第64話 コリガンの「勇気」
僕は、アンジェさんとの面会を終えて教会に戻ることにした。
帰り際、アンジェさんが「気をつけて帰るのよ」って手を振っていた。
「また、会いに来てね」って。
なんだか切ない気持ちになった。
外で待っていたイグリースさん。
かなり不機嫌。
「用事は済んだようですね」
そう言って僕を見る。
あれ?なんで、僕なの?普通コリガンくんじゃないの?
それから僕にスッと身を寄せる。
「ふふふっ、あなたからちょっと香ばしい匂い……」
そんなふうに笑う。
いや、エリーゼさんと同じ顔で、そんな陰鬱な笑みって怖いよ。
「気をつけて帰るのよ。車の前に飛び出してはダメよ。急に止まれないから」
荷馬車のことを言っているんだろうけど、この人も大概に優しいよね。
◇
「おい、アイツ」
「確か、孤児院にいる奴だよな」
「ああ、『みんなに嫌われてるヤツ』の……」
「ひひひ、きもぉ」
甲高い笑い声、癇に障る。
首都の荒廃は本当にここまで進んでいるのか、と思う。
商人の威勢のいい呼び声。
笑顔の市民。
それに混じって聞こえる悪意ある言葉。
全部、上っ面だ。
なんなんだよ、この荒廃ぶり。
貼り付けられた笑顔の裏で、どれもこれもが他人を蔑んでいる。
「ハル……僕から離れた方がいいよ」
コリガンくんが言う。
「なんでさ」
「だって、君まで嗤われる」
「お断りだね」
僕はキッパリといった。
「僕はコリガンくんの友達だ。君がいい奴だって知っている。だから君を笑うあんな奴らの言葉には腹が立つ。けれど、コリガンくんと離れる気はない」
コリガンくんがくっと口を引き結んだ。
「ありがとう」
「当然のことだよ。でも、どういたしまして」
◇
僕は打ち合わせを兼ねて孤児院に入る。
ろくに掃除もされていない。
外からは貧民街のどぶ川から漂ってくる悪臭が流れ込んでくる。
「ああ、腹立つ!アイツら何なんだよっ」
僕は声を上げた。
「よってたかって君のことをバカにしてさっ、君が何をしたってんだよ!」
そう、議事堂でのやりとり、道行く人の心無い言葉。
王都ってこんなに荒んでいるのか。
「それに『みんなに嫌われてるヤツ』って、ハティさんのことだろっ、お前らなんかがよく言えるよなって思うよ」
「ハルもフィンたちと同じようなことを言うね」
「君はどうしてそう落ち着いていられるのさ」
「僕が醜くて、出来損ないなのはかわらないから」
……否定したくても、できない。
それはやっぱり口先だけになるから。
「それでも、君はこうしてここで頑張ってるんだろ」
僕は続けた。
「なんで、君はそんなに頑張れるの?我慢できるの?」
「僕は親に捨てられたんだ」
コリガン君が言う。
「こんな見た目で、グズでどうしようもなくて」
俯きながら言う。
「いっつも怒られて、バカにされて」
「憂さ晴らしに叩かれもしたよ」
「酷い……」
「戦で焼け出された。父親は戦死した。そしたら母親は僕が邪魔になったみたいで、すぐに追い出した。次の日には新しい男を連れて来てさ」
「僕は行く当てもないからその辺をうろうろしていた。けれど母親に『近寄るんじゃない。どこかに行け』って」
「そして僕は王都近くまで来たんだけれど、奴隷商に掴まったんだ」
そんなことが、あったのか。
「僕は売れ残りだったんだよ。奴隷でもなんでも買う奴はいなかった」
「だから、親父に助けられても、僕は、価値のない僕なんかは、どうせここでもどうでもいいんだって思ってた」
「でも、親父は違った。そんな僕に『べつにいいじゃない』って言ったんだ」
グスっと鼻をすする音がする。
「『なんで、特別でなきゃいけないんだ?一番でなきゃだめんなだろうね?生きてるだけでいいってさ、誰かが許してくれなきゃだめなのかな』って言ったんだよ」
「僕はみんなみたいにすごくない。頑張っても何やってもダメだ。でも、親父だけはそれでいいじゃないかって言ってくれた」
「僕が、ふて腐って寝てようが引きこもってようが『それはそれで』って許してくれたんだよ?」
「わざわざ釣りにひっぱって行って『ほら、僕だって一匹も釣れやしない。釣果ゼロのダメな奴なのさ』って笑うんだ。その後、僕が釣ったら『すごいや』って喜んでくれて」
コリガン君が笑う。
でもすぐに暗い顔になった。
「コリガン・マクスウェルは出来損ないだ。でも、親父のことを尊敬しているのはみんなと変わらない」
「親父さ…僕に言ったんだ。『コリガン、僕のことを憶えていてくれるか』って。なんだよそれ、遺言みたいで嫌だったよ。でも、その後腕を失って、死にそうになって、帰ってきたと思ったら、追放されてみんなにバカにされてさぁっ」
コリガン君が泣く。
「あんまりだよっ、あんまりじゃないかっ!僕の親父だよ?僕を、こんな僕に優しくしてくれた人なんだ……なんで、みんなはそんな酷いこと平気で出来るんだよぉ」
「親父はこんな僕も見捨てなかった。醜くて、泣き虫で、根性なしで、逃げてばかりの弱い僕にも普通に話しかけて、話も愚痴も文句も聞いてくれた」
「せめてさ、こんな僕でも、僕を信じてくれて、優しくしてくれた人のためになりたいじゃないか。そうしたらさ、ちょっとは自分を許せるっていうかさ」
僕は彼の気持ちが痛いほどわかった。
僕たちは同類なんだ。
「戦う力はなくたって、荷物運びくらいならできる。グスでのろまでも、物を運んだり、誰かの代わりに死ぬことだって――――」
「それはダメだよ」
僕は言った。
「簡単に死ぬって言葉使わないで。僕は生きていてほしい人がたくさんいる。君のことだってそうだ。それに、ハティさん、きっと悲しむし、怒ると思う」
「そうかな」
「絶対にね。君に何かあったら国が滅ぶよ」
僕の言葉にコリガン君が笑う。
「そっか、親父は怒ってくれるんだね」って。
「当然すぎて想像できるくらい」
そう言ったら笑ってくれた。
ああ、そうだよ。
笑ってくれよ。
心から笑えなかった僕が、エリーゼさんや、フィンたちみんなに出会って笑えたように。
皆さん、日曜日の夜、いかがお過ごしですか?
明日からお仕事(学校)という方もいるかもしれません。(もちろん、今日もお仕事の方も)
ああ、明日からまたダルいなぁという方。
明日、一歩でも踏み出すことができただけでも「ヴィクトリー!」なんですよ!
作品はシリアス回が続きますが、次回は「アンジェからの手紙」です。
これ、私から皆さんへの手紙でもありますので、ぜひご覧下さい。




