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「結論から言うね」とキミは言った。  作者: 陸無ふき
第一章 色のない世界
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第十八話 おはよう

ここは、どこだ。


見覚えのあるような、白い街。

あたりが、何やら騒がしい。


目の前には石で組み上げられた、どこか懐かしい家がある。


……思い出した。


ここはノルディアの街の中。俺が住んでいた家の前だ。


なぜか、目線が低い。

俺は自分の手のひらを見つめた。


汚れも、傷跡もない、きれいで小さな子どもの手のひらだった。


ああ、そうか。


これは、四年前の記憶。

ミリアが祝福された日のことだ。


街の人たちは、大人も子どもも、みんな笑顔で街の中央広場へと向かって歩いていく。


そんな中、俺だけがこの場に取り残されていた。

夕暮れの街に、重い鐘の音が響き渡る。


それから、しばらくして、俺の前に一人の男が現れた。


腰に剣を携え、純白のコートに身を包んだ黒髪の男。

男は、ゆっくりと俺の前に歩み寄る。


「……ヴァイス兄さん」


「セインか」


兄は俺の前で足を止め、鋭い目つきで幼い俺を見下ろした。


「ミリアは?」


「たった今、祝福された」


兄は短く答える。


「祝福……」


俺は、兄の目から逃げるように視線をずらした。


「ミリアは、笑ってたんだよね?」


「ああ」


「ミリアは、神様のもとに、行っただけなんだよね?」


「そうだ」


その時、なぜか腹の奥が煮えたぎるような熱さに見舞われた。思わず拳を、固く握りしめる。


「じゃあ、いつか、ルミアのように——」


その瞬間、俺の目は覚めた。


「はっ……」


息を呑んで目を開けると、そこは見知らぬ小部屋のベッドの上だった。


背中は、汗でべっとりと濡れている。心臓が、まだ激しく鳴っていた。


「夢、か……」


乱れた呼吸を整えながら、ゆっくりと上半身を起こす。


外はすっかり暗くなり、窓からそそぐかすかな月明かりが部屋を淡く照らしていた。


身体中が重く、節々がずきんと痛む。


「くっ」


俺は痛む体を引きずるようにして、ベッドから降りた。


アイルの様子を見に行かなくては。

部屋を出て、隣の部屋の扉をそっと開ける。


月明かりに照らされたベッドで、アイルは眠っていた。静かな寝息だけが俺の耳に聞こえてくる。


その寝顔は、倒れたときよりずっと穏やかだ。


そんなアイルの傍で、ルミアは彼の手を握ったまま、ベッドに伏せるようにして眠っていた。


無理な姿勢のまま眠っているのに、その手だけは決して離していない。


ルミアはずっと、あいつのそばにいたのだろう。

俺はしばらく、その光景を見つめていた。


そして、近くにあった毛布をルミアの背にかけ、部屋を後にした。


廊下に出たところで、後ろから俺を呼ぶ声が聞こえた。


「セイン君!」


振り返ると、そこにはマルクさんとノアが立っていた。


「セイン君、目が覚めたんだね」


マルクさんは軽く手を振りながら、俺に声をかけた。


「はい。わざわざベッドまで運んでくださり、ありがとうございます」


「気にしないでください。それよりも、一緒に食事でもどうですか?」


マルクさんがそう声をかけた時、ノアが走って俺のもとにやってきた。


そして、俺の袖を掴んで言った。


「セインお兄さん、こっちこっち」


セインお兄さん。

その言葉を聞いた俺は、なぜか昔のことを思い出していた。


「こらこら、ノア。やめなさい」


思わず笑いがこぼれる。


俺は今まで張り詰めていた緊張の糸が、一気に解けるのを感じた。


「はい。いただきます」


俺の顔を見て、ノアがなぜか嬉しそうに笑っていた。


俺の顔は、きっといつもより、少しだけ緩んでいたんだろう。


マルクさんに案内され、俺は食卓についた。エナさんが食事を準備してくれている。


机の上に並んだのは、教会から配給された、いつものパサついた配給食だった。


俺は食事に手をつける。


「……美味い」


昨日から、なにも食べてないからだろうか。いつもとは、違った味に思えた。


配給食を噛み締める俺に、マルクさんが話しかける。 

「それにしても、昨夜の神鳴りはすごかったですね」


「ええ、俺も、あんなのは初めてです」


「大きな神託が降る時、神鳴りが鳴ると言いますが、今頃、聖都は大忙しでしょうね」


マルクさんは、そう言って笑った。


「ところで、アイルの容体は……?」


俺が尋ねると、マルクさんは静かに頷いた。


「君が倒れたあと、神託医から塗り薬を受け取りました」


「塗り薬?」


「ええ、この薬を毎日欠かさず塗り続ければ、次第に傷口は塞がるそうですよ」


「本当ですか」


「ええ、もう大丈夫です」


「それは……よかった」


思わず、安堵の息が漏れた。


「ルミアちゃんが、一生懸命看病してくれました」


「ルミアが?」


「彼女の必死な姿を見ていると、休んだほうがいいとは言い出せなくて」


マルクさんは、頭を掻きながらそう言った。


ルミア。

俺はまだ、彼女を完全に信用できない。


だが、マルクさんの目には、懸命にアイルを助けようとする一人の少女として映ったのだろう。


彼女がアイルを斬ったとき、その剣筋に迷いはなかった。だが今の彼女は……


いや、ここからは、彼女を直接審問することにしよう。


「セイン君。アイル君が完治するまでの間、この家にいてください」


マルクさんの突然の提案に、俺は心底驚いた。


「いえ!そこまでお世話になるわけには……まさか、そういった神託が出たのですか?」


それを聞いて、今度はエナさんが優しく言った。


「神託は出ていませんよ。でも、そうした方がいいと思ったんです」


「で、ですが……」


「妻もそう言ってますし、どのみちアイル君もすぐには動けないでしょう」


「ありがとう……ございます。でもせめて、俺やルミアにできるお手伝いをさせてください」


俺の言葉を聞いて、マルクさんとエナさんは、しばらく顔を見合わせていた。


そして、少し考えたあと、頷きながら言った。


「こちらこそ助かります。ちょうど小麦の収穫の時期ですから」


俺はその言葉を聞いて驚いた。手助けは断られると思っていたから。


「本当に、いいんですか?」


俺は思わず、そう呟いた。


「もちろん。ノアも喜びます」


食事を終えた俺は、用意された部屋のベッドに横たわり、一人で頭の中を整理していた。


この二日間、分からないことが多すぎる。


空白の神託。

戻ってきたルミア。


そして、神託無しに俺たちを助けた、マルクさんたち。


どれも、俺の知っている正しさから少しずつ外れていた。神託を待たず、自分で考え、行動する。


それは、これまで俺が神の名のもとに鎮めてきた、揺らぎそのもののはずだった。


だが、その揺らぎによって、アイルの命は繋がった。

マルクさんたちの選択を、間違いだとは思えない。


ならば、俺がこれまで鎮めてきたものは――

揺らぎとは、一体、なんなんだ。


そこまで考えたところで、急にまぶたが重くなった。

答えを見つけられないまま、俺は再び眠りに落ちた。


翌日から、俺とルミアはアイルの様子を見守りながら、マルクさんたちの仕事を手伝った。


家の周囲に広がる小麦を刈り、束ね、教会へ納める準備をする。


マルクさんによれば、こうして作物を育てる場所を、畑と呼ぶらしい。


どれも初めてのことで、戸惑うことばかりだった。


「セイン君、もっと根元を持ってください」


「……こうですか?」


「ええ。ルミアちゃんは、もう随分慣れたようですね」


少し離れた場所では、ルミアが黙々と小麦を束ねていた。


彼女は俺よりもずっと手際がよく、気づけば、ルミアの周りには小麦の束が次々と積み上がっていた。


「……なぜ、そんなに早いんだ」


俺が尋ねても、ルミアは不思議そうに首を傾げるだけだった。


そんな日々を過ごすうちに、三日が経った。

その日も、俺とルミアは畑で小麦を刈っていた。


すると、エナさんが家の方から慌てた様子で走ってきた。


「二人とも!」


俺は手を止め、エナさんに駆け寄る。


「何かあったんですか?」


エナさんが答えるよりも早く、ルミアが家に向かって走り出した。


「おい! 急に走ると危ないぞ!」


ルミアは俺の声も聞こえていない様子で、でこぼこの畑を駆けていく。


「まったく……」


俺は小さく息を吐き、その後を追った。


家に着くと、ルミアは勢いよく扉を開け、そのままアイルの部屋へ向かう。


俺も遅れて部屋に飛び込んだ。


ベッドの上では、アイルが身体を起こしていた。

その目は確かに開いている。


アイルは俺たちの姿を見ると、少しだけ口元を緩めた。


「おはよう……」

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