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1.

 その朝、私は迎えの馬車を待つために本宅の朝食室に残っていた。前夜は月に一度ある晩餐会で、晩餐会の日は本宅で父と本妻、姉弟とともに食事をするのが習わしだった。夜は遅くなるので本宅の客間に泊まり、明けて朝食を摂ってから馬車で離れに戻るのだ。


 手持無沙汰になった私は窓際のベンチに移動し、父が置いたままにしていた新聞を手に取った。このところ新聞発行はたいへん流行っており、田舎町の男爵家にも週に一度ほど数紙が届くようになっていた。ベンチに置いてあるのは週に三度出る「絵入王都時報」の最新号であった。タブロイド判の紙面を取り、何気なく目をやった私は、しばらく一面記事を食い入るように見つめてしまった。


「制服の聖女! 学園三年生にして公爵令嬢、魔界の窓を封じて王都の危機を救う」


 記事のタイトルは文字通り踊っていた。というのも、ずいぶんと急いで活字を組んだらしく一行の中で字の高さはがたがたで、しかも「三」と「王」の字に至ってはきっかり九十度回転していたからだ(翻訳者氏へ。ここで翻訳という高度な知的労働へ差し出口をする失礼を一度だけお許し願いたい。こちらの言葉は表意文字ではなく表音文字なので、厳密には回転していたのは「三」と「王」という字そのものではない。日本語に置き換えるのならばそのような感じに見えた、ということをご承知おきいただければ幸甚である)。


 タイトルの下には「制服の聖女」と思われる若い女性の絵が掲載されている。見覚えのある制服である。そのまた下には女性と仲間たちの活躍が微に入り細に渡って書き記されている。そして文頭と文末には繰り返して、ここ数日王都のみならず国中を騒がせていた魔障の完全決着が高らかに宣言されていた。


 「……あらまあ」


 私は思わずつぶやいていた。うまく感想の言葉が出てこなかった。それはまさに、あらまあ、としか言いようのないものだった。


 「ゲームのストーリー、私が入学する前にすべて終わってしまったようだわ」


 続く言葉を言い終わったその瞬間に朝食室のドアが開き、迎えの馬車が到着したことが告げられた。私は父への伝言を頼み、新聞を借りていくことにした。もう一度自室で記事に目を通し、ゆっくり考えたかったからだ。


 馬車の中で、私はもう一度ゆっくりと新聞を開いた。新興男爵家にしては広い屋敷は、もとは諸事情により廃絶された伯爵家の夏の別荘であった。少女時代の私はよく、家庭教師の授業の合間に離れを出て敷地内を遊び回ったものだ。しかしそのまま本宅にたどり着けたことは一度もなかった。聞くところによると本宅と離れには三キロメートルほどの距離があるのだという。とはいえ歩いて歩けない距離ではないので、移動に本格的な箱馬車は使われない。私が普段乗るのは荷車に毛の生えたような(厳密に言うと生えているのは毛ではなく屋根である)ものだった。


 壁のない馬車に乗った私の髪を、心地よい夏の風が揺らした。私の年は十三を数え、この夏が終わったら王立学園へと進学することになっている。目を紙面に落とすと、先日届いたばかりの私の制服と寸分たがわぬ衣装を身に着けた令嬢の絵姿があった。


「制服の聖女! 学園三年生にして公爵令嬢、魔界の窓を封じて王都の危機を救う」


 非常に似た文言を、私は以前に見たことがあった。それは今世ではなく前世の話で、新聞ではなくパソコンの液晶の中ではあったが。そう、それは前世の私が大学生のころにプレイしていた恋愛シュミレーションゲームの一場面であったのだ。しかし、本来その場面に写っているのは新聞の令嬢であるはずがなかった。それは三年後の私のはずなのだ。そう。主人公ヒロインの私をおいてけぼりにして、ゲームのストーリーは勝手に三年分先に進んでしまっているようだった。



 ゲームのタイトルは『薔薇窓の誓い』という。ゲーム機やスマホ用ではなく、パソコン用ゲーム販売プラットフォームから配信されていた。ゲームの内容は学園もの恋愛シュミレーション。舞台は現代的な要素が入り交じりつつ、絶対王制の時代に設定されていた。


 ゲームは王都のとある街角に「魔界の窓」が突然開くという序章から始まる。魔界の窓がどのようなものなのか、最初はわからない。近づいた人は飲み込まれてしまい、二度と戻ってこない。そしておそらくなにかよくないものが窓から出入りしているということが告げられる。窓が開いた地区は閉鎖され、国民にその存在は秘匿される。手だてのないまま二年がすぎたころ、王立学園三年生にとある少女が編入する。ヒロインだ。つまり私である。ヒロインは魔界の窓についてのとある秘密を知っていて、なんとかそれを封じようとしている。孤軍奮闘する中で次第に集まってくる友人たちに助けられてその使命を全うしようとする中で聖女の才能が目覚める。そして当然ながら、「友人たち」が恋愛シュミレーションの攻略対象である。


 賢明な読者諸賢におかれては、すでに新たな矛盾点にお気づきかと思う。私は十三歳であり、これから学園一年生として入学する予定である。しかしゲームのヒロインは三年生のときに学園に編入する。そして先ほどご説明したように、魔界の窓は三年後に閉じられる予定なのに、今この時点ですでに閉じてしまっている。危険な魔界の窓が封じられたのはたいへん喜ばしいことであるのでいったん不問に付すとしよう。また、私がなぜ一年生から入学することになったのかはおいおいご説明したい。問題はヒロインの「友人たち」である。


 一般的なゲームの例に漏れず、『薔薇窓』にはいくつかのエンディングに加えてトゥルーエンドが存在する。トゥルーエンドの場合、ヒーローは王位継承第一位のヘンリー殿下だ。それ以外のヒーローが選択された場合はハッピーエンドもあればバッドエンドもある。バッドエンドの場合はだいたい魔界の窓を封じるのに失敗し、王都中(そしておそらくは国中)に被害が及ぶ。


 馬車で離れに戻った私は机の前に腰を下ろし、魔力で封をした帳面を丁寧に開いた。紙はこちらの世界では貴重品である。その紙を束ねて帳面にし、個人の魔力封を施した表紙をつけた帳面は貴族の子弟にとって宝物だった。上流階級の人間はだいたいこのような帳面を持っていて、だいたいみな同じように秘密を書きつけていた。普通は日記であったり、社交上有利になりうる情報であったり、政治や商売の(ときによっては自らが関与した不正の)極秘記録であったりした。しかし私の場合は少し違った。私は読み書きができるようになってからこのかた、この帳面に『薔薇窓』のプレイ記憶を書きつけてきたのだ。新聞を帳面の横に置き、私は自分の記録と記事の内容を見比べた。


 『薔薇窓』のストーリーはフィクションだが、キャラクターにはそれぞれモデルがいる。十六世紀イギリスで実際に起こった一連の史実が下敷きになっているのだ。新聞記事になっている「制服の聖女」。現在王立学園三年生のキャサリン・アラゴン公爵令嬢、十六歳である。ヒロインのライバル、つまり「悪役令嬢」だ。ゲームでは実際に悪役らしい振る舞いを見せていたのを記憶している。


 キャサリンのモデル、つまり前世での歴史上の人物は、キャサリン・オブ・アラゴン。スペインの王女というやんごとなき身分でありながら、十六世紀イギリスの政争に巻き込まれ、家族にも配偶者にも恵まれず孤独に亡くなった悲劇の王妃である。


 キャサリン・オブ・アラゴンの最初の夫はアーサー王子。その父ヘンリー七世はチューダー朝の最初の王である。アーサーは王太子であったが病弱で、キャサリンと結婚してすぐに亡くなってしまう。キャサリンはその後弟のヘンリー八世と再婚する。キャサリンと結婚した兄弟をモデルにしているのが、今世の王太子アーサー・ローゼス(十六歳)とその弟で第二王子のヘンリー・ローゼス(十三歳)である。ちなみに『薔薇窓』トゥルーエンドのお相手は弟ヘンリーだ。


 対するヒロイン、私のモデルとなっているのはアン・ブーリン。新興貴族でありながら高度な教育を受けたことが幸いし(もしくは災いし)ヘンリー八世のお気に入りとなる。とてつもないすったもんだの揚げ句にヘンリー八世はアンと結婚するためだけにイギリスに宗教改革をもたらしてしまう。


 さて、今世に戻ろう。新聞でアラゴン公爵令嬢とともに活躍が伝えられたのは以下の面々である。


アーサー・ローゼス殿下(十六歳)。王立学園三年生

ハル・ハワード公爵令息(十八歳)。同五年生

ヒュー・クランマー卿(十八歳)。五年生

チャーリー・ブルーイン卿(十六歳)。三年生


 間違いない。その名をたたえられているのは、三年後——『薔薇窓』の世界で、ヒロインである私と恋愛遊技を繰り広げる予定の人々であった。 トゥルーエンドのお相手であるヘンリー殿下のほか、数名が欠けているが、それにはきちんとした理由がある。彼らは私と同い年であったり、ずっと年上であったりして、現在王立学園に在籍していないのである。だからアラゴン公爵令嬢とは接点がなかったのだろう。


 『薔薇窓』ではこの新聞記事のあと、すぐにエンディングに入る。つまりこの時点でヒロインのお相手は確定していて、魔界の窓封鎖に成功したことによってハッピーエンドは決定している。となると、私の代わりに聖女とされたアラゴン公爵令嬢にはお相手が存在しているだろう。そう考えることが妥当である。つまり『薔薇窓』はヒロインである私をおいてけぼりにして、三年早くエンディングを迎えたということになる。


 「……これは、どう考えればいいのかしら」


 ひとりごとがこぼれた。開け放した窓のカーテンを風が揺らしていた。

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