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「結論から言うね」とキミは言った。  作者: 陸無ふき
第一章 色のない世界
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第十一話 半分こ

「おい。起きろ」


「いつまで寝ているんだ」


低い声が、頭の上から降ってくる。

僕はまぶたをこすりながら目を開いた。


あたりはまだ薄暗く、木々の隙間から差し込む微かな光が、僕の顔を照らしていた。


「ん、おはよう。セイン」


「なぜ名前で呼ぶんだ? 馴れ馴れしいぞ」


「……ダメかな?」


「……」


セインは、少しの間を置いてから答えた。


「……好きにしろ」


「僕のことも、名前で呼んでくれていいよ」


セインは呆れたような顔をして言った。


「キミはまだ寝ぼけているようだから、もう一度はっきり言っておく」


「俺はキミを信じていないし、馴れ合うつもりもない」


「うん、分かってるよ」


昨日の夜に聞いた、セインの過去。

彼も調律の儀で、大切な人を失っていた。

僕はあれが祝福だとは思えない。


でも、セインはあれを祝福だと信じることで、神を信じることで、自分の中にある怒りを押さえ込んできた。


そうしなければ、ミリアが失われた意味を、受け入れられなかったから。


「なにぼーっとしてる。準備ができたら出発するぞ」


「あっ、ちょっと待って」


僕は鞄から、あのパサついた焼き菓子を取り出した。


「これ、出発する前に、半分ずつ食べていこう」


「教会の配給食か。俺はいい、一人で食べ——」


僕はその言葉を遮るように、焼き菓子を半分に割り、セインの手のひらに乗せた。


「だから、俺は——」


「この焼き菓子を、半分こできる仲間ができて、嬉しいんだよ」


セインは、言いかけた言葉を飲み込み、黙り込んだ。

そして、手の中にある焼き菓子をじっと見つめる。


「……食べたら、すぐに出発する」


セインは焼き菓子を小さくかじった。


僕も半分を口に入れる。


「不思議だね」


「なにがだ?」


セインは首を傾げて僕を見た。


「一人で食べるより、二人で食べた方が少しだけ美味しい……」


「それはキミの気のせいだ」


「……そう、かもね」


「そろそろ行くぞ」


食事を終えた僕たちは、朝日に淡く照らされた草原へ馬で駆け出した。


朝露が日の光に反射して、まばゆく煌めいている。

手綱を握るセインが、前を見つめたまま言った。


「今日は、人目を避けて、できるだけ遠くを目指す」


「聖都のある、北に向かうの?」


「いや、この第七教区の北側には、大きな山脈がある。正面からは越えられない」


「山脈……通ることはできない?」


「ああ。連絡用の馬が通れる道は、あるにはあるが、許可された者しか通れない」


なるほど。


どのみち僕は、一人で聖都には辿り着けなかったみたいだ。


「じゃあ、どこに向かうの?」


「まずはこの教区を出る。それから、東の第十九教区を目指す」


「そこから山を迂回して、北に回り込むんだね」


「その通りだ。遠回りにはなるがな」


「たまには、神託に背くのもいいかもね」


僕は軽い口調でそう言った。

けれど、セインは何も言わなかった。


それから僕たちは、しばらく黙ったまま東に進んだ。


陽が高く昇る頃には、草原は途切れ、あたりは深い森へと変わっていた。


けれど森の中には、かすかに踏み固められた道が続いていた。


整備されておらず、人がよく通る道には見えない。それでも、馬一頭が進むには十分な幅があった。


遠くから、水の流れる音がする。


「セイン、水の音が聞こえるよ。川があるみたいだ」


「ちょうどいい。馬を休ませないといけない。川辺で一度休息をとろう」


セインは音のする方へ馬を進めた。


木々が覆う道を抜けると、開けた河原が姿を現した。


僕たちは周囲を警戒しながら、慎重に川辺に近づく。

周囲に人影は見当たらない。


森から聞こえる小鳥のさえずりと、川のせせらぎが、張り詰めていた空気を少し和らげてくれた。


「綺麗な水だ」


セインはそう言って、周囲を確認してから、馬に水を飲ませた。


それから僕たちは、河原に腰を下ろし、しばらく川面を見つめていた。


水に揺られながら、ゆっくりと流れていく落ち葉を眺めていると、不思議と心が安らいだ。


僕たちをここまで運んできてくれた馬は、隣で気持ちよさそうに休んでいる。


「よし!」


僕はふと思い立ち、上着と靴を脱ぎ捨て、目の前の流れに飛び込んだ。


「つ、冷たっ。でも気持ちいいよ」


セインは突然の出来事に、身を乗り出していた。


「き、君は何をしているんだ?」


目を丸くするセインに、僕は笑って言った。


「しばらくお風呂に入ってなかったから。セインもおいでよ」


「いや、だからといって」


セインは眉間に皺を寄せたまま、言葉を失っていた。


「こんな機会もなかなかないかもしれないし、それに、神のもとに行くんだから綺麗にしとかないとね」


セインは、僕の言葉を聞いたあと、しばらく黙っていた。


それから、泥で汚れた足もとを見つめる。


「……長居は、しないぞ」


そう言うと、セインは大きくため息をついたあと、上着と靴を脱ぎ、川に入ってきた。


手ですくった水で顔を洗う。

その姿は、静かで、どこか寂しげに見えた。


バシャ。


僕は思わず、セインに水をかけていた。


「なっ、何をする!」


セインの整えられていた髪は、水をかぶってぐしゃぐしゃになっていた。


「ルミアが、今の君を見たら、たぶん同じことをしたと思って」


「……急だったから、整髪用の油も持ってきていないというのに」


「あれ? 少し雰囲気変わったね」


「余計なことを言うな」


そう言ってセインは、手で水をすくい僕にかけようとした。


しかし、すぐに冷静になり手を止めた。


「……くだらない」


そう言ってセインは、手にした水を捨て、どこか遠くを見つめていた。


しばしの休息の後、僕たちは再び馬に乗り、東へ進んだ。


森を抜け、草原を越え、人目を避けながら進み続ける。


少ない配給食を分けあいながら、夜は火を起こさず、木々の陰で身を寄せ合って眠った。


そして、ノルディア教会を逃げ出してから四日が過ぎた頃だった。


「もうすぐ、第十九教区に入る」


セインは馬の足を緩めながら、地図を開いた。


「この先が、教区の境界?」


「ああ、そうだ。地図によればな」


境界付近には、見張りも、教区を遮るものもなく、ただ同じ景色が続いていた。


「見張りはいないみたいだね」


「見張る必要などないからな。無断で教区を越えることは、神託により厳格に禁止されている」


セインの表情が強張ったように見えた。


「だが、ここからは未知の領域だ。俺は第七教区より外をほとんど知らない」


「この先の、地図はないの?」


「ない。自分の所属する教区以外の地図を持つことは禁止されている」


「……徹底してるね」


神に直接答えを聞きに行く。

僕たちはまだ、何も知らないまま歩き出したばかりだった。



アイルたちが第十九教区に入る、少し前。

第一教区・聖都アストレア。


その中心にそびえる、レーデル大聖殿には、神の代弁者である教皇オルディスと、その側近たちがいた。


この日、オルディスのもとに、セインのいたノルディア教会から一つの報告が届いていた。


「教皇様。第七教区、ノルディア教会より、例の少年と神託原本について報告がありました」


大理石で造られた、無駄な装飾のいっさいない純白の空間。広い神殿の中に、神官の声だけが響いた。


玉座に座るオルディスは、目を閉じたまま、慈しむような声で答える。


「続けなさい」


「結論から申し上げます。例の少年と、審問官一名が、神託原本を持ち出し、逃亡しました」


「調律の儀を、拒否したということか」


「はい。そして、逃亡を手引きした審問官というのが……」


神官は、教皇の傍らに控える側近の騎士に目を向けた。


「親衛隊長、ヴァイス様の弟君です」


ヴァイスは目を開き、鋭い視線を向けて言った。


「……セインか」


「はい。現在、第七教区を中心に捜索中ですが、なかなか手掛かりをつかめません」


ヴァイスは静かに椅子から立ち上がった。


「オルディス様、私が行って参ります。此度の一件は、兄である私の責任でもあります」


「そうか、任せたぞ。ヴァ——」


オルディスが、そう口にしようとしたその瞬間だった。


聖都全体を揺るがすほどの、凄まじい雷鳴が轟いた。

神殿にいた一同は、思わず天を仰ぐ。


しばらくのち、神殿に静寂が訪れた。


そして、オルディスは、立ち去ろうとするヴァイスを呼び止めた。


「待て、ヴァイス。お前は動かなくてよい」


ヴァイスは足を止め、振り返る。


「今、新たな神託が降った。神は最適な結論をお示し下された」


「最適な……結論ですか?」


「ああ、件の少年の揺らぎを、根本から鎮める最適な結論だ」

ここまで読んでくださりありがとうございます。


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