖な場だ。神官なら本気の争いの場にはしないだろう。──女神関連で残っているのは、教会だけ」
教会。行く前に見た、あのこじんまりとした教会。すぐ隣にありながらも、神殿の絢爛豪華さに負けてかすんでしまっている教会。
「さて、教会目指して突っ走りますか」
そう云うジョーの顔は、またしても気楽なものだった。
・・・・・
俺たちが神殿から出て教会へと向かい始めたことに、神殿の奴らは動揺していた。追いかけて捕まえれば良いのに、彼らはまるで教会に入ることすらできないようで、一度教会に逃れてしまうとそれ以上の追っ手は来なかった。その教会も入ると数人の影が見えるだけで、やはりネイシャは居ない。
「隠れるのがお好きなようで」
そう云って肩を竦めるジョーに、リヴァーシンの連中は慌てて向かって来るものの、明らかな攻撃はしてこない。どうやらここに居るのはジョーの云うとおり、ただの国民らしい。普段出入りする教会の方が恐れ多くて、たとえ賊徒とは云え暴力を振るうことが恐ろしいのだろう。
「賊徒め、外へ出ろ!」
「ここは神聖なる教会だぞ!」
しかし外へと出ればさっき追いかけて来た奴らが待機しているのだから、出る莫迦は居ない。数で押して中へと入るべきなのだろうが、後ろにも勢力があると思うと軽卒な行動もとれない。どうにも間の抜けた状態に、ジョーも軽い溜め息を吐いている。
「──なんだ、教会だったのか」
何所かしら気の抜けたところへ現れたのは、デヴィットと一人残ったその連れ。多勢に無勢だったというのに、彼らの表情は相変わらず涼しいままだ。外の連中を逃れてすんなりと教会へ入ろうとするが、教会前の段差がそう簡単にデヴィットを進ませてはくれない。こんな障害は町中に腐るほどあっただろうに、それでも彼は楽々とここまでやって来た。
「よぉ、遅かったじゃねぇか」
「町中は歩き難いものだ。それで?」
「んー、おまえはそっちかなぁ」
ジョーがそう云って外に居る連中を見遣ると、デヴィットは軽く頷いてしまう。簡単に間を取られてしまった連中は、ようやくにして怒りのはけ口を見つけたようである。
「そうだ、相手しろ!」
「無視してるんじゃねぇ賊軍が!」
「あ……」
ジョーがしまったという顔をして、デヴィットを見る。
「──ほぉ、俺を賊軍扱いか」
そう云って顔を上げたデヴィットには、薄笑いが浮かんでいる。普段笑わないだけに、なぜか恐いと感じる笑みだ。千鶴に向けての笑顔とはまた種類がちっとも違う。
次の瞬間デヴィットは、そのまま立ち上がった。
そう、立ち上がっていた。
車椅子から降りて歩く姿は少したどたどしいものの、足が少し悪いだけの人に見える。まさか足がないとは思えない。教会に入れず待機していた連中の前に立つと、彼は獲物を刈り取るような楽しそうな声で云った。
「期待通り、帝に弓引いた本物の賊軍が相手をしてやろう」
表情は俺から見えないが、笑っているように感じた。
そんなデヴィットを見ながら、ジョーは深々と溜め息を吐く。
「──あー……キレさせちまったかぁ」
「……キレたのか?」
つくづくわかり難いキレ方だが、どうやら本気で怒っているらしいことは、デヴィットが次に刀を繰り出したときにわかった。座っているときすらすごかったのに、両の足を地に付けていると素早さが全然違う。目で追えない速さに、俺はぼんやり見ているしかない。
「あいつ義足はあんまり好きじゃないみたいでな。千鶴に云われて仕方なく、戦の時だけは付けてんだ。こういうとき便利だろ」
義足であれだけ動けるのなら、足を失う前はどれほどの力があったのだろう。最早、戦というのも莫迦莫迦しい。子ども相手に剣の練習をしてやっているぐらいの、気が抜けるほどの弱々しい戦場だった。
「ま、口は災いのもとってことで、俺たちは中の奴らを相手してやりますか」
奮闘と云うよりもただ遊んでやっている風なデヴィットを置いて、ジョーは教会へと足を踏み出す。
「入るな、賊徒!」
「ここは神聖なる土地だ!」
「なら、神聖なる土地に賊徒が入らねぇよう、全力を尽くしてみろ」
そう云ってジョーは、腰元の剣を抜く。その目は既に、「海賊」を名乗るときの目に変わっている。
「守りたいもんがあるなら、身体張ってでも守り抜けよ!」
踏み出したジョーに、連中はただただ何もできずに後退して行く。剣を振っているわけでもないのに、ジョーから出る覇気というのか威圧というのか、とにかく逃げだしたくなる雰囲気が漂っていた。どうやら何があったところで神聖なる教会で乱闘を起こしたくないらしい連中の一人は、慌てて祭壇奥にある扉まで走り切るとそこに立ち尽くした。
「神官、お逃げください!」
ジョーから逃れながら、一人が叫んだ。
「ビル」
呼ばれて俺は、その一人が立っている祭壇の奥へと進んだ。縦横長さが同一の大きな十字架があるだけだが、どうやらここが扉らしい。薄らと線がありその前に立ち尽くす一人が、ぶるぶると首を振る。
「こ、この先に異教徒は通さん」
「ネイシャは……女神はここに居るのか?」
訊いただけだというのに、男は黙り込んでしまう。沈黙は肯定だとか云うのを知らないのだろうか。嘘を吐くと地獄に落ちるとか、そういう宗教なのか。ひょんなことからリヴァーシンの女神を預かることになったが、その宗教の中身はまったく知らない。というより、興味がない。
「悪いけど、俺、あいつと約束したから。だからどいて」
「……女神と、約束?」
不思議そうに言葉を繰り出す男を出せるだけの力で引っ張ると、男は案外簡単に退いた。あんなに懸命になって守ろうとした癖に、最後の盾は案外脆かった。
「ただこもって祈るだけじゃなくて、外に出てできることをするんだと」
ネイシャの願いは、とても小さなものだった。だから外に出した俺は、それを叶えさせてやったことになる。大したことはしていない。ずっと一緒に居るつもりもない。ただ、あいつを連れ出した以上、元に戻さなければならない。
俺が十字の扉を押す間、男はただ、ぼんやりとしているだけだった。




