第278階 お父さんのこと
「お父さんに聞けばいいんだね、全部!」
寝室に向かうお母さんは振り向いて
笑顔を向けて。
一歩、私に近付けて。
「キレっちゃんに全部任せたって言ってきちゃったっ。
私は戦闘では助けにならないしっ、だから料理とか掃除とか
お母さんらしいことで頑張るねっ……‼」
本当はもっと早くにこうしたかったかもしれない。
私は一字一句全部聞いて、飛び出して抱きしめた。
好き好き好きが溢れてどうしようもない、私の方が背丈は大きくなった。
でも、でも、でも。
「ハツミっ‼ 大丈夫! お母さんも味方ですよっ」
お母さんにも撫でて貰えて嬉しかった。
髪をすいてかき分けて、自慢の長髪を。
大切に大切に。
「良い匂いで良い質ねっ。
ハツミが健やかに美しく成長していて、
お母さん嬉しいっ」
大切にされている。
それだけでとても元気が出て来る。
もっともっと頑張ろうって思える。
「うん!」
「お母さんはいつでもこの家にいます。
いつでも帰ってきて……抱きしめてあげますっ」
「嬉しい!」
名残惜しくもお母さんを解放して
私はお父さんの元へ向かった。
食事をしていた部屋に。
緊張していないと言えば嘘になるかな。
【西の大帝国】についてだと思う。
お父さんは何かあったのかな。
足取りは軽くもなく重くもなく
いたって普通。
心も怖がってる訳でもない。
「お父さん」
お父さんは笑って、
少し恥ずかしそうに顔を逸らした。
緊張しているのは私だけじゃなさそう。
「どこかに座ってくれ。
今のハツミについて知りたいだけなんだ。
俺の我儘だ」
私は了承するように、
食事の時にお母さんが座っていた席についた。
答えなかったというよりも答えられなかった。
「……今、西の大帝国にいるよな」
私は首を縦に振った。
「……何かあったら言ってくれ」
「何もないよ。先輩には良くして貰ってるし、
2人の友達だってすごく好きだし、慕ってくれるし。
そういえば月人って何?どんな種族?」
お父さんの目から光が一瞬だけ消えた気がした。
それを隠したのが分かった。次の言葉が肯定的なポジティブな、
好意的なものではないことだけは分かった。
「……嫌な思い出のある種族だ。個人的にな。
関わる事があるのか?」
お父さんは歯がゆい表情を一瞬だけして隠した。
私には見えないように、そんな気遣いを感じていた。
私は踏み込んではいけない場所へ踏み込もうとしている。
そんな気持ちになった。
「過去にいたらしくて、先輩の説明では」
「そうだったな。
エンケラドスの娘が現存する月人達を葬ったんだった。
西の年月で数えて六年前か」
西の大帝国の七代目皇帝にして慈悲、
そして王路院の創設者の娘? 月人達を葬った?
疑問が一瞬にして駆け巡る。まさか彼女?
「誰!?」
私は身を乗り出していた。
お父さんは驚いていた。
滲み出ていた統率心に近い気も引っ込んで。
「なんて言ったか……フルールじゃなかったっけ」
へ?
一度戦った強さを考えれば
そうかもしれないしそうかもしれない。
「会ったことあるんだな」
迷い。
それが肯定になった。
私は嘘をつきたくなかった。
「えぇ、会って戦った。フルールって娘と」
お父さんは大きく深呼吸をした。
「勝て……それは俺だけの考えだ」
「勝ったわよ、お父さんより強いわけないもん」
お父さんは笑みを浮かべた。
「西の王路院の仕組みは知っているな」
私は黙っていた。
「新入生歓迎会で先輩として俺が相手をしたのが
そのフルールだった。そして懐かれた」
「懐かれた?」
小動物に使うような言い草。
常に冷静沈着そうで可愛い感じには、とても。
へ?お父さんは好意を持たれていた!?
「剣を教えて欲しいと」
「好意は?」
一歩踏み込む。
「その辺はよく分からない。
良くティーを一緒に飲もうって誘われて
ベガという使用人に注いで貰っていたな」
ベガね。今は風の四大貴族に属していたみたいだけど。
フユさんが元皇帝直属の直轄部隊って説明していた。
同一人物とみてよさそう、フユさんは実直そうだし。
「御茶会に誘われていたって
特別な人しか誘わないような気がするわ」
貴族のしきたりは知らないけれど
誰でもよさそうな顔はしていない。
私は戦地に誘われたけれど。
「まぁ、そうだろうな。
俺より剣が強い人物なんていなかったし
新入生伝統行事の時に師匠に負けただけで」
お父さんが負けたことあるなんて初耳。
「どうして師匠って呼んでるの?」
理由を知りたい。
「俺が独学で剣が強いと面倒だから、
師匠と弟子にしてもらっていた。
貴族間の面倒事を避けるために、だ」
そうやって私もオーニソ先輩に
【黎宙】に誘われたわね。
新入生歓迎会は勝つつもりだけど。
「負けた事なんてあったんだ」
恥ずかしそうに目を逸らして戻した。
「なんていうか、技を知らずに負けたな。
そのあと技も教えてもらえるって誘われたから師匠と弟子にしてもらって、
技を速攻で修得して勝って、免許皆伝だったな」
お父さんは向日葵の様に笑っていた。
技を学んで強くなって強敵に勝って。
本当にお父さんってすごい。
「すごいね、お父さん。
うん、すごくかっこいい」
「……この話の流れからそうくるの
卑怯すぎませんか、ハツミさんや。
ちょっと水を飲んでくる」
お父さんは表情を隠しながら、
部屋を後にする。
すぐ戻ってくると小さな声が聞こえてきた。




