番外編1:How to Read
矢田利久は新年度と云うものが嫌いだ。
憂鬱だ。
この世に無くて良いものの一つだ、とまで思っている。
毎年毎年、担任が代わり、新しい教科の教諭がやって来る度に、同じ事が繰り返されるのだ。
今年も案の定、真新しい出席簿を手にした、大卒3年目だと云うクラス担任は、順々に出席を取り、『や』行の所で固まって首を傾げた。
「え~、ええと。矢田、としひさ?」
「違います」
毎年のようにムッとして、利久は即座に答える。
自分達姉弟の命名は、日本人ではない父がしたという。
両親が結婚した頃、時代は既に太郎だの男だの子だのを子供に名づける風潮ではなく、火星だの姫星だの所謂『キラキラネーム』が横行していた中、父は命名の本を熟読して一生懸命考えたと主張するが、こう、もう少し、読み易い名前をつけてくれなかったものだろうか。
姉の未来だと、こういう時、みきだのみらいだの一通り間違われた最後に、「みく……です」と、まるで生まれて来てすいませんとばかりに細々した声で、申し訳無さそうに言うのだろう。
だが、利久はそこで根負けしない。相手が正しく読むのを待つ。だからこう続けるのだ。
「そのまま読んでください」
若い担任はしばらく考えた後、ようやく思い至ったと笑顔になって、
「ああ、すまんすまん」
呼んだ。
「りきゅう」
利久の表情が、ぴきりと凍りついた。
これは今までに無かった新しいパターンだ。
というか、何時代の茶の名人だ。
利久は観念して、自ら名乗るのだった。
「……りくです」