88話 フォルコルム(完璧な規格)と呼ばれる工房
先生が残ったのはこの件でした。とりあえず、面倒ごとのお話はこれで終わり。
次からは調合回とか日常回です。たぶん。
疲労感がぼんやりと漂う工房の空気を切り替える為、窓へ向かった。
開け放った窓からは室内へ一気に風が流れ込む。
丁度いい温度の空気には街と草の香りが微かに混じっていて思わず深く息を吸い込んだ。
振り返るとベルがキッチンでお湯を沸かし始めていたので、私もキッチンに向かう。
リアンは優等生の仮面をつけたまま先生を応接ソファに再度案内していた。
人が一気に減った工房は普段通りで、ようやく肩の力が抜けていくのが分かる。
「ねぇ、ライム。折角だから先生にオーツバーとクッキーを食べてもらいませんこと? 昼食前ですし、オーツバーは一口大に切る方がいいと思うのですけれど」
「それ採用っ! 私たちが調合中に食べるのも一口大にしておくね。その方が食べこぼしとか少なくていいし、調合してる時も楽だしさ」
「ですわね。棒状だと片手で持ってなくてはいけませんし」
何時もよりいい茶葉を使って紅茶を淹れるベルの横で、四人分のお茶菓子をポーチから取り出す。
お茶の準備を終えた私たちは、疲れた顔で持参した資料を確認するワート先生の前に置いた。
「おぉ、ありがたい。割と最近は立て込んでてなぁ……クッキーとこれは、なんだ?」
「オーツバーです。どちらも工房で販売する予定なので宜しければ感想をお聞かせいただけますか」
にっこり笑うリアンに、先生は感心したようにオーツバーを一つ摘まんでしげしげと観察し始める。
鑑定持ちではない先生に、リアンが胡散臭い笑顔を浮かべたまま鑑定結果を口にする。
「味付けが甘いので、疲れた時や旅先などでも気軽に口に出来るようになっています。最大の長所は長期保存ができる事ですね。湿気などにはあまり強くないのですが、特性として体力回復・中、魔力回復・微、劣化防止・小と満腹感+が付いていますので多少ならば問題ないかと。勿論、回復アイテムとしても優秀だと僕は考えています。販売についてですが品質はCで統一し、二本で銅貨3枚で売り出すつもりです」
「なんというか、お前さんらの工房は優秀すぎて教師要らないんじゃないか? 流石『フォルコルム』工房だなぁ」
感心したように頷いた先生は、躊躇も遠慮もなく口へオーツバーを放り込んだ。
咀嚼するごとに表情が驚きに彩られていくので見ていてちょっと楽しい。
小さく「美味すぎるだろこれ」とボヤキながら、二つ目に手を伸ばしている。
暢気な先生を余所に私たちは顔を見合わせて先生の発言に首を傾げた。
「ねぇ、フォルコルム工房ってなに?」
「どうやらこの工房のあだ名のようなモノらしいわね。色々と思う所はあるけれど、教師の間で三つの工房にあだ名の様な通称のようなものを付けてるみたいよ、ちらっと風の噂で聞いた事があるわ」
「ああ、確かに教員の間ではそう呼ばれているようだな。恐らく提出した情報などを加味した上でそういった評価を下しているんだろうが、売り上げや今後の運営次第で呼び名も変わるだろう」
いい意味でも悪い意味でも、と言うリアンに納得して紅茶を一口飲んでからオーツバーを口に入れた。
ザクザクした食感やねっとりした甘味、プチプチと雑穀が潰れるような様々な食感を楽しみながら暫く無言でお茶を啜りつつ、昼食の献立を考える。
(今日はチーズソースのパスタにしよーっと。チーズ結構あったしまだ作ってなかったもんね、チーズソース系って)
洗うの面倒だから、おばーちゃんから作ってって頼まれない限り作る事が無かったのをよく覚えている。
一人そんなことを考えているといち早く食べ終わった先生が空になった器を見て口を開いた。
「はー、お前らの工房はホント清々しい程に上手く回っているらしいな。これはオリジナル調合だろう、恐らくこっちのクッキーも」
「ありがとうございます。それで、先生が残ったのには何か用事があったんですよね? どのような内容でしょう」
リアンの笑顔に先生は言いにくそうに口を開閉し、やがて諦めた様に力なく話し始めた。
よくよく見ると目の下には薄っすら隈があるし顔色も良くない。
服もよれよれでいつぞやの風体を思い出した。
山登りはしてきてないから葉っぱとか木の枝は流石についてないけどね。
「悪かった。流石に副学長が通りかかるとは思わなかったんだ……まあ、いい訳にしかならないが」
頭を下げた先生に対してリアンは冷静だった。
「頭を上げて下さい。不可抗力だと分かっていますし、そういった状況ではどうしようもないでしょうから」
「すまないな。俺が残った用件はお前らにコレを見せたかったんだ。ああ、目を通したら返してくれ。生徒には見せないことになってる」
「先生、そんなの持ち出していいんですか」
「詫び代わりだ。事前情報はあった方が気持ち的にマシだろう」
ややぞんざいに渡された大きな封筒から出てきたのは紙の束だった。
一番上の用紙には生徒の名前と魔力色、現時点での総評、家柄などが記載されている。
どこからどう見ても個人情報だとわかる紙の束に思わず先生の顔を凝視してしまった。
先生はといえば、私の視線にはまるで気づいた風もなく優雅にティーカップを傾けている。
満足そうに息を吐き背もたれに体を預けているのを見る限り、工房での休憩を満喫しているようだ。
改めて、先生の緊張感無さすぎる所も胡散臭く見える要素の一つだと私は確信する。
私たちの視線を受けてようやく仕事を思い出したらしく、胡散臭い笑顔を浮かべて口を開いた。
「あー、それとこれは伝言になる。後で手紙が届くと思うんだが先に伝えて置く。今回の見学に関してだが……変更点が幾つかあるんだ。学園長と副学長の判断で全員が来ることが決まった。人数が増えた分、時間は30分程度ってことになったから工房の中に入ってこの工房でどういう風に生活しているのか見せてやって欲しい」
「いや、見せてやれって言ったって……なにをどうしろと」
「普段通りでいいぞ。出迎えもしなくていい。会話をしているならそのまま続けて、まぁ……相手への接し方を見せてくれるだけでいい」
「それ、何の意味がありますの?」
呆れた様なベルの言葉にワート先生は言いにくそうに髪を掻いた。
私たちから意識的に逸らされた視線はウロウロと床の辺りを漂っている。
「実はだな―――……他の工房は日常会話すら危うい、らしい。担当と言うか割り当てられた教員が時々様子を見に行ってるんだが、どこからどう見ても同じ工房生同士というより、主人と召使といった状態になっているそうだ。女子生徒の工房はまだマシなようだが、もう一つの男子生徒だらけの工房はまさにそれだな」
「男子生徒の工房ってクローブがいる所ですよね? あの工房って皆貴族なんじゃ」
どうして、と思わず零した私とは反対にリアンとベルは理解したらしく何度か頷いている。
ギョッとして二人を見るとウンザリしたように天を仰いだり額に手を当てて俯いていた。
「―――……なるほど、そういう事ですか」
「ライム、貴族同士だからこそなの。女子生徒ばかりの工房には庶民がいるし、貴族の二人は奴隷とそうでないものの区別はきちんとつけられる。女子生徒の工房にいるクレインズは上流貴族ではあるけれど実家は中立派で、錬金術師を多く輩出している家系でもあるから安心といえば安心なの」
そこで一度言葉を切ったベルは、ため息交じりに首を横に振った。
ウンザリした表情を隠しもしない辺り大分お嬢様の仮面を放り投げていると思う。
「で、男子生徒の工房にいる上流貴族は四男のロベッジ。アレはタンジー家の中でも落ちこぼれと呼ばれている問題物件で、奴隷と庶民の区別がつかないただの馬鹿ね。貴族の微妙なパワーバランスも理解できない上に教養も貴族としての矜持も持たない、質の悪い貴族の典型って所かしら」
絶句する私にワート先生が続ける。
うんうんと頷いているのでベルの言う事は正しいみたい。
「一応、実家には報告を上げてはいるんだが……末っ子だとかで随分可愛がられているらしい。その上、あの家から錬金術師の才を持った子供が出るのは初めてらしくてな」
「よくあるパターンですわね。私の所も錬金術の才を授かったのは私が初めてですから、そこそこ期待はされていますけれど―――……彼にそのような期待をした所で無駄でしょうに。交流会以降、まともに調合もしていないのではなくって?」
「良く分かったな、と言うべきか。あの交流会の後に調和薬を何度か作っていたようだがS品質の物が作れないことに腹を立てたらしく、そこからは調合釜の前にすら立っていないそうだ」
ぽかーんと思わず自分の口が開いたのが分かった。
「……え、それ正気ですか」
「残念ながら正気だな」
「うっそだぁ。錬金術師になるために学園に入ってるのに、調合しないってどんな馬鹿ですか?! あんな高い入学金支払って、調合釜があってレシピだってあるのに調合しないって、何のための錬金術の才能……?」
「だから馬鹿だとベルが言ったんだろう」
「馬鹿と言うか愚かですわね。才能はあくまで武器を貰ったようなもので、どう扱うかなんてこれから自分で鍛錬していかなければ身につかない事くらいわかってもいいでしょうに」
「それが分からないから馬鹿なんだ」
「納得しかできないや。でもさ、なんかそう考えると不憫だよね。馬鹿に効く薬とか作れればいいんだけど」
「そんなものがあったら世界から馬鹿が消えて平和になるな」
「ですわね。到底作れる気はしませんけれど」
「確かにねー」
アハハハハ、と半ば自棄になりながら笑い飛ばす。
もう笑わないとやってられないよね、そんなの工房に入れなきゃいけないんだもんっ!
「なんか先生あれだ、お前らが同じ工房に配属された理由が凄く分かるわ」
感心したように頷く先生を見なかったことにして、他に話すことはないのかと聞けばこれまた言いにくそうに口を開く。
「あともう一つ。こっちの方は非常に言いにくいんだが、見学の後に学園で交流会を設けられないか説得して来いって言われててな。内容は推して知るべしと言うか……お前らの工房が上手くいっている秘訣のようなものを他の工房生にも教えてやって欲しいらしい」
「馬鹿が増えた」
思わず呟いた私の肩を叩いたベルが小さく噴き出した。
斜め向かいに座っていたリアンは口元を抑えて肩を小刻みに震わせて笑っている。
先生は遠い所を見て乾いた笑いをその顔に張り付けていた。
「正直な所それが難しい上に厚かましいと言うか、職務放棄に近い願いだって言うのは分かっている。副学長とマレリアン教授位だな、お前らが引き受けると思ってるのは。俺や他の教員、学園長は蹴って当然だと考えている……―――ただでさえハーティー家とウォード商会から苦情が入っているし、騎士科の件もある」
「一回目の交流会とかいう無駄な招集を省みた上で適切な思考を取り戻して欲しい所ですわね、副学長とマレリアン教授には。理想と現実は違いますのよ? いい年してそのようなことも分からないとは随分と幸せな生き方をされてきたようで」
「お前らからすれば当然の反応だよなぁ」
「っていうか、どうして全員来ることになったんですか? 別に調合方法とか見せるわけじゃないし、レシピとか重要なアイテムは全部片づけちゃおうと思ってるんですけど」
「ライム・シトラール、それ副学長とマレリアン教授の前では言うなよ。実際、アイテムなどの保管場所を聞かれても答える必要はない。ただ、自分達から口にするのは心証は良くない」
「えー……私は普通に卒業できればいいんですけど。貴族にもならないし、なりたくもないし」
「それでも、だ。お前は良くてもハーティーやウォードの所は貴族との付き合いもある」
二人の家柄や立場を出されると反論できなくなるのが分かっているのか、先生は苦笑していた。
「今回の見学会についてだが、最初に全員参加と言い出したのは学園長だった。この工房が理想的とも言えるほどに成り立っているのは、間違いなくお前らの関係性にある。上下関係ではなく、違う目線であっても同じ立場に立って『生活』しているからこそ順調に回っていると言ってもいい」
急に真面目な口調になった先生に思わず佇まいを直す。
ベルやリアンも同じようで微かな身じろぎをした後、じっと先生の言葉に耳を傾けているのが分かる。
「他の工房生はそれが理解できていないらしい。いや、理解している者は確かに居るんだろうが……学園長曰く『本人』が自分で気づかなきゃ意味がないそうだ。それで、まずはこの工房での生活を見ることがきっかけになれば、と考えているらしい」
「えっと、納得は出来るんですけど……見ただけで上手くいくんですか? だって、自分の指示通りに全部回って好き勝手できていて、居心地がいいのにわざわざ放棄するって心入れ替える位しないと無理なんじゃ」
私の言葉を受けた先生も、ベルやリアンもなんとも言えない顔をしてそっと調合釜の方へ視線を逸らした。
多分、今回の見学も失敗に終わるんだろうなぁ。
◇◆◇
先生は結局、昼食を食べて帰っていった。
人数が一人増えたことと相手が「先生」だってことで、急ごしらえで適当にサラダとスープ、大量にあるお肉を焼いて出すことにした。
先生が目を潤ませつつ、猛然と食べながら小声で「視察ってことで昼頃また来よう。そうしよう」って熱心に呟いていたんだけど私は綺麗に聞かなかったことにした。
そんな先生をリアンとベルが敵を見る目で見ていたことに、先生は最後まで気づかなかったようだ。
二人が敵対視したのは、昼食の取り分が減るからっていう理由に違いない。
(先生、すごい勢いで食べてたもんなぁ。なんか五日ぶりのまともなご飯だって泣きながらパスタ食べて、スープとお肉お代わりしてったし)
食器を洗うリアンが小さくベルに「塩をまいておいてくれ」って言いながら塩を渡していたのを見た。
ベルも無言でにっこり笑って颯爽と外へ出ていったんだけど、私は見ない振りをして地下へ素材を取りに向かう。
だって二人とも目が笑ってないんだもん。
「なんか出会った時のこと考えると今の二人は別人だよね。ベルもリアンもなんだかんだで協力的だし」
整然と並んだ素材から必要なものを籠へ入れていく。
大分遅くなったけど、ベルが【虫よけ香】を作るんだよね。
リアンは男性向け【トリーシャ液】の調香作業、私は少し思いついた調合を試してみるつもりだ。
「ベルの素材はこれで良し、っと。リアンは此処で良さそうな香りを探すって言ってたから、香りの素材以外を持って行って……私の方は、うーん……ここら辺、かなぁ」
手を伸ばしたのは、ストックしてあった幾つかの薬草と油や水素材。
できるかどうかは分からないから実験みたいなものなんだけど、調合成功すればこの後色々と役立つ筈なのだ。
(ポーチの中にも良さそうなのありそうだし、作業台に並べてみようかな)
機嫌よく地下から出て、ベルとリアンの作業台に素材たちを置いておく。
時間があったから二人が使うであろう道具も準備しておいた。
「まずは……えーっと、薬草辞典と錬金素材辞典、かな」
年季の入った本をポーチから取り出す。
作業テーブルの上には地下から持ってきた薬草たちを並べて置いた。
まずは、うろ覚えな効果や効能を確かめていく。
(鑑定みたいな能力があれば便利だろうけど、ないものはないもんね)
多くの錬金術師は薬草辞典や錬金素材辞典、鉱物辞典、貴金属辞典など数種類の辞典を持っている。
辞典を見て必要な効果や効能、特性や特徴を調べ、組み合わせるのが普通なのだ。
こういった辞典の類は国や出版社に所属する詳細鑑定の才能やアイテムなどを持った人たちがまとめて、本にしているらしい。
仕事が大変な分貰えるお給料も貴族並みなんだって。
一つ一つ辞典で確認しながら使えそうなもの以外は籠へ戻す。
「結局薬草は二種類、か。ポーチの中には何かあったかなぁ」
ごそごそとポーチの中を探りながら、目は錬金素材辞典へ。
似た様な効能や効果を持つページを捲りながら、ポーチの中に入っているものと照らし合わせていく。
「これは使えそうだけど、レベル高いし却下。こっちは市場で怖い値段ついてたから無理。あー、このアイテムは……やめておこうなんか違う気がするし」
ぶつぶつ言いながら最終的に一つのアイテムをテーブルに置く。
小さく黒い木の枝のようなものは【木炭】というアイテムなんだけど、割と一般的に普及している。
手が黒くなるから素手で触りたがる人は少ないものの、一度火をつけると長く熱を発するし、消えにくいから冒険者や騎士、商人には人気があるらしい。
「消臭効果があるとかないとかって言っておばーちゃん靴の中とかに入れてたし、これ使ってみようかな」
木炭は安いし、自分で作ることも出来るから費用を考えると活用していきたい。
作業台の上に並んだ素材を見て、どうしたら望んでいるものが作れるのか考えることにする。
(作りたいものは決まってるんだけど、どうやって効力を持たせるかが問題なんだよね。普通に作ると間違いなく【香油】になるから、そうじゃなくって……いっそ油を思いっきり減らしてみようかな? 要は臭いが取れればいいんだもん、液体って形にこだわらない方が良さそう)
そこまで考えて、いい案を思い付いた。
とりあえずやってみようと大きめのすり鉢に木炭を入れて、すりこ木で砕いていく。
失敗を見越して一掴み分の木炭を粉にすることにした。
この炭は去年自分で作ったものだから、素材自体が枝や薪の小さいヤツばかりなので砕くのは楽だった。
大きい木炭は大体冬の間に使い切っちゃうから残ってない。
「均一になる様に気を付けて……ふるいにかけて粉とゴミを分ければいいか。他のも同じように粉にしてっと」
木炭と同じように、作業台に乗っている他の素材も粉にした。
用意していたのが植物で、それも乾燥させた物ばかりだったからできた事なんだけどね。
生花だったらもう、そのまま調合釜にドボンさせるしかなかったよ。
「ゴリゴリゴリ~っとしたのはいいけど、こっから投下してどうにかなるのかな……なんかうまくいく気がしないんだけど」
用意したのは【木炭の粉末】【苦草の粉末】【レシナール(葉)の粉末】の三つだ。
どの素材にも消臭効果や作用があるからいけるとは思うんだけど、と同じように用意したオリーブオイルの瓶を見る。
こっちは使う量を加減する必要があった。
状態を見ながら加えられるように調合釜の傍に瓶を置いておく。
はじめは大匙1くらいで様子を見ようと思う。
液体の状態なら100mlくらいは必要だと思うけど、粉同士をつなぐだけなら大匙で事足りる筈だ。
別にオリーブオイルが高いからケチってる訳じゃないよ、うん。
(油に使うなら、油の素材が入ってると色々作用しやすいみたいだしここまでは間違ってないと思うんだけど……何が足りないんだろ?)
うーん、と悩みながらパラパラと調合素材辞典を捲る。
特性とか解説の欄を眺めていると、あっという間に植物から動物素材、鉱石素材へと進んでしまった。
パラパラと残り少なくなったページを捲っているとある記述が目に入ってきた。
「吸着って多分水分のことなんだろうけど……油と消臭素材を加えたらどうなるのかな」
完全に好奇心だった。
地下に置いた袋から乾燥した粘土を一掴み分直接すり鉢に入れて、粉にしてゴミや不純物を除ける。
(分量は、えっと粘土を一掴み、油は……とりあえず大匙1、他の粉末は10gずつでいいかな)
分量を量って、あとは投入する順番を考える。
まずは粘土以外の素材を魔力で練り合わせることにした。
釜の温度は低温にして、粉末を先に乾煎りするように魔力を注ぎながらグルグルとかき混ぜる。
均等に混ざったら、少しずつ油を足すんだけど……大匙1じゃ纏まらなかったので追加でもう一匙分加えてみた。
完全に一体化する前に少しずつ粘土の粉末を入れていけば徐々に形を成していく。
「……真っ黒いパン生地を練ってる気分」
成功してるんだかしてないんだか分からないまま、とりあえず魔力を込めて練り続けた。
弾力がちょっと腕に負荷をかけるけど量が少ないからまだ平気だ。
グルグルと混ぜて黒い塊に光沢が出始めた所で魔力を切った。
見た目が不気味だったのと、得体の知れないものだっていうこともあって皮手袋を嵌めて釜の中から直接それを持ち上げ作業台に置いた木製の板の上に乗せ、円柱状にして三つに切り分けてみた。
「……木炭もどきができた」
爆発はしなかったし、変な煙も臭いもしなかったから一応は成功だと思う。
どうしたものかとゆっくり冷めていっているらしいその塊を眺めて、レシピ帳を開いてみる。
「載ってる、けど効果分かんないんだね……鑑定してもらわなきゃダメか」
レシピ帳に載っていたのは下のような記述だった。
アイテム名【 】
素材:【粘土】+【木炭】+【油素材】+【苦草】+【レシナール(葉)】
木炭、苦草、レシナール(葉)の素材を各10gの粉末にし、低温の調合釜内で魔力を込めながら乾煎りをする。十分に混ざったら油素材(大匙2)を分けて入れつつ、魔力を用いて練り合わせていく。完全に混ざり合う前に粉状にした粘土を投下し、混ぜ続ける。なお、魔力は切らず一定で注ぎ、光沢が出たら取り出して成形。
わかっては、いた。
何となくだけどわかってはいた。
「調合手順自分で書かなくていいだけ便利だって思っておかなきゃだめだよね……うん」
おばーちゃんも作ったことのないアイテムなんだと思う。
効果も効能もどういうアイテムなのかさえ書いていないんだから。
(リアンに見せる前に片付けよう…うん。なんかどっと疲れた。魔力結構使ったからかな)
はぁ、とため息を零しつつ使用したすり鉢やすりこ木なんかを洗い場に持っていく。
ちなみに洗い場だけど、台所や洗濯する場所とは別だ。
工房の片隅にあって、水を流してもちゃんと外に排出されるっていう便利設計になっている。
全部の道具を片付けた後、私は【トリーシャ液】を鑑定して何やら書いているリアンにそうっと声をかけた。
どうか変なものじゃありませんように!
ここまで読んで下さって有難うございました!
誤字脱字変換ミス盛りだくさんだと思いますので(自分で発見できない病にかかってる)、もし発見した場合はそっと教えて下さると嬉しいです……震える位。
=アイテム&素材=
【木炭】
木などの植物を不完全燃焼させて作る燃料の一つ。
木炭といっても種類が幾つかあるが、冬に暖を取るための手段として、雪深い貧しい村や集落などではよく作られている。
尚、錬金術で作られるものは【錬金炭】と呼ばれ錬金術の素材となる。
【センマイ草/苦草にがくさ】
苦草とも呼ばれる独特の苦味のある薬草。ライムの祖母が名づけた。
少し前まではただの雑草として扱われていた。
セン茶・ブラウンティー・アールグレイという三種類の茶葉になる。セン茶から作られる抹茶は調合茶の中でも最高峰の難易度を誇る。
こっそり消臭・殺菌効果がある。
【レシナールの葉】
レシナという果物(レモンに似た柑橘類)の葉で、レシナに似た香りを持つ。
現代で言えばレモンバームと似たような香り。臭み消しなどによく用いられる。
【粘土】
粘り気があり、水分を多く含む土。乾かすとサラサラになる。
陶器を作る際に使われている。
よく練り、形を作った後、乾燥させ高温で焼くと形が残り強度が増す。
水などにも強くなるので昔からよく用いられてきた。色や性質は採取した場所による。
状態によって『吸着』『状態変化』『耐熱』などの異なる特性を持つ素材でもある。
=用語=
フォルコルム――造語。完璧と規格を組み合わせた言葉。
「欠点のない」「完璧な模範」などとなる。




