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第8話 実は芋はいいもので、エルザさんは悪者だった?


お姉ちゃんが難しい顔をしてハルが届けた野菜を見ている。

(なに、これは……)

嫌悪感じゃない。とても驚いているのが伝わってくる。

(魔力じゃない、何かの「加護」?清浄な神気を放つ野菜って?)

それからジャガイモを手に取った。

(特にこれは強い「神気」を蓄えている。下手をすればハイポーション並の……)

足音が近づいてくる。

「腹減ったぁ~」

みんなが帰ってきたんだ。

私ものぞき見していたことがばれないように、そっとその場を離れた。



「フッ、リムは賢い」

リムアンが左手の中指で眉間を抑え、指の間からゴーレムを見る。

「既にヤツの弱点を看破した」

半身でポーズをとっているリムアンに対し、アルセイスとスヴェンが囁き合う。

(ねえ、たぶんコアのことを言ってるんじゃないかな)

(余計なことを言うなって、わかっていても言わないのが兄妹の優しさだろ)

バッと左手を前に差し向ける。

「ヤツが修復する時、中心に核のようなものが見えた。おそらくそれが動力源。魔術で動く木偶人形ならば、それを破壊するとどうなるか」

クックックッと忍び笑いをもらす。

「火を見るよりも明らか。哀れな傀儡よ、相手がこのリムアン・マクスウェルであったのが不幸だったな」

(ああ~やっぱりかぁ)


「そういうことで」

リムアンがアルセイスを振り返る。

「火力担当」

「はいはい」

アルセイスが心得たとばかりに杖を構える。

「【エア・ブラスト(風爆)】」

風の魔術で衝撃波を放つ。

ストーンゴーレムの体にヒビが入る。

「ちゃんとリムも働く」

斧槍を振るう。

ひび割れた箇所を的確に叩く。

ゴーレムの体に連撃を加えてヒビ割れを大きくし、修復の間を与えない。

「もう一発」

そう言って後ろへ跳んで距離をとる。

「【ウィンド・ランス(風槍)】」

今度は錐のように渦巻いた風の槍を投じる。

「十条」

十条の槍がゴーレムを貫く。

ゴーレムの外殻が壊れ、コアがむき出しになる。


「チャンス」

リムアンが踏み込もうとしたした瞬間だった。

闇から一筋の矢が飛び、コアを破壊する。

「クロエ」

リムアンが恨みがましい目で暗闇を見る。

闇の中に琥珀色の瞳が浮かび、こちらを見ている。

「てへっ、だニ」

ぺろっと舌を出す。

「可愛くないっ、腹立つっ、リムが決めるところだったのに」

「ごめんだニ」

闇が揺らぎ、フードを被った少女が姿を現す。

「ずっと隠れていて何もしないくせに、いいところだけ持っていくのズルい」

「スナイパー(狙撃手)が姿現してどうする二」

しっぽをユラユラさせながら言う。

「うう~。ハティは『狩りはみんなでするもの』って言っていた!」

「私はあの犬っころの子どもじゃないニ」

「リムも子供じゃない!」

無言でにらみ合う。

「やるか、チビッ子」

「クロエもチビッ子」

「ちょっとだけ大きい二」

「耳の分だけね!」



それから僕は理由をつけてはノービス村に行くようになった。

ポルコたちは文句を言うけれど、エルザさんに会うのが今の僕の癒しだ。

「野菜ありがとう。毎回持ってこなくてもいいんだからね」

彼女の喜んでいる顔を見ると、アイツらのことなんか忘れられる。

「ハルの野菜はすごく評判がいいの。みんな元気になったし、つくっているハルがすごいのかな」

毎日嫌なことがあるけれど、こうやって話していると頑張れる。


この日は帰りが遅くなってしまった。

いや、一緒にいられる時間を長くしたいと思ってつい粘ってしまったんだけれど。

日も落ちてしまったのでエルザさんもそのへんのところを気にしてくれた。

「暗くなったけれど、大丈夫?」

「はい。夜道には慣れてますから」

ああ、優しいなぁ。

「もうお家に帰りなさい。ちょっとでも危ないと思ったらすぐに引き返すのよ」

うん、この心遣い。間違ってもアイツらは口にしないな。

あんまり遅くなると母さんたちを心配させるし、迷惑にもなるから帰ろう。

そう思って腰を上げかけた時だった。


「あの、エルザさん」

シスターが声をかけるてくる。

「なんでしょう」

エルザさんはいつもどおり、穏やかな表情のまま尋ねた。

「ここでは……」

シスターの顔が強張っている。

表情からして良くないことだと僕でも察した。

「急患ですか?急ぎでしたらすぐにでもおっしゃってください」

エルザさんは表情を変えずに言った。

シスターも切羽詰まっていたのか、すぐに口にした。

「今晩にでも出て行っていだだけないかしら」

「理由は何です」

「あなたが何者かわかったからです」

え…どういうこと?

この言葉にエルザさんは微笑み返した。

「憲兵に突き出さないのですか?」

「ここにいる皆は貴女に感謝しています。ですから」

言いかけた二の句をエルザさんは告げさせない。

「それじゃあ、少し離れたところにいるアイツらはなんです?」

笑顔を崩さずに建物の外、茂みを指さす。

「それは」

シスターに焦りが見えた。

「『貧すれば鈍ず』という言葉があります。聖職者が嘘はいけない。きっとこの貧しい暮らしであなたの信仰心は鈍ってしまったようだ」

エルザさんの言葉にシスターはたじろいだ。

固い金属の音がする。

僕はシスターが小さな革袋を手にしていることに気づいてしまった。


「いや…ちゃんと秤にかけたのか。ふふっ、そうですね。じゃあ、こうしましょう」

エルザさんは不意に立ち上がると僕の胸倉を掴んで引き寄せた。

「この子の命が惜しければ、外の奴らを中に入れるな」

僕はあまりのことに動くことができなかった。

声の主がエルザさんだと気づくのに時間がかかった。それだけ、冷たい声。

いつの間に、いや、どこに隠し持っていたのか彼女は片手剣を手にしていた。

「どうした?私が何者かわかったのでしょう?」

シスターはおびえて動けないでいる。

「お望みどおり、出て行ってあげますよ?でも、私のやり方で、ですけれど」

騒ぎに子供たちが集まってくる。そして、目に入った光景に固まってしまう。

エルザさんは子供たちに声をかける。

「誰か私の荷物を持ってきなさい」

静かに言うが有無を言わせない威圧感がある。

「早くなさい!」

声を荒げると、コレットが走って中に入って行った。

シスターは慌てて外に逃げ出した。


子供たちは口々に「おねぇちゃん」と泣いていた。

エルザさんは僕を羽交い絞めにしたまま剣を喉元に充てている。

「え、エルザさん…」

僕が口を開くと、エルザさんが耳元で言った。

「ごめんなさい。もうちょっとだけ、我慢して」

ほんとうに申し訳なさそうな、悲しそうな声。

なんだよ、これ。この人に……こんな、こんなことを……


コレットが鞄を持ってくるのと外からガチャガチャ音がするのとは同じだった。

エルザさんが舌打ちした。

「子供がいるでしょうに」と忌々し気に呟くのが聞こえた。

礼拝堂の扉が荒々しく開け放たれる。

「動くな!」

プレートメイルで武装した憲兵が入ってくる。

「それはこちらのセリフです。この状況がわかりませんか?」

エルザさんが憲兵に向けて僕を見せる。

「人質をっ、卑怯者め。恥を知れ、大罪人が」

憲兵の一人が言った瞬間、僕は背筋に冷たいものが走った。

なに、この感じ。エルザさん……?

「コレット、荷物をこっちに」

エルザさんの言葉にコレットは黙って荷物を持ってきた。

普段あれだけオドオドしていた子なのに。なんだか落ち着いている。

エルザさんが息をつく。

僕に突きつけていた剣を納めた。

これで解放されるのかと思ったら違った。

荷物ごとコレットを抱える。

「追えば子供の命はないと思え!」

憲兵を怒鳴りつける。

え?何を言って……、えええええええええええ!?

次の瞬間には僕の体が宙を浮いていた。

投げ飛ばされたとかそういうのじゃない。

エルザさんに抱えられている。

すぐ目の前に憲兵がいる。

グシャッという音がして憲兵が倒れた。

そのまま外に出て、あの晩のように周りの景色が流れていった。



私は、ハルがお姉ちゃんと楽しそうに話しているのを遠くから見守った。

簡単に言えば嫉妬だ。

お姉ちゃんを独り占めしている。でも、割って入れるほどの勇気はない。

そしてイライラする原因にハルの心の声のイメージ。

(エルザさんきれいだなぁ、いい匂いするぅ。胸も……)

それはもう、とんでもなくだらしない。

お姉ちゃんはいたって普通。

どちらかっていうとカウンセリング?みたいな感じ。


そんななか、シスターが戻ってきた。

外出していたのは知っていたけれど……

わざわざ礼拝堂の、お姉ちゃんのところにまっすぐに向かっていくなんて。

心の声はとても切羽詰まったもの。

何回かのやりとりのあと、シスターの声が聞こえた。

「今晩にでも出て行ってもらえないかしら」

シスターは怯えていた。

自分の背後にいるであろう人たちに。そして何より目の前の女性に。

ハルは驚いたようだけれど、ちょっと違うところにも目がっていたみたい。

お姉さんの声は聞こえない。ただ、なんだから諦めたような感じは伝わってくる。

穏やかに話した後、ハルを引き寄せて剣を彼の喉元に突きつけた。


……泣いている?

表情は見えない。けれど、さっきまで静かだった心の声が視えるようになった。

「もうやめて」って言っている。

「どうして穏やかに過ごさせてくれないの」って。

私の脳裏に一瞬だけ映像が映った。

それは悲しくて、腹立たしいもの。

自分が守ってきたはずのものに罵倒されて、蔑まれる……お姉ちゃんの姿。


他の子たちが集まってきた。

私も一緒に堂内に入る。

みんなは事態が飲み込めていない。口々にお姉ちゃんを呼んでいる。

その度に、お姉ちゃんの胸が痛むのがわかった。

「誰か私の荷物を持って来なさい」

お姉ちゃんの必死な訴え。

(早くここから離れないと、子供たちまで――)

「早くなさい!」

私は走った。これ以上お姉ちゃんを傷つけたくない。

イメージの中の彼女は泣いていた。

でも、弱みを見せまいと一生懸命、震える足で立っている。

あの、孤独なお姉ちゃんを。



教会から逃げて村から離れた森の中で僕たちは解放された。

「ふたりとも、怖い思いをさせてごめんなさい」

開口一番、エルザさんは謝った。

「怪我はない?」

この人は本気で心配している。

「大丈夫です」

僕よりも先にコレットが答えた。

「ここで別れましょう。二人なら戻れるわね」

あ……人質にするにも一人だと危ないと思って?

二人を抱えて逃げるって普通は足手まといだと思ったんだけれど。

「エルザさんはどうするの?」

「私は逃げるわ」

鞄の中身を確かめながらエルザさんが言う。

「あの、いっしょに行くことはできませんか」

コレットの唐突な申出。

「え?」

「私、エルザさんが悪い人だと思わないの。それに、戻ってもまた同じ生活に戻るだけだから……」

いやいや、憲兵に追われるくらいなんだから。

悪い人なんだよ、きっと。だって「大罪人」って呼ばれてたし。

「やめときなさい。お家に帰るのよ」

「私、エルザさんが来てから変わった。なにも感じなくて、面白くもなかったのに、エルザさんが来て、いろいろ教えてくれて、バカみたいにどうでもいいことでみんなで笑って」

コレットの目から涙があふれてきた。

「私、元に戻るのが嫌なんです。エルザさん、私が貴族だったって知っていたでしょ。でも、他の子と同じに接してくれた。他の子みたいにいろんなことを教えてくれたし、叱ってくれた」

エルザさんにコレットが抱き着く。

「……お姉ちゃん、私を捨てないで」

エルザさんは何も言わない。

「お父様も、お母様も、だれも私を見てくれなかった。みんなが私を捨てた。どこにも、だれも私を必要としてくれる人なんていない」


そうコレットが言ったときだった。

「そんなことない!」

エルザさんが怒鳴った。

「そんなことない。あなたを必要としないなんて、ない。あなたはいるだけでいい。生きているだけでいい」

肩に手をやり、一生懸命訴えている。

「私はあなたを必要だと思っています。だから助手に誘ったのです。それは、それだけの価値があなたという存在にあるからなのですよ」

なぜか、僕の目からも涙がこぼれた。

「あなたはそこにいるだけで、生きているだけで価値がある。誰からも褒められなくたって、認められなくたって、あなたはあなたであるというだけで価値があるのですから」


ふたりのやり取りを見てなんだか、僕も泣けてきた。

僕にも価値はないと思っていたから。

何をやってもダメで、アイツらからバカにされて……

孤児院のみんなだって辛いのに我慢して頑張っているのに。

家族もいて家もある僕は文句ばかりで。

帰ってふて腐ってるのを毎日家族に慰めてもらっている。

僕は、僕の方がダメな奴だ。

エルザさんが頭を振った、おそらく興奮してしまった自身を戒めるものだろう。

「だから、私についてきてはダメよ。これ以上関わったら本当に憲兵に捕まって、最悪殺されてしまう」

エルザさんがそっとコレットを押して離そうとする。

けれどコレットは頑なだった。

「やだ、やだ、嫌だっ」

泣き叫びながら必死に掴まっている。

エルザさんも困ってしまっている。

それに、エルザさんだって早く遠くに行きたいはずだ。

罪人って言われていたけれど、こんな姿を見せられたら、本当に酷い人には思えない。

僕も、僕だって本当はエルザさんみたいな人といっしょにいられたらいいなって思った。

一緒に行って、逃避行なんてそんな物語みたいなことできたら、こんなつまらない人生が短くても価値あるものになるんじゃないかと思ってしまった。

でも、それはできない。

僕はなんの才能もなくて、凡人以下のダメな奴で、それに、母さんやエナがいる。

だから、僕は決断するしかないんだ。

「あの、僕からもお願いがあるんです――――――」


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