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Reincarnation -Record of memories-  作者: 斗真
第一章 小さき蕾、花開く時

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第十三話 勝利のあとに残るもの

シェイン王国の控え所は、しばらく賑やかだった。


【ミア】

「勝ったぞー!」


ミアの声が響く。


ただし、本人はレナに抱えられたままだった。


【ロイド】

「喜ばしいことですが、もう少し静かにして下さい」


ロイドが言う。


【ミア】

「勝った時くらい騒いでもいいだろ!」


【ロイド】

「騒ぐ元気があるなら、自分で歩けますね」


【ミア】

「無理!」


【ロイド】

「即答しないでください」


レナはミアを抱えたまま、誇らしげに笑っていた。


【レナ】

「ミアはよくやった! 最後の突っ込み、すごかったぞ!」


【ミア】

「だろ!」


【レナ】

「でも、あれは危なかったぞ!」


【ミア】

「だろ!」


【ロイド】

「褒められているのか怒られているのか分かっていませんね」


ロイドがため息をつく。


その横で、ユナは治療担当のヴァルキリーに腕を診てもらっていた。


ルチアの一撃を受け止めた影響で、腕に痺れが残っているらしい。


「骨は問題ありません。ただ、魔力衝撃が入っています。しばらく無理はしないようにして下さい」


治療担当が言うと、ユナは静かに頷いた。


【ユナ】

「分かりました」


【ロイド】

「分かっている顔に見えませんね」


ロイドが横から言う。


【ユナ】

「分かってます」


【ロイド】

「あなたも無茶をしますからね」


【ユナ】

「必要だったので」


【ロイド】

「必要でも、毎回体で受け止めるのは推奨しません」


ユナは少しだけ目を逸らした。


ノアは椅子に座って、両手で温かい飲み物を持っていた。


魔力をかなり使ったせいで顔色は少し白い。


けれど、その表情はどこか明るかった。


トーマは彼女の前に立っていた。


【トーマ】

「体は大丈夫か?」


【ノア】

「うん。ちょっと疲れただけ」


【トーマ】

「無理してないか?」


ノアは少し笑った。


【ノア】

「たぶん」


トーマは沈黙した。


ノアは慌てて言い直す。


【ノア】

「だ、大丈夫。ちゃんと休む」


【トーマ】

「それならいい」


ノアはカップを見つめながら、小さく言った。


【ノア】

「私、初めて……戦ってよかったって思えたかもしれない」


トーマは少し驚いた。


【トーマ】

「戦ってよかった?」


【ノア】

「うん。誰かを傷つけるのはまだ怖い。でも、今日の私の力は、ミアとユナを助けられた。足場になったり、守ったり、道を作ったりできた」


ノアは自分の手を見る。


【ノア】

「私の魔力、怖いだけじゃないんだって……少し思えた」


トーマは頷いた。


【トーマ】

「そうだな」


【ノア】

「でも、フィナちゃんに言われた時は、やっぱり怖かった」


【トーマ】

「大きすぎる力のことか」


【ノア】

「うん」


ノアの指がカップを握る。


【ノア】

「力があるから誰かに利用されるかもしれない。そう思ったら、急に怖くなった」


トーマはセイレンの言葉を思い出す。


力が大きすぎる子は、大人に都合よく名前をつけられる。


ノアにとって、その言葉はまだ棘のように残っている。


【ノア】

「でも、ミアとユナが言ってくれたから」


ノアは控え所の中を見る。


レナに抱えられて騒ぐミア。

治療を受けながら静かにしているユナ。


【ノア】

「私が私だから一緒にいるって」


トーマは少しだけ微笑んだ。


【トーマ】

「いい仲間だな」


【ノア】

「うん」


ノアは小さく頷いた。


【ノア】

「トーマも」


【トーマ】

「俺も?」


【ノア】

「ちゃんと見てくれてた」


【トーマ】

「それが俺の役目だったからな」


【ノア】

「でも、嬉しかった」


その言葉に、トーマは一瞬返事に詰まった。


ノアはすぐに顔を赤くする。


【ノア】

「あ、えっと、その……変な意味じゃなくて」


【トーマ】

「分かってる」


トーマは笑った。


【トーマ】

「俺も見てよかった。色々分かった気がする」


【ノア】

「何が?」


【トーマ】

「守る力は、守るだけじゃないってこと」


ノアは首を傾げた。


トーマは続ける。


【トーマ】

「ノアの防御があったから、ミアが飛べた。ユナが時間を稼いだから、ミアが届いた。最後も、ユナが残した印とノアの背中の防御がなければ、ミアはルチアに届かなかった」


トーマは自分の胸に手を当てる。


【トーマ】

「一人の力じゃない。誰かの力が、別の誰かの一手になる。そういう戦い方があるんだと思った」


ノアは静かに聞いていた。


【ノア】

「トーマも、そういう戦い方をするの?」


【トーマ】

「まだ分からない。でも、したいと思った」


そう言った瞬間、腰の剣がわずかに震えた。


トーマは手を止める。


【トーマ】

「……またか」


ノアも気づいた。


【ノア】

「剣?」


【トーマ】

「ああ」


トーマは剣の柄に触れる。


声は聞こえない。


だが、胸の奥に微かな映像がよぎった。


誰かの背中。


一人ではない。


並んで立つ影がいくつもある。


炎。

瓦礫。

白い光。

そして、誰かが叫ぶ声。


───一人で行くな。


トーマは息を呑んだ。


【ノア】

「トーマ?」


ノアの声で、意識が戻る。


【ノア】

「大丈夫?」


【トーマ】

「今……少し見えた」


【ノア】

「記憶?」


【トーマ】

「分からない」


けれど、前とは違った。


これまでの断片は、警告や拒絶のようだった。


思い出すな。

まだ、来るな。


だが今の断片は違う。


一人で行くな。


それは拒絶ではなく、誰かの願いのように聞こえた。


トーマは剣から手を離した。


【トーマ】

「この剣は、俺が何かを知るたびに反応しているのかもしれない」


ノアは不安そうに言う。


【ノア】

「抜かなくても?」


【トーマ】

「ああ」


ロイの言葉を思い出す。


空っぽの器には、何でも入る。

仲間、約束、守りたいもの。

そういうもので満たせ。


もしかすると、記憶を取り戻すために必要なのは、ただ剣を抜くことではないのかもしれない。


自分の中に、受け止めるだけのものを作ること。


それが、剣に飲まれないための条件。


【ノア】

「トーマ」


ノアが静かに言う。


【ノア】

「思い出すの、怖い?」


トーマは少し考えた。


【トーマ】

「怖い」


ノアは頷く。


【ノア】

「でも、知りたい?」


【トーマ】

「ああ」


【ノア】

「じゃあ……私も一緒に考える」


トーマはノアを見る。


ノアはまだ疲れている。

それでも、しっかりと彼を見ていた。


【ノア】

「私も自分の力のこと、まだ分からないから。だから、一緒に分からないことを考える」


トーマは少しだけ笑った。


【トーマ】

「ありがとう」


ノアはまた少し頬を赤くして、カップに視線を戻した。


【ノア】

「うん」


そのやり取りを、少し離れたところからソルが見ていた。


彼女は何も言わない。


ただ、トーマの剣の反応と、ノアの言葉を静かに見つめていた。


ロイドが隣に立つ。


【ロイド】

「剣がまた反応しましたね」


【ソル】

「ああ」


【ロイド】

「危険度は上がっていますか」


【ソル】

「分からない」


ソルは短く答えた。


【ソル】

「だが、今の反応は悪いものには見えなかった」


【ロイド】

「あなたの勘ですか?」


【ソル】

「そうだ」


【ロイド】

「レナの勘よりは信用します」


少し離れた場所からレナが叫ぶ。


【レナ】

「聞こえてるぞ!」


ロイドは無視した。




中央演習場では、その後も大会が続いた。


シェイン三人組は二連勝したことで、この日のリトルヴァルキリートーナメント集団戦において最も注目される存在になった。


しかし、体力と魔力の消耗が大きく、最終戦への出場は審判団の判断で見送られることになった。


ミアは当然、抗議した。


【ミア】

「まだ行ける!」


ロイドが冷静に言う。


【ロイド】

「歩けない人が何を言っているのですか」


【ミア】

「気持ちは行ける!」


【ロイド】

「体が行けません」


【ミア】

「体、頑張れ!」


【ロイド】

「体に命令しないでください」


ユナも淡々と言った。


【ユナ】

「私も腕が重い。ノアも魔力切れ。今出たら負けるだけ」


ミアは不満そうにしたが、ユナの言葉には逆らわなかった。


【ミア】

「……じゃあ、次は勝つ」


【ノア】

「うん」


ノアも頷いた。


【ノア】

「次はもっと上手くやる」


トーマはその言葉を聞いて、少し驚いた。


ノアが次の戦いを見ている。


怖がっていた少女が、次を考えている。


それは小さな変化だが、大きな一歩だった。


その後の試合では、ベイルのキリカとメルが再び出場し、別組の魔法自動兵を相手に調整戦を行った。


キリカは悔しさをぶつけるように動き、罠と曲刀を組み合わせて圧倒した。


メルは相変わらず柔らかく笑いながら、敵の足場を崩し、キリカの攻撃が通りやすい場所を作る。


【トーマ】

「やっぱり強いな」


トーマが言うと、ユナが頷いた。


【ユナ】

「初戦で勝てたのはかなり大きい。もう一回やったら、同じようにはいかない」


ミアが言う。


【ミア】

「なら、こっちも違うことをする!」


【ユナ】

「そういうこと」


テリアのルチアとフィナも、敗北後に再び短い演習へ出た。


ルチアは明らかに悔しそうだった。


その剣筋は鋭く、少し荒い。


フィナはそんな姉を見ながら、いつもより丁寧に補助を重ねていた。


【トーマ】

「ルチア、悔しそうだな」


トーマが呟くと、ノアが頷く。


【ノア】

「でも、ちゃんと前を見てる」


ルチアは演習後、シェイン三人組の方へ一度だけ視線を向けた。


そして、ふんと顔を逸らした。


だが、その口元はわずかに笑っていた。


認めた。


そう見えた。


大会は殺し合いではない。


けれど、真剣な戦いは互いを変える。


トーマはそれを強く感じていた。




閉会式は夕暮れ前に行われた。


フィールドには三国のリトルヴァルキリーたちが並んだ。


シェインのノア、ミア、ユナ。

ベイルのキリカ、メル。

テリアのルチア、フィナ。


全員が疲れていた。


服には土がつき、髪は乱れ、小さな傷もある。


それでも、誰一人として下を向いていなかった。


テリア女王が中央へ立つ。


その小さな姿から、演習場全体へ声が響いた。


【テリア】

「本日のリトルヴァルキリートーナメント集団戦は、これにて終了とする」


観覧席が静まる。


【テリア】

「前回の中断を経ての再開催となったが、各国のリトルヴァルキリーたちは見事に役目を果たした。勝った者も、負けた者も、今日得たものを忘れるでない」


テリア女王の視線が、シェイン三人組に向く。


【テリア】

「特にシェイン王国。例外処置での三人参加、その制限下での二勝。未完成ながら、非常に興味深い連携を見せた」


ミアが胸を張る。


ユナは少しだけ目を伏せる。

ノアは緊張しながらも、しっかり前を見ていた。


【テリア】

「ベイル王国。罠、地形操作、奇襲。その二人組の戦術は、単なる力押しではないベイルの幅を示した」


キリカは少し照れくさそうにそっぽを向いた。


メルはにこにこしている。


ベイル女王が観覧席から豪快に笑う。


【ベイル】

「よくやったぞ、キリカ、メル!」


キリカが大声で返す。


【キリカ】

「次は勝ちます!」


【ベイル】

「その意気だ!」


テリア女王は続ける。


【テリア】

「テリア王国。ルチア、フィナ。姉妹の連結術式は見事じゃった。敗北はしたが、あの完成度は誇ってよい」


ルチアは悔しそうにしながらも、きちんと頭を下げた。


フィナは隣で柔らかく笑っている。


【テリア】

「勝利は成長の証。敗北は成長の種。どちらも持ち帰るがよい」


テリア女王は手を広げた。


【テリア】

「本大会の集団戦は、シェイン王国の勝利とする」


拍手が起こった。


ミアが飛び上がろうとして、足が痛んでよろけた。


【ミア】

「うおっ」


ユナが支える。


【ユナ】

「無理しない」


ノアも慌てて手を伸ばす。


【ノア】

「大丈夫?」


ミアは笑った。


【ミア】

「勝ったから大丈夫!」


【ユナ】

「それは理屈じゃない」


それでも三人は笑っていた。


トーマはその姿を見ていた。


その胸に、また温かいものが満ちる。


これが、繋がり。


ロイの言葉が蘇る。


空っぽの器には、何でも入る。


今、トーマの中には確かに何かが入ってきていた。


それは記憶ではない。


けれど、記憶を受け止めるための土台になるものだった。




閉会式が終わり、各国が帰り支度を始めた頃。


トーマは少しだけ演習場の端へ歩いていた。


あの日、自分が落ちた場所。


今は補修され、何事もなかったかのように平らになっている。


だが、トーマには分かる。


ここから始まったのだ。


名前以外すべてを失った自分が、この世界に落ちてきた場所。


【ソル】

「ここにいたのか」


声をかけたのはソルだった。


【トーマ】

「少し見たくなった」


【ソル】

「落下地点をか」


【トーマ】

「ああ」


ソルは隣に立つ。


【ソル】

「何か思い出したか」


【トーマ】

「いや。でも、さっき剣が反応した」


【ソル】

「何を見た」


トーマは少し黙った。


【トーマ】

「誰かが言った。一人で行くな、と」


ソルの目がわずかに揺れる。


【ソル】

「声か」


【トーマ】

「ああ。誰の声かは分からない」


【ソル】

「嫌な感じはしたか」


【トーマ】

「しなかった」


トーマは剣に触れる。


【トーマ】

「むしろ、懐かしかった」


ソルは静かに聞いていた。


【トーマ】

「俺は、昔も一人で行こうとしたのかもしれない」


【ソル】

「そう思う理由は」


【トーマ】

「分からない。ただ、そんな気がする」


ソルは少しだけ空を見た。


夕焼けが演習場を赤く染めている。


【ソル】

「なら、同じ失敗をしないことだ」


【トーマ】

「失敗?」


【ソル】

「一人で行くなと言われたのなら、一人で行こうとしていたのだろう」


【トーマ】

「そうだな」


トーマは小さく笑った。


【トーマ】

「今の俺には、まだ一人で行けるほどの力もない」


【ソル】

「力があっても、一人で行くべきではない時がある」


ソルの声は、いつもより少し深かった。


トーマは彼女を見る。


【トーマ】

「ソルも、そういう経験があるのか」


ソルは答えなかった。


だが、その沈黙が答えのようだった。


【トーマ】

「昔、ロイと何かあったのか」


トーマが聞くと、ソルは少しだけ目を細めた。


【ソル】

「なぜロイが出てくる」


【トーマ】

「なんとなく」


【ソル】

「勘か」


【トーマ】

「レナほどじゃない」


【ソル】

「なら、少しは信用できる」


トーマは笑った。


ソルもほんのわずかに口元を緩めた。


【ソル】

「ロイとは、昔から何度も戦った。敵としても、味方に近い立場としても」


【トーマ】

「複雑だな」


【ソル】

「ああ」


ソルは遠くを見る。


【ソル】

「強さを求める者は、時に一人で深く潜りすぎる。誰も届かない場所まで行って、それを孤高と呼ぶ」


【トーマ】

「ソルも?」


【ソル】

「そうだったかもしれない」


その言葉は小さかった。


トーマは、ソルが皆から一目置かれる存在であることを知っている。


シェイン最高戦力。


美しく、儚く、孤高に見える人。


だが、実際の彼女は寂しがり屋で、不器用で、誰かに褒められると少し柔らかくなる人でもある。


【トーマ】

「今は違うのか」


ソルはすぐには答えなかった。


【ソル】

「少しは」


【トーマ】

「ならよかった」


トーマがそう言うと、ソルは彼を見る。


【ソル】

「なぜお前が安心する」


【トーマ】

「ソルがずっと一人だったら、寂しいだろ」


あまりにも素直な言葉だった。


ソルは一瞬、固まった。


そして、ほんの少しだけ視線を逸らす。


【ソル】

「……余計な心配だ」


【トーマ】

「そうか?」


【ソル】

「そうだ」


だが、その声は冷たくなかった。


むしろ、どこか照れたようにも聞こえた。


トーマは気づいていない。


ソルの耳がわずかに赤くなっていることに。


少し離れた場所で、レナがそれを見ていた。


【レナ】

「ロイド、ソルが照れてるぞ」


【ロイド】

「大声で言わないでください」


ロイドが即座に止める。


ソルは無言でレナの方を見た。


レナはぴしっと背筋を伸ばす。


【レナ】

「何も見てない!」


【ソル】

「見ていただろ」


【レナ】

「見てない!たぶん!」


【ロイド】

「大丈夫ではありませんね」


ロイドが呟く。


トーマは首を傾げる。


【トーマ】

「どうした?」


ソルは短く言った。


【ソル】

「何でもない」


その言い方は、どう聞いても何かあった。


だが、トーマは深く追及しなかった。




その頃。


演習場から少し離れた森。


ロイは一人、木の上に立っていた。


セイレンとルークはすでに姿を消している。


だが、空間の裂け目の残滓が微かに漂っていた。


【ロイ】

「逃げ足が速い」


ロイは小さく呟く。


その背後に、アリスが現れた。


【アリス】

「見つけた?」


【ロイ】

「いた」


【アリス】

「逃げられた?」


【ロイ】

「戦うつもりがなかった」


アリスは眉を寄せる。


【アリス】

「セイレンが?」


【ロイ】

「うん。今日は見るだけ」


【アリス】

「本当に?」


【ロイ】

「たぶん」


アリスはため息をつく。


【アリス】

「あなたのたぶんは信用できる方?」


ロイは少し考える。


【ロイ】

「半分」


【アリス】

「微妙ね」


ロイは遠くの演習場を見る。


【ロイ】

「セイレンはトーマとノアを見てる」


【アリス】

「やっぱりノアも?」


【ロイ】

「うん」


【アリス】

「理由は?」


【ロイ】

「器」


アリスの表情が変わる。


【アリス】

「器、ね」


その言葉は、テリアにとって重い。


セイレンが最も嫌った言葉でもある。


自分が娘ではなく、結界研究の器として見られた。


その怒りが、彼女をテリアから離れさせた。


【アリス】

「セイレンがノアを見ている理由が、それなら厄介ね」


【ロイ】

「うん」


【アリス】

「女王様には?」


【ロイ】

「伝える」


アリスは腕を組む。


【アリス】

「セイレンは何をするつもりなのかしら」


ロイは短く答えた。


【ロイ】

「壊すか、試すか」


【アリス】

「どっち?」


【ロイ】

「両方かも」


アリスは顔をしかめた。


【アリス】

「最悪ね」


【ロイ】

「うん」


ロイは空を見上げた。


【ロイ】

「でも、まだ早い」


【アリス】

「何が?」


【ロイ】

「大きい戦い」


アリスはロイを見る。


ロイはいつも通り無表情だったが、その声には確信があった。


【ロイ】

「セイレンは待ってる。トーマが強くなるのを。ノアが力を制御するのを」


【アリス】

「育ててるみたいに聞こえるわね」


【ロイ】

「そうかも」


アリスは嫌そうな顔をした。


【アリス】

「敵に育てられるとか、趣味が悪いわ」


ロイは少しだけ首を傾げる。


【ロイ】

「テリアも似たことした」


アリスは言葉に詰まった。


セイレンのこと。


ノアを見つめるテリア女王の視線。


研究者としての好奇心と、王としての判断。


それがどれほど危ういか、アリスは知っている。


【アリス】

「……今度は止めるわよ」


アリスが言った。


ロイは頷いた。


【ロイ】

「うん」




閉会式後、各国のリトルヴァルキリーたちは短い交流の時間を持つことになった。


ミアはキリカと再び言い合いをしていた。


【ミア】

「次も勝つ!」


【キリカ】

「次は私たちが勝つって言ってるでしょ!」


【ミア】

「じゃあ次の次も勝つ!」


【キリカ】

「何回やる気よ!」


【ミア】

「いっぱい!」


キリカは呆れながらも、どこか楽しそうだった。


メルはノアのそばに座っていた。


【メル】

「大丈夫?疲れてない?」


【ノア】

「少し」


【メル】

「甘いもの食べる?」


【ノア】

「え?」


メルは小さな包みを取り出した。


中には、ベイル王国の焼き菓子らしきものが入っている。


【メル】

「疲れた時は甘いものがいいよぉ」


ノアは少し迷ったが、受け取った。


【ノア】

「ありがとう」


【メル】

「どういたしましてぇ」


フィナもそこへやってくる。


【フィナ】

「私ももらっていい?」


【メル】

「いいよぉ」


【フィナ】

「わあ、ありがとう」


ノアは少し驚いて二人を見る。


さっきまで戦っていた相手同士が、今は普通にお菓子を分け合っている。


その隣で、ルチアはユナと話していた。


【ルチア】

「最後の印、あれはいつ仕込んだの?」


ユナは淡々と答える。


【ユナ】

「試合前。ミアの手袋に魔力糸の印を入れておいた。使う予定はなかった」


【ルチア】

「使う予定がなかったものに負けたのね、私は」


【ユナ】

「たまたま噛み合った」


ルチアは少し悔しそうに唇を尖らせる。


【ルチア】

「次は通さないわ」


【ユナ】

「次は別の手を使う」


【ルチア】

「あなた、静かな顔してかなり負けず嫌いね」


【ユナ】

「たぶん」


ミアの「たぶん」がうつったような返事に、ルチアは一瞬きょとんとしたあと、小さく笑った。


トーマはその様子を少し離れて見ていた。


戦い終わった後に、こうして話せる。


それが嬉しかった。


けれど同時に、胸の奥で別の感情もある。


レッドフラッグスと戦った時、こんな時間は来るのだろうか。


セイレンとルーク。


彼女たちは国に属さない。

大会のルールにも縛られない。

戦う時は全力で、殺す気で来る。


もし今日のようにノアたちが追い詰められた相手が、テリア姉妹ではなくレッドフラッグスだったら。


ユナが戦闘不能になったところで、攻撃は止まらなかったかもしれない。

ミアが倒れたところで、追撃が来たかもしれない。

ノアが魔力を乱した瞬間、本当に壊されていたかもしれない。


トーマの拳が自然と握られる。


「考え込んでるねぇ」


声をかけてきたのはリンだった。


トーマは警戒して半歩下がる。


リンは楽しそうに笑う。


【リン】

「あら、また警戒された」


【トーマ】

「ロイドに半分だけ聞けと言われた」


【リン】

「ふふ。では半分だけ話しましょう」


【トーマ】

「何を」


リンはリトルヴァルキリーたちを見る。


【リン】

「あの子たちは今日、良い経験をしました。勝つこと。負けること。悔しがること。認め合うこと。大会だからできる経験です」


トーマは黙って聞く。


【リン】

「でも、あなたは別のことを考えている。もし相手がレッドフラッグスだったら、と」


トーマの目が細くなる。


【トーマ】

「分かるのか」


【リン】

「顔に出ています」


【トーマ】

「そんなに出るか?」


【リン】

「ええ。かなり」


トーマは少しだけ眉を寄せた。


リンは声を落とす。


【リン】

「その想像は正しいですよ。もし相手がレッドフラッグスなら、今日のようには終わらない。ユナちゃんが身を投げ出した瞬間、ルークならそのまま砕くかもしれない。セイレンなら、その覚悟ごと利用するかもしれない」


トーマの胸が冷える。


【リン】

「だから強くなりなさい」


リンは微笑んでいる。


だが、その目は真面目だった。


【リン】

「ルールある戦いで得たものを、ルールなき戦いでも失わないために」


【トーマ】

「リンは、俺に何をさせたいんだ」


【リン】

「今は何も。ただ、強くなったあなたを見たいだけ」


【トーマ】

「それは信用できる言葉か?」


【リン】

「半分だけ」


リンはそう言って笑った。


トーマは小さく息を吐く。


半分だけ聞け。


ロイドの忠告は正しい。


だが、リンの言葉にも確かに真実は混ざっていた。




帰りの馬車に乗る頃には、空は深い橙色に染まっていた。


シェインの馬車には、疲れ切ったリトルヴァルキリーたちが乗っている。


ミアは乗った瞬間に眠った。


【ミア】

「勝ったぞ……むにゃ……」


寝言でも勝利を主張している。


ユナは腕を休ませながら、窓の外を見ていた。


ノアはトーマの向かいに座り、うとうとしている。


レナは外で護衛として馬車の横を走ろうとして、ロイドに止められた。


【ロイド】

「今日は乗ってください」


【レナ】

「でも護衛が」


【ロイド】

「護衛は休むことも任務です」


【レナ】

「そうなのか!」


【ロイド】

「そうです」


【レナ】

「じゃあ休む!」


レナは馬車に乗ると、すぐに元気よく座った。


だが五分後には寝ていた。


ロイドは静かにため息をつく。


【ロイド】

「切り替えが早いですね」


ソルは窓際に座り、外を見ている。


トーマは記録板を見返していた。


ノアの防御。

ミアの突撃。

ユナの糸。

キリカとメルの罠。

ルチアとフィナの連携。


その全てが、今日の自分に何かを教えてくれた。


【ソル】

「トーマ」


ソルが声をかける。


【トーマ】

「何だ」


【ソル】

「今日、何を得た」


トーマは少し考えた。


【トーマ】

「一人じゃ届かない場所に、三人なら届くことがある」


ソルは黙って聞いている。


【トーマ】

「それと、守る力も攻めに繋がる。負けそうな時でも、誰かが残した一手が次に繋がる」


【ソル】

「他には」


トーマは記録板を閉じた。


【トーマ】

「…ルールがある戦いだから、あの子たちは成長できた。でも、ルールがない戦いなら、同じことはできないかもしれない」


ソルは頷いた。


【ソル】

「そこまで見えたなら十分だ」


【トーマ】

「十分なのか?」


【ソル】

「今日のところはな」


ロイドが補足する。


【ロイド】

「次からは、それを自分の訓練に落とし込む必要があります」


【トーマ】

「自分の訓練?」


【ロイド】

「はい。あなたはまだ剣を抜けません。ですが、木剣でも学べることはあります。特に連携と位置取り」


トーマは頷く。


【トーマ】

「ノアたちと訓練するのか?」


【ロイド】

「それもあります。ただし、まずはあなた自身が“誰かの一手を受け取る”訓練をする必要があります」


【トーマ】

「受け取る?」


ロイドは眼鏡を押し上げる。


【ロイド】

「あなたはまだ、最後の瞬間に一人で動こうとする癖があります。今日、見て理解したなら、次は体で覚える段階です」


トーマは少し苦笑した。


【トーマ】

「厳しくなりそうだな」


ソルが言う。


【ソル】

「なる」


【トーマ】

「即答か」


【ソル】

「当然だ」


ロイドも頷いた。


【ロイド】

「大会も終わりました。明日から訓練を再構成します」


馬車の中で、ノアがうとうとしながら小さく呟いた。


【ノア】

「明日から……?」


ロイドは少しだけ表情を和らげる。


【ロイド】

「あなたたちは明日は休みです」


【ノア】

「よかった……」


ノアは安心したように眠った。


ミアも眠りながら「休み……勝った……」と呟いている。


ユナも少しだけ目を閉じた。


トーマは三人を見て、静かに笑った。


その時。


窓の外、遠くの丘の上に、一瞬だけ赤いものが見えた。


紅い旗。


トーマは立ち上がりかける。


ソルも気づいた。


【ソル】

「座っていろ」


【トーマ】

「でも」


【ソル】

「追うな」


短い命令。


トーマは歯を食いしばり、座り直した。


丘の上の紅い旗は、すぐに消えた。


見間違いではない。


セイレンは、最後まで見ていた。


トーマは腰の剣に触れる。


剣は静かだった。


まるで、今はまだ追う時ではないと言っているように。




丘の上。


セイレンは遠ざかるシェインの馬車を見ていた。


隣にはルークが立っている。


【ルーク】

「追わないの?」


ルークが短く問う。


セイレンは首を振る。


【セイレン】

「今日は終わり」


【ルーク】

「そっか」


【セイレン】

「ノアは一歩進んだ。トーマも少し変わった。十分よ」


ルークは遠くの馬車を見る。


【ルーク】

「トーマ、強くなる?」


【セイレン】

「なるわ」


【ルーク】

「どれくらい?」


セイレンは少しだけ笑う。


【セイレン】

「それは彼次第」


ルークは大剣を肩に担いだ。


【ルーク】

「ゼロくらい?」


その問いに、セイレンはすぐには答えなかった。


英雄ゼロ。


世界を救った男。


多くの者が憧れ、追いかける背中。


トーマがそこへ届くのか。


それはまだ分からない。


【セイレン】

「ゼロと同じになる必要はない」


セイレンは言った。


【セイレン】

「彼は彼になるべきよ」


ルークは少し考えた。


【ルーク】

「難しい」


【セイレン】

「そうね」


風が吹き、紅い旗が揺れる。


【セイレン】

「でも、そうでなければ意味がない」


ルークはトーマの馬車が見えなくなるまで、じっと眺めていた。


そして、ぽつりと言う。


【ルーク】

「また戦いたい」


【セイレン】

「トーマと?」


【ルーク】

「うん」


【セイレン】

「まだ早いわ」


【ルーク】

「そっか」


ルークは少し残念そうに目を伏せた。


【ルーク】

「でも、いつか戦う」


【セイレン】

「ええ」


セイレンの瞳が紅く光る。


【セイレン】

「その時は、大会のようには終わらない」


ルークは短く答えた。


【ルーク】

「うん」


その一言だけで、丘の空気が重くなった。


やがて、二人の足元に赤い裂け目が開く。


紅い旗がその中へ消えていく。


大会は終わった。


だが、物語はまだ始まったばかりだった。




シェイン王国へ戻った時には、すっかり夜になっていた。


城門には出迎えの兵たちが並んでいた。


リトルヴァルキリーたちの勝利はすでに伝わっていたらしく、城の中は小さな祝福の空気に包まれていた。


ミアは寝ぼけたままレナに抱えられていたが、拍手の音で目を覚ました。


【ミア】

「ん……勝った?」


【レナ】

「勝ったぞ!」


レナが答える。


【ミア】

「じゃあ寝る……」


【レナ】

「寝るのか!」


【ミア】

「疲れた……」


ミアは再び眠った。


ユナは少し恥ずかしそうに拍手を受けている。


ノアは戸惑いながらも、何度か小さく頭を下げた。


トーマはその後ろを歩く。


自分が勝ったわけではない。


それでも、彼女たちの勝利が誇らしかった。


控えめな祝福の中、ロイドが言う。


【ロイド】

「今日は全員、休んでください。報告と反省会は明日以降にします」


【トーマ】

「明日じゃないのか?」


トーマが聞く。


【ロイド】

「彼女たちは明日休みです。あなたは別です」


【トーマ】

「俺は休みじゃないのか」


【ロイド】

「あなたは試合に出ていません」


【トーマ】

「見て疲れた」


【ロイド】

「体は疲れていませんね」


ソルが横から言う。


【ソル】

「朝から訓練だ」


トーマは小さく息を吐いた。


【トーマ】

「分かった」


レナが明るく言う。


【レナ】

「私が相手するぞ!」


ロイドが即座に言う。


【ロイド】

「初日から飛ばしすぎないでください」


【レナ】

「分かってる!」


【ロイド】

「本当に?」


【レナ】

「たぶん!」


【ロイド】

「駄目です」


いつものやり取り。


それが少しだけありがたく感じた。


その夜、トーマは部屋に戻ると、剣を机に置いた。


今日は、何度も反応した。


だが、声は一つだけ。


一人で行くな。


トーマは椅子に座り、剣を見つめる。


【トーマ】

「俺は、誰と一緒にいたんだ」


答えはない。


けれど、胸の奥には今日見た光景がある。


ノアの防御。

ミアの突撃。

ユナの一手。

三人の勝利。


それらが、空白だった自分の中に少しずつ積もっていく。


【トーマ】

「一人で行くな、か」


トーマは小さく呟いた。


【トーマ】

「なら、今度は間違えない」


その時、剣の柄の紋様が淡く光った。


そして、今度は声ではなく、映像が浮かんだ。


暗い空。


崩れた塔。


誰かが倒れている。


自分の手が血に濡れている。


そして、遠くで誰かが叫んでいる。


――トーマ!


その声は、ノアでもミアでもユナでもない。


知らないはずの声。


けれど、胸が強く痛んだ。


映像はすぐに消えた。


トーマは荒く息を吐く。


【トーマ】

「今のは……」


机の上の剣は、もう光っていない。


だが、トーマの手は震えていた。


失った記憶。


その奥には、誰かの叫びがある。


誰かの血がある。


そして、自分はそこにいた。


【トーマ】

「俺は……何をしたんだ」


答えは、まだ遠い。


だが、確実に近づいている。


トーマは窓の外を見た。


夜のシェイン王国は静かだった。


その静けさの下で、剣は眠る。


記憶は沈む。


紅い旗はどこかで翻る。


そして、次の朝から。


トーマ自身の戦いが、また始まろうとしていた。

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