第十一話 姉妹の魔法、三人の答え
ルチア姉妹の実戦演習が終わったあと、中央演習場にはしばらくざわめきが残っていた。
ルチアとフィナ。
二人は、ただ強いだけではなかった。
姉のルチアは前に出る。
誇り高く、堂々と、魔法剣で敵を斬る。
妹のフィナは後ろから支える。
柔らかく笑いながら、敵の動きを止め、姉の剣が最も通りやすい場所へ戦場そのものを整える。
その連携は、ベイルのキリカとメルとはまったく違っていた。
キリカとメルは、互いの癖を知ったうえで噛み合う二人だった。
片方が崩れても、もう片方が別の勝ち筋を作る。
だが、ルチアとフィナは違う。
二人で一つの魔法式のようだった。
姉が刃。
妹が術式。
ルチアが動く前に、フィナの補助がすでに道を作っている。
フィナが敵を止める前に、ルチアはそこへ剣を振る準備を終えている。
血の繋がった姉妹。
その言葉の重みを、トーマは初めて戦闘の中で見た気がした。
【ミア】
「……あれと戦うのか」
ミアが腕を組んで唸った。
珍しく、勢いだけではない顔をしている。
【ミア】
「強いな!」
【ユナ】
「強い」
ユナが即答した。
【ユナ】
「特にフィナ。あの補助は厄介。姉を見ていると、妹に詰まされる」
ノアも頷く。
【ノア】
「ルチアちゃんの剣も速かった。でも、フィナちゃんが全部見てる感じがした」
三人は控え区域の隅に座っていた。
初戦を終えた疲労がある。
ノアは魔力をかなり使った。
ミアは動き回り、ユナも糸と判断で神経を削った。
けれど、勝ったことで三人の空気には少しだけ芯が入っていた。
自分たちは戦える。
それが、彼女たちの中に芽生え始めていた。
トーマは記録板を膝に置き、ルチアとフィナの動きを思い返す。
【トーマ】
「シェインの三人とは真逆だな」
ユナが顔を上げる。
【ユナ】
「どういう意味?」
【トーマ】
「シェインは、まだ形を探している感じがする。ミアが前に出る。ユナが調整する。ノアが守る。でも、その場その場で噛み合わせている」
ミアが首を傾げる。
【ミア】
「悪いことか?」
【トーマ】
「いや」
トーマは首を振った。
【トーマ】
「だから予想しにくい。さっきも、ノアの盾を足場にするなんて、たぶん事前に決めてなかっただろ」
ノアは少し顔を赤くした。
【ノア】
「うん。あれは、ほとんどその場で……」
【トーマ】
「それができるのは強みだと思う」
ユナは少し考え込んだ。
【ユナ】
「テリア姉妹は完成度が高い。私たちは未完成。でも、未完成だから変えられる」
【トーマ】
「そういうことだ」
ミアがぱっと顔を上げる。
【ミア】
「つまり、よく分からない動きで勝てばいいんだな!」
ユナが即座に言う。
【ユナ】
「違う」
【ミア】
「違った!」
トーマは笑った。
【トーマ】
「でも、全部間違いでもないかもしれない」
ユナが少し意外そうにトーマを見る。
【トーマ】
「ミアの勢いは読まれにくい。そこにノアの防御とユナの糸が乗ると、予定外の動きができる」
ノアが自分の杖を見る。
【ノア】
「私の防御……もっと色んな使い方ができるのかな」
【トーマ】
「できると思う」
トーマは頷いた。
【トーマ】
「さっきも盾だけじゃなかった。足場にもなったし、相手の逃げ場を塞ぐ壁にもなった」
ユナが言う。
【ユナ】
「次は最初からそれを使うことも考えたい。防御を固定した壁としてだけじゃなく、瞬間的な足場、反射板、誘導路として使う」
ミアが目を輝かせる。
【ミア】
「おお! なんかかっこいい!」
【ユナ】
「ただし、ノアの負担が大きい」
その一言で、ノアの表情が少し緊張した。
ユナは続ける。
【ユナ】
「だから、全部はやらない。ここぞという時だけ」
【ノア】
「うん」
ノアは小さく頷いた。
【ノア】
「やってみる」
その時、背後から声がした。
「へえ。ずいぶん真面目に作戦会議してるのね」
振り返ると、ルチアとフィナが立っていた。
ルチアは腕を組み、少し顎を上げている。
フィナはにこにこと人懐っこい笑みを浮かべていた。
ミアがすぐに立ち上がる。
【ミア】
「おお、テリアの姉妹!」
【ルチア】
「ルチアよ。姉妹でまとめないでくれる?」
【フィナ】
「私はフィナだよ」
フィナはノアの前にしゃがみ込むようにして、顔を覗き込んだ。
【フィナ】
「ノアちゃん、さっきの防御すごかったね」
【ノア】
「えっ、あ、ありがとう」
【フィナ】
「硬いだけじゃなくて、綺麗だった。魔力がすごく澄んでたよ」
ノアは戸惑う。
褒められているのは分かる。
けれど、フィナの目があまりにも真っ直ぐで、少し怖い。
ユナが静かにフィナを見る。
【ユナ】
「観察してたんだ」
【フィナ】
「うん。次に戦うかもしれないから」
フィナは笑顔のまま答えた。
その言葉に、ミアの顔が燃える。
【ミア】
「やっぱり戦うのか!」
ルチアが胸を張る。
【ルチア】
「当然よ。あなたたちが初戦に勝った以上、次に当たる可能性は高いもの」
【ミア】
「よし! 勝つぞ!」
【ルチア】
「簡単に言ってくれるわね」
ルチアは不敵に笑った。
【ルチア】
「私たち姉妹の連携は、さっき見た通りよ。あなたたちが三人だろうと、簡単には崩せないわ」
ミアも負けじと笑う。
【ミア】
「こっちも三人だからな!」
【ルチア】
「人数だけでは勝てないわ」
【ミア】
「分かってる!」
【ルチア】
「本当に?」
【ミア】
「たぶん!」
ルチアは一瞬黙った。
【ルチア】
「……あなた、面白いわね」
ユナが小さく言う。
【ユナ】
「褒め言葉かは不明」
フィナは楽しそうに笑っている。
【フィナ】
「お姉ちゃん、ミアちゃんと相性よさそう」
【ルチア】
「どこがよ!」
【フィナ】
「前に出たがり同士」
【ルチア】
「私は考えて前に出ているわ!」
ミアが目を輝かせる。
【ミア】
「私も最近は考えてるぞ!」
ユナが即座に言う。
【ユナ】
「最近は、少し」
【ミア】
「少し!?」
トーマはそのやり取りを見ながら、少し肩の力が抜けるのを感じた。
戦う相手同士。
でも、こうして話ができる。
敵であっても、殺し合う相手ではない。
それが大会の温度だった。
フィナがふと、トーマの方を見る。
【フィナ】
「あなたがトーマさん?」
【トーマ】
「ああ」
【フィナ】
「空から落ちてきた人」
【トーマ】
「その説明が一番伝わりやすくなってるな」
フィナはにこっと笑った。
【フィナ】
「剣、見てもいい?」
空気が少しだけ変わった。
ノアが不安そうにトーマを見る。
ユナも目を細める。
トーマは腰の剣に手を置いた。
【トーマ】
「抜かないなら」
【フィナ】
「抜いてほしいとは言わないよ。怖いし」
【トーマ】
「怖いのか?」
【フィナ】
「うん。なんか、見てると頭の奥が冷たくなる」
フィナの笑顔は変わらない。
だが、その言葉は軽くなかった。
ルチアも少し表情を引き締める。
【ルチア】
「フィナがそう言うなら、本当に危険なのね」
【トーマ】
「ルチアは何か感じるか?」
トーマが聞くと、ルチアは少し考えてから言った。
【ルチア】
「私はそこまで分からないわ。ただ、気持ち悪い剣だとは思う」
【トーマ】
「気持ち悪い……」
【ルチア】
「悪口じゃないわよ。違和感があるって意味」
フィナは剣をじっと見た。
【フィナ】
「それ、持ってる人の記憶だけじゃなくて、周りの人の何かにも触ってる気がする」
トーマの表情が変わる。
【トーマ】
「どういう意味だ」
フィナは首を傾げた。
【フィナ】
「うまく言えないけど……剣なのに、穴みたい」
【トーマ】
「穴?」
【フィナ】
「うん。何かが抜け落ちた場所。そこから、別の場所が見えそうな感じ」
その言葉に、トーマの胸の奥がざわついた。
忘却の剣。
世界が忘れたがっている記憶。
空っぽの器。
穴。
言葉が繋がりそうで、繋がらない。
ルチアがフィナの肩を軽く叩く。
【ルチア】
「そこまでにしておきなさい。試合前に変なものを覗きすぎると、集中が乱れるわ」
【フィナ】
「はぁい」
フィナは素直に下がった。
そしてノアに向かって微笑む。
【フィナ】
「次、当たったらよろしくね」
ノアは少し緊張しながらも頷いた。
【ノア】
「うん。よろしく」
ルチアはミアとユナを見た。
【ルチア】
「あなたたちの勢いと連携、悪くなかったわ。でも次は簡単には通さない」
ミアは短槍を握りしめる。
【ミア】
「こっちも次はもっとやる!」
ユナも静かに頷く。
【ユナ】
「次はフィナの補助を止める」
フィナが楽しそうに笑う。
【フィナ】
「怖いねぇ」
ルチアは満足そうに頷き、フィナを連れて去っていった。
その背中を見送りながら、ミアが呟く。
【ミア】
「なんか、強そうだけど嫌な感じじゃないな」
ユナが答える。
【ユナ】
「試合相手だから」
ノアは小さく言う。
【ノア】
「でも、フィナちゃん……剣のこと、少し分かったみたいだった」
トーマは剣に触れる。
穴。
その表現が、妙に胸に残った。
次の試合形式が発表されたのは、それから間もなくだった。
魔法映像盤に、次の対戦表示が浮かぶ。
第二試合:シェイン王国 対 テリア王国
観覧席がざわめいた。
初戦に勝利したシェイン三人組が、今度はテリア姉妹と戦う。
前回中断された大会の再構成としては、これで各国リトルの実力をもっとも分かりやすく比較できる。
だが、シェインにとっては厳しい流れだった。
初戦の疲労が残っている。
ノアは魔力を使った。
ミアもユナも体力を消耗している。
対するテリア姉妹は、実戦演習をこなしたとはいえ、相手は自動兵。
本当の駆け引きという意味では、まだ余裕がある。
【トーマ】
「連戦か」
トーマが呟く。
ロイドは表情を変えないが、目は厳しい。
【ロイド】
「大会形式上、あり得る流れです。ですが、シェイン側は不利ですね」
【トーマ】
「休憩は?」
【ロイド】
「規定時間はあります。しかし、全回復には程遠い」
レナが拳を握る。
【レナ】
「でも、あいつらならやれる!」
ソルは静かにフィールドを見ている。
【ソル】
「勝つことだけを見るな」
トーマはソルを見る。
【トーマ】
「どういう意味だ」
【ソル】
「次は、三人にとってかなり厳しい試合になる。負け方も重要だ」
【トーマ】
「負け方……」
【ソル】
「もちろん勝てるなら勝てばいい。だが、強い相手に何を通せるか。どこまで自分たちの形を出せるか。それが今後に繋がる」
トーマは黙って頷いた。
勝つこと。
負けること。
そのどちらにも意味がある。
大会は、ただ順位を決めるためだけではない。
成長を見せる場。
そして、自分たちの限界を知る場でもある。
シェイン側の控え所では、ロイドが作戦を整理していた。
【ロイド】
「テリア姉妹の基本戦術は明確です。ルチアが前衛、フィナが後衛支援。ルチアを止めようとすれば、フィナの補助と妨害が刺さります。フィナを狙えば、ルチアが前に出て潰しに来る」
ミアが唸る。
【ミア】
「どっちを狙っても面倒だな!」
【ロイド】
「はい」
ユナが言う。
【ユナ】
「分断は?」
ロイドは頷く。
【ロイド】
「有効です。ただし、容易ではありません。二人の距離管理はかなり上手い」
ノアは考え込む。
【ノア】
「私の防御で、二人の間を切れないかな」
ユナがすぐに反応する。
【ユナ】
「壁を作る?」
【ノア】
「うん。大きい壁じゃなくて、一瞬だけ」
トーマが口を開いた。
【トーマ】
「さっきの試合で、ノアはキリカの逃げ場を塞いだ。あれを二人の間に使うのか」
ノアは頷く。
【ノア】
「できるかは分からないけど」
ロイドは少し考える。
【ロイド】
「悪くありません。ただし、タイミングが難しい。フィナは魔力の流れに敏感です。事前に読まれれば逆に誘導されます」
ユナが静かに言った。
【ユナ】
「なら、ミアで視線を引く」
ミアが胸を張る。
【ミア】
「任せろ!」
【ユナ】
「ただし、突っ込みすぎない」
【ミア】
「そこは……頑張る!」
レナが真剣な顔で三人の前に立つ。
【レナ】
「いいか、テリア姉妹は強い。でも、強い相手だからって下がりすぎるな。下がる時は次に前に出るためだ!」
ミアが目を輝かせる。
【ミア】
「レナさん、今日はまともだ!」
【レナ】
「今日は!?」
ロイドが横から言う。
【ロイド】
「言っていることは正しいです」
レナは嬉しそうに尻尾でも振りそうな顔をした。
【レナ】
「ロイドが褒めた!」
【ロイド】
「内容だけです」
【レナ】
「それでもいい!」
ソルはノアたちを見た。
【ソル】
「無理はするな。だが、逃げるな」
ノアは杖を握る。
【ノア】
「はい」
ミアとユナも頷く。
トーマは三人の前に立った。
【トーマ】
「俺から言えることは少ないけど」
ミアが笑う。
【ミア】
「応援なら歓迎だぞ!」
【トーマ】
「応援はレナに任せる」
【レナ】
「えっへん!」
ロイドが「任せていいのでしょうか」と呟く。
トーマは続けた。
【トーマ】
「俺はさっきの試合を見て、三人がちゃんと戦えるのを見た。だから、次も見る。勝っても負けても、何をしたのか全部覚える」
ユナが静かに言う。
【ユナ】
「失敗も?」
【トーマ】
「ああ」
ミアが顔をしかめる。
【ミア】
「そこはぼかしてくれ!」
【トーマ】
「ぼかさない」
ノアが小さく笑った。
トーマはノアを見る。
【トーマ】
「ノア」
【ノア】
「うん」
【トーマ】
「怖いか?」
ノアは少しだけ息を吸った。
そして、正直に答えた。
【ノア】
「怖い」
だが、その目は逃げていなかった。
【ノア】
「でも、戦う」
トーマは頷く。
【トーマ】
「行ってこい」
ノアは小さく頷いた。
【ノア】
「行ってきます」
フィールドに、シェインとテリアのリトルヴァルキリーたちが入場する。
今回は地形が少し変わっていた。
前回よりも中央に障害物が多い。
小さな石壁が点在し、左右には細い林道。
中央奥には壊れた塔のような高台がある。
拠点核は互いにフィールド両端。
シェイン側は例外処置により耐久値が低い。
さらに一定時間ごとに位置情報が開示される。
テリア側は二人。
だが、完成度では上。
トーマは記録板を構えた。
心臓が妙に早く鳴っている。
自分が戦うわけではない。
それでも、三人の背中を見ていると、胸が熱くなる。
フィールド中央。
ミアが短槍を構える。
【ミア】
「よろしくな、ルチア!」
ルチアは魔法剣を抜き、堂々と答えた。
【ルチア】
「ええ。全力で来なさい」
フィナは後ろで杖をくるりと回す。
【フィナ】
「ノアちゃん、ユナちゃんもよろしくね」
ユナは静かに構える。
【ユナ】
「よろしく」
ノアは杖を胸元に置き、深呼吸した。
【ノア】
「よろしくお願いします」
テリア女王の声が空に響く。
【テリア】
「第二試合、シェイン王国対テリア王国」
観覧席が静まり返る。
森の奥。
紅い旗もまた、静かに揺れていた。
セイレンは魔法映像を見つめる。
【セイレン】
「始まるわね」
ルークは隣で木の枝を弄っている。
【ルーク】
「ノア」
【セイレン】
「ええ。トーマも見ている」
【ルーク】
「戦う?」
【セイレン】
「今はまだ」
ルークは少しだけ残念そうに目を細めた。
【ルーク】
「そっか」
セイレンは薄く笑う。
【セイレン】
「でも、あの子たちの戦いは見る価値があるわ」
【ルーク】
「なんで?」
【セイレン】
「弱い者が、弱いまま何を選ぶのか。それは時々、強者より面白い」
ルークは考えた。
【ルーク】
「難しい」
【セイレン】
「でしょうね」
中央演習場。
テリア女王が手を掲げる。
ミアが前傾姿勢になる。
ユナが糸を展開する。
ノアの周囲に、淡い光が揺れる。
ルチアの剣に蒼い魔力が灯る。
フィナの杖先に、小さな魔法陣が重なる。
そして。
【テリア】
「試合、開始じゃ!」
鐘が鳴った。
最初に動いたのは、ミアではなかった。
ルチアだった。
蒼い光を引きながら、一気に前へ出る。
【ミア】
「速い!」
ミアが反応する。
短槍を構え、正面から受ける。
剣と槍がぶつかった。
甲高い音。
ミアの足が地面を削る。
【ミア】
「重っ……!」
ルチアは細身の少女に見える。
だが、その魔法剣の一撃は重かった。
剣そのものの重さではない。
魔力を刃に乗せて、衝撃を増幅している。
ルチアが言う。
【ルチア】
「受けられるのね」
【ミア】
「受けるくらいできる!」
【ルチア】
「なら、二撃目はどう?」
剣が返る。
ミアは受けきれないと判断し、後ろへ跳ぶ。
その退路に、小さな魔法陣が浮かんだ。
フィナの魔法。
【ユナ】
「ミア、右!」
ユナの声が飛ぶ。
ミアは体をひねる。
直後、さっきまで着地しようとしていた場所に、細い光の鎖が走った。
足止め魔法。
もし踏んでいたら、数秒は動きを止められていた。
【ミア】
「助かった!」
ミアが叫ぶ。
ユナは糸を飛ばしながら、フィナを見ていた。
【ユナ】
「もう仕掛けてる」
フィナはにこにこと笑う。
【フィナ】
「当たらなかったねぇ」
【ユナ】
「当てる気だったでしょ」
【フィナ】
「もちろん」
その声は柔らかい。
だが、内容は容赦ない。
ノアは二人の間に小さな防御膜を張る。
ルチアが踏み込み、それを剣で斬る。
防御膜が砕ける。
【ルチア】
「硬いけど、まだ薄いわ」
ルチアはそのまま前へ出る。
狙いはノア。
ミアが割り込もうとするが、フィナの補助魔法がルチアの足を加速させる。
速い。
【トーマ】
「ノア!」
トーマの心臓が跳ねる。
だが、ノアは逃げなかった。
小さな盾を三枚、斜めに重ねる。
ルチアの剣が一枚目を砕く。
二枚目で軌道がずれる。
三枚目で勢いが落ちる。
その隙にユナの糸が伸び、ルチアの剣腕を狙う。
しかし。
【ルチア】
「甘いよ」
フィナの杖が光った。
ユナの糸に、小さな雷が落ちる。
糸が弾ける。
【ユナ】
「っ……!」
ユナが後退する。
トーマは記録板に書き込む。
フィナ:ユナの糸を即座に妨害。反応が速い。ルチアだけでなく敵の補助役も見ている。
ロイドが横で呟く。
【ロイド】
「やはりフィナが厄介ですね」
ソルは言う。
【ソル】
「ルチアを止めるだけでは勝てない」
レナが歯を食いしばる。
【レナ】
「でも、ミアたちだって負けてないぞ!」
序盤はテリアが押している。
だが、シェイン三人は崩れていない。
ミアはルチアの一撃を受け、避け、時に引きつける。
ユナはフィナの妨害を受けながらも糸を張り直す。
ノアは防御を細かく展開し、三人の陣形を保っている。
危うい。
だが、繋がっている。
【ミア】
「ユナ!」
ミアが叫ぶ。
【ミア】
「一回、やるぞ!」
【ユナ】
「まだ早い」
【ミア】
「でも、このままだと押される!」
ユナは一瞬だけ迷った。
それから頷く。
【ユナ】
「一回だけ」
ノアも小さく頷いた。
【ノア】
「合わせる」
トーマは三人の空気が変わったのを感じた。
何か仕掛ける。
ミアがわざと大きく前へ出た。
【ミア】
「ルチア!」
【ルチア】
「何?」
【ミア】
「勝負だ!」
【ルチア】
「望むところよ」
ルチアが正面から応じる。
ミアの短槍とルチアの魔法剣がぶつかる。
力ではルチアが上。
ミアの足が滑る。
だが、それは誘いだった。
ノアがミアの背後に防御膜を張る。
壁ではない。
斜めの足場。
ミアは後ろへ弾かれた勢いを、その防御膜で受け止めた。
そして、跳ね返る。
【ルチア】
「なっ!?」
ルチアの目が見開かれる。
ミアは防御膜を蹴り、再加速して突っ込んだ。
前ではなく、横へ。
ルチアの脇を抜け、後方のフィナへ向かう。
【ルチア】
「フィナ!」
ルチアが振り返る。
だが、その瞬間、ユナの糸がルチアの足元に走る。
動きを止めるほどではない。
ただ、一瞬だけ足を絡める。
ルチアの反応が遅れる。
ミアがフィナへ迫る。
【ミア】
「もらった!」
短槍が届く。
その瞬間、フィナは笑った。
【フィナ】
「うん。見えてたよ」
フィナの足元に、魔法陣が開いた。
ミアの目の前に、光の壁が現れる。
いや、壁ではない。
鏡のような魔法面。
ミアの突進が、そのまま斜めに受け流される。
【ミア】
「うわっ!?」
ミアの体が横へ飛ばされる。
そこへルチアが追いついた。
魔法剣がミアへ向かう。
【ノア】
「ミア!」
ノアが防御を張る。
だが、フィナの小さな雷がノアの足元で弾けた。
集中が乱れる。
防御膜が一瞬遅れる。
ルチアの剣がミアの肩へ迫る。
ユナの糸も間に合わない。
トーマの手に力が入った。
【トーマ】
「まずい……!」
しかし、ミアは笑っていた。
【ミア】
「まだ!」
ミアは空中で短槍を地面に突き刺した。
体を無理やり回転させる。
ルチアの剣が肩をかすめる。
判定魔法がわずかに光るが、戦闘不能にはならない。
ミアはそのまま転がり、距離を取った。
【ミア】
「痛ったぁ!」
【ルチア】
「今のを避けるの?」
ルチアが驚いた顔をする。
ミアは肩を押さえながら立ち上がる。
【ミア】
「避けたっていうか、転んだ!」
ユナが遠くから叫ぶ。
【ユナ】
「自慢しない!」
だが、ミアの無茶な回避で、シェインは致命傷を避けた。
トーマは息を吐く。
【トーマ】
「危なかった……」
ロイドは険しい顔で記録する。
【ロイド】
「作戦自体は悪くありませんでした。ただ、フィナに読まれていましたね」
【トーマ】
「フィナは、ノアの足場も警戒してたのか」
【ロイド】
「はい。初戦を見ていたのでしょう」
ソルは静かに言う。
【ソル】
「同じ手は通じない」
フィールド内。
ユナの表情が険しくなる。
【ユナ】
「やっぱり、見られてる」
ノアも息を整える。
【ノア】
「どうする?」
ミアは肩の痛みをこらえて笑った。
【ミア】
「別の手をやる!」
【ユナ】
「その別の手を今考えてる」
ユナが言う。
テリア側。
ルチアは剣を構え直した。
【ルチア】
「正直、少し驚いたわ。あなたたち、思ったより面白い」
フィナもにこにこしている。
【フィナ】
「うん。ノアちゃんの防御、便利だねぇ」
ノアは少しだけ顔を引き締めた。
便利。
その言葉が少し刺さる。
力が便利だから、使われる。
セイレンの言葉が蘇る。
力が大きすぎる子は、大人に都合よく名前をつけられる。
ノアの魔力が揺れた。
防御膜が一瞬だけ大きく膨らむ。
トーマは気づいた。
【トーマ】
「ノア……?」
ロイドも表情を変える。
【ロイド】
「精神が揺れています」
ソルが一歩前へ出かける。
だが、まだ試合は止められない。
フィールド内で、ユナがノアの異変に気づいた。
【ユナ】
「ノア」
【ノア】
「ご、ごめん」
ノアは杖を握りしめる。
【ノア】
「大丈夫。大丈夫だから」
だが、魔力が少し暴れている。
フィナはそれを見逃さなかった。
笑顔のまま、静かに杖を構える。
「ノアちゃん」
優しい声。
───そんなに大きい力、怖くない?
ノアの肩が震える。
ユナの目が鋭くなる。
【ユナ】
「揺さぶり」
ミアが怒ったように叫ぶ。
【ミア】
「ノアに変なこと言うな!」
フィナは首を傾げる。
【フィナ】
「変なことじゃないよ。本当のことでしょ?」
ノアの魔力がさらに膨らむ。
怖い。
怖いのは本当だ。
自分の魔力が怖い。
制御できないかもしれない。
誰かを傷つけるかもしれない。
誰かに利用されるかもしれない。
【ミア】
「ノア!」
ミアが呼ぶ。
【ミア】
「私たちは便利だから一緒にいるんじゃないぞ!」
ノアが顔を上げる。
ミアは短槍を構えながら叫んだ。
【ミア】
「ノアがノアだから一緒にいるんだ!」
ユナも静かに言った。
【ユナ】
「防御が欲しいだけなら、別の道具でいい。でも、私たちはノアと組んでる」
ノアの魔力の揺れが、少し収まる。
トーマは記録板を握りしめていた。
今、声を届けたい。
でも、外からの助言は禁止。
それでも、ノアは自分で立つしかない。
ノアは深く息を吸った。
トーマの言葉を思い出す。
怖いのに逃げてないから、大丈夫。
ミアの言葉。
ユナの言葉。
自分は魔力だけではない。
便利な盾ではない。
ノアという一人のリトルヴァルキリーとして、ここにいる。
【ノア】
「……怖いよ」
ノアはフィナを見た。
【ノア】
「でも、怖くても、私はここにいる」
杖を構える。
膨らんだ魔力が、ゆっくりと収束していく。
大きな壁ではなく、小さな光へ。
フィナの目が少しだけ開く。
【フィナ】
「へえ」
ノアは言った。
【ノア】
「私は、私の力で、みんなを守る」
その瞬間、ノアの周囲に三つの小さな防御膜が浮かんだ。
ミアの前。
ユナの横。
自分の足元。
それぞれが違う角度で、違う硬さを持っている。
ロイドが息を呑む。
【ロイド】
「出力の分割……」
トーマはノアを見つめた。
【トーマ】
「すごいのか?」
ロイドは小さく頷く。
【ロイド】
「かなり。今までのノアは一つの防御に集中するだけで精一杯でした。今は三か所に別々の性質で展開している」
レナが拳を握る。
【レナ】
「ノア……!」
ソルの表情もわずかに柔らかくなる。
【ソル】
「一つ越えたな」
フィールド内。
ミアはノアの防御膜を見て、にっと笑った。
【ミア】
「行けるな!」
ユナも頷く。
【ユナ】
「行ける」
ルチアは剣を構え直した。
【ルチア】
「いいわ。なら、こっちも本気で行く」
フィナも杖を掲げる。
【フィナ】
「お姉ちゃん、合わせるよ」
【ルチア】
「当然」
テリア姉妹の周囲に、蒼と桃色の魔力が重なった。
姉妹の連携が、さらに深くなる。
シェイン三人も、構える。
ここからが本番。
トーマは記録板を握り直した。
ノアは揺さぶりを越えた。
ミアとユナも、それを支えた。
だが、テリア姉妹は強い。
この試合の勝敗は、まだ見えない。
鐘の余韻はもう消えている。
代わりに、五人の小さな戦乙女たちの魔力が、フィールドの中央でぶつかろうとしていた。
そして森の奥。
紅い旗の下で、セイレンは静かに笑った。
【セイレン】
「いいわ、ノア」
ルークが短く問う。
【ルーク】
「強くなった?」
【セイレン】
「少しね」
【ルーク】
「トーマは?」
セイレンは観覧席のトーマを見る。
【セイレン】
「彼も見ている。見ることで、満たされている」
【ルーク】
「空っぽじゃなくなる?」
【セイレン】
「ええ」
セイレンは紅い旗を握る。
【セイレン】
「だからこそ、いつか壊しがいがある」
ルークは少しだけ首を傾げた。
【ルーク】
「壊すの?」
セイレンはすぐには答えなかった。
風が吹く。
紅い旗が揺れる。
【セイレン】
「壊れるかどうかは、彼次第よ」
その声は、冷たくもあり、どこか祈りにも似ていた。




