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第8話 暴走特急、町医者「エルザ」。そして担がれる「僕」



村までは距離がある。

走っても2時間はかかる。


それでも僕は走った。


途中、誰かが「なに、走ってんのぉ、気持ち悪ぅ」って言っていた。


でも、そんなのに構っていられない。

途中何度も息が切れて走れなくなった。


走れなくても、歩いてでも行かなくちゃ。





麓の村に入る頃には、すっかり日が暮れてしまっていた。


僕は教会へ急ぐ。


「助けてください!」


乱れた呼吸でうまく言えなかったけれど、何とかそれだけを叫んだ。


奥から人が出てきた。

「何があったの?」


シスターじゃない。


女の人。たぶんこの人じゃないか。


「妹が、苦しんでっ、死にそうなんです、助けて」

何とか伝えようと呼吸の合間に言葉を発する。


「わかった」


その人は「ここで待っていて」と言うと奥に下がる。




彼女は鞄を持ってきた。

「どこに行けばいい?連れて行って」

その人は静かに言った。


「僕の村で、二時間は……」

僕が言うと少し首を傾げた。


「そう……」

また短く言う。


「少年」

ややあって、その人は言った。


「馬を借りている時間はないの」

分かっている。

この人を二時間も走らせて連れていくなんて、断られるに決まっている。


「走っていくことになるわ」

そうだよ。でも、僕の妹なんだ。


「あなたの妹を助けに行くけど、助けられないかもしれない」

間に合わないかもしれない。

それでも、来てほしい。できることはしたい。


「それでも『助けて』っていうなら、今から起きることは黙っていること」

「え?」


「約束できる?」

その人は僕の顔を覗き込んだ。

アイスブルーの瞳がじっと見ている。


「約束できる?」

もう一度、念を押すように言った。


「約束します」

「そう」

その答えに満足したように頷く。

「じゃあ、私の荷物を持って」

その人は鞄を僕に持たせた。


「ちょっと、行ってきます」

何事かと様子を見に来ていたシスターたちに声をかけて、教会の外へと僕を促す。


もうすっかり暗くなってしまった村の通りに出る。


周りに人はいない。


「どっちに行けばいいの?」

その人が尋ねたので僕は村の方を指さす。


日が落ちたので家から漏れる光が目印になった。


「道なりに行けばいいのね」

僕は頷いた。


「それなら、迷わなくてよさそうね」

歩き出すのかと思ったら、僕を抱え上げる。

え?何をして……


「舌、噛まないように口を閉じておくのよ」

忠告するなり、走り出した。


だんだん速くなる。


周りの景色がよく見えない。


風を切る音だけが響く。


僕は何が起きているのか理解ができないまま、この女性に大人しく担がれていた。




そして数十分もしないうちに、急停止した。


「ここでいいの?」

村の入り口に来ていた。


僕は我に返った。


「は、はい。ここです、僕の家はあっちです」

家に向かって走り出していた。


家に明かりがついている。


ドアを乱暴に開けて転がり込んだ。


「母さん、エナは?!お医者さん連れてきたよっ」


叫びながら寝室に向かう。


嫌な想像をしてしまう。


良かった、エナはまだ息をしている。


苦しそうだけれど、まだ死んではいない。


〈ロッシェ!良かった。エナちゃんも、お母さんもまだ大丈夫よ〉


アンジェさんが声をかけてくる。


「アンジェさん、ありがとう」


僕はアンジェさんにお礼を言った。


〈お礼は、エナちゃんが助かってからね〉


「あの人」が入ってくる。


その女性は、入ってくると、「アンジェさん」を一瞥した。


けれども、すぐに母さんに向き直る。


「お母さん。娘さんは苦しむ前に何か食べましたか?」


口を布で覆い、手袋をしたその女性が母さんに話しかける。


「いえ、特には」

「いつごろから苦しみだしましたか」

「日が落ちる前です」

「どのような症状ですか?お腹が痛い?吐いている?下痢は?」


矢継ぎ早に質問をする。


母さんは懸命にエナの状態を説明した。


「熱と腹痛、嘔吐、下痢ですね?咳は?」

「していません」

「ちょっと診せてね」


女性はエナの近くにしゃがんで口を開く。


「舌を見せて、苦しいと思うけど、べぇって」


女性は静かに、でもしっかりと診てくれている。


「衰弱してきていますね」


言うと手から柔らかい光を発する。


「神の慈悲よ、この者を癒し給え。【ヒール(癒し)】」


小さく呟くとその光がエナを覆う。

青白かった顔に少し赤みが差した。


「少年、飲み水を用意してください。あと、塩も。お母さんは娘さんの出したものを見せてください。便の色は何色でしたか?」


僕は言われたとおりに飲み水と塩を用意する。

母さんもエナの出したものを拭き取った布を見せる。


そんなものを見てどうするのかとは言わない。

お医者さんだから、何か調べているのだろう。


「エナは、娘は助かりますか?」

「治す薬はありません。お腹の中にいる悪いものを便といっしょに全部出さないといけません」

「じゃあ、治らないんですか」

「全部出し切ると治りますが、体力がもたないことには」


その人は冷静に、静かに言う。


「お願いです。助けてください」

僕も母さんもその人にすがった。


「もちろんです。そのために私は来たのですから」

静かに、でも力強くその人は言った。


僕らにも指示を出した。


汚したものはすべてひとまとめにして他のものと離しておくとか、こまめに手洗いや清潔にするようにとか。


「これは他の人にもうつる病気です。二人ともしばらくは他の人と会わないように」

そう言って手をかざす。


「神の御恵みよ、穢れを祓い給え。【ピュリファイ(浄化)】」


光が弾けて家全体に散る。


あの「煤」みたいなものが一瞬で消え去った。


「あなた達にも伝染している可能性もあるので、浄化をしました。ですが、あの子に近づけばまたうつってしまいます。しばらくは私一人で面倒を見ます」


なんということもないように告げる。


「……やはり、彼には効きが悪いようですね」


そう呟いた。


どういうことだろう?



「少年。その【棒】を『連れて』部屋から出てください」


そう指示を出してきた。


え?なんで「アンジェさん」を?


「頼みましたよ」


そう言って妹の看護に戻った。


それから一晩中その人は妹を診てくれた。

スプーンで少しずつ水を飲ませてくれたり、治癒術を使ってくれたりした。

ご近所さんのハンナが来てくれたけれど、「今は会えない」って断った。




そうして二日経った。

朝にあの人は部屋から出てきた。

「もう大丈夫ですよ」

そう言った。


「顔を見たいでしょう。寝ていますが、どうぞ」


僕たちは急いでエナの寝ている部屋に入った。

良かった。


あれだけ苦しんでいたのに、今はおだやかな寝息をたてている。


〈うええええん、よかったねぇ、ロッシェぇ〉


感涙にむせぶような声を上げるアンジェさん。


うん。


本当に、良かった……


「お腹がかなり弱っていますから、しばらくは薄いスープや柔らかいものを食べさせてください。それと、お腹の薬を置いておきますので、ひとさじお湯に溶かして朝晩一度ずつ飲ませてくださいね」

後ろからあの人の声がする。


「あ、ありがとうございます」

僕は振り返ってお礼を言った。


その人は僕には何も答えず、「アンジェさん」を見る。


「なるほど、これで済んだのはアレのおかげですか」


そう呟いた。


そして、後ろ手に手をひらひらと振っていなくなってしまった。



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