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「結論から言うね」とキミは言った。  作者: 陸無ふき
第二章 色づき始めた世界
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第二十八話 酸いも甘いも

翌朝。


僕は、いつもより少し冷たい朝の空気で目を覚ました。岩の窪みの外では、小鳥の囀りが聞こえている。


木々の隙間から差し込む朝日が、湿った地面を淡く照らしていた。


ルミアは隣で、静かに目を閉じて眠っている。セインも岩壁にもたれたまま、目を閉じていた。


けれど、そこにリラの姿だけがなかった。


「……あれ?」


僕は二人を起こさないように、静かに身体を起こす。


そして、頭をぶつけないように気をつけながら、岩の窪みから外に出た。


リラは、すぐ近くにあった少し開けた地面に一人で座っていた。


「おはよう、リラ」


僕の声に気がつくと、リラはゆっくりと振り向いた。


「おはよう! アイル」


リラは元気な声で僕に返した。


けれど、すぐに手に持っていたコインに視線を落とした。


「リラは、本当にコインが好きなんだね」


「好き、なのかな?」


そう言って、リラはコインを指先でくるりと回した。


「好き、じゃないの?」


リラは、人差し指をそっと唇に当て、「うーん」と声を漏らした。


「自分で決めるのって、時には怖いこともあるでしょ?」


「えっ?」


リラの言葉に、僕は思わず息を呑んだ。

そして、昨日の出来事を思い出す。


騎士団に追い詰められた僕たちは、自分で何も決められなかった。


全員で逃げるか、その場に隠れ続けるか。それとも、誰かが犠牲になるか。


神託の中で生きていれば、きっとそんな怖さを知ることはなかった。


そんなことを、自分たちで決めなくてもよかった。だから昨日、僕たちは何も選べなかった。


「だから、コインに決めてもらうの?」


僕がそう尋ねると、リラは小さく頷いた。


「うん。まあ、そんな感じかな」


そう短く答えると、リラは手に持ったコインを指で弾いた。


「でも、このコインのおかげで、君たちに会えたから」


リラは宙に舞ったコインを受け止める。


「好きってことでいいのかも!」


そう言って、リラは僕に目を向けてニコッと微笑んだ。


「ところで、朝から何を決めてたの?」


「今日、どっちに進むか!」


「えっ!?」


そして、リラは目の前に広がる森に目を向けた。


「表なら右、裏なら——」


「おい」


リラの声に被せるように、後ろから低い声が聞こえた。


「君のコインは信用できない。行き先は俺が決める」


いつのまにか、僕たちの後ろにはセインとルミアが立っていた。


「えー、なんでー」


リラの返事に、セインは額に手を当てて、大きくため息をついた。


そんな二人のやりとりを見て、ルミアは優しく微笑んでいる。


「昨日、そのコインで、俺との勝負に負けただろ?」


「そうだけどー……えっ、それって——」


何か言おうとしたリラを遮るように、セインは言った。


「早くそのコインをしまえ。支度しろ、出発するぞ」


「……うん!」


それから、僕たちは支度を済ませ、深い森の中へ歩き出した。


先頭を行くセインの少し後ろを、リラが軽い足取りでついていく。


昨日まで、三人だったはずの足音が、今朝からひとつ増えていた。


セインは時折立ち止まっては、周囲に目を向け、方位磁針を確認していた。


立ち止まるセインに、リラは得意げにコインを掲げる。


「……コインには、聞かないぞ」


「まだ何も言ってないじゃん!」


「言おうとしていた」


そんな二人を見る度に、やっぱりルミアは少し微笑んだ。一番後ろから、みんなを見ていた僕の心は、不思議と温かくなっていた。


この気持ちは、なんて言うんだろう。


昨日、あんなにも冷たい結論を目にしたばかりなのに。


けれど、そんな温かさとは別に、僕たちの足取りが、少しずつ重くなっていくのを感じた。


騎士団から逃げるのに夢中で、昨日からまともに食べてなかった。


「……お腹、すいたね」


僕の口から小さく本音が漏れた。


「それは言わない約束だろ。食料は限られてる。節約しなければ」


セインは振り返らずにそう言った。


その時、僕たちの会話を不思議そうに聞いていたリラは近くの茂みを指差した。


「えっ、食べ物ならここにいっぱいあるよ?」


僕たちは思わず立ち止まった。


そして、リラは茂みに駆け寄ると、葉の陰に隠れていた紫色の小さな実をいくつか摘んできた。


「なに、これ?」


「うーん、名前は知らない。けど、前にも食べたことあるし。これ、食べれるよ」


そう言って、リラは紫色の実を口に運んだ。


「おい、待て!」


セインがそう声をあげた時にはもう遅かった。


リラは時折口をすぼめながら、小さな実を頬張っている。


「うーん、酸っぱい! でも、ちょっと甘いよ」


「おい! そんな得体の知れないものを食べて、何かあったらどうするつもりだ?」


「だからー、何回も食べたことあるから大丈夫だって」


そんなリラを、ルミアがじーっと見つめていた。


「ルミアも、食べる?」


そう言ってリラは、いくつかの実をルミアに差し出した。ルミアは、差し出された小さな実を一粒、指先でつまんで見つめていた。


「ちょっとま——」


セインがそう言いかけたとき、ルミアは小さな実をそっと口に運んでいた。


それから、目を丸くしながら、何度か瞬きをする。


「……とても、すっぱくて、あまい」


そして、少し口もとを緩めた。


「リラ。僕も食べていい?」


「うん。もっと取ってくるね!」


リラは手にしていた小さな実を、僕の手にのせると、また茂みの方へ駆けていった。


僕はチラリとセインの方を向いた。


けれど、セインは小さくため息をついたあと、もう何も言わなかった。


僕は、恐る恐る小さな実を口にした。


噛んだ瞬間、僕はあまりのすっぱさにみんなと同じように口をすぼめた。


けれど、噛むほどに次第に優しい甘味が口の中に広がった。


教会の配給食とは違う。


こんなふうに、口の中で味が広がる食べ物を、僕は初めて知った。


気がつけば僕は、二つ、三つと紫色の実を口に運んでいた。


すると、ふと隣から視線を感じた。


僕が視線に目を向けると、ルミアが静かに僕を見つめていた。


いや、僕というより、ルミアの視線は僕の手の中にある紫色の実に向けられていた。


「ご、ごめん。僕ばっかり食べちゃって」


そう言って僕は、残りの小さな実をルミアに手渡した。


「セインは食べないの?」


「……俺は、いい」


セインがそう言い終えた直後だった。

小さく、腹の鳴る音がした。


しばらくの間、三人の間に沈黙が訪れた。


けれど、その沈黙を破るように、リラが両手いっぱいに紫色の実を抱えて戻ってきた。


「はいこれ。みんなで食べよ!」


リラはそう言って、紫色の実を僕たちに配った。


「……一粒、だけだ」


セインはそう言って、リラから受け取った実をゆっくり口に運んだ。


「どう? 初めての神託以外のご飯は」


セインは、一瞬目を大きく開いた。


そして、口をすぼめながら、小さく呟いた。


「……まあ、悪くない」


そんなセインの様子を見て、僕たちの間に次第に笑みがこぼれていった。


「ありがとう。リラのおかげで、また歩けそうだよ」


「どういたしまして!」


リラは少し誇らしげに笑った。


「これ以外にも、食べられるものがいっぱいあるから。また教えてあげる!」


リラの言葉に、ふと横を見ると、ルミアが目を輝かせていた。


「……そろそろ、行くぞ」


セインが前を向いてそう言うと、僕たちはまた歩き始めた。


神託の外側にやってきて、苦しいこともたくさんあった。信じられないような、冷たい結論を目にした。


でも、歩き出したあとも、僕の口の中にはまだ、ほんの少しだけ甘さが残っていた。

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