解放される咆哮
まさかのミスティといちゃいちゃ(予定外)
集団戦は……苦手だな(個人戦なら得意とは言っていない)
「おあつらえ向きに重厚な扉だねぇ」
リオンの軽口に反応する声はない。
迷宮の道なき道を進み、現れたのは特殊な仕掛けを施された金属質の扉。アルトレイアが慎重に指を滑らせ、その開錠方法を調べている。
皆、気付いている。この先にいる、と。
「まあ仕方がないところかな。上手に隠れようとしたところで、『もし見つかったら』そういう疑念は容易に捨てきれはしない。だから守りを固めようとする。それが結果的に、隠蔽の邪魔になることが分かっていてもね」
一瞬、扉が光る。
「……開けるぞ」
深呼吸して、アルトレイアは告げた。リオンもやれやれ、と顔をしながら口を止める。
「そう緊張すんなよ」
この中じゃ一番緊張していたアスタの肩を叩いてやる。他の面々はなんだかんだ言って図太いしな。
「今何かすっごい失礼なこと考えなかった?」
リリエットがジト目で見てきた。
「……アスタさんばっかりずるいですね。私も慰めて貰えませんか?」
うん? と気付いた時にはミスティが俺の胸元まで来ていて、上目遣いで見つめていた。
びっくりした。盗賊スキルで近づかないでほしい心臓に悪いから。
「ま、別にいいですけどね」
やれやれ、とぷいっと顔を逸らせて正面を向く。その頭を掴んだ。
「っ!?」
そしてそのまま頭を撫でてやった。
「シオンさんって……結構、力強いんですね、手」
つとめて無表情ではあるももの……ものの、もう大丈夫そうだった。
いや、まあ俺がこんなことしなくても大丈夫だったんだろうけど。けど……何だ。何か、さっきのこいつ、本気で寂しそうだった気がしたのだ。
少し様子が変だとは思うが
「……あの、お願いがあるんですが」
「何だ?」
「……うなじの方を撫でて貰えますか」
「……………………何を言ってるのかな?」
「別に首筋でなくてもいいのですが、ちょっと、素肌に触れてほしいんです」
何を言って……
「ダメですかね?」
うーん……?
「ん……!」
何となくへたれて首では無くて普段は髪に隠れている耳の部分を探って触る。
「変な声出すな決戦前なのに変な気分になっちゃうだろ……!」
「変な気分って何ですかね。もしかして私の今の気分と同じでしょうか」
|思わず手を放してしまった(・・・・・・・・・・・・)俺に対し、ちらり、と舌を出してこちらを見るミスティの顔は茶目っ気たっぷりで調子に乗っているようで、真っ赤だった。
(悪戯じゃあない、のか?)
さっき、俺は驚いてミスティに触れていた手を放した。それには理由がある。
ミスティの奴……俺に闇魔法を使ってきた。噛まれたような感触、って言えばいいのか蚊に刺されたようなもん、とでも言えばいいのか。とにかく、俺の魔力をほんの少しだけ持って行かれたような、そんな感覚が分かった。
(何かを探ろうとしている?)
と、警戒するべきなのだろうが……
(ま、いっか)
考えるのは止めにした。
本気で探ろうとしているにしては色々不確定すぎる。俺と接触を持つことを目的としているのであればミスティの誘いは余りにも稚拙だ。
それに、ミスティを何だか放っておけなかったんだからしょうがない。あれはまるで……まるで、何だ……?
「シオン、ミスティ」
アルトレイアが呼びかけている。いくらか非難めいた視線で。
「大丈夫だって」
「…………そうか。スレイ、調子はどうだ」
呑み込み、スレイに視線を移す。無言のまま剣を引き抜いて地面に下ろし、地響きが轟いた。
「よし。ではこれより突入する」
ゆっくりと扉が開いていく。
「……やっぱり…………でも…………いや、もうどうだっていいのかも…………」
※※※
うーむ、これは少しいけないかもしれないね。仕方がない。ここは少しだけ、私も助力させてもらうことにしよう。
※※※
カツン、と音がする。足元を確認すると、白黒模様の大理石の床のようだった。床だけでなく、辺り一面が迷宮内とは一目では分からないだろうくらいに整えられた一人部屋。
その奥に。一人佇む姿があった。
「だ……誰!?」
甲高い声が響く。
そこに佇んでいたのは、長い黒髪にボロボロな紫のドレスを着た女だった。その肢体はやせ細って枝のように骨が浮き出て、両腕には引っ掻いたような跡が無数にある。埃まみれの黒い髪はその容貌を覆いつくし、そこから垣間見える紅い瞳を異様にぎらつかせ、それこそ呪い殺すかのようにこちらを見つめる。
「貴様か。我が国の宝に傷をつけようとした賊は」
「……宝? 宝ですって?」
ケラケラと、乾いた笑いだけがしばらく響いた……そして、ハッとスレイの方を見て驚く。
「あなた……何故ワタクシの呪いを持っているの? あぁ……そういうことね。道理であの女の本性も知らずまだ宝だの何だのと妄言をのたまうような輩がいるわけね」
「妄言だと?」
「ええそうよ。あんな売女が! 高貴なる方の慈悲をいいことに。歌姫? あの歌声が美しい? 笑わせないで! あんな呪われた女が! 永遠に惨めに這いつくばっていればよかったものを! イラつかせないで! 反吐が出る! 腹が立って仕方がないのよ! 止めて! 止めて止めて止めて! 誰かあの女の歌を止めてよぉオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオおお!!!」
「……何の話をしている」
「聞く必要ないんじゃあないかな。見たところ正気を失っているようだし」
リオンがアルトレイアの言葉を遮った。確かにリオンの言うとおりだ。こいつの思惑なんてきっとろくな事じゃなかったんだろう。それを聞いたところで理解なんてきっとできない。……けれど、話題を誘導している? リオンは、何か知っているのか?
「くふ……くふふふふ……」
女は不気味な声で笑い、スレイを指差した。
「分かるでしょう? あなたにも、あの女の本性が。あなたに呪いを押し付けて、のうのうと生きているあの女……ねえ、あなた、あの女が憎くはないのかしら」
「お前が言うんじゃねえ!」
たとえスレイがフィオレティシアを憎むようなことがあったとしても、それはスレイの問題でしかない。ましてや、その元凶のお前がそんなことを言ってんじゃねえ。
しかし、俺の怒声など意に介さず、女はスレイに語りかける。
「ねえあなた……私と組まない? 一緒に復讐してやりましょう? あの女に」
スレイは、ゆっくりと女に近づいていく。
「スレイ!」
スレイの声は聞こえない。何を考えているのか、分からない。
けれど……
「……信じてたぜ」
断ち切る。スレイの大剣は、女の眼前を横切り、捉えたか、と思われたが女は四つん這いのまま飛び上がり、スレイも含め、敵意を向ける。
「おのれ……オノレおのれおのれオノレオノレオノレオノレオノレオノレェエエエエえええええええええええええええええええええええ!!!!!!!」
黒い、闇の魔力が漂う。
「どうして……! どうしてあの女ばかり……! アノオンナバッカリィい!」
スレイは危険を感じてこっちに下がってくる。しかし、それは危機回避にはならなかった。
「!?」
「これは……」
ズゥン……と、身体にのしかかる重み。吐き気がする。ぐにゃぐにゃと、黒い靄がこの空間全体を覆う。
「死ね! シネシネシネシネシネシネ! 死んでしまえ!」
これが、呪詛か。呪い。負の想いの集合をぶつけられている。それは魔力によって型を成し、精神のみならず実際の現象として顕現する。身体は重く、意識は遠のく。
「……結界、か」
アルトレイアが忌々しげにつぶやく。この場、この空間……やつの呪詛が行き渡るように魔力の流れが整えられていたのだ。
「アハはハハ! そう! そウよ! こうしてはいラれない! ワタクシの呪いが行き渡っていないのであれば、さっさとあノ女に呪いヲかけ直さナケれば! こうしてはいられないわ! アナタタタタタチヲ倒しテ! サッサト!」
「! ざっけんな!」
ご、めん……な、さ……
フィオレティシアに罪が無いとは言えないかもしれない。その責任に対して、ツケを払わせなければならないかもしれない。
けどな。泣いてたんだよ。そうやって自分が許せなくなって。そうやってせめて苦しむしかないって。
守るんだ彼女を
「その意気だよシオン」
パチン、と指を鳴らす音が響いた。
それは、この場を支配し、あれほど重かった呪詛を打ち払い……目の前にはレンガ造りの教会が広がっていた。
カーンカーン! と祝福の鐘の音が響く。一体、何が起きている。
いや、違う。分かっている。ただ理解が追い付かないのだ。この、声は……!?
「誰!?」
「うん? 私かい? 先程、話題に出ていただろう? それとも、私のことなど知らずに彼女を逆恨んでいたなどと、そんな世迷言を言い出すわけでは無いだろうね」
やがて、覆い尽くしていた瘴気も晴れる。そこに現れた存在は。
「ファントム、ロード様……」
女は呆然と、その名を口にした。
そう、再びこの場に、俺以外のファントムロードが。
「!?」
アルトレイアはすぐさま後ろの扉を振り向いた。
「アルトレイア、気になることはあるだろうが今は目の前のレディに気を払うべきだよ」
『おいシオン。どういうこった、お前がファントムロードなんじゃないのか』
『色々あんだよこっちにも。後で説明してやっから……さ!』
スレイと念話をしながら、魔力玉を投げつける。まだちょいとしんどいが、だからこそとっととけりをつけてやる。
と、思っていたのだが、俺の攻撃は女に当たる前に消え去った。何だ? あれの前に黒い渦巻みたいなのが
「アハハはハ! 無ダ無駄ぁ! ワタクシはバスティア様に守らレているの」
バスティアだと!?
「落ち着け……どうやらあれは、魔力を吸収する性質を持っているようだ」
アルトレイアの言葉が、血が上っている頭に染み込む。
そうか、なるほど。ここはバスティアが掌握する迷宮。その程度のサポートは出来る、か。おのれ、どこまでも邪魔を……!
「だから落ち着きたまえよ。いくらバスティアと言えど、そこまで強力な闇魔法を発動することなど出来はすまい。分かるかい? 要は、君の魔法の精度が弱すぎるせいなのだよ。アイリシアであればあの程度、突破して攻撃するくらいはわけない筈さ。もっと勉強したまえよ?」
ファントムロードがやれやれ、と溜息を吐きながら俺のおでこにこつん、と拳を当てる。
しばし、呆然とする。何だ、この感覚。今まで、怒りに一杯だった頭が、溶かされて……こいつは、一体。
「まあとは言えね。弱い魔法とは言ってもやりようはあるんだよ。こんな風に、ね」
そういいながら、パチン、と指を鳴らす。
「ぎゃぁアアアアアAAAAAA!!
すると、女の間近から爆発が起こる。
「ナ、何故!? ワタクシはバスティアさまに!」
「あーやっぱり? うん。まあ所詮この程度、だよね」
そうしてつまらなさそうに、もう一発。女の足を狙って爆発を起こす。
「ギャアアアアアアあAAA!!!!?」
右足が吹っ飛んだ。そして、やれやれと両手を上げる。
「まあ私が干渉しすぎる、というのもよくない。君達には仲間がいるんだ。その仲間がいればこの程度、どうとでもなるはずさ」
――――そうだろう? スレイ
ファントムロードは、投げかけた。
『何してやがるシオン。とっとと来い』
既に、スレイは駆けている。
「ち!」
方法はある。物理で殴る。実にシンプルな理屈。
そして、スレイが、今、この場にいる意味……
「グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!」
その瞬間、スレイの叫び声が木霊する。
「て、ここでぇ!?」
狂化が発動した。おい待てやスレイ! 事前に言っとけよそういうの!
「アハハハハは! そうよ! そのまま自滅するといイわ!」
などと、恨み言は言わんよ。呪いをかけた張本人がいるのだ。そのタイミング位、いくらでも操れるだろう……ホントダヨキヅイテタヨ。
まだ、遠い。このままじゃ、俺達を屠るまでとまらないだろう。誘導ってのも、ちょいときついかな。
「ぬぅ!?」
スレイの大振りをこっちの剣で受け止める。が、受け止めきれず、体ごと吹っ飛ばされ、壁に叩きつけられる。
「ハァ……ハァ……」
スレイがこちらに息を荒げて近づいてくる。あぁヤバいなぁ……俺はその様子を見上げながら、次第に処刑台のギロチンのように無慈悲に、その大剣が振り下ろされる。
何てな。
パチン、と幻影を解く。もういいだろう。ショーは終わりだ速やかに……ご退場願おうか。
「な!?」
女の前に突如として現れたスレイ。女はその姿に完全に混乱している。
狂化は本当に焦った。まあけどな。こっちには指揮官がいるのだ。
そして、見誤ったな。ファントムロードは一人じゃあないんだぜ。
「「ぶちかませ! スレイ!!」」
アルトレイアと声が重なる。指揮官の強制命令。まあ、俺の場合は意味ないんだけどな。
けど、ま。お約束だ。
「ぎゃぁアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
女の断末魔の声が響く……そういえばこいつの名前なんて言うんだろう。全くどうでもよかったが。
「そういえばこいつ殺してしまって大丈夫だったんだろうか。呪いって殺せば解けるん?」
「今さらだな……大丈夫だろう。モノにもよるが、所詮一個人のものに過ぎない。それに」
「……ゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!」
叫び声が木霊する。それは、紛れもない産声だ。
「お疲れさん、スレイ」
スレイに拳を差し出す。
スレイは、じっと俺を見つめ、
「……どうしろってんだ?」
声を出した。それは、紛れもなく。こいつの声であって。
「これは、こう……拳をコツンってさ」
「……」
説明すると、面倒くさそうに、拳を当てた。
「ぅおっと……まずいな、そろそろ時間だ」
と、ファントムロードが頭に手を当ててよろめきながら呟く。
「あ? 一体どういう」
「この姿でいられるのもこの辺りが限界ということだよ」
「ほぅそれは興味深い。貴様の正体を暴ける、というのか」
「……んーそれはやはりまずいよね。まあやることが無いわけじゃあないんだけれど、今は、まあこの辺でお暇して貰いたいかなって、ね」
そういいながら、パチン、と指を鳴らす。すると、さっきまでの風景は消え去り、そして浮遊感が… これは、転移?
「それじゃあねシオン……ああ一つ。言っておきたいことがあるんだ」
おい待て、と俺とアルトレイアが必死に食い下がろうとするも、
「フィオレティシアを、ちゃんと見てあげておいてくれ」
一方的に言い放つ。
「そんなん、言われるまでもねえから」
「……そうか。そうだね。君ならどんな道を歩むことになっても、きっと……」
何を……と聞き返すまでも無く、俺達は転移されるのだった。




