第65話 どう考えても無理ゲーじゃないの? 10万VS5千2百って
エーレンブルグ領内は目立った混乱こそない。
それでも潮が引くように日に日に人の数が減っていった。
もともと交易によって成り立っていた土地である。
情報に聡い交易商人は、身の安全をはかって領内へは寄り付かなくなる。
加えて、領民はガレットの声明により避難勧告が出されている。
十二分に支度をした上で新たな土地を求めて亡命をはかっているのだ。
この避難誘導にフィンレーたち魔狼騎士団があたっている。
◇
「ハルくん、コロッケ頼むよ」
「はい。よろこんで~」
僕は料理長に言われてコロッケだねをバッター液にくぐらせる。
パン粉の上に並べ、その上からさらにパン粉をかぶせた。
優しく押す。
そうしていくつか作りだめたところで、メインイベント。
アツアツの油の中にくぐらせる。
ジュワ~~~
気泡が上がり、油の濃厚な匂いが立つ。
順序良くパン粉をつけたコロッケだねを油に泳がせていく。
気泡が落ち着き、浮いてきたところで、ひっくり返す。
フム……良い色だね。
〈料理する「男子の背中」。いいわ~〉
厨房の隅で見守ってくれている【土寄せ棒】の「アンジェ」さん。
よせやい、照れるじゃないか。
〈こ~ろコロコロ、コ~ロッケ~〉
「アンジェ」さんが歌い出す。
「こ~ろコロコロ、コ~ロッケ~」
僕もつられて歌い出す。
〈YO、メルトするリアル、卵たちぃ〉
「HA、お前を待つ、地獄の釜ァ」
〈FUUUU、高ぁ鳴る胸(肉)、刻ぁまれたタマシイ(タマネギ)〉
「OHHHH、マッシュされたぁ、俺たちのプライドぉ」
〈優しくぅぅ、包むぅぅぅ〉
「お前のぉぉぉ、衣ぉぉぉぉ」
『YA!HA!』
僕たちは声を上げる。
ビクゥゥ!
周囲の調理人たちがこちらを見た。
『ダイブするぅぅぜぇ!』
『地獄の釜の中になぁぁぁ!』
『揚げていこうぜぇ!』
『俺たちのソウル(芋)をぉぉ!』
僕は「コロッケだね」を油に投下していく。
〈浮かび上がれ~ファイター!〉
「その熱に浮かされ~身を焦がそうともぉぉぉっ」
〈ヒャアアアッ!灼熱のスプレッド!俺たちを焼くぅぅぅぅ〉
油跳ねがある。ちょい熱い。
「フライ、フライ、フライィィィィ!」
僕はシャウトしながら浮かんできたコロッケをひっくり返す。
『オマエは見た目だけじゃない、中までHOTな奴なのさ』
イイ感じに色づいた「コロッケ」を油から上げ、バットの上で油きりをする。
〈カラッッとぅぅおうおう〉
「カラッッとぅぅおうおう」
『未練(油)を落して、お前は解き放たれるのさぁ』
きつね色に揚がったコロッケたちをバットに上げていく。
『揚げていこうぜぇ』
『コロッケェェェェ!ヒィヤッハーーー!!』
僕と「アンジェ」さんはシャウトした。
「……」
「さ、次揚げないと」
僕は油に残っている「カス」を取る。
そして、次の「コロッケだね」を滑り込ませていった。
(イヤッ!情緒ッ!)
周りの人たちはなぜかズッコケていた。
あ~、厨房の床って結構滑るからね。
気をつけないと危ないよ。
グリーストラップ(廃油溝)詰まってないよね?
◇
「領民の避難は現在六割まで進んでいます。目立った混乱はなく、暴動もありません」
バルドールの言葉にガレットが頷く。
「そうか、共和政府が軍を派遣するまでに全員退避させられるか」
「共和政府は“猟犬”の敗退以後、大師団を編成しています。ソニア、報告を」
「ああ。現在の政府軍は概算で10万。歩兵が7万、騎馬兵2万5千、魔術師、神術師合わせて3千。士官が残り2千」
「これだけの大編成だから、兵糧、薪炭、荷駄などの準備に手間取っている。現在は刈り入れの時期ということもあり、国民からの徴兵も難航しているようだな」
「なるほど」
「編成が完了するまで一カ月はかかるだろうな。特に共和政府はその名の通り、国民の機嫌を損ねるようなことはできない。無理に急いてはこちらに離反される恐れがあるからだ」
「ドラグブラッケ以降の尖兵は出ていないのか?」
「あれ以来無闇に兵力を削りたくはないのだろうね。出陣を控えている」
「そうか」
ウルフスベインが口をはさんできた。
「まあ、わからないでもないな。戦とは国家の一大事だ、兵を小出しにして各個撃破されては成るものも成らないのだろう。それならば、大挙して押し寄せ、こちらの戦意を挫いたほうがよほどマシということなんだろうよ」
「我々の戦力は?」
ソニアが続ける。
「エーレンブルグ兵団4千と我々黒金の鷹、1200。遊牧民の助力は願えないそうだ……」
「当然だな。5,200対100,000。……無茶な話だな」
「お頭、どうする?」
ソニアの言葉に、ガレットが言った。
「まずは防衛線を三段階用意する」
「まずは、ハイントランド高原へおびき寄せる。ここ以外からの進攻はできないように橋梁を落として回るしかない。領民の避難を急がせ、ほぼ終わったと同時に行う。次にクロード渓谷へ。大兵団でもここならば人数を減らして相手にすることができる。その後、シュバルツバルド樹海へ」
バルドールが頷いた。
「よろしいですね。魔術師による大魔術を防ぐにはもってこいです。加えて弓兵の斉射も効果を減じられます。騎馬の機動力が落ちる」
「戦の鍵は、ハティの兄貴の火力か」
ソニアの言葉にハティが腕を組んで唸る。
「我々は人数も、魔術などの手数も圧倒的に不利。我が兵団の突破力とハティ殿の火力で各個撃破して相手の戦意を挫くしかないでしょう」
「引いてくれればよし、頃合いを見て講和か」
「その場合は――――」
◇
「良い!実に良いぞぉ、この『カップリング』」
天幕の中で地図を前に独り言を漏らす女性がいる。
金の髪を高い位置でまとめたポニーテール。
エメラルドのような瞳。
背が高く、引き締まった体躯。
彼女が旧王家の五人の将で『最速』『神機妙道』の智将と呼ばれたティア・シュトゥーテ・フラインだ。
「猟犬と狼の『カップリング』!そしてちょっと野蛮な輩たちがそのイチャイチャに割って入る……」
彼女の中では戦況が変な方向に変換されている。
「ほうほう……モテ期がきて大挙して押し寄られても困るよなぁ、ならば『推し』を限定するか、『負けヒロイン』をどう作るか……」
鼻息荒く地図を眺める。
「おお、今私の『小宇宙』に啓示があった!『ツンデレ』による『スルー』が萌えると!」
彼女の独り言だけ聞くと「薄い本」のネタにしか聞こえない。
事実、彼女の脳内イメージでは耽美な男性陣がしのぎを削っている。
「おい、何をブツブツ独り言を言っているんだ?」
赤毛の男が声をかける。
共和政府軍の将軍、ランドルフ・エッガーである。
それをティアは軽蔑の目で見た。
「……お前は『グス』でいかんな」
「なんだよ、その『グス』ってのは?『ゲス』ってことか?だったら俺にも一言もの申したいことがあるぞ」
険悪な雰囲気となる。
「誰も『ゲス』などと言っていない。解釈違いも甚だしい、ちゃんと聞き取れ」
「チィッ、ならいいがな……」
舌打ちしたランドルフが腕を組む。
「なんでお前は仲間を攻めるのに、そう乗り気なんだ?」
問いにティアが首をかしげる。
「おかしいか?」
「いや、普通は悩むだろ」
ランドルフの言葉を鼻で笑う。
「私は、馴れ合いは好まないのでな。それに真のヒロインは敵対してなお映えるというものだ」
そう静かに言う。
「そういうものか?」
ランドルフの疑念を余所に、ティアはあることに気づいた。
「私は天才か?今のセリフ、グッと来たぞネタ帳に残さねば……」
ランドルフは内心「大丈夫か、コイツ」と思っている。
「とにかく、俺は俺のやり方でやらせてもらうからな」
そう言って大弓を担ぐ。
「ああ、ご自由に」
ティアは目もくれずに付箋がたくさんついたノートに書き込みをしていた。




