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第6話 孤独な少女と孤独なお姉さん


春が近づいているとはいえ、孤児院はまだ肌寒かった。

寒さで目が覚めた私はトイレに行こうとベッドを抜け出す。

廊下を歩く。窓の外からは月の光が差し込んでいた。

みんなが寝静まっていて、シンとした感じ。

私を脅かすものがないこの静かさは好きだ。

ふと礼拝堂が明るいことに気づく。

(こんな遅い時間にだれだろう)

怖さ半分、興味半分で礼拝堂を覗くことにした。

孤児院側からの扉は開いている。

隙間から覗くとお姉さんがいた。

(っ!?)

私は言葉を失った。

その光景は私の胸を打った。

神の像を前に膝を折り、祈りを捧げているお姉さん。

天窓から差し込む光を受け、その髪が月の光と同化して冷たい光を放っている。

冷たい色合いが占める空間、それなのに暖かさを感じる。

周りに蛍のような小さな光が舞っていた。

数多く立ち上り、周回するように舞っては天井をすり抜けるように空へと消えていく。

(……きれい)

あの光がなんであるのかわからなかったけれど、悪いものではないという確信があった。

だって私に囁く声が、お姉さんの祈りを教えてくれる。

(清め給え、罪、穢れ。守り給え、一切の魂を……)

お姉さんはこの教会に来た時から嘘をついていない。

言行が一致している。

怒る時は怒るし、文句を言いたい時は文句を言う。

笑う時は大笑いしている。

シスターとのやりとりも考えていることとと言っていることは同じだった。

そんな人だから私に映るイメージの声も少なかった。

この人は、嘘をつかない。

そう、私は確信していた。

でも、それでも名前を呼ばれる時、ちょっとだけ黒い靄がかかる。

そして、笑っているのに、楽しそうなのにいつも「寂しい」って声が聞こえる。

「会いたい」って。「私を支えて」って、悲しそうな声。

小さい小さい声なんだけれど、私は聞き逃さない。

私はお姉さんの美しさに目を奪われて、時間を忘れて見入ってしまった。

お姉さんが息を吐く。

光が溶けるように消え、身を起こす。

私は気づかれる前にその場を立ち去った。



次の日、お姉さんが私に声をかけた。

昨晩覗き見していたことを咎められるのかと思って身を固くしたが、違った。

普段はどう過ごしているのか、興味があるものは何かといった当たり障りのないもの。

それから、暇なら手伝ってほしいというもの。

無理強いはしないという前置きもあった。

全部嘘偽りのない言葉。本当に心配している。


昨日の夜に見たお姉さんの姿を忘れられない。

あんなふうにきれいになって、病気やけがをしている人を治して、――必要とされる人に。

そんなことを思っていたら「はい」と私は返事をしていた。


それから少しずつ、ほんとうに少しずつお手伝いをするようになった。

周りの子ともちょっとだけ話せるようになった。

ある時、町でけが人の処置をお姉さんがしていた時、私は勇気を出した。

失敗して、間違えて怒られるかもって怖かった。

けれど、お姉さんが驚いて、褒めてくれてた。

それから「助手にならないか」って言ってくれた。

「助手」って助ける人なんだよね。

誰かに必要とされる、人になれるんだよね。

お姉さんは私を必要としてくれた。見てくれた。

きっと今までみたいに裏切られたりもするんだろう。

でも、その綺麗な青い瞳を見て、今だけは夢をみてもいいんじゃないかって思えた。



僕は改めて麓の村、ノービス村に来ていた。

もちろん、妹を治してくれたあのお医者さんにお礼をしに来たのだ。

あの人は妹を治したらさっさといなくなってしまった。

治療代もなにも受け取っていない。

もちろん家にはお金がないから、治療代は働いて返さなきゃいけないんだけれど。

他にどんな見返りを求められるかわからない。

それでも妹の命の恩人だ。僕にできることはしたいと思っている。


「すみません」

教会の扉を開く。

「あら?」

礼拝堂には年老いたシスターがいた。

「こんにちは」

僕は挨拶をしながらもあの人がいないか視線を巡らせた。

「こんにちは。今日はどうかしましたか」

シスターの問いに僕は答える。

「あの、この間ここにいるお医者さんに助けてもらったんです。その、お礼を言いたくて」

僕が答えると、「そうでしたか」とシスターは頷いた。

「呼んできますので、ここで待っていてください」

シスターはそのまま奥に行ってしまう。

どうしたものかな。

まずは、お礼を言おう。

それから治療代と薬代の金額を聞いて……

きっと高いから返済期限とか、物で交換できないかとかも相談しないと。


ふと視線を感じて顔を上げる。

奥の扉、その陰からこっちを見ている子がいる。

栗色の髪の女の子。

長い髪はボサボサで表情も暗い。

妹より年上っぽいけれど、僕よりは年下かな。

声をかけようと口を開きかけたら、その子はビクッと体を震わせていなくなってしまった。

孤児院の子かな。

この教会は孤児院が併設されている。

もちろん、戦争とかで身寄りがいなくなってしまった子たちがいる。

あまりいい噂は聞かない。

ここに入ると、満足に食べ物をもらえず、ただ働きをさせられるという。



「エルザさん、こちらです」

シスターの声が聞こえる。

「え~、別にいいんですけどぉ」

面倒くさそうな女の人の声。

「そうおっしゃらずに。せっかく来てくれたんですから」

「面倒くさいなぁ」

あ、口に出して言った。

シスターに連れられて女の人、あの人が入ってくる。

「妹を助けてくれて、ありがとうごじゃいましたっ!」

勢いよく頭を下げてお礼を言う。やばっ、噛んだ。

「ごじゃいました」ってなんだよ。まともにお礼も言えないのか僕は。

女の人はちょっと黙っていたが、声を上げて笑い出した。

「ご、『ごじゃいました』って…いま『ごじゃいました』って言った?」

僕は恥ずかしさで顔が熱くなった。

「おもしろっ、何?方言なの?それとも君のキャラ?」

なおもケラケラ笑っている。

シスターの「笑ってはダメです」という声が聞こえる。


「……すみません。噛みました」

僕が呟くと、その人は「あ~」と呟いた後、僕の肩に手を置いた。

「なんか、ごめん。面白くてつい、気を悪くしないでちょうだい」

声が震えている。笑いを堪えているんだ。

「いえ……」


とんでもなく恥ずかしい。僕は顔を上げた。

その人は目じりに溜まった涙を拭ってこちらを見ていた。

顔が近い。それに、すごくきれいな人。

ちょっと癖のある白銀の髪にアイスブルーの瞳。ペン先のような眉。やや丸顔の童顔。

僕とそんなに歳も違わないようにも見える。

ぼんやりと見惚れている僕の肩をぽんぽんと軽く叩いてその人は離れた。

ふわっといい匂いがする。柑橘のような若草のような香りって、恩人に対して僕は変態か。


「えっと、『妹』ってことはこの間、夜に来た子だった?」

「はい。ハルといいます。妹のエナを助けてくださってありがとうございます」

「どういたしまして。妹さん…エナちゃんはその後どうしているの?」

「おかげさまで元気になりました。今は外で走り回れるくらいになりました」

僕の報告に満足そうに頷く。

「それは良かった。君とお母さんの体調はどう?お腹がいたくなったりしなかった」

「はい。大丈夫でした」

「その様子なら他の人にも感染が広がっていないみたいね」

その人は「よかったよかった」と軽く言う。

「じゃあ、回復の経過は順調なわけね。報告ご苦労さま」


言うなり踵を返して帰ろうとする。

「あのっ」

僕は慌てて引き留めた。

「え?まだ何かあるの」

「お礼を」

「いま言ったじゃない」

そこでちょっと思い出したのか、「ププッ」って吹き出しかけている。

「治療代とか」

「あ、いらない」

興味ないとばかりに言って手をひらひら振りながら行ってしまう。

「ちょっと、エルザさん」

シスターが呼ぶがさっさと行ってしまう。

エルザっていうんだ。あの人。

「ごめんなさい、せっかく来てくれたのに。あの人変わり者で」

「いえ」

「で、お代なんですけれど」

エルザさんに対してシスターは俗物的だ。

「シスター、ダメですよ」

戸口でエルザさんがこちらを見ている。

「病めるもの、貧しきものを救うのは神の徒たる者の務めでしょう?『すべては神の御心のままに』ってやつです」

ワザとらしく顔をしかめて見せる。

「少年、『艱難辛苦が汝を玉にする』。腐ることなく日々の労働に勤しみたまえよぉ」

聖職者のようなセリフを言い、ケラケラ笑う。

「あ、どうしてもっていうなら、野菜少し分けてくれたら嬉しいかな」

そう言い残して去っていく。

なんなんだろう、あの人。


ジャガイモ仲間へ


今日も1日お疲れ様です。

今日1日耐えた人。「偉いぞ自分」と褒めてみてください。

夜に仕事をする人も、勉強を頑張る人も、体に気をつけて下さい。

もちろん、今、土の中にいる人も。

誰も気遣ってくれなかったとしても、ハルくんみたいに必死になってくれる人がいつか現れることを願っています。

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