第三十一話 出場者たち
ヴァルキリートーナメントの正式な開催告知は、三国にすぐ広まった。
シェイン王国。
ベイル王国。
テリア王国。
三国の力を競う、戦乙女たちの祭典。
リトルヴァルキリーたちの大会とは違う。
出場するのは、各国の正式なヴァルキリー。
国の戦力そのもの。
戦術、魔法、武器、経験、誇り。
それらが真正面からぶつかる。
そして今回、その大会に一つだけ異例が加わった。
シェイン王国代表に、ヴァルキリーではない男、トーマが特別招待枠として加わる。
その知らせは、静かに、しかし確実に波紋を広げた。
⸻
シェイン王国の会議室。
机の上には、テリア王国から届いた大会規定書が広げられていた。
ロイドが読み上げる。
「今回のヴァルキリートーナメントは、三国対抗・単騎四番勝負形式で実施されます」
レナが腕を組む。
「四番勝負!」
ミアが横で目を輝かせる。
「なんかかっこいいな!」
ユナが静かに言う。
「ミアは出ない」
「分かってる! でも言いたい!」
ノアはトーマの隣で資料を覗き込んでいた。
ロイドは続ける。
「各国は四名を代表として選出。他国二国それぞれと、四試合ずつ単騎戦を行います。一試合ごとに勝利国へ一点。最終合計点で順位を決定」
トーマが指を折って数える。
「シェインはベイルと四試合、テリアと四試合。合計八試合か」
「はい」
「全部で十二試合?」
「その通りです」
ロイドは頷いた。
「なお、殺害は禁止。戦闘不能、降参、場外、審判判断による試合停止で決着します。相手の命に関わる過度な攻撃は反則。女王参戦試合は出力制限あり」
レナが少し不満そうに言う。
「女王たちも制限されるのか?」
「当然です。無制限なら会場が残りません」
ソルが静かに頷く。
「妥当だな」
トーマは少し顔をしかめる。
「女王が制限されても、強いんだよな?」
ロイドは眼鏡を押し上げた。
「もちろんです」
「もちろんか……」
レナが明るく言う。
「大丈夫だ、トーマ! 吹っ飛ばされても起きればいい!」
「助言がベイル寄りだな」
ユナがぽつりと言う。
「起きられたら、の話」
「怖いこと言うな」
ノアが心配そうにトーマを見る。
「本当に大丈夫?」
「大丈夫とは言い切れない」
トーマは正直に答えた。
「でも、出るって決めた」
ノアは少し不安そうにしながらも、頷いた。
「うん」
ロイドが資料をめくる。
「そしてシェイン王国代表ですが、正式に以下の四名で提出します」
室内が静まる。
「一人目、ロイド」
ミアが小声で言う。
「自分で自分を発表するの、ちょっと面白いな」
ユナが小声で返す。
「静かに」
ロイドは聞こえていたが無視した。
「二人目、レナ」
「おう!」
レナが拳を上げる。
「三人目、ソル」
ソルは静かに頷く。
「四人目、特別招待枠としてトーマ」
トーマは息を吸った。
その名前が正式に読み上げられた瞬間、胸の奥に少しだけ重みが乗る。
特別枠。
ヴァルキリーではない。
記憶もない。
忘却の剣の持ち主。
地下闘技場で暴走した男。
その自分が、三国の戦乙女たちが集う大会に立つ。
「……俺、本当に場違いじゃないか?」
思わず呟いた。
すると、レナが即答する。
「場違いなら、場に慣れればいい!」
ミアも頷く。
「そうだぞ! 最初は誰でも場違いだ!」
ユナが補足する。
「ミアはだいたいどこでも場違い」
「なんでだ!」
ノアは少し笑ってから、トーマを見た。
「でも、トーマが出る意味はあると思う」
「意味?」
「負けても構わないって、テリア女王は言ってくれた。でも、出なかったら負けることもできないから」
その言葉は不思議と胸に落ちた。
勝つために出る。
負けるために出る。
そのどちらでもない。
戦うことで、自分を知るために出る。
トーマは頷いた。
「そうだな」
ソルが言う。
「ただし、忘却の剣の使用は禁止だ」
「分かってる」
「大会中に剣の名を呼ぶことも禁止だ」
「そんなことするつもりはない」
「ならいい」
ソルの声は静かだったが、重みがあった。
地下闘技場のことを、誰も忘れていない。
だからこそ、忘却の剣は封印室に置いたまま。
トーマは大会用の短棒と、木剣に近い非殺傷武器で戦うことになる。
ロイドは次の資料を出した。
「そして、各国の代表も発表されました」
レナの目が輝く。
「誰だ!」
「ベイル王国代表。リン、ガーネ、ベイル女王、そして新たに一名」
トーマが反応する。
「新たに一名?」
「はい。名はカノン」
ロイドは資料を読み上げる。
「ベイル王国ヴァルキリー。大型弩と投擲槍を使う中距離戦闘型。粗暴なベイル勢の中では比較的冷静ですが、戦闘になると相手の逃げ場を潰すことを好むとのこと」
レナが腕を組む。
「中距離か。面倒そうだな!」
「あなたは突っ込みすぎるので、特に相性が悪いでしょうね」
「なら突っ込み方を変える!」
「よい判断です」
「褒められた!」
ロイドは続ける。
「テリア王国代表。アリス、ロイ、テリア女王、そして新たに一名」
ノアが聞く。
「誰ですか?」
「名はイリス」
ロイドは資料を見る。
「テリア王国ヴァルキリー。幻惑魔法と反射結界を使う防御反撃型。攻撃を受け流し、相手の認識をずらす戦法を得意とするそうです」
トーマは顔をしかめた。
「認識をずらす……」
ロイドがすぐに言う。
「記録喰いとは別系統です。ですが、あなたにとっては注意が必要な相手ですね」
ソルが頷く。
「イリスとは以前一度だけ見たことがある。厄介だ」
「ソルがそう言うなら相当だな」
「殺傷力は高くない。だが、勝ち筋を消してくる」
ミアが首を傾げる。
「勝ち筋を消す?」
ユナが説明する。
「攻めようとした時には、もう別の場所を見ている。そういう相手かも」
「うわ、やだな!」
レナが大きく頷く。
「正面から来てくれた方が分かりやすい!」
ロイドが静かに言う。
「大会では分かりやすい相手ばかりではありません」
その言葉に、トーマは資料へ視線を落とした。
各国代表。
シェイン。
ベイル。
テリア。
すべてが揃った。
大会が近づいている。
⸻
その日の午後から、特訓はさらに実戦寄りになった。
ロイドは試合形式の訓練を組んだ。
「本番では、相手ごとに戦い方を変える必要があります。勝てる相手と、勝ちに行ってはいけない相手を見極めること」
トーマは短棒を構えた。
「勝ちに行ってはいけない相手?」
「はい。たとえば女王戦です」
「最初から言い切ったな」
「勝てる可能性が低すぎます」
レナが横で言う。
「でも諦めるのはよくないぞ!」
「諦めるのと、勝利条件を変えることは違います」
ロイドは地面に線を引いた。
「トーマ、あなたが女王級と当たった場合の目的は勝利ではありません」
「じゃあ何だ?」
「一つ、自分の名前を失わないこと。二つ、降参の判断を自分で行うこと。三つ、相手の強さを受け取り、次へ持ち帰ること」
トーマは黙る。
降参。
その言葉は少し重かった。
負けることよりも、自分から負けを認めることの方が難しい。
「降参するのも訓練か」
「はい」
ロイドははっきり答えた。
「地下闘技場でのあなたは、限界を超えても止まれませんでした。剣に痛みを忘れさせられ、損傷を無視して動き続けた。だからこそ、今のあなたには“止まる訓練”が必要です」
ソルも頷く。
「戦い続ける強さと、止まる強さは違う」
トーマは短棒を握る手に力を込めた。
「分かった」
レナが元気よく言う。
「つまり、止まる練習だな!」
「はい。あなたにも必要です」
「私も!?」
「あなたは特に」
レナは衝撃を受けたような顔をした。
ミアが小声で笑う。
「レナさんも止まれないんだな」
ユナが言う。
「ミアも」
「私も!?」
「かなり」
ノアは少し笑った。
その笑いに、トーマも少しだけ肩の力が抜ける。
大会に向けた訓練は厳しい。
でも、どこか温かい。
一人で追い詰められているのではない。
皆で準備している。
それが分かるだけで、怖さは少し形を変える。
⸻
同じ頃、ベイル王国。
訓練場の中央では、ベイル女王が巨大な盾を構え、豪快に笑っていた。
「もっと来い! その程度では大会で恥をかくぞ!」
目の前では、ガーネが大斧の代わりに新調された巨大戦槌を振るっていた。
地下闘技場で大斧が破損したため、修復中の間は戦槌を使っている。
それでも十分に恐ろしい。
ガーネの一撃が地面を砕く。
ベイル女王は盾で受け止め、光の剣で弾き返す。
「重くなったな、ガーネ!」
「もっと重くする」
「よい!」
少し離れた場所で、リンが新しいチャクラムを調整している。
以前より薄く、鋭く、魔力の通りが良い。
「今度は忘却に触れられても、そう簡単には消えないようにしたいですねぇ」
隣で、カノンが大型弩を整備していた。
短い髪を後ろでまとめ、片目に照準用の魔道具をかけている。
彼女は静かに言った。
「大会相手は忘却の剣じゃないでしょ」
リンは微笑む。
「ですが、あの男の周囲には厄介ごとが集まりますから」
「トーマ?」
「ええ」
カノンは弩の弦を引き、試し撃ちをする。
魔力矢が訓練場の的を貫いた。
「噂は聞いてる。空から落ちてきて、地下闘技場で暴走して、レッドフラッグスまで出てきた男」
「随分端的ですねぇ」
「面倒そう」
「面倒ですよ」
「なら、当たったら早く終わらせる」
リンはくすりと笑った。
「その方が彼のためかもしれませんねぇ」
カノンは首を傾げる。
「優しいの?」
「半分だけ」
「半分は?」
「興味です」
ベイル女王の笑い声が響く。
「トーマか! あの小僧、我と当たるなら全力で受け止めてやろう!」
カノンが淡々と言う。
「女王陛下が受け止めると、普通は潰れます」
「加減する!」
リンが微笑む。
「本当に?」
ベイル女王は堂々と言った。
「努力する!」
カノンは小さく呟く。
「駄目そう」
ガーネが頷く。
「駄目かも」
ベイル女王はなぜか嬉しそうに笑った。
「よい! 心配されるのも王の器よ!」
「それは違うと思いますねぇ」
ベイル王国の訓練場は、今日も騒がしかった。
⸻
テリア王国では、少し違った空気が流れていた。
研究塔の中庭。
アリスは魔法陣を展開し、複数の属性魔法を同時に操っていた。
炎、水、雷、風。
それらが輪を描き、互いに干渉しないように流れている。
「大会だからって、変に張り切る必要はないんだけどね」
そう言いながらも、魔法の精度は普段より高い。
ロイは中庭の影の中から現れた。
「張り切ってる」
アリスは顔を赤くする。
「張り切ってないわよ」
「してる」
「してない」
「トーマ出るから?」
「何でそこでトーマなのよ!」
「地下で戻った」
ロイは短く言う。
「見たいんでしょ。今度は壊れてないトーマ」
アリスは一瞬言葉に詰まった。
それから、ふんと顔を逸らす。
「……ただ、危なっかしいから見ておく必要があるだけよ」
「それを気にしてると言う」
「ロイ、最近ちょっと喋るようになって面倒になったわね」
「うん」
「褒めてない!」
そこへ、イリスが現れた。
銀色に近い薄紫の髪を持つ、穏やかな表情のヴァルキリー。
彼女はゆっくりと礼をする。
「アリス様、ロイ様。大会の訓練ですか?」
アリスは腕を組む。
「まあね。イリス、あなたも出るんでしょ」
「はい。女王陛下から命を受けましたので」
イリスは柔らかく微笑む。
だが、その周囲には薄い鏡のような結界が浮かんでいた。
彼女の姿が、わずかに揺れて見える。
正面にいるはずなのに、半歩ずれているような感覚。
ロイが短く言う。
「相変わらず見づらい」
イリスは微笑んだ。
「ありがとうございます」
アリスが呆れる。
「それ褒め言葉なの?」
「私にとっては」
イリスは大会名簿を見る。
「トーマ様も出場なさるのですね」
「気になる?」
アリスが聞く。
「はい。忘却の剣から戻られた方。どのような心をお持ちなのか、少し」
「あなた、戦うときは優しそうな顔でえげつないことするから嫌なのよね」
イリスは困ったように微笑む。
「えげつないなど。私はただ、相手の攻撃したい場所を少しずらしているだけです」
ロイが言う。
「えげつない」
「ロイ様まで」
その時、中庭の上空に青白い魔法陣が広がった。
テリア女王の声が響く。
「皆、準備は進んでおるようじゃな」
アリスが上を見る。
「女王様も出るんでしょ? あなたこそ加減を覚えたの?」
「今回は出力制限があるからのう」
「制限があっても壊すでしょ」
「努力する」
アリスは額を押さえる。
「どこの女王も努力するって言えば済むと思ってるのかしら」
ロイが短く言う。
「済まない」
「そうよね」
テリア女王は楽しそうに笑った。
「トーマも出る。ソルも出る。ベイル女王も出る。なかなか賑やかな大会になりそうじゃ」
アリスは少しだけ不安そうに言う。
「賑やかで済めばいいけど」
テリア女王の声が少し低くなる。
「記録喰いの件もある。警戒は怠らぬ。じゃが、だからといって戦いの場を閉じるわけにもいかぬ」
ロイが頷く。
「トーマには必要」
「うむ」
テリア女王は遠くを見るような声で言った。
「負けても構わぬ。じゃが、何も得ずに終わることは許さぬ」
⸻
数日後。
シェイン王国の訓練場では、模擬試合が行われることになった。
トーマの対戦相手は、レナ。
「私が相手だ!」
レナは木槍を構えていた。
普段の彼女なら突撃一択。
だが今日は違う。
ロイドに止まる訓練を受けているため、妙に真剣な顔をしている。
「今日は考えて戦うぞ」
トーマは短棒を構えた。
「レナが考えて……?」
「失礼だな!」
ユナが小声で言う。
「少し不安」
ミアも頷く。
「分かる」
ノアは二人を見ながら苦笑していた。
ロイドが合図を出す。
「開始」
レナは動かなかった。
トーマは驚く。
「来ないのか?」
「待つ!」
「レナが?」
「待つ!」
本当に待っている。
トーマは少しだけ困った。
レナは突っ込んでくるものだと思っていた。
なら、こちらから動くしかない。
トーマが一歩踏み込む。
その瞬間、レナが笑った。
「来たな!」
木槍が一気に伸びる。
速い。
待っていたのではない。
誘っていた。
トーマは短棒で受け流す。
ノアの受け流す膜を参考にした動き。
だが、レナの速度は予想以上だった。
二撃目がすぐに来る。
トーマは後退。
足元にミアが叫ぶ。
「トーマ、右!」
ユナがすぐに言う。
「違う、左」
「どっちだ!」
「左」
ユナの声に従い、トーマは左へ踏む。
レナの槍が右側を抜けた。
危ない。
だが避けた。
レナは嬉しそうに笑う。
「やるな!」
「レナもな!」
トーマは踏み込む。
短棒で槍の柄を叩き、間合いの内側へ入る。
だが、レナはそこからさらに速かった。
槍を捨てる。
拳。
「えっ」
トーマの反応が遅れる。
レナの拳が寸止めで胸の前に止まった。
ロイドが声を上げる。
「勝者、レナ」
トーマは息を吐いた。
「槍を捨てるのか」
レナは胸を張る。
「考えた!」
「本当に考えてる……」
ミアが驚く。
ユナが小さく拍手する。
「成長」
レナは満面の笑みを浮かべる。
トーマは少し悔しそうに笑った。
「負けた」
ノアが心配そうに見る。
「大丈夫?」
トーマは自分の胸に手を当てる。
負けた。
悔しい。
でも、沈まない。
名前はある。
「大丈夫だ」
ロイドが記録する。
「敗北後の精神状態、安定。良好です」
ソルが頷く。
「負け方としては悪くない」
トーマは苦笑する。
「負け方を褒められるのは不思議だな」
「これから慣れろ」
「慣れたくはない」
ロイドが淡々と言う。
「必要です」
トーマは空を見上げた。
負けても、世界は崩れない。
負けても、自分は消えない。
それを体で覚える。
テリア女王の言葉が、少しずつ意味を持ち始めていた。
⸻
大会前夜。
トーマは自室で、机に向かっていた。
今日の記録を書く。
レナに負けた。
悔しかった。
でも、怖くはなかった。
名前を失わなかった。
負けても、俺はトーマだった。
そう書いて、しばらく見つめる。
その時、窓の外で風が鳴った。
遠く、赤い布が揺れたような気がした。
トーマは立ち上がり、窓を開ける。
夜の城下が見える。
誰もいない。
紅い旗もない。
気のせいかもしれない。
だが、トーマは小さく呟いた。
「見てるのか、セイレン」
答えはない。
ただ、夜風が部屋に入ってくる。
その風の中に、ほんのかすかに声が混ざった気がした。
⸻負けなさい。
トーマは少し笑った。
「言われなくても、負けるかもしれない」
そして、窓の外へ向けて静かに続けた。
「でも、消えない」
夜は静かだった。
大会は、明日始まる。
戦乙女たちが集う舞台。
そこでトーマは初めて、忘却の剣ではなく、自分の名前だけを持って戦う。




