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「結論から言うね」とキミは言った。  作者: 陸無ふき
第二章 色づき始めた世界
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第三十二話 神託の結末

後ろを振り向いた僕の頬を、生ぬるい風が叩きつける。


激しく揺れる馬上で僕は、しばらく後ろに広がる光景を見つめていた。


すぐ横を走っていたセインも、その光景に目を見開き、言葉を失っている。


大地を叩く重い響きと共に、数えきれないほどの白い影が、土煙の向こうから僕たちを追っていた。


「……どういう、こと?」


僕の口から、声が漏れる。


「振り返るな。しっかり掴まってろ」


僕の前で手綱を握る男は、前を見つめたままそう呟いた。


「おい、どういうつもりだ。このままでは全滅だぞ!」


馬蹄の音に被せるよう、セインは声を張り上げた。


その叫びに、すぐ前の馬に乗るルミアが肩を震わせた。リラも痛みに顔を歪めながら振り返る。


セインの乗る馬の手綱を引く男も、負けじと声を張り上げた。


「だから、逃げ切るんだよ。捕まる前にな!」


「無茶だ。こっちは二人乗りだぞ。それに怪我人もいる」


セインは、少し前を走るリラの馬へ目を向けた。馬が跳ねるたびに、リラの傷ついた足が揺れる。


その白く細い足には、まだ紅い血が滴っていた。


「……あは。これ、ぜんぜん楽しくないね」


痛みに顔を歪めながら、それでもリラは無理に笑ったように見えた。


「リラ、しっかり掴まってて!」


別の馬の上で、ルミアが思わず声を上げる。


その声も震えていた。

リラは小さく肩をすくめる。


「ごめん。黙ってる方が、怖くて」


その言葉に、ルミアは何も返せなかった。


「だから、ノクスは時間を稼いでる」


セインの馬の手綱を握る男が、前を向いたまま言った。


ノクスたちは、僕たちから少し距離を空けながら一定の速度を保っていた。


けれど、時折進路を変えながら、騎士たちを引き連れていた。


そのおかげで、騎士たちはまっすぐこちらへ距離を詰められずにいた。


「意味がわからない。それならなぜ別の方角に逃げ——」


セインがそう言いかけた時。


空気を切り裂くような、鋭い音が馬蹄の轟音にまぎれて聞こえた。


次の瞬間、一筋の黒い線のようなものが、僕とセインの乗る馬の間を抜けた。


「……化け物め」


手綱を握る男が、小さな声でそう呟いた。

あの小柄な騎士も、まだ後ろにいる。


それだけで、どれだけ距離があるのかなんて、もう意味がない気がした。


必死で馬上にしがみつく僕の手は震えていた。


僕はもう一度後ろを振り向く。


その時、黒い煙のようなものが、土煙に紛れて僕たちと騎士団の間へ広がっていた。


「……煙?」


僕の言葉に、手綱を握る男はニヤリと笑う。


「煙筒か。ノクスのやつ、ずいぶん用意周到じゃないか」


男がそう言った時。


その黒煙を、一本の黒い線が裂いた。


同時に、ノクスの隣を走っていた男の身体が、馬上から崩れ落ちた。


生ぬるい風の中で、僕の頬を伝う汗だけが異様に冷たかった。


けれど、仲間が倒れてもノクスは馬を止めなかった。


それどころか、次第に速度を上げて僕たちとの距離を詰めてくる。


僕は思わず息を飲み込む。


その時、僕たちの進む先に、次第に木々が増えていることに気がついた。


僕を乗せた馬は、木々をかわしながら蛇行するように進む。


手綱を握る男の視線は、まっすぐ前だけに向けられていた。


視線の向こうには、深い緑の壁が広がっていた。


「……森?」


僕たちを乗せた馬たちは、次第にその隊列を細めた。


「……あの森に、入るつもりか?」


セインは視線の先にある緑を見つめながらそう言った。


森には一箇所だけ、奥へと続く道があった。


僕たちの馬は一列に並び、その入り口へと向かっていた。


この時、ノクスの率いる騎馬たちは、すでに僕たちのすぐ後ろを走っていた。


彼らは後ろを追う騎士たちを目掛けて、何かを投げつける。


同時に、黒く濃い煙が、騎士たちを包んだ。


まもなく、僕たちは深い森に飲み込まれた。


背の高い木々に、日の光は遮られる。


そこは、馬が一頭通るのがやっとの、細い道だった。


「よし。ここまで来れば……」


僕の前の男がそう呟く。


けれど、木々が生い茂る薄暗い闇に包まれたその時。


ついさっきまでいた森の光景が、嫌でも頭に蘇った。


そのせいで、僕の心臓はさらに早く脈をうつ。

その瞬間、すぐ後ろから凄まじい轟音が響いた。


それは、重く鈍い音だった。


同時に、けたたましい馬の嘶き。


誰ともわからない叫び声。


木々が激しく揺れる音。


そして、鳥たちが一斉に羽ばたく音が、深い森に響き渡った。


「……今のは?」


僕が後ろを振り向くと、ノクスの顔が初めてはっきりと見えた。


目はまっすぐ前を見つめている。


けれど、その口角が少し上がっているのが見えた。


煙に巻かれた先頭の騎士たちが、森の入口で何かに衝突したのだと、遅れて分かった。


けれど、煙の向こうから聞こえる馬蹄の音は止まらなかった。


先頭の騎馬が崩れたはずなのに、白い影は止まらない。


倒れた馬を避けるものもいれば、踏み越えるように進むものもいる。


誰かが叫んでいる。


その叫びが命令なのか悲鳴なのか、僕には分からなかった。


ただ一つ分かるのは、彼らがまだ僕たちを追っているということだけだった。


騎士たちは隊列を細め、森の道に入ってきた。


「……しぶとい奴らめ」


前方を走る男がそう呟いた。


「だが、これで奴の矢は届かない」


木々の幹が、騎士たちとの間を何本も流れていく。


さっきまで空を裂いていた黒い線は、もう飛んでこなかった。


ほんの少しだけ、息ができた気がした。


「それも、森を抜けるまでの間だけだ」


セインは低い声でそう言った。


騎士たちはどこまでも追ってくる。


僕たちは、いつまで逃げればいいんだ。

そう思った時だった。


最後尾を走る騎馬に、騎士の馬が追いついた。

白い鎧の騎士が、長剣を振り上げる。


森の闇を反射して、刀身が黒く輝いた。


その刃が、最後尾の男の背に届きそうになる。

その時、ノクスがわずかに顎を上げた。


そして、森の奥へ向かって叫ぶ。


「——今だ!」


ぶつり、と。


張り詰めていた何かが切れる音が聞こえた。

森の影が大きく揺れる。


次の瞬間、背後で、巨大な何かが倒れるような音がした。


地面が揺れる。


折れた枝と枯葉が舞い上がり、僕たちの背中に叩きつけられる。


「——うっ」


目を細めながら、僕は後ろを振り向いた。


舞い上がった砂埃の中で、何本もの巨大な幹が、騎士たちの行く手を塞いでいる。


先頭を走っていた騎士たちは、馬ごと薙ぎ倒され、地面に伏していた。


馬が大きく嘶いた。

白い鎧の騎士たちが、幹の寸前で手綱を引く。


けれど、その後ろの騎馬はすぐには止まれなかった。

金属の鎧がぶつかる重い音が、いくつも重なる。


馬と騎士の悲鳴が混じり、森の奥に響き渡った。

僕たちを乗せた馬は、そこで初めて速度を落とした。


前を走っていた者たちも、次々と馬を止める。


何が起きたのか分からないまま、僕はその光景を見つめていた。


その時。


空気を裂くような、あの嫌な音が無数に響いた。

その音は森の側面から鳴っていた。


僕の視界の端には、森の中に潜む大勢の人影が映った。


その人影の方から、無数の黒い線が、横殴りの雨のように降り注いでいた。


同時に、騎士たちのうめきと、馬の悲鳴はいっそう大きくなった。


砂埃と倒れた木々に遮られて、その向こうははっきりとは見えなかった。


けれど、そこで何が起きているのか、今の僕にはなんとなくわかった。


僕のすぐ後ろに馬を止め、その光景を見つめていたノクスは静かに口を開いた。


「ようこそ。愚かな神託の結末へ——」


その言葉に、周りの男たちは小さく笑った。

けれど、僕は笑えなかった。


少し離れた馬の上で、ルミアも、セインも、リラも、ただ黙ってその光景を見つめていた。


そして、なぜだろう。

ノクスの声だけが、少し哀しげに聞こえた。

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