86話 調合しましょ、そうしましょ
調合しているのかしていないのか……いや、してはいるか。
まったり日常とはまだまだ行きませんが日常です。
日課になった水遣りを済ませる為に裏庭へ出る。
昨日のことがあったからチラッと正面に回ってお客さんが来ていないか確認したけど、誰もいなかった。
黄土色の土と石畳で出来た道をなんとなく眺めてから、大人しくポーチから聖水を出してちょっと多めにアオ草に与える。
「今植えてるのはアオ草とフォリア先輩に貰った宝石草、あとはちょっとした野菜でしょ? シャボン草のタネも植えるって話してたから鍬でも出しておこうかな」
ポーチから家で使っていた鍬を取り出して、庭の片隅に置いておく。
そのまま私は工房の裏に回って井戸水を汲んだ。
庭に戻ると、植えているアオ草や宝石草の様子を見ていたリアンと目が合ったのでこっそりガッツポーズ。
二階まで呼びに行くのってちょっと面倒なんだよね。
「おはよう。丁度よかった! 昨日シャボン草を植えようって話してたから、準備しておいたんだけど、あの角でどうかな。工房の周りに転がってた石を並べて囲えば管理も楽だし」
石は工房の庭の色んな場所に転がっていた。
その中でも荒れていた畑に多く転がっていたから、野菜を植える時に一か所にまとめて置いたんだけど、まさかそれが役に立つとは。
「いいんじゃないか。あの辺りなら日当たりもいいしな。それと昨日の内にシャボン草やサイプレスの実、酒の素なんかは手配を済ませてある。午前中には届くはずだから到着したら調合してしまうぞ。色々決めなくてはならないこともあるし、暫く忙しいだろうな」
「調合三昧なのは私にとっては嬉しいけどね。ベルは大丈夫かな。ほら、今日は実家に行くって言ってたけどさ、貴族の相手丸投げしちゃってるし」
「問題はないだろう。僕やライムではできないことをしているだけだ。僕には僕の、君には君の得意なことを活かせばいい。幸い、僕らの得意分野はバラバラだからな」
「言われてみると確かに。他の工房でもそうなのかな」
「どうだろうな。まぁ、性格を考慮して分けられているかどうかと言えば疑問が残るが、資質的な意味合いで言えば『うまくいく』よう組み分けされていると言えるだろう」
「なんか難しい仕組みなんだろうね。あの謎の箱」
「錬金術は奥が深いな。あんな見た目だが創り出すには、かなりの技量と知識が必要な筈だ。素材も希少なものを多く使っているんだろう。鑑定してみたが、あれはダンジョンなんかで産出されるドロップアイテムに似ていた」
極めればドロップアイテムに似たものを作れるというのは本当だったんだな、と呟いている。
(こうなるとリアンは暫く動かないから先に耕してパパッと植えちゃおうっと)
近くに置いておいた鍬を手にして土に振り下ろす。
殆ど踏み固められていない土は凄く柔らかかった。
石ころも殆どない上に久しぶりに鍬を持ったからか、つい、張り切りすぎたんだよね。
「………決めた範囲よりちょっと広くなったけどいっか」
乾燥させておけば問題なく使えるから何回も植えて収穫し、冬の分を確保する家も多いとも聞いている。
ミントがいる教会でも植えていて何度か収穫をすると教えてくれたのは、つい最近の事。
「香草も植えてみようかな。どうせ料理にも使うし、沢山採れても香草塩とかにすれば一年中使えるし」
少し広く耕しすぎた土の周りに石を並べていると漸くリアンが我に返ったらしい。
手元にあった種が入った袋をすかさず渡し蒔いて欲しい、と告げればバツが悪そうに視線を逸らされた。
「その、すまなかった」
「もう慣れたからいいよ。種は適当かつ均等にお願いね。密集してても育つけどある程度間隔あった方が、いい品質のモノができるらしいんだ。間引きした方がいいのかな、やっぱり」
「そう、だな。割とスペースが広いし、半分に区切って片方は間引き、もう片方はそのまま植えっぱなしにして品質の違いを見てみるのもいいかもしれない」
「賛成! 品質が高かったら自分たち用にしようよ。店売りのは品質Cで統一するって言ってたし問題ないよね?」
「ああ。君が教えてくれたトリーシャ液だが、使う事で髪の手入れをする時間が短縮できるからな。正直、かなり需要はあるだろう。女性だけではなく男性客も掴める筈だ」
「男性客かぁ……言われてみればリアンも髪長いもんね、後ろ髪だけだけど」
じっと首の後ろで結ばれた紺色の髪を見る。
実は髪が長い男の人は珍しくない。
惰性で伸ばしているっていうより必要だから伸ばしているみたいで、手入れも割としっかりしているように見えた。
「僕の家族は全員髪の一部を伸ばしているからな。君は知らないかもしれないが、商人は賊や不測の事態に巻き込まれて死ぬことも多い。商人狙いの盗賊は大抵、首を切り落とす。理由として金にならないし、足がつく可能性があるという事から切り落とされるんだが、その際に顔を潰されることもある。また、死後燃やされることも少なくないから、死ぬと個人の判別が難しくなるんだ」
「……なんか、一気に血生臭くなったんだけども」
「そういう慣習があるんだ、知っておいても損はないぞ。あと、切った髪は浅く掘った穴に埋めたりわかりやすく隠しているから、燃えた死体の傍なんかで新しく穴を掘ったような跡を見つけたら緊急時以外出来るだけ掘り返してほしい。遺髪だけでも家族に返した方が故人も浮かばれるだろうからな」
「へぇ、商人にも色々あるんだね。錬金術師とか召喚師もそういうのあるのかな? 結構髪長い人多いけど」
使った道具を片付けて、小さい木の板に『シャボン草』と小刀で彫ってから土に突き刺す。
時々何を植えたのか分からなくなるから、こういう風にしておくと便利なんだよね。
土を払って立ち上がり、工房に戻りながらリアンの話を聞く。
リアンって聞けばだいたい答えてくれるんだよね。
多分だけど知識を誰かに教えるのが好きなんだと思う。
話好きっていうか、世話好きっていうか。
「召喚師は強力な魔物を召喚する為の材料として体の一部を素材にすることがあるらしいからな。その為に伸ばしている者も多い筈だ。髪には多少なりとも魔力が含まれる上に切っても痛みがないから、媒体としては使いやすいと聞いた事がある。錬金術師も似た様な理由があったのかもしれないが、今は好みだと思うぞ」
髪の長さが調合に影響するなら教員から一言二言あるだろうしな、との言葉に納得してとりあえず朝食の準備に取り掛かった。
「ねぇ、リアン。ベルの朝ご飯っているとおもうー? 朝早くに出るって言ってたけど、確かサフルと同じくらいに出かけるんじゃなかったっけ」
「一応用意しておいた方がいいだろうな。馬車で迎えが来るらしいし、馬車の中で食べられる様なものなら外からは見えないから、行儀がどうのと言われることもない筈だ」
「そっか。じゃあ、長パンに切れ込み入れて具を挟んでおけばいいかな。私たちの朝もそれでいい? スープは作るけど」
先にスープに使う具材を切って、鍋に放り込んでおく。
マタネギとベーコン、マトマ、キャロ根、グリーントスカと野菜をたくさん入れた野菜スープだ。
マトマの酸味と野菜の甘味で結構な量の野菜が食べられちゃうんだよね。
鍋に油をひいて軽く炒めながら水や調味料を出す私に、リアンから返事が返ってくる。
「そうだな、今日は調合が立て込んでいるからスープは夜だけでも構わない。できれば昼もそういった片手で食べられるものにして貰えると助かるが」
スープは直ぐにできると伝えると心なしか嬉しそうだったので、こっそり苦笑する。
主食(パンとかご飯とか麺とか)には必ずスープがつく。
汁物ってお腹膨れるから、どの家庭でも基本的にスープは毎食出てくるんだよね。
だからか、旅に出ている時は無性にスープが飲みたくなるんだ、って今回の旅で私以外の四人が意気投合していた。
私は家から離れたことなかったからイマイチわからなかったんだけど。
「んー、それならパンばっかりだと飽きるから炊き込みご飯でも作ろうか? オニギリにしておけば片手で食べられるし、数口で食べられるサイズならパンくずみたいに落ちる心配もないからさ」
少し朝食が遅くなってもいいなら朝、炊き込みご飯食べる?と軽い気持ちで提案したら、予想外にリアンが食いついた。
「二時間くらいなら待てる。その間必要な書類やら資料を作っておくから君は炊き込みご飯を作ってくれ」
「いや、あの、一時間もあれば炊き上がるからね。具はキノコとキャロ根とかでいいよね」
ああ、という嬉しそうな返事に苦笑しつつ、地下に食材を取りに向かう。
それに気づいたリアンがついてきて、食材を運ぶのを手伝ってくれたんだけど始終機嫌が良かったのは言うまでもない。
ベルとサフルにはパンで作った朝食を持たせたんだけど、ベルにはオニギリを残してほしいと懇願されたから一応二人分残して置いて、夜もコメを使ったご飯にすることが決まった。
……最近、ご飯に対する情熱が凄くてちょっと怖い。
(まぁ、食器とか洗うの私じゃないから楽でいいんだけども)
作るのは好きなんだけど片付けるのが嫌いな私にとって今の環境はかなり快適だったりする。
料理たくさん作っても綺麗になくなるしね。
◇◆◇
朝食を終えた後はただ大量調合を繰り返すことになった。
リアンが作ったリスト通りに商品を充実させるべく私たちは食品の調合を繰り返した。
食べ物を調合するうちに錬金術師っていうより料理人なんじゃないかな?と思う事数回。
ぐつぐつと釜から聞こえる音に耳を澄ませながら、何度目かになる【ゴロ芋スープの粉】を瓶に移した。
結構な量を作ったと思っても、下処理に結構手間がかかるから思った以上に進まない。
「ううう、ゴロ芋見るの嫌になってきた」
「奇遇だな。僕もだ」
「失敗したら嫌だし、一回休憩挟まない? それぞれで作ってたから合わせたら目標達成してるかもしれないし」
しっかりコルク栓を閉めてから、散らかった作業台を片付ける。
皮を剥いた芋を入れたボウルと剥いた皮を入れた袋を持って作業台から離れると、リアンも流石に疲れたのか同じように作業台の片付けを始めた。
ちらっと見た作業台の上にゴロ芋の姿は無かったから、用意した分は使い切ったんだろう。
「それぞれできる分ってことで持ち出したからアレだけどさ、やっぱり作る量決めた方がいいね、これ。延々とゴロ芋スープの粉ばっかり作らなきゃいけないんじゃないかって考えて寒気がしたもん」
「同感だ。もう今日は【ゴロ芋スープの粉】は調合しなくてもいいだろう、作業台を片付けるついでにざっと確認したが目標の大瓶十本には到達していたからな」
「やった!! うう、オニギリ食べながら頑張った甲斐があったよ……午前中ほぼ費やしたもんねぇ。解毒剤の時もそうだったけど、こんなに同じ調合繰り返すのって割とあるのかな」
「どうだろうな。まぁ、これだけ調合しておいても売れる時は一瞬だ。最初はどれも購入制限を設けるか……流石に一人で大瓶買って行くことはないと思うが、ないとは言い切れないしな」
「大瓶だとゴロ芋は丁度10個か。瓶の数からすると二人で百個は剥いたってことになるんだね」
「……具体的に数を聞くと益々疲労が押し寄せてくるからやめてくれないか」
「ごめん。私もちょっと口にしてから後悔した」
お茶の用意はリアンがしてくれるとのことだったので大人しく任せて、私は疲労回復の為に乾燥果物と乾燥果物入りのパウンドケーキを出すことに決めた。
お皿に甘いものを二人分用意してから、いつもの席に着くと直ぐにリアンが紅茶を運んできてくれる。
人がいると分担して色々できるから手間が減って快適だ。
ずっと立ちっぱなしだったこともあって、座った途端に疲労が押し寄せてきた。
温かい紅茶を飲むと更に体の重さが増して思わず深い息を吐く。
リアンも同じように息を吐いて、ぐったりと背もたれに体を預けているのが見える。
「流石に休憩なしで5時間はきついね。リアン、私より体力ないし結構きついんじゃない? 大丈夫?」
「なんとかな。それと、調合時間は正確に言うなら6時間と20分だ。一度に使う魔力が少ないとは言っても、結構消費していたらしい……君が乾燥果物を調合しておいてくれて助かった。魔力ポーションで回復するよりこっちの方が色々と都合がいいし、ある程度まとめて作っておくか」
「わかるそれ。魔力ポーションってさ即座に回復しちゃうから勿体なくて、確実に連続調合まっしぐらだもんね。魔力は回復しても気力って回復しないし」
「その点、こうして座ってゆっくり食べられる乾燥果物は非常に有用だ。午後はコレと栄養剤でも作るか。乾燥果物は寝る前に少し作って置いた方が良さそうだな」
「あ。そういえばリアンが作った乾燥果物って少ししょっぱくて美味しいよね」
「君が作ったものと味が違うのはやはり魔力色の影響だろうな」
のんびりまったりお茶を楽しんで魔力を回復させつつ次の調合の話に移っている辺り、リアンもいい意味で調合中毒になっているらしい。
「私は素材ストック作ろうかなって思ってるんだけど、どうかな。ほら、結局なんだかんだで【虫よけ香】作れてないし。素材だけでも揃えて置けばベルもすぐ作れるでしょ?」
「栄養剤の後に僕も少し手伝うとするか―――……ベルがいなければもっと余計な厄介ごとが舞い込んできていた可能性が高いし、僕らが出来ることをするのは当然だ」
やれやれ、とため息を吐くリアンに頷く。
いくら非常識だって言われる私だって、ベルは私たちのことも考えてくれている事くらい理解できる。
交換制度に関する苦情だって、庶民や貴族の位が低い人だけの工房だったらどうなっていたか分からない。
地位があれば多少の無理は通ってしまうのは何となく理解している。
おばーちゃんにはその地位も権力も通用しなかったけど、世間一般ではそうじゃないんだろう。
しみじみとお茶を飲んで、お菓子がなくなった頃を見計らったように工房の中にノック音が響く。
「リアン。私が行くからまだ座ってていいよ。貴族って訳じゃないだろうし、昨日の煩いオジサンだったら追い返すから」
「昨日の連中だったら教えてくれ。気持ちは分かるが追い返すな、更に面倒ごとが増えかねん」
「えー。怪我しない爆弾使うから平気だって」
「馬鹿だろう、君は! 一体何度、事を荒立てるなと言ったら……っ」
「じ、冗談だって。三割くらい」
「……もういい」
立ち上がるついでに使ったカップなんかを台所へ運ぶ。
流石に飲み食いしたままの状態でお客さんかもしれない人を工房に入れるわけにはいかないしね。
少しだけ警戒しながら、ドアを開けるとそこにはエルと二人の男女、そして小さな男の子と女の子がいた。
(もしかして薬の事かな。エルの家の人達だよね)
エルだけじゃなくその両親が訪ねてくる理由で思い当たるのは薬の事くらいだったから、玄関で口を開きかけているエルを制して工房内に入ってもらった。
リアンは人が工房に足を踏み入れた瞬間、疲れを見せない来客用の笑顔を浮かべてこちらへ歩いてくる。
「まずは、こちらの席へ。今お茶を用意しますのでそれからご用件をお伺いいたします」
エルは気まずそうに、そのご家族は緊張して強張った表情のままお客様用のソファに腰かけた。
お湯は沸かしたばかりだったので直ぐにお茶が淹れられたのは助かったけど、小さな子供二人が長時間座っているのは多分難しいと判断し、クッキーを三枚ずつ小皿に乗せる。
(昔おばーちゃんの工房に来た人にも同じような対応してたし、多分間違ってない筈)
トレーにカップなどを乗せて、エルに似た顔のお父さんと恰幅のいいお母さんの前に紅茶を、子供二人には紅茶とクッキーを出した。
勿論エルにも紅茶を出したんだけど、誰もそれに口を付けないまま青白い顔で俯いている。
「まず、ご用件をお伺いしても?」
リアンの柔らかい声にもびくっと小さく肩を震わせる所を見ると大分切羽詰まっているらしい。
大丈夫だろうか、とリアンを見ると小さく頷かれたのでここは任せておくことにした。
リアンは黙り込むエルの家族を急かすこともなく、ただ静かに口を開くのを待っている。
「も、申し訳ありませんでした! 昨日とても高価な薬を使って腕を治して下さったと聞き、代金の足しにもならないと思うのですが此方を……ッ」
そういって震える手でテーブルの上に置かれた布袋からは、決して少なくないお金の音が聞こえた。
え、と目を丸くする私にリアンが困ったような笑みを浮かべる。
それを見たお父さんは慌てたように言い募った。
「不足分は私共が経営している宿屋を売り払い、エルを借金奴隷にすることでどうにか用意いたします。た、足りなければ何とか用意しますので、ひと月ほど待っていただけませんでしょうかっ」
どうか、とソファから降りて床に額をこすり付ける様にして頭を下げるお父さんとお母さん、そしてエルの姿。
幼い子供二人もご両親の真似をするように頭を下げている。
思わず助けを求めてリアンを見ると予想はしていたらしく、座っていた椅子から降りてポンッとお父さんの肩に手を置いていた。
「どうぞ頭を上げて下さい。ここから先、私たちの事情についてお話しさせていただきたいのですが、広まると少々困るのです。そこで一切他言しないことをまずは『書面で』お約束いただけますか」
「は、はい……」
「ではソファにお座りください。此方が魔力契約書になります。此方にサインを」
言われるがままペンでサインをする一家をみてリアンがニヤリと口の端を上げたのが見えて、背筋が凍った。
戦慄する私を余所にリアンはサインを確認し、それを大事に懐へしまい込む。
「まず、そうですね……騎士科の対応についてどう思うのか意見をお聞かせいただいても宜しいでしょうか」
にっこりと笑ったのを見て私は悟る。
昨日のやりとりで怒っていたのは自分だけじゃない、という事を。
ぽつりぽつりとリアンによって言葉を引き出されていくご両親に、エルが何かを察したらしく額に手を当てて天を仰いでいる。
ご両親の想いを聞き終えたリアンはとてもいい笑顔を浮かべて『こちらの事情』を話し始めた。
「実は、あの薬ですが使用したのは私の隣にいるライム・シトラールさんの独断なのです。騎士科には『ウォード商会が買い取った』ことになっていますが、本来であれば僕や今不在のハーティー家子女は関係者ではありません」
「え、そうなのか……?」
「リアンにもウォード商会にもおばーちゃんの【再生薬】と【予防薬】、【上級万能薬】は売ってないし、そもそも見せてもいなかったから本当だよ」
エルが目を丸くして此方を見るので頷けばご両親が信じられないものを見る目で私を見た。
「先ほど述べた家名からも分かる様に、彼女は “あの” オランジェ・シトラール様の孫に当たります。ライム、エルにどうして薬を使ったのか説明を」
「え!? あ、うん。いいけど……エルはこっちに来て初めてできた友達だったんです。それに色々教えて貰って、親切にもしてくれて、話しやすいし。あ、また採取に行こうって約束もしてたんです。だから、これから強くなって貰わないと護衛頼めないなーって思ったのと、おばーちゃんの薬は私が作った薬じゃないから」
どういうことだ、と首を傾げるエルやご両親に苦笑してわかりやすいように何とか言葉をまとめる。
こういうの、苦手なんだけどな。
「おばーちゃんは『薬は本当に必要としている人に使う権利がある』って言ってたんです。困っていて、助けを求められたら迷わず使いなさいって亡くなる前に言われました。私が困っているなら私が使ってもいいけど、友達やその家族、助けたいと思った人がいるなら躊躇しないで豪快に使うよう言い聞かせられてて……」
「オランジェ様らしいな」
「おばーちゃんがいたら間違いなくエルに薬を使っていました。お金はいらないって絶対に言っています。だから、難しいとは思うんですけど……お金は受け取れません。私が調合した薬ならお金は受け取れますけど、おばーちゃんはもう亡くなってますから」
以前、リアンに薬を売ったのとは事情が違う。
怪我人ではなく、商人として薬が欲しいと交渉してきたから私はお金と薬を交換した。
世間一般の認識に当てはめると、この場合はお金をもらうのが正しいんだって言うのは私でもわかる。
相続した形になる薬は、おばーちゃんが作ったとは言っても私の物として認められているからね。
「だ、だがそれではあまりにも……っ!」
「わかってます。もし、無償で高価な薬を使って貰ったってなったら今までみたいに「友達」ではいられなくなるって。だから、私がおばーちゃんの代わりにいくつかの条件を出します。それが呑めなければお金を払ってください―――……エルはそれでいいよね?」
「……おう」
なにかを覚悟したように頷いたエルに私は、条件を出した。
リアンに書くものを借りてメモ用紙に文字を書いていく。
静まり返った工房の中でペンが紙の上を走る音だけが響いていた。
「――……できた! エル、私が出した条件はこれだよ。全部守るのは大変だけど、高い薬の対価だと思ったらこの位必要かなって思うんだ」
差し出した紙を受け取ったエルは、数分後、私に向って泣きながら頭を下げていた。
ぼたぼた涙を流しながら感極まって抱き締められた時は驚いたっけ。
いつもしっかりして頼り甲斐のあるエルが失敗を許された小さな子みたいな反応をしたのが可愛く思えたのは内緒だ。
リアンがさりげなく私からエルを引きはがし、追加で魔力契約書を書かせ終わった頃にはご両親の緊張も解けたようだった。
二人とも申し訳なさそうにしながら、心底ほっとした顔で私たちに笑顔を向けている。
小さな双子の姉弟は紅茶とクッキーが気に入ったらしく、夢中で食べて、ご両親の分の紅茶まで飲み干していた。
帰りにお土産兼宣伝を兼ねて錬金クッキーを渡すと飛び跳ねながら帰っていった。
「なんか、疲れちゃったね。今日はもう調合しないで寝ようかな。夕食の準備もしないといけないし」
「そうだな。明日、また調合しても間に合うだろう。ベルが帰ってきたら色々と話すこともあるだろうから、調合は明日にするか」
「だね。あ、でも栄養剤だけ頼んでもいい? 私ご飯作っちゃうからさ」
「任せておけ。夕食までには終わらせる」
パタン、と工房のドアを閉めて私たちはやるべきことに手を付ける。
ベルが帰ってくるまで何処かのんびりした空気は消えることはなかった。
◇◆◇
エルダー・ボアへの薬代免除の条件
1.騎士科で一定以上の成績を修める事
2.無事に騎士科を卒業し、騎士として働くこと
3.ライム・ベル・リアンの三名から護衛を要請された場合無償で請け負う事
4.素材の珍しさに関わらず、入手した素材は必ず工房に持ち込むこと
(ライム・ベル・リアンが同工房にいる間のみ)
5.イオの注意をよく聞くこと
6.遠征先や街の情報など定期的に話しに来ること
7.武器や防具を購入する時は可能な限りついてくること
8.お金のことを気に病まない事
9.死ぬまで、何があっても『友達』でありつづけること
(様々な事情で喧嘩しても、友達同士の喧嘩なら問題なし)
10.家族や友人を大事にすること
11.ドラゴンを倒せる実力を身に付ける事
12.冒険者登録をして最低でもCランクになること
ライム・シトラール
ここまで目を通してくださってありがとうございます。
誤字脱字変換ミス(特に多いのは変換ミス!)がありましたら誤字報告いただけると土下座したまま咽び泣きます。ありがてぇ。




