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Reincarnation -Record of memories-  作者: 斗真
第三章 戦乙女たちの招待状

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第三十二話 戦乙女の舞台

ヴァルキリートーナメント当日。


会場となる巨大闘技場には、朝から三国の旗が並んでいた。


シェイン王国の白銀の旗。

ベイル王国の金と赤の旗。

テリア王国の黒と蒼の旗。


観客席はすでに人で埋まり始めている。


兵士。

貴族。

商人。

訓練生。

リトルヴァルキリーたち。

そして、三国から選ばれた観戦者たち。


リトルヴァルキリートーナメントの時とは、空気が違った。


子どもたちの大会には、未来を見る熱があった。

未完成の才能を見守る、少し柔らかな熱。


だが、今回の大会には緊張がある。


今ここに出るのは、各国の正式な戦力だ。


ロイド。

レナ。

ソル。

リン。

ガーネ。

カノン。

アリス。

ロイ。

イリス。

そして、ベイル女王とテリア女王。


国の名を背負う戦乙女たち。


勝敗はただの点数では終わらない。


それは国の評価になる。

戦術の証明になる。

強さの序列になる。


そして今回だけは、そこにもう一つ、異物が混ざっている。


トーマ。


ヴァルキリーではない男。

空から落ちてきた記憶なき者。

忘却の剣を持っていた者。

地下闘技場から帰ってきた者。


その名が大会名簿にあるだけで、観客席には不安と好奇が混ざったざわめきが広がっていた。


⸻


控え室で、トーマは深く息を吸っていた。


今日の装備は簡素だった。


軽い防具。

手甲。

そして大会用の短棒。


忘却の剣はない。


封印室に置いてきた。


正直に言えば、剣がないことに安心している自分がいる。


同時に、剣がないことへの不安もある。


あれほど危険なものでも、あの剣は自分と深く結びついていた。


それを持たずに戦う。


それは、ようやく自分の足だけで立つような感覚だった。


「緊張してる?」


ノアが聞いた。


彼女は応援側として控え室に来ている。


ミアとユナも一緒だ。


トーマは少し考えて、頷いた。


「してる」


「怖い?」


「怖い」


ノアは静かに頷いた。


「うん」


トーマは手甲を締め直す。


「でも、沈んでない」


ノアの表情が少し柔らかくなる。


「名前、言える?」


「ああ」


トーマは目を閉じた。


「トーマ」


自分の名。


そして、続ける。


「ノア。ミア。ユナ。レナ。ロイド。ソル」


ミアが胸を張る。


「よし、私の名前も入ってるな!」


ユナが静かに言う。


「入ってなかったら問題」


「俺、そんなに信用ないか?」


「少し」


「少しなのか……」


ノアが小さく笑った。


その笑顔を見て、トーマの緊張が少しだけほどける。


ロイドが資料を持って入ってきた。


「そろそろ入場準備です」


その後ろから、レナが元気よく顔を出す。


「トーマ、準備はいいか!」


「たぶん」


ロイドが即座に言う。


「たぶんでは困ります」


「じゃあ、できてる」


「よろしい」


ソルも入ってきた。


彼女はいつも通り静かだったが、その雰囲気は試合前のものになっている。


研ぎ澄まされた刃のような気配。


トーマは思わず見た。


「ソル、平気なのか?」


「何が」


「大会」


「慣れている」


「緊張しないのか?」


ソルは少しだけ考えた。


「する」


トーマは少し驚く。


「するのか」


「当然だ。相手は各国の代表だ。油断すれば負ける」


「ソルでも?」


「私でも」


その言葉は、トーマに妙に安心を与えた。


ソルですら緊張する。


なら、自分が怖いのも当然だ。


レナが拳を握る。


「私はわくわくしてるぞ!」


ロイドが言う。


「あなたの場合、緊張が興奮に変換されているだけです」


「便利だろ!」


「便利な時と危険な時があります」


ミアが横から小声で言う。


「レナさん、やっぱり私に似てるな」


ユナが答える。


「かなり」


「私も将来ああなるのか?」


「可能性はある」


ミアは少し嬉しそうだった。


トーマはその会話を聞きながら、もう一度息を吸った。


大丈夫。


ここには名前がある。


⸻


闘技場の中央に、テリア女王が立った。


小柄な姿。


だが、その声は会場全体に届いた。


「三国の者たちよ。よく集まった」


ざわめきが静まる。


「本日より、ヴァルキリートーナメント本戦を開催する」


観客席から大きな歓声が上がった。


テリア女王は片手を上げる。


「本大会は三国対抗・単騎四番勝負形式にて行う。各国は四名の代表を立て、他国との四試合を行う。一勝につき一点。全試合終了時、最も勝利点の多い国を本大会の勝者とする」


三国の旗が風に揺れる。


「殺害は禁止。過度な追撃も禁ずる。だが、ここに立つ者たちは皆、国を背負う戦乙女。半端な覚悟では勝てぬ」


テリア女王の口元が、少しだけ笑った。


「そして今回は、特例がある」


会場がざわめく。


トーマは控え口で、その声を聞いていた。


「シェイン王国代表には、正式なヴァルキリーではない者が一名加わる」


視線が一斉にシェイン側の控え口へ向く。


「トーマ。記憶を失い、忘却の剣を持ち、地下闘技場より帰還した者」


ざわめきが大きくなる。


「なぜ男が?」


「ヴァルキリーではないだろう」


「あれが噂の……」


「忘却の剣の……」


「危険じゃないのか?」


声が波のように広がる。


トーマは拳を握った。


怖い。


好奇の目。

疑いの目。

恐れの目。


その全てが、自分に向けられている。


だが、その時、ノアが隣で言った。


「トーマ」


名前を呼ばれた。


それだけで、足元が戻る。


ミアが続く。


「行け!」


ユナが静かに。


「大丈夫」


レナが背中を叩く。


「胸張れ!」


少し痛かった。


「痛い」


「すまん!」


ロイドが言う。


「背筋を伸ばしてください。怯えた姿を見せる必要はありません」


ソルが最後に言った。


「お前は、ここに立つと決めた」


トーマは頷いた。


「ああ」


そして、控え口から歩き出した。


闘技場の光が、目に入る。


観客席の視線が、全身に刺さる。


だが、トーマは止まらなかった。


中央へ向かって歩く。


シェイン王国代表として。


特別招待者として。


そして、トーマとして。


テリア女王は彼を見て、静かに頷いた。


「この者の参加に異議ある者もいるだろう。だが、ワシはあえて言う」


彼女の声が響く。


「戦場に立つ資格は、肩書だけでは決まらぬ。戦いの中で何を得るか、何を失わずに戻るか。それを示せばよい」


観客席のざわめきが少し変わる。


疑いはまだ消えない。


だが、完全な拒絶ではなくなった。


テリア女王はトーマを見て、小さく言った。


「負けても構わぬ。だが、名を失うな」


その言葉は、観客には聞こえないほど小さかった。


けれど、トーマには届いた。


トーマは静かに頷いた。


⸻


次に、各国代表の入場が始まった。


まずはシェイン王国。


ロイドが先頭に立つ。


眼鏡の奥の目は冷静で、歩みに乱れはない。


観客席からは、作戦家として知られる彼女への静かな拍手が起こる。


次にレナ。


入場した瞬間、彼女は手を振った。


ロイドが小さく「控えめに」と言ったが、レナはすでに大きく振っていた。


観客の一部が笑い、歓声を上げる。


「シェインの俊足犬!」


誰かが叫んだ。


レナは嬉しそうに振り返る。


「犬じゃないぞ!」


ロイドが額を押さえた。


次にソル。


空気が変わった。


シェイン王国最高戦力。


美しく、孤高で、圧倒的。


彼女が歩くだけで、観客席の声が自然と静まる。


その静寂が、彼女の格を示していた。


最後にトーマ。


歓声は少ない。


代わりに、ざわめきがある。


だが、トーマは顔を上げて歩いた。


名前を失わないために。


次に、ベイル王国代表。


リンが艶やかに手を振りながら入場する。


観客席の男性陣が一部ざわつき、女性陣の一部が冷たい目を向ける。


リンはその両方を楽しむように笑っている。


続いてガーネ。


巨大な戦槌を背負い、無言で歩く。


足音が重い。


彼女が一歩進むたび、観客席に「これは硬い」「重そう」と囁きが走る。


その後ろにカノン。


大型弩を背負い、周囲を冷静に見ている。


彼女は観客に手を振らない。


ただ、的を見るような目で闘技場全体を確認していた。


最後にベイル女王。


歓声が爆発した。


巨大な盾。

光の剣。

豪快な笑み。


「よく見ておけ! これがベイルの戦いだ!」


声がでかい。


会場が揺れた。


ロイドが小声で言う。


「相変わらずですね」


レナが目を輝かせる。


「かっこいいな!」


「感化されないでください」


最後はテリア王国代表。


アリスが少し不機嫌そうに歩いてくる。


だが、その周囲には無数の小さな魔法陣が花のように浮かんでいた。


観客はその美しさに息を呑む。


次にロイ。


足音がない。


気づけばそこにいた。


一部の観客は、彼女がいつ入場したのかすら分かっていなかった。


ソルとロイの視線が交わる。


短い沈黙。


二人の間だけ、別の戦場が始まっているようだった。


続いてイリス。


穏やかな微笑みを浮かべた、薄紫の髪のヴァルキリー。


彼女の姿は、見る角度によってわずかにずれる。


観客の何人かが目をこする。


最後に、テリア女王。


小柄な女王が歩くと、会場に静かな緊張が満ちた。


ベイル女王のような爆発的な歓声ではない。


けれど、誰もが知っている。


あの小さな体に、規格外の魔力と特殊なバリアがあることを。


ベイル女王が笑う。


「久しいな、テリア!」


テリア女王も笑った。


「お主の声は相変わらず大きいのう、ベイル」


「褒め言葉か!」


「半分は」


「ならよし!」


アリスが小声で言う。


「よくないわよ」


リンが遠くから笑っている。


ロイドは静かに記録していた。


トーマはその光景を見て、少し息を吐く。


女王二人。


本当に出るのか。


この大会、普通ではない。


今さらだが、そう思った。


⸻


開会式の最後に、組み合わせが発表されることになった。


巨大な魔法掲示板が闘技場の上空に浮かび上がる。


テリア女王が手を上げる。


「まずは第一カード群。シェイン王国対ベイル王国」


観客席が沸く。


掲示板に、一試合ずつ名前が浮かぶ。


第一試合


レナ 対 ガーネ


レナが目を輝かせた。


「おお! ガーネか!」


ガーネは無言で頷いた。


「速いのと重いの」


レナはにっと笑う。


「面白そうだな!」


ガーネもわずかに口元を動かした。


「うん」


第二試合


ロイド 対 リン


リンが嬉しそうに笑った。


「あら、ロイドさんですか」


ロイドは静かに眼鏡を押し上げる。


「厄介ですね」


「褒め言葉として受け取りますねぇ」


「半分だけです」


「ふふ。十分です」


ロイドの眉がわずかに動く。


何か嫌な予感がしたらしい。


第三試合


トーマ 対 ベイル女王


会場が大きくどよめいた。


トーマは固まった。


「……え?」


ベイル女王が豪快に笑う。


「我とか! よいな!」


レナが叫ぶ。


「いきなり女王戦か!」


ロイドは資料を握る手に力を入れた。


「想定はしていましたが、初戦で来ましたか……」


ノアの顔が青ざめる。


「トーマ……」


トーマは掲示板を見上げた。


ベイル女王。


巨大な盾と光の剣。


女王を除いた国内最高戦力すら超える、実質的な頂点。


そんな相手と、初めての公式戦で戦う。


胸の奥が冷える。


怖い。


だが、テリア女王の言葉が浮かぶ。


負けても構わぬ。


名を失うな。


トーマは深く息を吸う。


「トーマ」


自分の名を呼ぶ。


それから、小さく続けた。


「ノア。ミア。ユナ。レナ。ロイド。ソル」


ノアが近くで頷いた。


ベイル女王はトーマを見て、笑みを少しだけ柔らかくした。


「小僧」


トーマは彼女を見る。


「我は手加減はする。だが、侮りはせぬ」


その声は大きかったが、真剣だった。


「立てるだけ立て。倒れるなら、前を向いて倒れよ」


トーマはゆっくり頷いた。


「はい」


第四試合


ソル 対 カノン


カノンが静かにソルを見る。


「シェイン最高戦力か」


ソルも彼女を見る。


「中距離型か」


「近づかせない」


「近づく」


短い会話。


それだけで、試合の構図が見えた。


観客席の熱がさらに上がる。


シェイン対ベイル。


速度対重量。

頭脳対誘惑。

記憶なき男対豪快女王。

最高戦力対中距離封殺型。


第一カード群から、いきなり濃すぎる。


ロイドは静かに息を吐いた。


「初日から、かなり厳しいですね」


レナは笑う。


「面白い!」


ソルは静かに剣を見た。


「やるだけだ」


トーマは掲示板を見上げ続けていた。


ベイル女王との試合。


勝てるとは思えない。


でも、勝つためだけではない。


恐怖の中で、自分を失わずに立つ。


そのための戦い。


ノアがそっと近づき、小声で言った。


「トーマ」


「何だ」


「負けても、帰ってきて」


トーマはノアを見る。


彼女の目には不安があった。


でも、信じる光もあった。


トーマは頷いた。


「ああ」


そして、短く言った。


「帰ってくる」


その言葉は、地下闘技場の時よりも静かだった。


けれど、確かに強かった。


闘技場の鐘が鳴る。


第一試合。


レナ対ガーネ。


戦乙女たちの舞台が、ついに幕を開けた。

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