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Reincarnation -Record of memories-  作者: 斗真
プロローグ

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第六話 影は白き城に潜む

白月宮からの帰路。


馬車の中は、行きよりも静かだった。


窓の外には中立地帯の草原が広がっている。

夕陽に照らされた草の海が、風に揺れて赤く波打っていた。


トーマは、その景色を見ていた。


三国会議。


ベイル女王。

リン。

ガーネ。

テリア女王。

アリス。

ロイ。


そして、忘却の剣。


自分はもう、単なる保護対象ではない。


三国が認めた重要人物。

レッドフラッグスが狙う存在。

世界が忘れたがっている記憶を持つかもしれない者。


そう言われても、実感はなかった。


ただ、腰にある剣だけが妙に重かった。


【レナ】

「疲れたか?」


隣からレナが覗き込んでくる。


【トーマ】

「少し」


【レナ】

「会議って疲れるよな!私は途中から眠くなった!」


向かいに座っていたロイドが、書類から目を上げる。


【ロイド】

「護衛任務中に眠くならないでください」


【レナ】

「眠ってはいないぞ!」


【ロイド】

「眠そうな顔はしていました」


【レナ】

「顔だけだ!」


【ロイド】

「それはそれで問題です」


トーマは少しだけ笑った。


レナはその笑みを見て、嬉しそうに胸を張る。


【レナ】

「よし、笑えるなら大丈夫だ!」


【トーマ】

「その判断、前も聞いたな」


【レナ】

「便利だからな!」


ロイドがため息をつく。


【ロイド】

「便利な判断ほど雑です」


馬車の後方には、ソルが座っていた。


彼女は窓の外を見ている。


会議中、ソルとロイはほとんど話さなかった。


だが、何もなかったわけではない。


二人の間にはずっと見えない剣があった。


古い因縁。

互いを知っているからこその警戒。

そして、わずかな信頼のようなもの。


トーマにはそれが気になっていた。


【トーマ】

「ソル」


【ソル】

「何だ」


【トーマ】

「ロイとは、昔からのライバルなんだよな」


ソルの目が少しだけ動く。


ロイドもちらりとこちらを見た。


レナは「おっ」と目を輝かせる。


【レナ】

「聞きたいか!?ソルとロイの話!」


【ロイド】

「レナ」


ロイドが制する。


【ロイド】

「余計なことを言わないでください」


【レナ】

「余計なのか?」


【ロイド】

「本人が話すことです」


ソルはしばらく黙っていた。


やがて、短く言う。


【ソル】

「昔、何度も戦った」


【トーマ】

「勝ったのか?」


【ソル】

「勝ったこともある。負けたこともある」


トーマは少し驚いた。


シェイン最高戦力のソルが、負けたこともある。


ロイという女は、それほどの相手なのだ。


【ソル】

「ロイは強い」


ソルは続ける。


【ソル】

「正面からの力だけならルークほどではない。だが、戦いにくさでは上かもしれない」


【トーマ】

「そんなにか」


【ソル】

「見えない。聞こえない。気づいた時には、終わっている」


レナが真面目な顔で頷いた。


【レナ】

「ロイは嫌だな!追いかけてもいなくなる!」


【ロイド】

「あなたとは相性が悪いですね」


ロイドが言う。


【レナ】

「なんでだ?」


【ロイド】

「レナはまっすぐ走る。ロイはまっすぐ来ない」


【レナ】

「じゃあ曲がって走ればいいのか!」


【ロイド】

「そういう意味ではありません」


トーマは窓の外を見る。


森が近づいていた。


白月宮を出る時、森の奥に紅い旗を見た気がした。


セイレンは見ていた。


こちらが会議で何を決めたかも、ある程度は読んでいるのかもしれない。


【トーマ】

「セイレンは、俺を鍛えているつもりなのか」


思わず呟いた言葉に、馬車の中の空気が少し変わった。


ロイドが書類を閉じる。


【ロイド】

「なぜそう思うのですか」


【トーマ】

「ルークが言っていた。鍛える、って。いや、聞いたわけじゃない。ただ……」


トーマは言葉を探す。


セイレンは自分を殺しに来たわけではなかった。


剣の男を見つけ、剣が本物か確認した。

それだけで去った。


真実が欲しいなら強くなれと言った。


あの言葉は突き放すものだった。

けれど、完全に拒絶するものでもなかった。


【トーマ】

「俺が強くなるのを待っている気がする」


ソルが答えた。


【ソル】

「その可能性はある」


【トーマ】

「なぜだ?」


【ソル】

「弱いお前から剣を奪うだけなら、昨日できた」


沈黙。


それは事実だった。


セイレンとルークなら、今のトーマから剣を奪うことはできただろう。


少なくとも、トーマ自身には止められない。


【トーマ】

「でも、奪わなかった」


【ソル】

「そうだ」


ロイドが続ける。


【ロイド】

「セイレンは忘却の剣を必要としている。しかし、単に物としての剣が欲しいわけではないのかもしれません」


【トーマ】

「俺ごと必要ってことか」


【ロイド】

「その可能性があります」


トーマは剣に手を置く。


剣だけでは足りない。

持ち主である自分が強くなる必要がある。


それはなぜか。


剣を目覚めさせるためか。

記憶を戻すためか。

それとも、もっと別の何かのためか。


【ロイド】

「どちらにせよ」


ロイドは冷静に言った。


【ロイド】

「相手の思惑通りに動く必要はありません。あなたはあなたの目的のために強くなるべきです」


【トーマ】

「俺の目的……」


【ロイド】

「自分を知ること。そして、生き残ることです」


生き残る。


その言葉が、昨日よりも重く感じた。


レッドフラッグスは大会の相手ではない。


殺す気で来る相手。


その戦いに足を踏み入れるなら、強くなることは願望ではなく条件だった。


馬車はシェイン王国へ向かって走り続けた。


やがて、白い城壁が見えてくる。


トーマはその光景を見ながら、静かに決めた。


もう、守られるだけではいられない。


だが、一人で突っ込むだけでも駄目だ。


戦うこと。

守られること。

守ること。

任せること。


全部を覚えなければならない。


自分が何者かを知るために。




シェイン王国へ戻ると、ノアたちが門の前で待っていた。


ミアは腕を大きく振っている。


【ミア】

「トーマー!」


ユナがその横で小さく手を上げる。

ノアは二人の後ろに控えめに立っていたが、トーマの姿を見つけるとほっとしたように表情を緩めた。


馬車から降りると、ミアが真っ先に駆け寄ってきた。


【ミア】

「どうだった!? 会議! 偉い人いっぱいいたか!?」


【トーマ】

「ああ。かなり」


【ミア】

「ベイル女王いた!?」


【トーマ】

「いた」


【ミア】

「でかかった!?」


【トーマ】

「存在感は大きかった」


【ミア】

「殴られた!?」


【トーマ】

「殴られてない」


【ミア】

「なんだ、つまらないな!」


【トーマ】

「殴られてたら困るだろ」


ユナがミアの肩を掴んで引き戻す。


【ユナ】

「質問が多い」


【ミア】

「気になるだろ!」


ノアはトーマの前に立った。


【ノア】

「大丈夫だった?」


【トーマ】

「ああ」


【ノア】

「テリア女王とも話したの?」


【トーマ】

「少しだけ」


ノアの表情に、不安が浮かぶ。


【ノア】

「どんな人だった?」


トーマは少し考えた。


セイレンの話を聞いた後だと、テリア女王を単純に語るのは難しかった。


強い。

賢い。

好戦的。

研究者。

女王。


そして、母であろうとして失敗した人。


【トーマ】

「悪い人には見えなかった」


トーマは正直に言った。


【トーマ】

「でも、間違えた人だと思う」


ノアはその言葉をゆっくり受け止めるように頷いた。


【ノア】

「そっか」


レナが元気よく言う。


【レナ】

「ノア! トーマはちゃんと大人しくしてたぞ!」


ロイドが横から訂正する。


【ロイド】

「一度、テリア女王にかなり踏み込みました」


【レナ】

「あれは大人しかった方だ!」


【ロイド】

「基準が甘い」


ユナがトーマを見る。


【ユナ】

「何を聞いたの?」


【トーマ】

「セイレンのことを娘だと思っているのか、と」


ミアが口を開けた。


【ミア】

「それ聞いたの!?」


【トーマ】

「聞いた」


【ミア】

「すごいな、トーマ!」


ユナが額に手を当てる。


【ユナ】

「やっぱり危なっかしい」


ノアは少しだけ目を伏せた。


【ノア】

「テリア女王は、何て?」


【トーマ】

「思っている、と言った。セイレンがそう思わなくても」


ノアは黙った。


その言葉は、彼女の中でも複雑な形で響いたらしい。


利用された子ども。

それでも娘だと言う母。


どちらが正しいのか、今は分からない。


たぶん、正しいか間違いかだけで測れない話なのだ。


【ロイド】

「とにかく」


ロイドが全員を見渡した。


【ロイド】

「明日から訓練内容を大幅に変更します」


ミアの目が輝いた。


【ミア】

「強化訓練!?」


【ロイド】

「はい」


【ミア】

「やった!」


【ロイド】

「ただし、かなり厳しくなります」


【ミア】

「やっぱりやだ!」


【ロイド】

「遅いです」


レナが笑う。


【レナ】

「大丈夫だ、ミア! 走れば何とかなる!」


ユナが冷静に言う。


【ユナ】

「走って何とかなる訓練ならいいけど」


ロイドは書類を広げた。


【ロイド】

「今回の訓練目的は三つ。トーマの基礎戦闘能力向上。リトルヴァルキリー三人の実戦対応力強化。そして、ノアの魔力制御です」


ノアの肩が小さく揺れる。


【ノア】

「私の……」


【ロイド】

「はい。あなたの防御魔法は強力です。しかし、出力が安定していません。レッドフラッグスのような相手と接触する可能性を考えるなら、制御力の向上は必須です」


ノアは自分の手を見る。


小さな手。


そこに宿る大きすぎる魔力。


【ノア】

「できるかな」


トーマが言った。


【トーマ】

「できる」


ノアが顔を上げる。


【ノア】

「どうして?」


【トーマ】

「ノアは怖くても逃げてない」


以前、トーマが言った言葉だった。


ノアは少しだけ驚いたあと、ゆっくりと頷いた。


【ノア】

「……うん」


ミアが拳を上げる。


【ミア】

「よし! みんなで強くなるぞ!」


レナも同じように拳を上げる。


【レナ】

「おー!」


ロイドが冷静に言う。


【ロイド】

「勢いだけでは強くなれません」


【レナ】

「勢いも大事だぞ!」


【ロイド】

「否定はしません」


ソルが静かにトーマを見る。


【ソル】

「明日からではない」


トーマは一瞬、嫌な予感がした。


【トーマ】

「まさか」


【ソル】

「今日からだ」


ミアがまた悲鳴を上げた。


【ミア】

「会議帰りなのに!?」


ソルは淡々と答える。


【ソル】

「帰り道は座っていただけだ」


【ミア】

「心が疲れた!」


【ソル】

「心も鍛えろ」


【ミア】

「厳しい!」


トーマは小さく笑った。


そして木剣を手に取る。


【トーマ】

「やろう」


その言葉に、ノアも杖を握った。


ミアは泣きそうな顔で短槍を構え、ユナはため息をつきながら細剣を抜いた。


レナは嬉しそうに準備運動を始める。


ロイドは記録用の手帳を開く。


ソルは静かに訓練場の中央へ歩いていった。


シェイン王国の夕方は、まだ終わらない。




最初の訓練は、ノアの魔力制御だった。


訓練場の中央に、いくつもの小さな魔法灯が並べられている。


透明な水晶でできた灯り。

それぞれに微弱な魔力を流すことで光る仕組みになっている。


【ロイド】

「この十個の魔法灯に、同じ量の魔力を流してください」


ロイドが説明する。


【ロイド】

「一つでも割れたら失敗です」


ノアは緊張した顔で頷く。


【ノア】

「分かりました」


ミアが首を傾げる。


【ミア】

「光らせるだけなら簡単そうじゃないか?」


ユナが首を振る。


【ユナ】

「ノアの場合、光らせるだけなら簡単。でも同じ量にするのが難しい」


【ミア】

「どういうこと?」


【ユナ】

「大きな桶から、小さな杯に一滴ずつ水を入れる感じ」


【ミア】

「なるほど! 絶対こぼれる!」


【ユナ】

「そういうこと」


ノアは一つ目の魔法灯に手をかざした。


淡い光が灯る。


二つ目。

三つ目。


そこまでは順調だった。


だが、四つ目に魔力を流した瞬間、光が強くなりすぎた。


ぱきん。


水晶にひびが入る。


ノアの顔が青くなる。


【ノア】

「ご、ごめんなさい!」


ロイドは首を振った。


【ロイド】

「謝る必要はありません。失敗を前提とした訓練です」


【ノア】

「でも」


【ロイド】

「もう一度」


ノアは唇を結び、再び手をかざす。


一回目より慎重に。


しかし、今度は魔力を抑えすぎて、光が灯らない。


ミアが応援する。


【ミア】

「ノア、頑張れ!」


【ユナ】

「頑張ると力む」


ユナが小声で注意する。


【ミア】

「じゃあ頑張るな!」


【ユナ】

「それも違う」


トーマはノアの横に立った。


【トーマ】

「俺も一緒にやっていいか」


ロイドが少し驚いたように見る。


【ロイド】

「あなたが?」


【トーマ】

「魔力は分からない。でも、力を抑える練習なら俺にも必要だと思う」


ソルが頷いた。


【ソル】

「いい」


ロイドは少し考えた後、訓練用の木剣と細い紙を持ってきた。


紙は紐で吊るされている。


【ロイド】

「では、あなたはこれを斬らずに揺らしてください」


【トーマ】

「斬らずに?」


【ロイド】

「はい。木剣で風だけを当てる。強すぎれば紙は破れ、弱すぎれば動きません」


トーマは木剣を構える。


ノアは魔法灯。

トーマは吊るされた紙。


二人は並んで訓練を始めた。


ノアの魔法灯が光る。


強すぎる。

弱すぎる。

また強すぎる。


トーマの木剣が振られる。


紙が破れる。

動かない。

また破れる。


ミアが小声で言う。


【ミア】

「二人とも不器用だな」


ユナが答える。


【ユナ】

「だから練習してる」


何度も失敗した。


ノアは水晶を割り、トーマは紙を破った。


それでも二人はやめなかった。


だんだん、呼吸が合ってくる。


ノアが魔力を流す時、トーマも木剣を振る。

トーマが息を吐く時、ノアも力を抜く。


やがて、ノアの魔法灯が一つ、柔らかく光った。


同時に、トーマの紙が破れずにふわりと揺れた。


ミアが叫ぶ。


【ミア】

「できた!」


ノアは目を丸くする。


【ノア】

「今……できた?」


ロイドが頷く。


【ロイド】

「一つだけですが、成功です」


トーマも紙を見た。


【トーマ】

「こっちもか」


ソルが静かに言う。


【ソル】

「力を出すより、止める方が難しい」


トーマは頷いた。


セイレンやルークのような相手と戦うには、強い力が必要だ。


だが、強ければいいわけではない。


振り回されれば、剣に飲まれる。


ノアも同じだ。


大きすぎる魔力を、ただ大きく出すだけでは危ない。


制御すること。


それが、二人に必要な第一歩だった。


ノアは少しだけ笑った。


【ノア】

「トーマと一緒だと、少しやりやすいかも」


【トーマ】

「俺もだ」


ミアがにやにやする。


【ミア】

「仲良し訓練だ」


ノアの顔が赤くなる。


【ノア】

「そ、そういうのじゃないよ」


ユナが冷静に言う。


【ユナ】

「でも相性はいいかもしれない」


【ノア】

「ユナまで……」


トーマは少し困ったように笑った。


その様子を、訓練場の端からロイドが記録していた。


だが、その表情は少し硬い。


ノアとトーマ。


二人の力が共鳴している。


偶然か。

それとも、何か理由があるのか。


ロイドは眼鏡の奥の目を細めた。


【ロイド】

「……要観察ですね」




夜。


訓練を終えたトーマは、自室に戻った。


体は疲れている。


だが、不思議と頭は冴えていた。


机の上に剣を置く。


鞘の紋様は静かだ。


【トーマ】

「今日は声がしないな」


トーマが呟く。


答えはない。


それでいいような気もした。


毎晩声が聞こえたら、さすがに気が休まらない。


ベッドに腰を下ろした時、窓の外で何かが動いた。


トーマは立ち上がる。


【トーマ】

「誰だ」


返事はない。


月明かりの中、窓の外に黒い影が立っていた。


人影。


次の瞬間、その影は音もなく部屋の中へ入ってきた。


トーマは剣に手を伸ばす。


だが、抜かない。


抜剣は禁止されている。


影は静かに着地した。


黒い装束。

無駄のない立ち姿。

感情の読めない瞳。


【トーマ】

「ロイ」


トーマは名前を呼んだ。


テリア王国最高戦力。


会議場で見た女。


ロイは少しだけ首を傾げた。


【ロイ】

「覚えてた」


【トーマ】

「今日会ったばかりだからな」


【ロイ】

「そう」


会話が短い。


だが、敵意は感じない。


少なくとも、今すぐ斬りかかってくる気配はなかった。


【トーマ】

「何しに来た」


トーマが問う。


ロイは部屋の中を一瞥する。


【ロイ】

「見に来た」


【トーマ】

「俺を?」


【ロイ】

「剣も」


トーマは剣の前に立つ。


【トーマ】

「盗みに来たのか」


【ロイ】

「違う」


【トーマ】

「なら正面から来ればいい」


【ロイ】

「見つかる」


【トーマ】

「侵入だからな」


ロイはほんの少しだけ考えるように黙った。


【ロイ】

「たしかに」


トーマは思わず眉を寄せる。


この人もどこかズレている。


無口だが、会話ができないわけではない。

ただ、必要最低限しか言わない。


【トーマ】

「ソルに見つかったら面倒なんじゃないのか」


ロイの目が少しだけ動いた。


【ロイ】

「もう見つかってる」


その直後。


扉の向こうから声がした。


【ソル】

「ロイ」


ソルの声だった。


トーマは振り返る。


扉が開き、ソルが入ってくる。


剣は抜いていない。


だが、空気は完全に戦闘前のそれだった。


【ソル】

「窓から入るな」


ソルが言う。


ロイは淡々と答えた。


【ロイ】

「扉は見張りがいる」


【ソル】

「だから窓から入るな」


【ロイ】

「便利」


【ソル】

「便利ではない」


トーマは二人を見比べた。


やはり、これは仲が悪いのか。

それとも仲がいいのか。


判断がつかない。


ソルはトーマに視線を向ける。


【ソル】

「何かされたか」


【トーマ】

「いや。見に来たと言っていた」


ロイは頷いた。


【ロイ】

「見に来た」


ソルがロイを睨む。


【ソル】

「テリアの命令か」


【ロイ】

「半分」


【ソル】

「もう半分は」


【ロイ】

「興味」


【ソル】

「相変わらず勝手だな」


【ロイ】

「お互いに」


二人の空気がまた鋭くなる。


トーマは剣に手を置いたまま言った。


【トーマ】

「ここで戦うなよ」


ソルとロイが同時にトーマを見る。


トーマは続けた。


【トーマ】

「部屋が壊れる」


一瞬の沈黙。


ロイがぽつりと言った。


【ロイ】

「それは困る」


ソルもわずかに息を吐く。


【ソル】

「安心しろ。ここではやらない」


トーマは少しだけ肩の力を抜いた。


ロイは机の上の剣を見つめる。


【ロイ】

「それ、起きかけてる」


【トーマ】

「分かるのか」


【ロイ】

「少し」


【トーマ】

「何が起きる?」


【ロイ】

「知らない」


トーマは顔をしかめた。


【トーマ】

「知らないのに言ったのか」


【ロイ】

「起きかけてるのは分かる。何が起きるかは知らない」


ロイは言葉を区切りながら続ける。


【ロイ】

「でも、危ない」


ソルが問う。


【ソル】

「どの程度だ」


ロイはトーマを見た。


【ロイ】

「剣だけじゃない。トーマも」


【トーマ】

「俺が?」


【ロイ】

「器が空っぽすぎる」


その言葉に、トーマは胸を突かれたような感覚を覚えた。


記憶がない。


空白。


自分でも感じていたことを、ロイは容赦なく言葉にした。


【ロイ】

「空っぽの器には、何でも入る」


ロイは続ける。


【ロイ】

「記憶も、呪いも、誰かの願いも」


ソルの表情が険しくなる。


【ソル】

「それはテリア女王の見解か」


【ロイ】

「私の見解」


ロイは窓の外を見る。


【ロイ】

「セイレンは、それを知ってる」


【ソル】

「なぜ分かる」


【ロイ】

「似てるから」


【ソル】

「何が」


ロイは少しだけ沈黙した。


【ロイ】

「セイレンも、空っぽにされた」


部屋の空気が重くなった。


セイレン。


母に隠され、研究の器として扱われた少女。


もし彼女も、何かを忘れさせられているのなら。


もしトーマと同じように、空白を抱えているのなら。


【トーマ】

「セイレンは何を忘れてる」


トーマが問う。


ロイは首を振る。


【ロイ】

「知らない」


【トーマ】

「テリア女王も知らないのか」


【ロイ】

「たぶん」


【トーマ】

「たぶん?」


【ロイ】

「女王は隠すのが上手い。自分にも」


その言葉は妙に重かった。


ソルが静かに言う。


【ソル】

「ロイ。お前は何をしに来た」


ロイはトーマを見る。


【ロイ】

「忠告」


【ソル】

「何の」


【ロイ】

「剣を抜くな。まだ」


トーマの手が剣の柄に触れる。


【トーマ】

「まだ?」


【ロイ】

「今抜いたら、戻れないかもしれない」


【トーマ】

「何から」


【ロイ】

「自分から」


短い言葉。


だが、ぞっとするほど冷たかった。


自分から戻れない。


それは、記憶を失うよりも恐ろしいことかもしれない。


【トーマ】

「いつなら抜いていい」


トーマが聞く。


ロイは少し考えた。


【ロイ】

「自分が空っぽじゃなくなったら」


【トーマ】

「どうすればそうなる」


【ロイ】

「繋がれ」


【トーマ】

「繋がる?」


ロイはソルを見た。

それから、窓の外の訓練場を見る。


【ロイ】

「仲間。約束。怒り。守りたいもの。そういうの」


意外な答えだった。


ロイの口からそんな言葉が出るとは思わなかった。


ソルも少しだけ目を細める。


ロイは続ける。


【ロイ】

「器が空っぽなら、剣に飲まれる。何かで満たせば、耐えられる」


トーマは黙った。


ノア。

ミア。

ユナ。

レナ。

ロイド。

ソル。


シェインで出会った人たち。


自分はまだ何者でもない。


でも、完全に空っぽではなくなっているのかもしれない。


【ロイ】

「忠告はした」


ロイは窓へ向かう。


ソルが言う。


【ソル】

「待て」


ロイは振り返らない。


【ロイ】

「何」


【ソル】

「次は正面から来い」


【ロイ】

「嫌」


【ソル】

「ロイ」


【ロイ】

「面倒」


それだけ言うと、ロイは窓から音もなく消えた。


ソルはしばらく窓の外を見ていた。


トーマは小さく息を吐く。


【トーマ】

「本当に自由だな」


【ソル】

「昔からだ」


【トーマ】

「仲がいいのか?」


ソルは一瞬、黙った。


【ソル】

「悪くはない」


それは、たぶんかなり仲がいいという意味なのだろう。


トーマはそう解釈した。


ソルは机の上の剣を見る。


【ソル】

「ロイの言葉は聞いておけ」


【トーマ】

「ああ」


【ソル】

「お前はまだ、その剣を抜くべきではない」


【トーマ】

「分かってる」


【ソル】

「だが、いずれ抜く時は来る」


トーマは剣を見つめる。


鞘の奥で、何かが眠っている。


記憶か。

呪いか。

願いか。


まだ分からない。


【トーマ】

「その時、俺は俺でいられるのか」


ソルは少しだけ黙った。


そして言った。


【ソル】

「一人なら危うい」


【トーマ】

「一人じゃなければ?」


【ソル】

「可能性はある」


その言葉に、トーマは静かに頷いた。


一人ではない。


その実感はまだ薄い。


けれど、確かに芽のように胸の中にある。


ソルは扉へ向かう。


【ソル】

「今日は休め」


【トーマ】

「ソル」


【ソル】

「何だ」


【トーマ】

「ありがとう」


ソルは振り返らなかった。


だが、ほんの少しだけ足が止まった。


【ソル】

「礼を言われることはしていない」


【トーマ】

「でも助かった」


【ソル】

「……そうか」


それだけ言って、ソルは部屋を出て行った。


トーマは一人になった部屋で、剣を見つめる。


空っぽの器。


それが今の自分なら。


これから何で満たすのか。


記憶だけではない。


力だけでもない。


誰かとの繋がり。

守りたいもの。

約束。


それが、この剣に飲まれないための鍵になる。


トーマは剣から手を離し、窓の外を見た。


夜の訓練場は静かだった。


だが、明日になればまた声が響く。


ミアが叫び、ユナが呆れ、ノアが静かに笑い、レナが走り、ロイドが怒り、ソルが見守る。


その日常が、今は少しだけ心強かった。




同じ頃。


シェイン王国の城下町の屋根の上で、ロイは月を見上げていた。


隣に、黒い影が降り立つ。


ソルだった。


【ソル】

「まだいたのか」


【ロイ】

「帰るところ」


【ソル】

「なら早く帰れ」


【ロイ】

「冷たい」


【ソル】

「窓から侵入した相手に温かくする理由がない」


ロイは少しだけ首を傾げた。


【ロイ】

「昔はもっと優しかった」


【ソル】

「お前が昔から勝手だっただけだ」


【ロイ】

「そうかも」


二人はしばらく黙って月を見た。


遠くで、城の警備兵の足音が聞こえる。


ロイがぽつりと言った。


【ロイ】

「トーマ、危うい」


【ソル】

「分かっている」


【ロイ】

「でも、悪くない」


ソルの目が少しだけ動く。


【ソル】

「珍しいな。お前が人を褒めるのは」


【ロイ】

「褒めてない」


【ソル】

「そうか」


【ロイ】

「ノアも危うい」


ソルの表情がわずかに硬くなる。


【ソル】

「何を見た」


【ロイ】

「魔力が大きい。大きすぎる。普通じゃない」


【ソル】

「それも分かっている」


【ロイ】

「ゼロに似てる」


その名が出た瞬間、夜の空気が少しだけ震えた。


ソルは無言だった。


ロイは続ける。


【ロイ】

「でも、同じじゃない」


【ソル】

「何が言いたい」


【ロイ】

「セイレンが気づく」


ソルは遠くを見る。


紅い旗の少女。


テリア女王の娘。


傷つき、憎み、世界の裏側を歩く者。


そのセイレンがノアの魔力に気づいた。


それは、偶然では済まない。


【ソル】

「ノアは渡さない」


ソルは静かに言った。


ロイは頷く。


【ロイ】

「うん」


【ソル】

「トーマもだ」


【ロイ】

「欲張り」


【ソル】

「守るべきものが多いだけだ」


ロイは少しだけソルを見る。


【ロイ】

「変わった」


【ソル】

「そうか」


【ロイ】

「前より、柔らかい」


ソルは答えなかった。


トーマが褒めてくれるから。


そんなことを言うはずもない。


ロイは小さく息を吐く。


【ロイ】

「帰る」


【ソル】

「ああ」


【ロイ】

「テリアに伝える。剣はまだ抜いてない、って」


【ソル】

「頼む」


ロイは屋根の端に立った。


そして振り返らずに言う。


【ロイ】

「ソル」


【ソル】

「何だ」


【ロイ】

「ルークともう一度ぶつかるなら、気をつけて」


【ソル】

「負けると思うか」


【ロイ】

「死なないで、という意味」


ソルは少しだけ目を細めた。


【ソル】

「お前もな」


ロイは一瞬だけ振り返った。


ほんのわずかに、口元が緩んだように見えた。


【ロイ】

「努力する」


次の瞬間、彼女の姿は夜に溶けた。


ソルは一人、月明かりの下に立っていた。


シェイン王国の夜は静かだ。


だが、その静けさの下で、いくつもの危険が動いている。


忘却の剣。

ノアの魔力。

レッドフラッグス。

三国の思惑。

ゼロの影。


ソルは城の方を見た。


その中に、トーマがいる。


まだ弱い。

まだ危うい。

だが、折れてはいない。


【ソル】

「強くなれ」


ソルは小さく呟いた。


【ソル】

「私が守れるうちに」


その声は、夜風に消えた。




荒野。


紅い旗の下で、セイレンは目を閉じていた。


風が吹く。


旗が鳴る。


その音の中に、微かな魔力の震えが混ざる。


セイレンはゆっくり目を開けた。


【セイレン】

「ロイが動いたわね」


焚き火のそばでは、ルークが丸くなって寝ていた。


いや、寝ているように見えただけだった。


【ルーク】

「ロイ」


短く呟く。


【セイレン】

「テリアの影よ」


【ルーク】

「強い?」


【セイレン】

「強いわ」


ルークは少しだけ目を開ける。


【ルーク】

「戦う?」


【セイレン】

「今はまだ」


【ルーク】

「そっか」


ルークは再び目を閉じようとする。


セイレンは空を見上げた。


【セイレン】

「忘却の剣はまだ抜かれない。トーマもまだ壊れない」


【ルーク】

「残念?」


【セイレン】

「いいえ」


セイレンの紅い瞳が、月を映す。


【セイレン】

「むしろ、その方がいい。今壊れられては困るもの」


ルークはごろんと寝返りを打つ。


【ルーク】

「鍛える?」


【セイレン】

「ええ」


【ルーク】

「やっぱり優しい」


【セイレン】

「違うと言ったでしょう」


【ルーク】

「うん」


【セイレン】

「分かってないわね」


【ルーク】

「うん」


セイレンは呆れたように息を吐いた。


そして、紅い旗の柄を握る。


【セイレン】

「トーマ。あなたが空っぽでいる時間は、もう長くない」


夜風が吹く。


【セイレン】

「満たされて強くなるか。剣に飲まれて消えるか」


セイレンは笑った。


その笑みは冷たく、けれどどこか痛ましかった。


【セイレン】

「見せてもらうわ」


紅い旗が、闇の中で大きく翻った。

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