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「結論から言うね」とキミは言った。  作者: 陸無ふき
第一章 色のない世界
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第十三話 きいろの花

僕たちは黄金の小麦を背に、馬に揺られていた。


食料は手に入った。

これで、しばらくは進める。


けれど僕は、まだ痛む胸にそっと手を当てていた。


「まだ気にしているのか」


後ろで静かにしていた僕の様子を察したのか、前を向いたままセインが言った。


「……うん」


「必要なことだった。あのままでは、聖都に辿り着けない。キミが言ったことだろ」


「それは、分かってるよ。でも……」


「なら、それ以上考えるな」


たぶん、セインの言っていることは正しいと思う。

神託なら、きっとそう判断する。


でも僕は、それだけでは、どうしても納得できなかった。


「……セインは、そうやって割り切れるんだね」


「割り切っているわけじゃない」


セインの声は、少しだけ硬かった。


「それを今考えても、どうにもならないと言っている」


「……そう、かもね」


しばらくの間、馬の蹄の音だけが二人の間に響いていた。


突然、セインが後ろを振り返る。

視線は僕ではなく、さらに後ろに向けられていた。


「……どうしたの?」


「いや」


セインは一言そう言ってから、すぐに前を向く。

けれど、その横顔は少し険しく見えた。


「何か、気になるの?」


「ここまで何もないのが、少しな」


「何もないなら、いいことじゃない?」


「そうだといいが」


セインは短く答えた。

それから、わずかな沈黙の後、小さく呟く。


「ただ、上手くいきすぎている気がする……」


「そう、なのかな」


セインは僕の曖昧な言葉に、なにも答えなかった。


ただ、もう一度だけ後ろを振り返る。

僕もつられて後ろを見た。


そこには、黄金色の小麦がどこまでも広がっている。今までとなにも変わらない光景だった。


けれど、何もないこの光景がさっきまでとは別物に見えた。


確かに、言われてみれば、ちょっと静かすぎる気がする。


「これから、どうする?」


「今はただ、進むしかない」


セインは一言そう言って、手綱を強く握り直した。


気づけば、黄金色は途切れ、見たこともない植物が一面を覆っていた。


緑色の背の低い葉が、地面を這うように広がっている。


これも、僕のいた教区では一度も見たことがないものだった。


「セイン。この植物はなに?」


「……知らん」


今度のセインは、少しそっけない。

僕は、もう一度その植物に目をやった。


その植物の間に、なにか作業をしている人影が見える。


腰を屈めて何かを刈り取る人。

立ち上がり、額の汗を拭う人。


「誰も、僕たちを気にしてないね」


「俺たちのことを、なにも聞いてないんだろう」


「でも、逃げてから、もう四日になるよね」


「ああ」


「なにも聞いていないなんて、ありえるのかな?」


「普通は、ありえないな」


「普通は、か」


僕はこれ以上聞けなかった。

次第に、背筋が寒くなるのを感じたから。


背の低い植物の間を巡るように、細い道が続いている。


そこを抜けると、その先には、見慣れた草原が広がっていた。僕たちは草原を進み続ける。


草原の奥に、小高い丘の影が見えたところで、セインが口を開いた。


「あの丘の上で休憩しよう。見晴らしが良さそうだ。何かあればすぐに気がつく」


「そうだね。ちょっとお腹空いたよ」


それから僕たちは、草花が生い茂る緩やかな丘を登った。


丘を登る途中、ふと馬の足もとに目を向ける。


「あっ、この花」


「どうした?」


「いや、なんでもないよ」


丘の頂上に着いた僕たちは、馬から降り、草の上に腰を下ろした。


すると、セインは黙って配給食を取り出した。


「食べ物は、限られている」


そう言って、配給食を半分に割り、片方を僕に差し出した。


「……ありがとう」


「なぜ礼を言う。これはキミのものでもあるんだぞ」


セインは不思議そうな顔を浮かべた。


「確かに、そうだね」


僕はそう言って笑ってから、足もとに咲いていた花に視線を落とした。


「でも、君が半分くれたからかな?」


「なんだそれは」


セインは「フッ」と笑い、配給食を食べ始めた。

僕も半分に割れた配給食をかじる。


「やっぱり、いつもより美味しい」


僕の小さな呟きは、セインには聞こえていないみたいだった。


けれどセインは、味のしないはずの配給食をいつもよりゆっくり噛んでいるように見えた。


それから僕たちは、丘の上に吹く心地よい風を感じながら、しばらく遠くを眺めていた。


そよ風が、丘の草花を揺らしている。


「そういえば、空白の神託は今どうなっている?」


「えっ? どういうこと?」


「いいから。開いてみてくれ」


セインに言われ、何が何だかわからないまま、僕は鞄から神託を取り出した。


“きいろの花”の栞が挟まった、空白のページを開く。

けれど、そこには何も浮かんでいなかった。


最初に見た時と同じように、空白にしか見えない。


「……今は、何も見えない」


僕がそう言うと、セインは短く息を吐いた。


「……何も見えないなら、それでいい」


「それって、どういう意味?」


「……なんでもない」


セインはそれ以上、なにも言わなかった。


その時、丘の頂上で、今日一番の風が吹いた。


空白のページに挟まれた、"きいろの花"の栞が、風に吹かれてひらひらと飛んでいく。


「あっ」


僕は急いで立ち上がり、栞を追いかけて駆け出した。


あたりには、風に乗せられて、丘に咲いていた"きいろの花"の花びらが舞っている。


やがて栞は、丘の斜面に咲く花々の中に、ふわりと落ちた。


僕は息を切らしながら、その場所まで駆け寄る。


そこには、薄い紙の中に閉じ込められた花と、風に揺れる本物の花が並んでいた。


栞の花と比べると、本物の花はより色鮮やかに見える。


「すっかり、色褪せちゃったね」


僕は栞を拾い上げ、顔を上げた。


あれ。

誰か、いる。


僕の視線の先で、きいろの花々の中に、一人の少女が佇んでいた。


金色に輝く長い髪が、風になびいてキラキラと揺れている。


あまりに綺麗なその光景に、思わず一瞬だけ息が止まる。


でも、次の瞬間には、僕の鼓動が激しさを増していた。


身体が急に熱くなる。

それなのに、手足の先だけは冷えきっていた。


僕は何度もまぶたを擦った。


「ありえない」


思わず、声が漏れる。


そんなはずはない。

だって、彼女は……もう。


僕は吸い寄せられるように、よろよろと彼女に近づいた。


そして、掠れた震える声で名前を呼んだ。


「……ルミア?」

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