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【書籍化中!】アルケミスト・アカデミー(旧:双色の錬金術師)  作者: ちゅるぎ
イメージする段階。

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87話 騎士科に関するアレコレ

とりあえず、一つ片づけました。

次はワート先生ですね。何故残ったのかはとってもわかりやすいかと。


今回文字数が多いので読んで下さる方は、その、頑張ってください…(スイマセン


※2019、10月10日 に「蘇生薬」→「再生薬」に訂正しました。

               間違いを発見し、教えて下さって本当にありがとうございます!

               恥ずかしいぜ……っorz




 浮かない表情で帰って来たベルは鍵をかけるなり、ゆっくりと首を振った。



 商品のリストに調合したものを書き込んでいたリアンと、明日の調合順番や調合するアイテムを書き出していた私はそれぞれ動きを止める。

 どうしたのかと聞きたくなるのをグッと堪えて、取り置きしていた夕食を温め直す為に台所へ向かった。



(温めてる間にお肉焼いて、お茶も用意しておこう)



疲れた様子のベルを見てリアンが一言二言話しかけているのは分かったけど、内容までは分からなかった。

 準備をしているとタイミングよくサフルも帰って来たのでサフルの分のお肉を取り出してフライパンへ乗せる。



「ただいま戻りました、ライム様。ベル様とリアン様は……―――」


「ベルはこれから夕食だね。ベルのはもうできたから、次はサフルのお肉焼いて今日はおしまい」



 私の為に、と何故か感動している姿を不思議に思って首を傾げた。

そのサフルは直ぐに私の不思議そうな視線に気づいて改まった様子で向き直る。

 過激なお礼が来るかと一瞬身構える私。

妙な緊張感に気づいたらしいサフルが困ったように眉を下げて礼儀正しく、深々と頭を下げた。



「ライム様、いつも奴隷の私に暖かな食事や寝床を与えて下さって有難うございます」


「え。いや、当たり前のことしてるだけだから気にしなくてもいいってば。……あ、帰って来たところ悪いんだけど、ベルにご飯出してもらっていい? サフルの分は今作ってるから」


「はい、かしこまりました」



にこやかに笑って料理を運ぶサフルの足取りは軽い。


 直ぐにサフルの分のお肉も焼き終わって、戻って来たサフルに料理ができたことを伝えると、嬉しそうに笑って近くにあった椅子を持って来る。



「サフル何してるの?」


「私は此処で食べさせていただいて宜しいでしょうか、正直、かなり空腹で」



 今すぐにでも食べたいのです、と言われた私は納得して台所にある作業台に食事を並べる。

台所で食べたいという位だからとこっそり乾燥果物を三つほど小皿に載せて渡せば、嬉しそうにお礼を言われた。


 淹れたての紅茶を持ってテーブルへ戻るとベルが食事を終えて、お水を飲み干した所だったらしい。



「悪かったわね。お肉焼くの待っていてくれたんですって? 焼き立てを食べられるとは思わなかったから、いつもより美味しく感じたわ」


「いーよいーよ。お肉は焼き立てが一番美味しいし、気にしないで。それより、なんか随分疲れて帰って来たけど大丈夫?」



紅茶の入ったカップを差し出せば溜息を吐きながらも口を付けた。


 リアンにも同じようにカップを渡すと難しい顔で何か考え込んでいるらしく、眉間に皺が寄っている。

少しピリピリした空気に気後れしつつ紅茶を一口飲んだところで、ベルが口を開いた。



「ライム、ごめんなさい」


「は? ど、どうしたの突然」


「それが昨日の件なのだけれど………薬代を回収できるかどうかわからない上に、明日教員が工房に来ることになったみたいなの」



一体何がどうなっているのかさっぱり分からない私に変わって、リアンが口を開く。

 眉間の皺は三本に増えていた。



「どのような薬を使ったのか確かめに来るようだ。状況を聞く限り、あの無能騎士科長が他の教員を巻き込んだらしい。騎士科だけでなく錬金科の教員も数名来るそうだ。まぁ、使用したアイテムに心当たりがあるなら当然の対応だとは思うが」



 無能と称された例の騎士科長は、圧力がかかる前に動き出したらしい。

国益がどうのと言っていたのは建前だけではなかった、と忌々しそうに舌打ちをする二人の顔はもはや魔物が裸足で逃げ出すくらいの迫力がある。



「無能の癖に利益に飛びつくだけの知能はあるって一番始末に負えないのよね。利益を求める前にやるべきことをやったらどうなのよって話よ」


「全くだ。本格的に実家に話を通しておく。―――……学院の騎士科と国の騎士団とは経営母体が違うから、国の騎士団との取引さえ続けられればウォード商会としては何の問題もないし、元々騎士科は商人連中からいい印象がないから周囲の理解も得られるだろう」


「そうは言いますけれど、大丈夫ですの? 騎士科の生徒の殆どが国の騎士になるのですわよ? 商人の人脈や繋がりは分かりませんけれど、多少なりとも影響があるのではなくて?」


「完全に影響がないとは言い切れないが取引先が変わるのは良くあることだし、そもそもウチは慈善事業の一環で契約を結んだようなものだからな。取引を止めるのは騎士科のみだから問題はない。元々僕は騎士科との契約には反対していた……父は少しでも僕が学院で苦労しないようにと配慮したらしいんだがな」


「へー、リアンのお父さんって優しいね」



子供が苦労しない様になんて初めて聞いた。

 おばーちゃんは「若いうちから苦労しておいた方が後で楽」っていっつも言ってたけど、人によって教え方とかはやっぱり違うみたいだ。



「君は単純でいいな。僕が錬金術師として成功すれば多少の投資をしても有り余る利益がもたらされる事を理解しているからこその便宜だ。そうでなければ、跡取りでもない息子の為に損と面倒ばかりが多い契約を商人である父が結ぶ筈がないだろう」



何を言っているんだ、と呆れたような視線と口調で私を一瞥し軽く肩を竦めた。


 ベルは小さく「それはそうよね」なんて呟いてるから、多分私が間違ってるんだろうけど、いまいち納得はいかない。

 不服そうな顔をしている私を置いて、リアンは自分の頭の中の考えを言葉に変えていく。



「僕としては合同演習で組む信用のおける護衛は既に確保したようなものだ。だから、どうなろうと興味は無いし知ったことではない」


「ああ、なるほど。貴方のお父様は合同演習で腕のいい騎士を見つけさせる目的で契約を結んだのね。でも、そんなことしなくても大きな商家なんだから、騎士の客に口利きなり情報を貰うなりした方が早いでしょう」


「言われてみれば確かに」


「父から言わせると“機会は用意してやるから後は自分で何とかしろ”らしい。僕が鑑定を持っていることと優秀な人材をいち早く見つけることができれば今後、弟の為にもなると見越しているんだろう―――…その為の契約だった。それだけのことだ」



 商会を受け継ぐ為には商才が必要で、実力をつける為に商品を売り歩くといったこともするらしい。

その時に雇う護衛は自分の判断で決めなくてはいけないらしく、ある程度の実力が保証される騎士科の生徒は狙い目なんだとか。



「一番金をかけなくてはいけないのは人材だ。特に育成と人材の運用には何よりも重視すべきだとウォード商会は考えているんだ。だから、ある程度の“環境”を整えたらあとは個人の力でどうにかしろ、というのが教育方針らしいな」


「リアンの言ってる護衛ってエルとイオのことだよね。今更なんだけど、あの二人ってやっぱり強いの? 強さとかイマイチよくわからないんだけど」



そもそも強さを比べる為の基準がないんだよね。


 私の周りに魔物と戦う血気盛んな人は居なかったというか、人自体居なかったもん。

精々、鍬や草刈り鎌なんかで出てきた小型の野良ネズミリスとかを斬ってる人を見かける程度。


 おばーちゃんの工房に冒険者の人や騎士の人も訪ねてきたけど、工房で剣を抜いて振り回すなんて人居なかった。

たまに森の奥からモンスターや魔物っぽいのが出てきてもおばーちゃん特製の爆弾とかを投げたら終わりだったし、剣自体が身近には無かったもんな。



(身近な刃物って言ったら包丁くらいだし。鎌とか調合素材切る短剣も刃物って言えば刃物だよね)



うんうんと悩む私にリアンが少し考えるようなそぶりで宙を見上げる、



「生まれ持ったもので判断するなら、かなり優秀な部類に入る。エルは適応する武器が二種類、それを補助するような才能もあるし、死ににくくなるような才能もあった。恐らく今回死ななかったのもそういった才能の影響が少なからずあるだろうな」


「でしょうね。あの二人とは日課の訓練中に偶然居合わせて軽く手合わせをしましたけれど、かなり強いですわよ」


「イオの方は適応武器こそ一種類だが、指揮系統の才能やそれを補助するような才能が複数、持久力は勿論、防御に関する才能も有った。戦況を見極めて柔軟な対応ができる人間は貴重だ。年を重ねて経験を積めば積むほど周囲から望まれるだろうな」



リアンの解説を聞いて頷くベルを見ていてふと気になったのは自分の事。



(何となくの才能は冒険者登録した時に聞いているけど、強くなれるのかな? 強くなれそうなら頑張って訓練しておいた方がいいよね)



護衛費の削減になるだろうし、死んじゃう確率もぐっと減らせるはずだもん。



「ねぇねぇ。ちなみに、私は?」


「君に戦闘の才能を求める人間が居るとでも?」


「ライム、人には向き不向きがあるの。大人しく護衛を雇いなさい。エルは今後無料で雇えるんだから強くなれなくたって問題ないわよ。自衛用の爆弾とか安全布は揃えておくに越したことないけれど」


「………才能って理不尽」


「世の中が平等だと思っているなら随分とめでたい頭だな」



 フンッと私の発言を鼻で嘲笑ったリアンは早速、と作業台横に備え付けた個人用の棚から手紙を取り出してサラサラと何かを書き始めた。

それを見ていたベルが思い出したように口を開く。



「当主とお姉さま、後はお父様達には事情を話しておいたわ。基本的に我が家は学院出身者ばかりなの。その時仲良くしていた他の貴族にも声をかけてみると言ってくださったから、苦言の一つ二つはいくでしょうね」


「貴族の人が庶民の待遇について苦情とか言うの? 想像できないんだけど。あの面倒なオジサンみたいに『庶民の命はどーでもいい』って思ってるものなんじゃ」



常識がないと言われる私でも、ベルみたいな感覚を持つ貴族が割と珍しい事は知っている。


 こっちに来た時にギルドで見た貴族の錬金術師と雇われた冒険者みたいな関係性が一般的であることも、買い物の時なんかに垣間見ることがあるし。

横柄な態度をとる貴族って言うのは庶民にとって見慣れすぎているから、ベルみたいなちょっと変わった貴族と関わると色々と混乱しちゃうんだよね。



「ここだけの話、庶民出の騎士は費用が安く優秀で使いやすいと喜んで召し抱えている名家や貴族も比較的多いの。中流や下流貴族が大半だけど、名家や上流貴族も少なくないわ。何より次の国王候補である第一王子は身分をあまり気にしない方らしくて、血筋を重んじる貴族を叩き伏せるいい機会でもあるの。不正をするのは大体血筋にこだわる奴らだから、そういうのを一掃したいっていう思惑もあると思うのだけれど」



そこで一度言葉を切って、頬に手を添えて小さく首を横に倒す。

鮮やかな赤い髪がさらりと零れ落ちた。



「純粋に庶民に憧れる貴族って実は一定数いるのよね。貴族は貴族でしがらみが多くて、気楽に付き合える友人なんてほぼいないわ。貴族は家と家の結びつきや名誉を重要視するから交友関係は消去法。例外はあるかもしれないけれど、かなり少ないわ」



 だから、利益を得るという事実を後ろ盾に庶民と少しでも関わりを持ちたいと考える貴族も居るそうだ。


 特に気に入った、もしくはずっと友人でいたいと思った場合は、『雇用』という形をとって気軽にいつでも会えるような環境と体裁を整えるんだとか。



「貴族って心底面倒だね」


「……貴女もリアンもさっさと爵位貰わないかしら」



それより何か摘まめる物出してくれない?と催促されたので薬草を練り込んだクッキーを出してみた。


 味はいいんだけど香りがかなり独特で好き嫌いが分かれるんだよね、と前置きして。

二人とも一つ口に入れて、問題なかったらしく次々に手が伸びていく。



「それと、昨日の内にディルには手紙を送っている。召喚科からも口添えがあれば多少は心強い。召喚術師と騎士科はあまり仲が良くないから、エルに使った薬代に関してはこちら側についてくれる筈だ」


「私も念の為、ディルには手紙は出しておいたわ。返事は恐らく明日には来るのではないかしら? 家から出したから確実に本人の手には渡っている筈よ」



 へーっと他人事の様に二人の会話に耳を傾けていたのはいいんだけど、どうして二人がこんなにピリピリしているのかイマイチ理解できていなかったりする。

黙って紅茶を飲む私に二人の視線が向けられた。



「な、なに?」


「ライム、君はどうするんだ?」


「へ? 何が?」


「何がって明日、教員が来ると言ったでしょう。何を聞いてたのよ、ライムは」


「あー、うん。そういうことか。部屋は片付けてあるからいいだろうけど、この工房にそんな大人数のカップはないし紅茶もお茶菓子も出さなくていいかなって思ってる」



全員が来るなんてことはないだろうけど、と明日の準備にウンザリしている私の前で二人が頭を抱えた。



「いやいや、何でそこで二人とも項垂れるの? 私、普通のこと言ったと思うんだけど。むしろ二人がそういう事に気づいてないってこと自体驚いたくらいだし」


「………リアン、頭が痛くなってきましたわ」


「奇遇だな、僕もだ」



 慌てて弁解しようと口を開いたんだけど、ベルの食器を下げに来たサフルが気の毒そうに二人を見て音もなく台所へ戻っていく。



(あ、あれ? 私また何か間違った?)



来客者の対応について尋ねられた訳じゃないなら、と考えて思い付いたのは薬の事だ。

だ、だって難しい対応はこの二人に任せておけば安心だと思ってたし!

 言い訳めいたことを考えつつ慌てて口を開いた。



「じ、冗談だって。薬をウォード商会に売ったってことで話を合わせればいいんだよね?それで薬はまだあるかって聞かれたら『遺産の薬を出すのはこれで最後です』って誤魔化せばいいだけでしょ? そりゃ、工房にたくさん先生が来るのは嫌だし、調合時間削られるのもすっごく気に食わないけどそこまで神経質にならなくってもいいんじゃない?」



もしかしてこっちか、と反応を窺いながら口にすれば半目で二人に睨まれた。



「それで引き下がってくれればいいんだがな―――…たとえ、君が現物を持っていなくても“レシピ”は知っているんじゃないかと訊ねられる筈だ。下手をするとレシピの強制公開手続きを出されかねん」


「既に出されているかもしれませんわね。国としても『再生薬』のレシピは多い方がいいでしょうし」



リアンとベルが警戒しているのは、私が知っているかもしれない『再生薬』のレシピについてだと説明された。


 なんでも、国にとって非常に有益だと国王が判断した場合にレシピを公開しなきゃいけないらしい。

勿論、ただ公開しろってことになれば腕のいい錬金術師は軒並みいなくなってしまうから、報酬はかなり支払われるらしい。


 レシピはちゃんと作れるのか数名の錬金術師が調合してきちんとできれば登録され、申請すれば金銭と引き換えにレシピを読むことができるとか。



「オランジェ様が公開しているレシピは実は一つもないんだ。ほぼオリジナルだったと聞くから、それが分かるなら生徒からの信頼や信用を損ねてでも申請を出すことは容易に考えられる」


「ライムは微塵も興味がないでしょうけど、基本的な報酬として爵位・領地・金銭が贈られるの。それ以外に一つだけ王に望みを叶えてもらえるそうだから、貴族の錬金術師は王の御眼鏡に適うようなアイテムやレシピを研究している者も少なくないのよね」



何それ面倒極まりない、と思ったのが顔に出ていたらしくベルは苦笑していた。

 でもこれで、どうしてこの二人がピリピリしていたのかようやくわかった。



「それなら大丈夫! 私まだ再生薬のレシピ知らないし」



安心してよ、と胸をドンッと叩いた。


 レシピが目的なら私がそれを知らないと分かれば引き下がる筈だ、と考えての発言だったんだけど二人の表情が硬くなったのに思わず目を見張る。



「ど、どうしたの? そんな顔して」


「先に聞いておいて正解でしたわ……それ、教師の前で絶対言っちゃだめよ」


「だな。まさか、ここまで……いや、今はそれを考えている場合じゃないか。いいか、ライム。よく聞いてくれ」



色々と置いてけぼりな私に、この夜いつもの寝る時間を少し過ぎる迄リアンとベルの話は続いた。


 眠気と難しい話を聞かされたことへの疲労でいつの間にか寝落ちしていたらしい私は、翌朝も暫くの間注意を受けることになったのは言うまでもない。




◇◆◇





 後にも先にもこの工房にこれ程の教員が来ることはないだろうな、と思った。



 珍しくベルとリアンの提案で朝食がオーツバーとゴロ芋スープの素の二品だけ。

二人とも対応が終わったらしっかり食べたいと言っていたので、それなりに緊張してはいたんだと思う。



(最悪、三人とも工房生から拠点を学院に移されるかもしれないって聞いた時は『うっそだ~』って思ってたけど、実際にこのピリピリした感じを肌で感じると妙に納得しちゃうって言うか)



 正面のソファに座っているのは騎士科長三人。

その中の一人は昨日工房に来た人だけど、他の二人は初めて会う人だった。

三人が座るソファの後ろには昨日の会計部の人と、多分会計部の偉い人が一人、エルの担当教師が一人の計六名。


 で、錬金科からは御馴染みのワート先生と副学長、そしてなんと学院長までいる。


 学院長と副学長が一人掛けソファに座って数十秒が経ったけれど誰も言葉を発さない。

あまりの気まずさに、思わずリアンとベルに小声で「お茶を出さなくてもいいのか」確認したんだけど二人とも硬い表情のまま何のリアクションもしてくれなかった。


 集まった教師の人達も学院長以外は皆、硬い表情をしていて物々しい雰囲気だ。

なんだかなーと思いつつ、二人に何か聞かれるまでは絶対に口を開くなと言われているので私は大人しく成り行きを見守るしかない。



(私もサフルについて行きたかったな。絶対二人に却下されるのは分かってるけど)



ちなみにサフルは昨日、私を部屋に運んでその後リアンに栄養剤を渡されたらしい。


 部屋に戻ってから飲むように言われていたので部屋に戻ってから飲んだらしいんだけど、飲んでから朝起きるまでの記憶がないと遠い目をして薄っすら笑っていた。

 リアン曰く『三倍希釈にしたものだからまだ優しい方だぞ』とのこと。

一瞬味覚が壊れてるんじゃないかと思ったけど食事に好みはあるし、多分そういう問題じゃないんだと思う。



「さて……君たちにも色々と予定があるだろうし、手短に話すとしよう。まずは、これを渡しておくよ。請求されていた報告書だ。こっちは『解毒剤』に関することの顛末だね」


「有難く拝見させていただきます」


「構わんよ。そもそも、この決定書はまだ私も見ていなかったこともあって、いい機会になったんだ。改めて見直しをかけたんだが、君たち生徒から見てどう思うのか率直な意見を聞かせて貰っても構わないだろうか」



そう言われたので私たちは顔を見合わせて報告書へ目を通した。

 書かれている内容はリアンとベルに聞いた通りだったので、色々素っ飛ばして処遇の所だけを見た。



(関わった生徒は全部名前と所属が書かれてるし、この人たちは内申点を三分の一減らすことで決定か。生徒側には知らせないって書いてあるけど、多分理由があるよね。で、一部始終を知っていた教員は減俸。あ、この騎士科長って嫌なオジサンっぽい)



へー、と初めて見た報告書を見ていると、いち早く読み終わったらしいリアンが小さく息を吐いた。



「『貴族』ではない僕としては、少々物足りない処罰内容ですが妥当といえば妥当かと。ただし、今後このようなことが起こらないよう対策は立てておくべきでしょうね。少なくとも一人2~3個の購入制限を設けるなどして、毒や他の状態異常にかかりにくくなる若しくはその治療に適した薬を購買に揃えておくべきです」


「確かにな。今年は色々と学院側も準備不足だったという点は反省し次回に活かさねばならなん。他に気づいたことは?」


「そうですわね……学院からの助言は今まで通り必要ないと思いますわ。そこまで甘やかす必要はありませんし、何から何まで面倒を見て教えてしまうと成長どころか学習しませんもの。目的地に適した道具や必要なものを調べて揃えるのは騎士であれ冒険者であれ、錬金術師であっても自らで判断し行うべきですから」


「うむ。その点については学院としても同意見であった。購買の品揃えについては錬金科と商品を仕入れてくれている商会にも協力を要請してみるとしよう。仕入れはどの商会が担当してくれていたんだったか……会計部長、覚えておるか」



とぼけた様な口調と穏やかな声色ではあったけれど視線は鋭い。


 学院長に視線を向けられた昨日来ていた会計部の男はびくっと大きく肩を跳ね上げた。

隣に立っていたカッチリした服装の無表情の男が口を開く。



「現在取引をしているのは『ウォード商会』となっております。随分と長い付き合いで、騎士科だけでなく、他の学科や食堂で使う食材、その他消耗品なども取り扱っている大事な取引先となっております。また、そこにいらっしゃるのはウォード商会のご子息で爵位こそありませんが、財力だけで言えばトライグル屈指とも言われておりますね―――……申し遅れました。私は会計部部長メリック・イビス・カーハイスです。以後お見知りおきを」



そう言って軽く頭を下げたメリックさんに、リアンは酷く冷めた視線を向けている。


 挨拶を受けてリアンが懐から二通の封筒を取り出す。

一つは学院長に、もう一つはメリックさんに差し出した。

受け取った二人に小さく頷いて開けるよう促した後に口を開く。



「それはウォード商会会長であり経営者である父から預かったものです。結論から言いますと、騎士科との取引は今結んでいる契約以降更新する気は無いとのことです。確か契約は三カ月ごとの更新ですから今月限りという事になりますね」


「な……ッ!? 何を勝手な!! 一方的にそのようなことを決めて許されると思っているのか」



声を上げたのはあのオジサンだった。


 顔を赤くし、大声で怒鳴ったせいで隣にいた騎士科長二人が顔を顰めている。

メリックさんの横に立っていた人は青ざめて今にも倒れそうだった。



(まぁ、昨日色々好き勝手言ってたし当たり前の反応だよね)



自業自得ってこういう事かーと一人納得しているとリアンの冷たい声。



「一方的? 何を勘違いしているのかはわかりませんが、僕は『契約を更新しない』という伝言を伝えただけですよ。契約破棄ならばそのような苦言もお受けできますが、契約更新をしないといっただけでその様な対応を取られるとは……心外ですね」



やれやれと緩やかに首を振ったリアンはどこまでもリアンだった。


 優等生の仮面をつけたまま複雑そうな表情を浮かべている。

近くにいた私とベルはリアンが手に持った小さなメモ用紙に「任せておけ」と小さく書いたのを見逃さなかった。


 学院長と会計部長は読み終わった手紙を隣にいた人物に渡している。

副学長と近くにいた騎士科長に渡したが特に顔色が変わることもない。

想定内、といった所だろう。



「君の父上からは遠回しにだが『信用できないので契約更新は出来ない』と言われておる。まぁ、爵位を持たん者からすれば当然の反応だろうな。これに関して騎士科長ベラドナ・ティ・トゥリーはどう考えているのか意見を」



名前で貴族だと分かった私たちが警戒していると、オジサンの横に座っている妙にキラキラした男の人が口を開いた。


 鮮やかな金髪碧眼という割と多い色の組み合わせなのに、顔が華やかだからか妙にしっくりくる。



「そうですね……今回は私やデューカップ殿の管轄外で起きた事ではありますが、明らかに非はコチラにありますし当然でしょう。相手が貴族であれば契約打ち切りだけでは済まなかった筈ですし、ウォード商会のガリクス殿にしては随分と甘い処遇だと思います。何せ、取引停止は騎士科のみですから―――……ああ、それと信用できないと言われるのも、今回エルダー・ボアに絡んだ一連の対応を見れば納得も出来ます」


「なるほど。デューカップはどうじゃ」


「俺もトゥリー殿に同意見です。エルダー・ボアは庶民ですが将来有望、その上、彼が取った行動に何一つ間違いはなかった。命拾いしたとはいえ状況判断もまともにできなかった騎士見習いの少年と生き残った少年たち、現場責任者であったアルニカ・ヘレボレス・ラクトンには軽くない処罰が妥当かと。無論、騎士科長であり管轄者でもあったジュニパー殿にも責任の一端はあるでしょうな」



 チリチリとした憤りの感情と圧力を受けてジュニパーと言うらしい騎士科長のオジサンは、顔を赤から青へ変化させる。

そこへ追い打ちをかける様にリアンが口を開いた。



「取引の件については決定事項ということでしたので、父の意見を変えることは難しいでしょう。元々、非常識極まりない納品価格を提示してきたそちらに『庶民出の騎士が苦労しない様に』という配慮から原価に近い価格で卸していたのですよ? 肝心な時に、全くと言っていい程こちらの意向は反映されなかったのですから。……ああ、契約の際、そちらの担当者にはきちんと何故この内容で契約を受けたのかは話をしています。契約書にもそれは盛り込んでおりますし、何より『解毒剤』の一件。優先的に売らなければならない庶民の騎士にはまるで行き渡らず、貴族が全て買い占めてしまったのは事実。噂によると、窓口の人間が売る人間を選んでいたとも聞きます。そんなことをしている取引相手を信用しろという方が難しいでしょうね」



やれやれ、とため息交じりにリアンは首を横に振る。

 同情めいた視線が自分に集まっていることを確認した後、リアンは学院長へ向き直った。



「今回、使用した薬は【再生薬】【予防薬】【上級万能薬】の三種類です。元々指導がきちんと行き届いていればこのような事態にはなっていなかったことくらい、騎士科に所属していない僕にでもわかります。薬を使ったのは僕らの独断になりますが、必要な処置であったことは分かってくださるはずです―――……腕を失ってしまえば騎士にはなれませんから」



その一言は重く響いた。


 ここで初めて会計部の男は、漸く、このような事態に発展したのか思い至ったらしい。

彼らの興味や関心ごとは『薬』であって生徒ではなかった。

 だから、私たちが自分たちに対して何故このような態度を取ったのか納得がいった、というような顔をしている。

随分と察しが悪いと言うか何というか。



「――……ふむ。リアン・ウォード、君は何を望んでおるのかね」


「今回の一連の騒ぎに関わった“責任を負うべき者たち”から薬代を回収し、お支払いをお願いいたします。商会が所有している貴重な薬です。僕の独断で使用してしまいましたが、アレは二度と手に入らない薬なので」



此処で反応したのは今まで黙っていた副学長だった。


 訝し気な表情と声色でリアンへ質問を飛ばす。

私といえばもう完全に空気のようなモノなので気配を殺しつつ黙って“時”を待った。

多分、もうすぐだ。



「その【再生薬】が二度と手に入らないとはどういうことですか」



やや硬く緊張感を伴う声に空気が再び硬化する。


 隣に座っていたベルがそっと私の手を握ったことで、私は初めて口を開いた。

やや上ずった自分の声とは反対に口は予定通りきちんと動いてくれて、内心ほっと胸を撫で下ろす。



「ウォード商会には、おばーちゃんが生前【再生薬】と【予防薬】【上級万能薬】を特別に売ったみたいなんです」



 散々二人と話し合って作った話はこうだ。

私が今持っているのではなく、生前おばーちゃんが商会へ密かに売ったという事にしようと。

実際、おばーちゃんはリアンの家に泊まったという事実もあるし不思議ではない。


 リアンが私の後を引き継ぐように詳しく説明をしていく。

まずはおばーちゃんが生前、自分の家に滞在していたことがあるという事実を話す。

これに関しては知っている教員がいたので皆が信じてくれた。


 その後はおばーちゃんに宿泊場所や食事など様々な便宜を図って、その『お礼』として特別に薬やアイテムを幾つか売っていたという話に持っていく。


リアン曰く『事実と嘘は混ぜるといい』らしい。



「工房にそれらの貴重な薬があった理由ですが、父に錬金薬の分野をもっと深く勉強したいと相談したのが切欠です。一部の教授には知られておりますが僕は『詳細鑑定』ができます。レシピなどは分からずとも【再生薬】はそうそう拝める代物ではありませんからね。無理を言って工房に持ち込んでいました」


貸出期間は決められていたのですが、幸か不幸か丁度返却の前日に一連の事件があったのです。

 最後の方はもう、当事者しか知らない約束事が語られる。

これにもリアンが鑑定できるという事実と錬金薬を学びたいという想いを混ぜることで一気に信憑性が増した。


 で、最後に私がこう付け加えれば出番は終わりだ。



「おばーちゃんは、小さかった私に【再生薬】のような難しい薬のレシピは教えてくれませんでした。知っているかもしれないんですけど、おばーちゃんはレシピを紙にメモしない人だったので……だから彼が言う様におばーちゃんの【再生薬】を手に入れるのは今持っている人を突き止めて買うしかないと思います」



どうだろう、と不安に思いながら大人たちの反応を窺うと全員が納得したらしかった。

ホッとしながらもボロを出さないように口を噤んで俯いておく。


 ウォード商会の名前を借りる以上、こういう説明をするという話はしっかりリアンが通している。

後で話を聞かれたとしても大丈夫なように口裏は合わせてあるから一応安心だ。


 副学長とワート先生はがっかりした様な表情を浮かべたけれど、直ぐに取り繕って私に謝罪した。



「話しにくいことを聞いてしまったわね。どうしても確認しておかなければならなかったの、ごめんなさい」



声を出さず首を横に振ることでどうにか難を逃れる。

喋るなって言われてるんだよね、二人に。



「それで、支払いの方はしていただけるのでしょうか」



リアンの問いに答えたのは学院長だった。


 しばらく沈黙したのちに、幾らぐらいなのかと会計部部長に問いかける。

部長は無表情のまま数秒何かを考えるように目を伏せていった。



「オランジェ様の薬となりますと、金貨二千枚は下らないかと。希少かつ王族ですら1つしか持っていないという代物です」



(金貨二千枚って再生薬と他の三つで!?)



驚いて顔を上げそうになった瞬間ベルに手の甲をつねられて慌てて堪えた。



「妥当といえば妥当か……それは総額ではどの程度になる」


「総額でしたら金貨三千枚は必要でしょう。どうされます?」



くらりと眩暈のようなモノを感じた私を置いて話は進んでいく。


 結論として、学園長によって今回の責任者の過失度合いを考慮し、ウォード商会にお金を支払う事となった。



「詳しい処罰が決まったら、学院から書類を送るので確認して貰いたいのだが構わないかね」


「宜しくお願いします」



丁寧にお辞儀をしたリアンとベルに続いて慌てて頭を下げると、学院長が満足そうに頷いて工房の扉へ向かって歩いて行く。


 その後ろをぞろぞろと来客者たちがついて歩き、最後にワート先生だけが残った。

その手には丸められた羊皮紙。

真面目な顔をしていた私たち三人とワート先生は扉が閉まって、学院から来た馬車が遠ざかる音をしっかり聞いてからその場に崩れる様に座り込んだ。



すっごく疲れたんだけど、まだ一日は始まったばかりだった。

うう、早く調合して色々面倒な事は忘れてしまいたい……。








誤字脱字変換ミスや怪文章についてはいつでも誤字報告受け付けております!

と言うか是非宜しくお願いしますッ


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