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「結論から言うね」とキミは言った。  作者: 陸無ふき
第一章 色のない世界
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第十話 怒り

夕陽に染められた草原を、僕たちは馬で駆けていた。


もうすぐ日が落ちる。


赤く染まった草花が、風でゆらめいている。

それはまるで、燃え盛る炎のようだった。


本来なら、僕は今ごろ——。


そう思うと、馬に揺られる僕の身体は震えていた。


「今ごろ、教会は大騒ぎになってるだろうね」


「ああ。そうかもしれないな」


セインは前を向いたまま、短く答えた。


「ところで、今はどこに向かってるの?」


「目的地は決まってない」


「決まってないの?」


「今はとにかく教会から離れる必要がある。できるだけ遠くに」


「なるほど」


「それに、あんな軽装で聖都を目指したキミよりは、よほど計画的だ」


セインは呆れたような声でそう言った。


「剣を持ってきた理由も分からない。神に演舞でも披露するつもりか?」


僕は馬に積まれた剣に視線を落とす。


「ははっ。そうだよね。荷物になるだけなのに」


僕の口から乾いた笑いが漏れる。


でも。


「……これは、ルミアとの思い出だから」


僕の言葉に、セインは少し口をつぐんだ。


「……演舞の話は、冗談だ」


しばらくすると、右手に大きな川が見えてきた。


夕陽の光をそのまま跳ね返したような、真っ赤な川。


その時、セインが懐から先ほどの白い首飾りを取り出した。


そして、川へ向かって、思い切り放り投げた。


「それって、さっきの」


「ああ、これがあると逃げられない」


「どういう、意味?」


「後で話す」


僕たちはそのまま、上流へ向かって馬を飛ばした。


しばらくすると、遠くに雑木林が見えてきた。


「ちょうどいい。暗くなる前に、今夜はあの林で身を潜めよう」


夕陽の残り火を頼りに、僕たちはうっそうとした林に足を踏み入れる。


枝を踏みしめる僕たちの足音に驚いたのか、頭上の鳥たちが、一斉に羽ばたいた。


その音が、静かな林の中にやけに大きく響いた。


しばらく進むと、セインは手近な木に馬を繋いだ。


僕たちは木の幹にもたれかかり、腰を下ろす。


「火は起こさないの?」


「ここはまだ、ノルディア教会の目が届く場所だ。用心するに越したことはない」


「ノルディア教会?」


「第七教区、ノルディア教会。さっきまでキミが捕まっていた場所だ」


十日間もいたはずなのに、名前を初めて聞いた。


「追手は来ないの?」


「すぐには来ない」


「調律の儀から逃げる人なんていないから?」


「ああ、そうだ。だが時間の問題だ。二、三日もすれば、俺たちのことは周辺の教会に伝わる」


「じゃあ、今夜のうちにもっと進んだ方がいいんじゃない?」


「この暗さで明かりもなしに動く方が危険だ。明日、日の出とともに出る」


辺りはすでに暗闇に沈み、セインの顔もほとんど見えなかった。


そのまま、僕たちは小さな声で話を続けた。


「そういえば、僕が捕まった時、空白の神託が何かに反応してるみたいだった」


「それは、俺の索敵魔法によるものだ。聖都から出される神託の原本には、魔法に反応する刻印がある」


「なるほど、だから僕はすぐに見つかったんだね」


「すでに刻印は消してある。それに、あれだけの範囲を索敵できるのは教会でも俺くらいだ」


暗闇でよく見えないけれど、たぶん今、少し得意げな顔をしている。


「そう言えば、さっきの首飾りはなんだったの?」


「俺もよくは知らない。調律の儀に選ばれた証とだけしか」


「そう、なんだ」


「だが、あれにも同じ刻印が見えた」


「刻印?」


「ああ、あれをつけたままでは、いずれ見つかる」


「じゃあ、なんでわざわざ持ってきたの?」


「あの場に置いておくより、川にでも流して追手を撹乱する方がいい」


「なるほど、囮にするんだね」


「そういうことだ」


それから、しばらくの間、二人の間を夜の静寂が流れた。

風が吹くたび、ざわざわと枝が揺れる。


「ところでさ。本当は、なんで僕を逃したの?」


「言っただろ。神は遠回りを嫌うからだ」


「それは理由になってるようで、なってないよ」


セインはしばらく黙っていた。


「ねえ——」


僕がそう催促しようとした時だった。

セインが重い口を開いた。


「はっきり言っておく。俺はキミを信じていない」


「なら、どうして教会を裏切ったの?」


「裏切ったつもりはない」


セインの声は、暗闇の中で低く響いた。

そして、語気を強めてこう言った。


「俺は今でも神を信じている。いや、神は正しくなければならない」


「"なければ"ならない?」


セインは大きく息を吸い、ゆっくりと吐いた。

それから、暗闇の中で話し始めた。



四年前——


俺には兄と妹がいた。

妹の名前はミリア、歳は俺の五つ下だった。


兄は聖都で、教皇様に仕える身だった。

だから、滅多に家には帰ってこなかった。


その分、聖歌を教えたり、教典を読み聞かせたりと、俺はよく幼いミリアの世話をしていた。


「セイン兄さん、ここもう一回読んで」


「またそこか?」


「だって好きなんだもん。神様が、ちゃんと見てくださっているってところ」


ミリアはそう言って、嬉しそうに笑った。

ミリアは神のことが大好きだった。


ある日のことだ。


滅多に家に帰らない兄が聖都から帰ってきた。


ミリアにとって兄は、家族でありながら、どこか遠い人だった。


だから兄の姿を見た時、ミリアは少しだけ俺の後ろに隠れた。


「おかえりなさい、兄さん」


「ああ」


兄は一言、短く返事をした。


そして、俺の後ろに隠れたミリアにこう声をかけた。


「ミリア、お前は神に選ばれた。調律の儀によって祝福される」


「ちょうりつの……ぎ?」


兄は表情を変えず、淡々と答えた。


「そうだ。お前は最高の幸福に包まれ、神のもとへ向かう」


「かみさまに、会えるの?」


「ああ、そうだ」


ミリアは、ぱっと顔を輝かせた。


少し離れたところで話を聞いていた両親も、とても幸せそうだった。


そして、兄は白い首飾りをミリアの首にかけた。


家族が祝福に包まれるなか、なぜか、俺だけは笑えなかった。


まるで、喉の奥が焼けるような熱さに見舞われながら、爪が食い込むほど拳を握りしめていた。


それが、兄に対してなのか、調律の儀に対してなのか、自分に対してなのかは、分からなかった。


だから俺は、無理に笑ってこう言った。


「ミリア、よかったな」


「う、うん。ありがとう。セイン兄さん」


数日後、ミリアは神に祝福された。

両親も、街の人もみんな笑顔で祝福していた。


ミリアが最後、どんな顔をしていたのか、俺は見ていない。俺は調律の儀に立ち会えなかったから。


でも、きっと神の話をしていた時と同じ、幸せに包まれた顔だったはずだ。


儀式が終わり、戻ってきた兄に俺は本心を打ち明けた。


「兄さん、ミリアは幸福に包まれて祝福されたんだよね?」


「そうだ。ミリアは最後まで幸福に包まれていた」


「そう、だよね」


「どうか、したのか?」


兄は静かに俺を見つめていた。


「ミリアが選ばれたって聞いて、なぜか嫌だった」


俺は、兄にあの日感じたことをありのまま話した。

兄は少し驚いた顔を見せた。


すると兄は、いつになく冷たく、低い声で言った。


「セイン。それは怒りだ。神が嫌う愚かな感情だ」


「怒り?」


「教典にも書いてあるだろう。怒りは人を迷わせる。心に留めてはならない」


兄はそれ以上、何も言わなかった。


そして、静かに俺の前から去っていった。


確かにそうだ。

ミリアが祝福されたあと、みんな喜んでいた。

両親も、兄もそう見えた。


きっとミリアも。


おかしいのは俺の方だ。


ミリアの祝福に怒りが湧くなんて、まるで調律の儀を。


神を否定してるみたいじゃないか。


もし、調律の儀が、幸福を得られる祝福じゃなかったとしたら、ミリアはただ——。


いや。

そんなことはありえない。

ありえてはいけない。

神は正しい。


いや、正しくなければならない。

間違っているのは俺の方だ。


怒りは人を迷わせる。

そう教えられてきた。

なら、この怒りは、俺の揺らぎが見せているものにすぎない。


だから。

俺は、この怒りを信じられない。

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