第十二話 未完成の連携
フィールドの空気が変わった。
ノアの周囲に浮かぶ三つの防御膜。
一つはミアの前に。
一つはユナの横に。
一つはノア自身の足元に。
それぞれが違う角度、違う硬さ、違う役割を持っている。
今までのノアなら、一つの防御を維持するだけで精一杯だった。
だが今は違う。
小さく分けた。
必要な場所に置いた。
自分の魔力を、怖がるだけではなく、選んで使った。
【トーマ】
「……すごい」
隣のロイドは、記録板を見つめたまま頷く。
【ロイド】
「単純な防御力ではありません。判断力と制御力が同時に伸びています」
レナは拳を握っていた。
【レナ】
「ノア、頑張れ……!」
珍しく大声ではなかった。
だが、その声にはいつもの何倍もの熱があった。
ソルは静かにフィールドを見ている。
【ソル】
「ここからだ」
ノアが一歩成長したからといって、テリア姉妹が崩れるわけではない。
ルチアは魔法剣を構え、フィナは杖の先に桃色の魔法陣を重ねる。
姉妹の間に流れる魔力が、さらに濃くなった。
【ルチア】
「フィナ」
【フィナ】
「うん、お姉ちゃん」
それだけで十分だった。
ルチアが前へ出る。
速い。
さっきより一段速い。
ミアは正面に立つ。
【ミア】
「来い!」
ルチアの魔法剣が振り下ろされる。
ミアは受けない。
ノアの防御膜を足場に、横へ跳ぶ。
剣は空を切る。
だが、ルチアは驚かない。
すでにフィナが次の魔法を置いていた。
ミアの着地点に、淡い桃色の輪が浮かぶ。
拘束魔法。
【ノア】
「そこ、危ない!」
同時に、ミアの足元に小さな防御膜を展開する。
ミアはそれを踏み、拘束魔法の上を滑るように抜けた。
【ミア】
「助かった!」
【ユナ】
「まだ来る!」
ルチアが追撃する。
そしてフィナが、追撃のための道を作る。
ルチアの足元に加速魔法。
ミアの前方に視界妨害。
ユナの糸を焼く小さな雷。
全てが細かい。
派手な大魔法ではない。
だが、一つ一つが正確にシェインの動きを削ってくる。
【ミア】
「フィナを止めないと、ずっと押される!」
【ユナ】
「でも、ルチアが前にいる」
【ミア】
「なら、ルチアを止める」
【ユナ】
「どうやって?」
【ミア】
「私が止める!」
【ユナ】
「だから、それをどうやって」
ミアは一瞬考えた。
【ミア】
「気合い?」
【ユナ】
「却下」
ユナは即答した。
ノアが二人を見て、少しだけ息を整える。
【ノア】
「私が、道を作る」
ミアとユナがノアを見る。
ノアは怖がっていた。
でも、その目は揺れていなかった。
【ノア】
「防御で、ルチアちゃんの剣を完全には止められない。でも、少しだけずらせる。さっきみたいに」
ユナが頷く。
【ユナ】
「その隙にミアが抜ける?」
【ノア】
「うん。でも、フィナちゃんはそれを読んでくると思う」
【ユナ】
「それで?」
ノアは自分の足元の防御膜を見る。
【ノア】
「私が囮になる」
ミアの顔が変わった。
【ミア】
「ダメだ!」
即答だった。
ノアはびくっとする。
ミアは短槍を握りしめる。
【ミア】
「ノアは後ろで守る役だろ!前に出たら危ない!」
ユナも慎重に言う。
【ユナ】
「囮の意味による」
ノアは小さく頷く。
【ノア】
「前に出るんじゃなくて、フィナちゃんに“私が大きな防御を張る”と思わせる」
ユナの目が細くなる。
【ユナ】
「魔力を膨らませる?」
【ノア】
「うん。でも、実際には張らない。注意を引くだけ」
トーマは観覧席からその会話までは聞こえない。
だが、三人の動きで何かを仕掛けようとしているのは分かった。
【トーマ】
「ノアが中心になるのか?」
ロイドが頷く。
【ロイド】
「おそらく」
【ノア】
「危なくないのか」
【ロイド】
「危険です。ですが、戦術としては悪くない」
ソルが静かに言う。
【ソル】
「仲間を守るだけではなく、仲間のために敵を動かす。そこまでできれば、ノアは大きく変わる」
フィールド内。
ルチアが再び踏み込む。
【ルチア】
「考え事は終わり?」
ミアが笑う。
【ミア】
「今からだ!」
ノアが杖を構える。
その瞬間、彼女の魔力が大きく膨らんだ。
観覧席がざわつく。
「あの子、また大きな防御を?」
「暴走するんじゃないのか?」
フィナも反応した。
【フィナ】
「ノアちゃん、今度は大きく張るつもり?」
その声は優しい。
だが、目は鋭い。
フィナは杖を構え、ノアの魔力の流れを読む。
ノアの膨らませた魔力は、確かに大きな防御の前兆に見えた。
ルチアもそれに合わせ、踏み込みの角度を変える。
大きな壁を張られた場合、正面から斬れば勢いを殺される。
なら、壁の端を狙って割り、横から抜ける。
そう判断した。
その瞬間。
ノアは魔力を消した。
【フィナ】
「え?」
フィナの目がわずかに開く。
大きな防御は来ない。
代わりに、ノアが張ったのは小さな膜。
ルチアの足元。
それは盾ではなく、ほんの少しだけ滑る床だった。
ルチアの踏み込みがずれる。
【ルチア】
「っ!」
一瞬。
本当に一瞬だけ、ルチアの剣筋が乱れた。
【ユナ】
「ミア!」
ミアはすでに動いていた。
ノアが作った小さな足場を踏み、ルチアの横を抜ける。
ルチアが追おうとする。
だが、ユナの糸が剣の柄に軽く絡んだ。
止めるためではない。
剣の向きをほんの少しずらすため。
ルチアは力で糸を切る。
しかし、その半拍がミアを先へ進ませた。
狙いはフィナ。
フィナは後退しながら杖を振る。
ミアの前に光の鏡が現れる。
先ほどミアを弾いた魔法だ。
【ミア】
「同じ手は!」
ミアが叫ぶ。
【ミア】
「二回も食らわない!!!」
ミアは正面から突っ込まない。
ノアが作った防御膜を踏み台にして、上へ跳んだ。
だが、フィナも読んでいた。
【フィナ】
「うん。だから上にも置いてるよ」
空中に桃色の輪。
拘束魔法。
ミアの体がそこへ吸い込まれそうになる。
【ノア】
「ミア!」
ノアが防御膜を伸ばす。
だが、それより早くユナの糸がミアの足首に絡んだ。
【ユナ】
「引く!」
ユナが全力で糸を引く。
ミアの軌道が変わり、拘束魔法をかすめて抜ける。
完全には避けきれなかった。
ミアの片足に光の輪が絡み、一瞬動きが鈍る。
しかし、ミアは止まらない。
【ミア】
「片足あれば十分!」
短槍を回転させ、フィナの杖を狙う。
フィナは後退。
その背後に、ノアの防御膜が置かれていた。
逃げ場を塞ぐ壁。
【フィナ】
「……すごいね」
フィナが呟く。
初めて、その笑顔に余裕以外のものが混ざった。
だが、フィナは怯まなかった。
杖を地面に突き立てる。
桃色の魔法陣が、フィナ自身を中心に広がった。
【フィナ】
「お姉ちゃん」
短い呼びかけ。
【ルチア】
「分かってる!」
ルチアが振り返る。
ユナが糸で止めようとするが、ルチアは剣に魔力を込め、一気に糸を焼き切った。
そして、ミアとフィナの間に割り込む。
ミアの短槍とルチアの魔法剣がぶつかる。
衝撃。
ミアの体が弾かれた。
【ミア】
「ぐっ!」
ミアが転がる。
判定魔法が光る。
まだ戦闘不能ではない。
だが、ダメージは大きい。
【ノア】
「ミア!」
フィナの魔法陣が輝く。
次の瞬間、ルチアの剣に桃色の補助魔法が重なった。
速度。
威力。
精度。
全てが上がる。
ロイドが表情を険しくした。
【ロイド】
「連結術式……」
トーマが聞く。
【トーマ】
「何だそれ」
【ロイド】
「二人の魔力を一時的に繋ぎ、前衛の能力を大幅に高める補助です。血縁同士だからこそ安定しやすい」
ソルが低く言う。
【ソル】
「勝負を決めに来た」
フィールド内。
ルチアが剣を構える。
その姿は、先ほどまでより明らかに鋭かった。
フィナは後方で杖を支えている。
補助を続けるため、動けない。
つまり今、フィナは隙だらけ。
だが、そこへ辿り着くには強化されたルチアを抜かなければならない。
【ルチア】
「終わらせるわ」
ミアは立ち上がろうとする。
だが、足の拘束魔法がまだ残っている。
【ミア】
「くそっ……!」
ユナは糸を展開するが、さっきの雷で何本か焼かれ、精度が落ちていた。
ノアは杖を握る。
自分が守らなければ。
けれど、ルチアの強化された一撃を止めきれるのか。
怖い。
でも。
逃げない。
ノアは一歩前に出た。
それを見たトーマの胸が跳ねる。
【トーマ】
「ノア……!」
外からは何も言えない。
ただ見るしかない。
ルチアが走る。
速い。
狙いはノアではなく、ミア。
戦闘不能寸前のミアを落とせば、シェインは大きく崩れる。
ノアはその間に防御膜を張る。
一枚では足りない。
二枚。
三枚。
四枚。
しかし、分割しすぎれば一枚一枚が薄くなる。
ルチアの剣が一枚目を砕く。
二枚目を斬る。
三枚目を割る。
四枚目で、ようやく勢いが少し落ちる。
だが、まだ止まらない。
【ユナ】
「ノア、下!」
ノアは気づく。
フィナの魔法陣から、小さな光の鎖が伸びていた。
ノアの足元を狙う拘束。
防御に集中した瞬間を狙われた。
ノアは避けられない。
鎖が足に絡む。
魔力の流れが乱れる。
防御膜が薄くなる。
ルチアの剣が、最後の防御を砕いた。
【ノア】
「しまっ……!」
ミアが目を見開く。
ルチアの剣が、ミアの肩へ迫る。
戦闘不能判定を狙った一撃。
このままならミアが落ちる。
その瞬間。
ユナが動いた。
彼女は自分の細剣を投げた。
攻撃ではない。
細剣はルチアに届かない位置へ飛ぶ。
だが、そこにユナの魔力糸が絡んでいた。
細剣は地面に刺さり、糸を引っ張る支点になる。
ユナはその糸を使って、自分自身を強引に引き寄せた。
【ノア】
「ユナ!?」
ユナはルチアとミアの間に飛び込む。
剣を持っていない。
防御もない。
彼女は両腕を交差させ、ルチアの剣を受けた。
判定魔法が激しく光る。
ユナ、戦闘不能。
【ミア】
「ユナ!」
ミアの声が響いた。
ユナは膝をつく。
だが、その表情は冷静だった。
【ユナ】
「……止めた」
たった一言。
ルチアの剣は止まった。
ユナは落ちた。
でも、ミアは残った。
ノアも残っている。
そして何より、フィナの補助魔法はまだ発動中で、フィナ自身は動けない。
ユナは倒れながら、最後の糸を引いた。
その糸は、ミアの足に残っていた拘束魔法に絡んでいる。
【ユナ】
「ミア」
ユナが言った。
【ユナ】
「行って」
拘束が解けた。
ミアの目が燃える。
【ミア】
「おう!」
ミアは地面を蹴った。
傷だらけ。
疲労もある。
だが、その動きは今日一番速かった。
ルチアが振り返る。
【ルチア】
「まだ動けるの!?」
【ミア】
「動ける!」
ミアはルチアへ向かわない。
横を抜ける。
ルチアは追おうとするが、さっきユナに一撃を止められたことで、体勢がほんのわずかに崩れていた。
さらに、ノアが動く。
足を拘束されたまま、杖を掲げる。
【ノア】
「ミア!」
ミアの足元に、防御膜が一枚。
踏み台。
ミアはそれを蹴る。
さらに二枚目。
三枚目。
ノアは歯を食いしばる。
足元を拘束され、魔力も乱れている。
それでも、作る。
ミアのための道を。
【ミア】
「届け!」
ミアが空中へ跳ぶ。
フィナは杖を持ち上げようとする。
しかし、連結術式を維持していたせいで反応が遅れた。
【フィナ】
「まずい」
フィナが小さく呟く。
ミアの短槍が、フィナの胸元で止まった。
判定魔法が光る。
フィナ、戦闘不能。
連結術式が切れる。
ルチアの剣から桃色の光が消えた。
観覧席が大きくどよめく。
「フィナを落とした!」
トーマは立ち上がりそうになるのをこらえた。
【ソル】
「まだだ」
ソルが静かに言う。
【ソル】
「まだルチアがいる」
フィナは戦闘不能。
ユナも戦闘不能。
残るは、シェイン側がノアとミア。
テリア側がルチア。
だが、ミアは傷だらけで体力も限界。
ノアは足を拘束され、魔力も消耗している。
ルチアも強化は切れたが、まだ十分に戦える。
勝敗は、まだ分からない。
フィールド内。
ルチアは倒れたフィナを一瞬だけ見た。
妹が負けた。
それは彼女にとって大きな衝撃だった。
だが、すぐに剣を構え直す。
【ルチア】
「……やるじゃない」
その声には、怒りよりも誇りがあった。
【ルチア】
「フィナを落とすなんて、少し見直したわ」
ミアは肩で息をしながら笑う。
【ミア】
「そっちも、めちゃくちゃ強いな」
【ルチア】
「当然よ」
ルチアは剣を構えた。
【ルチア】
「でも、まだ私は残ってる」
ノアは足元の拘束を解こうとする。
だが、すぐには外れない。
ミアは短槍を構えるが、手が震えている。
限界が近い。
ユナは戦闘不能判定のため動けない。
だが、目だけで二人を見ていた。
言葉は出せない。
外からも助言はできない。
ミアとノアだけで、ルチアを止めなければならない。
ルチアが走る。
今度は迷いがない。
狙いはミア。
真正面から叩き伏せるつもりだ。
ミアは受ける。
短槍と魔法剣がぶつかる。
一撃。
ミアの足が滑る。
二撃。
短槍を持つ手が痺れる。
三撃。
ミアの膝が折れそうになる。
【ノア】
「ミア!」
ノアは防御を張ろうとする。
だが、足の拘束が魔力を乱す。
防御膜が薄い。
ルチアはそれを一瞥し、剣の角度を変えた。
ミアを攻めながら、ノアの防御を斬る。
一人で二人を押している。
テリア王国のリトルヴァルキリーは。
姉として、前衛として、格段に強かった。
【ルチア】
「これで!」
ルチアの剣が大きく振り上げられる。
ミアの防御は間に合わない。
ノアの防御も薄すぎる。
その時。
ミアは笑った。
【ミア】
「ノア!」
【ノア】
「うん!」
ノアは残った魔力を、ミアの前ではなく、ミアの背中に張った。
トーマは目を見開く。
【トーマ】
「背中?」
ロイドも一瞬遅れて気づく。
【ロイド】
「押し出す気です!」
ルチアの剣が振り下ろされる。
ミアは受けない。
後ろの防御膜を背中で蹴るようにして、前へ滑り込んだ。
普通なら危険すぎる。
敵の剣へ自分から近づく動き。
だが、近づきすぎれば剣の間合いは潰れる。
ルチアの魔法剣はミアの肩をかすめる。
判定魔法が光る。
危ない。
だが、まだ戦闘不能ではない。
ミアはルチアの懐に入った。
短槍は長すぎて振れない。
だから、ミアは短槍を手放した。
そして、拳でルチアの胸元に触れた。
ルール上、武器でなくても、戦闘不能判定用の魔力印を当てればいい。
ミアの手のひらに、ユナが事前に仕込んでいた小さな魔力糸の印が光る。
ユナが最後に残していたもの。
三人の連携の最後の欠片。
【ルチア】
「えっ……」
ルチアが目を見開いた。
判定魔法が発動する。
ルチア、戦闘不能。
一瞬、フィールドが静まり返った。
ミアはそのまま前のめりに倒れた。
ノアの足元の拘束も、術者であるフィナとルチアの敗北判定によって消える。
ノアは膝をつき、荒く息を吐く。
ミアは地面に転がったまま、空を見上げていた。
【ミア】
「……勝った?」
魔法陣が空に広がる。
テリア女王の声が響いた。
【テリア】
「勝者、シェイン王国!」
その瞬間、観覧席が爆発したように沸いた。
【レナ】
「勝ったぁぁぁぁ!」
レナが誰よりも大きく叫んだ。
ロイドは注意しようと口を開きかけたが、やめた。
ソルも静かに息を吐く。
トーマは記録板を握りしめたまま、しばらく動けなかった。
今の一手。
ユナがミアを残し、ミアがフィナを落とし、ノアが最後の踏み込みを作り、ユナが残した印でルチアを倒した。
三人全員の力だった。
一人でも欠ければ届かなかった。
【トーマ】
「……すごい」
トーマはそれしか言えなかった。
ロイドも小さく頷いた。
【ロイド】
「未完成ですが、だからこそ読めない連携でした」
ソルが言う。
【ソル】
「いい勝ち方だ」
フィールド内。
ミアは起き上がろうとして失敗した。
【ミア】
「体が動かん!」
ノアがよろよろと近づく。
【ノア】
「大丈夫?」
【ミア】
「勝ったから大丈夫!」
【ノア】
「それ、大丈夫なの?」
ユナは戦闘不能判定が解除されると、ゆっくり立ち上がった。
腕が痛むのか、少し顔をしかめている。
【ユナ】
「無茶しすぎ」
ミアが笑う。
【ミア】
「ユナもな!」
ノアは二人を見る。
そして、涙を浮かべながら笑った。
【ノア】
「勝てた……」
ミアが手を伸ばす。
ユナもその上に手を重ねる。
ノアも重ねた。
三人は泥だらけで、傷だらけで、息も絶え絶えだった。
でも、確かに勝った。
ルチアは少し離れた場所で、呆然と自分の胸元の判定光を見ていた。
フィナが近づいてくる。
【フィナ】
「負けちゃったね、お姉ちゃん」
ルチアは顔を赤くした。
【ルチア】
「分かってるわよ!」
【フィナ】
「悔しい?」
【ルチア】
「当たり前でしょ!」
フィナは笑う。
【フィナ】
「でも、楽しかったね」
ルチアは少し黙った。
そして、シェインの三人を見た。
【ルチア】
「……そうね」
彼女はミアたちの方へ歩いていく。
ミアは身構えようとして、体が動かず失敗した。
ルチアはその前に立つ。
【ルチア】
「あなたたち、強かったわ」
ミアは笑う。
【ミア】
「そっちもな!」
ユナが静かに言う。
【ユナ】
「最後、ほとんど負けてた」
ルチアはふんと鼻を鳴らす。
【ルチア】
「ほとんど勝っていたのに負けたのよ。だから悔しいの」
フィナがノアを見る。
【フィナ】
「ノアちゃん、最後の防御、すごかったよ」
ノアは少し照れながら言う。
【ノア】
「フィナちゃんの補助も、すごく怖かった」
【フィナ】
「ふふ、ありがとう」
そこには、確かに敗者と勝者がいた。
けれど、敵意はなかった。
テリア姉妹とシェイン三人組。
小さな戦乙女たちは、戦いの中で互いを認めていた。
観覧席の一角。
テリア女王は静かに拍手していた。
その顔には、驚きと満足が混ざっている。
【テリア】
「見事じゃ」
アリスが腕を組む。
【アリス】
「ルチアとフィナが負けるとは思わなかった?」
【テリア】
「思わなかったわけではない。じゃが、あの形で負けるとはのう」
テリア女王はノアを見つめた。
【テリア】
「ノア。やはり面白い子じゃ」
アリスの目が少し鋭くなる。
【アリス】
「見るだけにしなさいよ」
【テリア】
「分かっておる」
【アリス】
「本当に?」
テリア女王は少しだけ黙った。
【テリア】
「……今度こそはな」
アリスはそれ以上何も言わなかった。
ベイル側では、ベイル女王が豪快に笑っていた。
【ベイル】
「ははは! シェインの小娘たち、やるではないか!」
リンも楽しそうに微笑む。
【リン】
「ノアちゃんだけでなく、三人全員が厄介ですねぇ。特に最後の一手、あれは良かった」
ガーネが短く言う。
【ガーネ】
「泥臭い勝ち方」
リンが頷く。
【リン】
「ええ。美しくはありませんが、とても実戦的でした」
【ガーネ】
「褒めてる?」
【リン】
「もちろん」
ガーネは少しだけ頷いた。
森の奥。
紅い旗が揺れる。
セイレンは魔法映像を見つめたまま、しばらく黙っていた。
ルークは横で木の実を食べている。
【ルーク】
「シェイン、勝った」
【セイレン】
「ええ」
セイレンの声は静かだった。
【セイレン】
「未完成。粗い。弱い。けれど、繋がった」
ルークは短く言う。
【ルーク】
「強くなる?」
【セイレン】
「なるわ」
セイレンの目は、ノアではなくトーマへ向いていた。
トーマは観覧席で、三人の勝利を見つめている。
その顔には、昨日までよりも確かなものがあった。
自分ではない誰かの戦いを見て、何かを得ている。
【ルーク】
「トーマも、少し満たされた」
ルークが言う。
セイレンは横目で見る。
【セイレン】
「分かるの?」
【ルーク】
「うん」
【セイレン】
「珍しいわね」
ルークは木の実をもう一つ口に入れる。
【ルーク】
「ゼロも、そうだった」
セイレンの表情がわずかに変わる。
【セイレン】
「ゼロも?」
【ルーク】
「一人じゃなかった」
その短い言葉に、セイレンは沈黙した。
英雄ゼロ。
世界を救った男。
その強さに惹かれた者たちが、今の三国を作った。
だが、ゼロの強さは本当に一人のものだったのか。
ルークはゼロと戦ったことがある。
だからこそ、彼女だけが知っているものがあるのかもしれない。
【セイレン】
「……そう」
セイレンは小さく呟く。
そして、紅い旗を握り直した。
【セイレン】
「なら、トーマもいずれ同じ問いに辿り着く」
【ルーク】
「問い?」
ルークが首を傾げる。
セイレンは笑わなかった。
【セイレン】
「誰かと繋がったまま、どこまで地獄へ降りられるか」
風が吹く。
紅い旗が鳴る。
ルークは少しだけ考えて、ぽつりと言った。
【ルーク】
「難しい」
【セイレン】
「ええ。とてもね」
その時、ルークの目がふと森の奥へ向いた。
【ルーク】
「来る」
セイレンも視線を動かす。
遠く、木々の隙間に黒い影があった。
ロイ。
テリア王国の影。
【セイレン】
「見つかったわね」
セイレンは静かに言った。
ロイは森の中に立ち、こちらを見ている。
距離はある。
だが、互いの存在は完全に捉えていた。
ルークが大剣に手をかける。
【ルーク】
「戦う?」
セイレンは少し考える。
中央演習場では、まだ大会が続いている。
ここで戦えば、間違いなく騒ぎになる。
今はその時ではない。
【セイレン】
「いいえ」
セイレンは紅い旗を掲げる。
【セイレン】
「今日は見ただけで十分」
ロイは動かない。
セイレンは赤い裂け目を開いた。
消える直前、彼女は遠くの演習場を一度だけ見た。
【セイレン】
「またね、トーマ。ノア」
ルークはロイに向かって、ぽつりと言った。
【ルーク】
「また」
赤い裂け目が閉じる。
森には、紅い旗の残り香だけが残った。
ロイはしばらくその場所を見つめていた。
そして小さく呟く。
【ロイ】
「やっぱり、来てた」
大会会場では、シェイン三人組が控え所へ戻ってきていた。
ミアはレナに抱えられるようにして歩いている。
【ミア】
「勝ったぞー!」
【レナ】
「よくやったぞミア!」
【ミア】
「でも歩けん!」
【レナ】
「なら運ぶ!」
【ミア】
「やった!」
ロイドがすぐに言う。
【ロイド】
「怪我人を雑に運ばないでください」
【レナ】
「丁寧に運ぶ!」
レナはミアを子犬のように抱え直した。
ミアは「おお、楽だ」と満足そうだった。
ユナは治療係に腕を診てもらっている。
ノアは魔力消耗で少しふらついていたが、トーマが近づくと顔を上げた。
【ノア】
「トーマ」
【トーマ】
「すごかった」
トーマは最初にそう言った。
ノアは目を丸くする。
【ノア】
「本当?」
【トーマ】
「ああ。本当にすごかった」
ノアの目に、また少し涙が浮かぶ。
けれど今度は、悲しさではなかった。
【ノア】
「怖かった」
【トーマ】
「うん」
【ノア】
「でも、できた」
【トーマ】
「ああ」
トーマは頷いた。
【トーマ】
「ちゃんと見てた」
ノアは小さく笑った。
【ノア】
「ありがとう」
ユナが横から言う。
【ユナ】
「記録、あとで見せて」
【トーマ】
「分かった」
ミアがレナの腕の中から叫ぶ。
【ミア】
「私のかっこいいところ多めで頼む!」
【トーマ】
「転んだところも書いた」
【ミア】
「消して!」
【トーマ】
「消さない」
ノアが笑う。
ユナも少しだけ口元を緩める。
ロイドはそんな三人を見て、静かに手帳を閉じた。
【ロイド】
「今日の収穫は大きいですね」
ソルも頷く。
【ソル】
「勝利以上の価値がある」
トーマは三人を見る。
彼女たちは疲れ切っていた。
傷もある。
反省点も多い。
完璧ではない。
でも、確かに前へ進んだ。
そしてトーマ自身もまた、何かを得ていた。
戦うことは、一人で敵を倒すことだけではない。
誰かを信じること。
誰かのために道を作ること。
自分の役割を果たすこと。
最後の一手を仲間に託すこと。
それも戦いなのだ。
腰の剣が、かすかに震えた。
だが、今度の震えは不気味ではなかった。
まるで、遠い記憶の底で何かが目を覚ましかけているようだった。
トーマは剣に触れる。
【トーマ】
「俺も、もっと見ないとな」
ソルが横から言った。
【ソル】
「見るだけで終わるな」
【トーマ】
「ああ」
トーマは頷く。
【トーマ】
「次は、俺も動けるようになる」
中央演習場の空には、まだ三国の旗が揺れていた。
大会は続く。
リトルヴァルキリーたちの戦いは、まだ終わっていない。
そしてその裏で、紅い旗は一度姿を消した。
だが、誰もが分かっていた。
レッドフラッグスは、また必ず現れる。
その時は、今日のようなルールある戦いではない。
戻れる戦場ではない。
だからこそ、今ここで得たものが、いつか命を繋ぐ一手になる。
トーマはそう感じていた。




