第271階 記憶の中で
私の命を摘み取ろうと白の剣閃が頬の膜の先を掠め通る。
その相手は彼女を連想させた。
兄か父か先祖か、彼女の血縁者。
それより気になるのは、お父さんの驚いた顔。
その驚く顔が焼き付いて離れない。
今、私はお父さんの記憶から一人の人物を訓練の地に呼び起こさせていた。
そして剣を交えていた。
《みらい わたし》で私自身の力を最大限に引き上げて、
《かむい とくい》で目の前の慈悲の能力を著しく下げていた。
私の握っている剣は二本。
右手に《くろい まほう》 《まほう くろく》 《くろく くろい》 《くろい ……》
左手に《しろい まほう》 《まほう しろく》 《しろく しろい》 《しろく ……》
ーーはやい わたし
ーーわたし はやい
世世。
魔法の境界線が更に失われた事で、より流れるような重ね掛けが可能になっている。
《わたし らなん》、《わたし あおな》なんて世世で一瞬に戻れるし、なんなら緩急も付けられる。
私の二振りの剣はそもそも納めていても成長していた、そんな生きている魔法だった。
それが見える形で成長を繰り返している、より硬く鋭く軽く。
そして抉り砕ける鈍い音が響いた。酷い音だ、物質が泣いた、喚いた音。
その音は私の白い剣が慈悲の握っている剣に
私の《しろい まほう》が食い込み削った事実を告げる音だった。
単純な硬さで相手の上段からの真向斬りを受け止め、私は横に流れていっていた。
「打ち震える……!!かつての師匠の竜火息を初見で完全に打ち破った」
ーーはやい わたし
世世
私の速度が更に繰り返され重なる。
私は見逃さなかった。
その刀の傷を、私が白の魔法で与えた深い傷を。
躱しざまに皮一枚で繋がっている綺麗な刃の方向に目掛けて《くろい まほう》を合わせた。
音が弾ける。爆発の様に。
折れた先の剣先は勢いでお父さんと慈悲の丁度真ん中に落ちた。
地面に触れる音が緊張を伴う静かさの中で、波紋の様に響き染みわたる様に伝わっていく。
と、同時に記憶が微かに乱れた。
私と慈悲の邂逅は歪を真理に傷を入れた。
父の記憶の中の慈悲と戦う為に用意したこの空間。
この空間は、訓練の地の丁度数㎜上空に集然で創造したわ。
だから、私の記憶が溶け始めていた。私の記憶で真理の否定をことわりの間違いを正そうとしていた。
だから私の私だけの目の前に彼女は自身の足で立っていた。もう生きる事を失った彼女が。
「アオナだっけ?」
状況とは相いれず不自然なほど元気ではっきりと耳を通り過ぎる心地よい声。
彼女にはお気に入りの着こなしがあった。白のTシャツに黄色の羽織に橙色のスカート、靴は赤で。
それは初めてお父さんとお母さんとソレイール・アンジュへ遊びに出かけた時の服装だそう。
「えぇ、そうよ。ラナン」
ほんの少し戸惑った、最近はラナンで慣れてしまっていたから。
「冗談だって!」
そんな戸惑いの声を察するかのように
寂しそうな表情で私に言葉を投げてくる
「気にしてない」
だってラナンの言葉に傷付いていない。
「気にしてる」
心配そうな、心細そうな。
「うーん、違うよ!」
きっぱりと、ね。
「アオナのこと、ラナンって呼びそうになった。
アオナは、ラナンだった……私を…………」
消え入りそうな表情で、本当に消えそうだった。
だからっていうわけでもないけれど。
「憶えているよ、私だけは貴女を忘れない。
心は貴女と共にあるよ。貴女がくれたラナンキュラスの先を私は紡ぐ。
それは私だけでは成し得ない」
目の前の少女の硬い表情が少し綻んだ、
表情に変化が色づいていく。
「……そっかー、そうなんだね
嬉しいよ、普通に」
ラナンの頬が桜色に染まっていく。
静かに砂地に寄せる波のように、表情も明るくなっていった。
私は貴女によりそえたのかな、そういう生き方できているのかな。
「あれ」
私は対照的に頬を涙が伝っていく。
世界の影響を受けていないのかなって思うぐらいに
ゆっくりと頬の上を流れていく。
あの日が蘇る。




