↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「結論から言うね」とキミは言った。  作者: 陸無ふき
第二章 色づき始めた世界
33/39

第三十三話 選択

——ようこそ。愚かな神託の結末へ


ノクスの哀しげな声が、森に響いた。


「はっ、はは」


「ざまぁ、みやがれ」


僕の後ろから、男たちの乾いた笑い声が聞こえる。


振り返ると、セインも、ルミアも、リラも、馬に乗ったまま黙って顔を伏せていた。


「リテルを探せ!」


男たちの笑い声に被せるように、ノクスの鋭い指示が飛んだ。


森の道には、何本もの大木が折り重なるように倒れていた。その向こうからは、微かなうめき声がまだ聞こえる。


「剣を抜け! 周囲に気をつけろ」


「まだ大半は生きている! 気を抜くな」


男たちは馬から降り、声を上げながら続々とそこへ向かった。


僕はただ、黙ってその様子を見ているしかできなかった。


僕の前にいたノクスは、突然振り返った。


「ところでー、君たちは?」


軽い声、それから綺麗で、整った顔立ち。


目が合うと、まるでその真っ黒な瞳に吸い込まれそうになる。でも、そんなノクスが、たった今、騎士たちを……


「んっ? 俺の顔に何かついてる?」


「えっ、いや、その」


後ろから、馬を降りたエルンとダリオがやってきた。エルンは傷口を押さえながら、荒れた息のまま呟く。


「この子たちは、森で……俺たちを、助けてくれた……」


ノクスは、エルンとダリオの傷に目を向ける。


「そう、だったのか」


ダリオの背中は、いつのまにか処置されており、血は止まっていた。


「二人とも、傷は大丈夫か?」


「ああ、問題ない」


「ところで、ロアンはどうした?」


ダリオとエルンの顔が僅かに強張った。それから、黙って下を向く。


「……そうか」


ノクスは、それ以上は聞かなかった。そして、再び倒木の向こうに目を向ける。


やがて、奥から荒ぶった男の声が聞こえた。


「ノクス! 奴には逃げられた!」


ノクスの指先が、ぴくりと動いた。それから、相変わらず軽い口調で笑う。


「ははっ。まあ、そんな簡単にはいかないか」


その時、セインが僕の隣に歩いてきた。


「奴とは、誰だ?」


その目はまっすぐノクスに向けられている。


「ん? あー、リテルのことか。奴は、教皇親衛隊の一人だよ」


「教皇、親衛隊……」


セインは低い声で呟く。


「もともと奴を殺すことが、目的の一つだった」


「殺すって……」


セインの表情が強張った。


「ん? そのままの意味だけど」


僕の額に冷たい汗が滴る。


「まあー、結果は見ての通り、逃げられちゃったけどね」


「そう、だったんだ」


僕の口からは、それしか出なかった。


「大体、親衛隊なんて名乗るなら、教皇の側で大人しくしてろよな」


そして、ノクスは倒木の向こう側へと向き直った。


「待て」


「ん?」


ノクスは振り返らない。


「つまり、もともと騎士たちをこの森に誘い込むことが目的だったのか? 俺たちを囮にして」


「ははっ。嫌な言い方をするねー。君たちを巻き込んだのは結果的にそうなっただけだよ」


「くっ」


セインは唇を噛んだ。


「ならば、なぜ、騎士たちが追ってくると分かった?」


「なぜって、そりゃあ……」


ノクスは、一呼吸置いた。


「神託は、絶対だからだよ」


ノクスはそう言い残し、折り重なった幹の脇を抜けていった。


「セイン、親衛隊って?」


ノクスの姿が見えなくなったところで、僕は聞いた。


「教皇親衛隊。神に選ばれた十人の騎士。この世で最も高潔な騎士たちだ」


「高潔な騎士って、もしかして……」


「ああ、親衛隊の隊長は、俺の兄だ」


セインは、ノクスが消えた倒木の向こうを見つめていた。


兄のことを考えているのか、それとも、その親衛隊を殺そうとしたノクスのことを考えているのか、僕には分からない。


僕も、倒木の向こうへ目を向けた。このまま、何も知らないふりはできない。視線を戻すと、セインと目が合った。


セインは、僕の考えを察したように無言で頷く。


「リラは、ここで待っていて。足を怪我してるし」


「えっ、う、うん」


「ルミアは、リラを診てあげて」


「……わかった」


それから、僕とセインはノクスの後を追った。

この先の光景を、見たくはなかった。


けれど。


「目を逸らしちゃいけない、気がするんだ」


僕がそう言うと、セインの眉がぴくりと動く。


「ああ……そうだな」


僕たちの視線の先には、倒木の間に倒れた騎士や馬の姿が広がっていた。


動かない者もいれば、地面にうずくまり、苦しげに呻いている者もいる。


その騎士たちに、ノクスの仲間たちは剣を向けていた。


森の両脇から出てきた仲間も加えれば、数十人はいる。


「ノクス……?」


僕は、前に立つノクスに問いかける。


「君たち、きたんだね」


ノクスは少し驚いたように振り向いた。


「彼らを、どうするの?」


僕の声が震えていることに、自分でも気づいた。


セインは僕の隣で、静かにノクスの答えを待っている。


「さあ、どうしようかな」


ノクスはそう言って、腰に下げた剣に手をかけた。カチャッ、と小さな金属音が響く。


「ひいっ」


騎士は、必死に絞り出したような声を上げた。


「お、おい、何をするつもりだ!」


セインは声を張り上げた。


すると、ノクスは立ち止まり柄から手を離す。そして、僕たちの方へ向き直った。


「こいつらは、君たちを殺そうとしたんだよ?」


ノクスの目が、わずかに鋭さを帯びる。


「そ、それは、そうだけど……」


「ロアンも、こいつらに殺された」


その声が、鋭く僕の耳に突き刺さる。


「それに……」


ノクスは、倒れた騎士たちに視線を向けた。僕は、ゴクリと唾を飲み込む。


「おい、もうその辺にしておけ」


突然、後ろから野太い声が飛んだ。振り返ると、そこにはダリオが立っていた。


「ははっ、冗談だよ」


ノクスはまた、軽い声でそう言った。


隣でセインの肩がかすかに震えている。僕も、まだ手の震えが止まらない。


だって、ノクスの目はちっとも笑っていなかったから。


「さあて、やるか」


ノクスはまた騎士たちに歩み寄る。


そして、一番近くに倒れていた騎士の目の前で立ち止まった。


「騎士のみんな、安心して。殺しはしないから」


地面にうずくまる、十数人の騎士たちの視線は一斉にノクスに集まった。


「か、神殺しを企む、異端者共め」


ノクスの眼下にうずくまる騎士が、声を振り絞る。


「神殺し、だと?」


セインは僕の隣で静かに呟いた。


「へー、俺のことを知ってるんだ」


ノクスは剣を抜いた。その切先を騎士の喉元に向ける。


「おいっ!」


セインが一歩踏み出す。その腕をダリオが掴んだ。


僕は、なぜか剣の柄に手をかけていた。けれど、その手は固まって動かない。


ノクスは、騎士の震える身体を確かめるように目を細めた。それから、ゆっくりと、妖しい声で囁いた。


「君、揺らいでるね?」


その時、森を風が駆け抜けた。木々がざわめき、枯れ葉が僕たちの間を舞った。


「な……なにを、言って……」


騎士の声は震えている。


ノクスは優しく微笑みかけると、奥に倒れる騎士に目を向けた。


「君たちはもう騎士団には戻れないよ。戻れば神託に殺される」


「だから……」


ノクスは、ひと息置いた。


「俺たちの、仲間にならないか?」


一瞬、森に静寂が訪れた。けれど、すぐに奥から騎士の声が飛ぶ。


「ふ、ふざけるな!」


「神に仇なす異端者が!」


ノクスはその声を一蹴した。


「いいよー別に、嫌なら戻って殺されるといい」


騎士たちの間に、小さなどよめきが広がった。


「君たちに残された道は、二つだ」


互いの顔を見つめる者もいれば、黙って地面に目を落とす者もいる。


「戻って死ぬか」


何人かの騎士の肩がわずかに震えた。誰も言葉を返さない。


「俺たちと一緒に、神と戦うか」


その一言に、森が再び静まり返った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。