第56話 白狼将軍と妹と
「ええ、この度は多大なるご迷惑をおかけしまして、姉と子供たちに代わり謝罪をさせていただきます……すいませんでしたぁっ!」
ハティさんがテーブルに頭を打ちつけて謝る。
しかも土産の菓子折りを母さんたちの前に押しやった上でだ。
「ハルくんのご家族におかれましては移住をせざるを得ないという苦境にたたされ、さぞご立腹のことと存じます」
なんだろう、変な人と思っていたけれど、けっこう常識人。
「あの」
母さんが言う。
「きっかけがそちらにあったとはいえ、息子がしでかしたことが原因ですから。何もそこまでされなくても」
「しかしですな、我々が関わらなければ」
「本当なら、もっと早く気づいてあげるべきだったんです。親なら」
母さんが言う。
「ハルが農園でいじめられていたなんて。ハルはそんなこと一言も言わないし、素振りも見せなかった。親である私が誰よりも先に気づいて、子供の味方になってあげるべきだったのに、我慢ばかりさせて……」
「それは違う。子供というのは親に心配をさせたくない。愛していればこそだ。ましてや男の子なら意地でも弱みをみせたくないものです。あなたの責任ではない」
うわぁ……大人の会話だ。
「ハル君は強い子だ。そして優しい。ちょっとスケベエだが、それは他人の私でもわかる」
おい、今、アンタ親の前で何て言った。
母さんはハティさんの失言部分が耳に入っていないのか感涙している。
ややあって母さんが口を開いた。
「ハル、ごめんね。長い間ハルに我慢ばかりさせて」
「いや、ちがうよ。大丈夫だし」
村から逃げたあの晩でも母さんは言ってくれたじゃないか。
僕は十分あの時の言葉に救われていたよ。
「ここに来て、みんなに良くしてもらっているの。村にいた頃と全然違う。エナも友達が出来たし、楽しいって」
「そうなの?」
「そうよ。だから、移住したことは怒ってない。ハルが無事ならそれでいいんだって、毎日思っている」
それを聞いてほっとした。
「すばらしいっ!」
ハティさんががっしりと母さんと僕の手を握った。
「ぬぅわんたる親子愛っ、ぼかぁ、猛烈に感動していますっ」
いい感じなんだから、水を差さないで。
「ということで、僕にお子さんをください」
「お断りします」
「なぜですか」
「息子を男性に嫁がせるわけないでしょう!」
母さん違うよ。
「……いえ、違いますが」
ハティさんが言った。そうだよね。
「まさかっ!?」
母さんが驚いた顔をしてとっさにエナを庇った。
「娘はやりません!」
いや、それも違うよ。
「あの、お母さん、それも違います」
うん。ハティさんって、根本的に間の悪さと言葉の足りなさが誤解を招くんだよね。
◇
次の日、僕はハティさんのお供をして街歩き。
今日はエナも一緒。
「ねえ、おじちゃん。おじちゃんはルーねえちゃんのお父さんなの」
「そうだよ」
エナはハティさんを「おじちゃん」って呼ぶようになった。
二十代後半にしか見えないのに「おじちゃん」って失礼かなと思ったけれど。
ハティさん、全然気にしていない。
ちなみに「ルーねえちゃん」というのはルーダのこと。
最近はエナとよく遊んでくれる。
エナは、ハンナとルーダというふたりの「お姉ちゃん」に可愛がられて満足なんだそうだ。
ちなみに【土寄せ棒】の「アンジェ」さんはお家でお留守番。
「いっしょに行こう」と誘っても、「いい」って。
なんだか、恥ずかしがっているというか、何とも言えない感じ。
なんだろう?
まだ早い時間の街は人通りが少ない。
けれど、そこかしこで金属を叩く音が聞こえる。
さすがはドワーフ族の居住区。鍛冶屋がたくさんある。
通りの先で店の前を掃除している子の姿が見える。
「ルーねえちゃん」
エナが走り寄る。
「おお、朝から元気だなチビ助」
「エナだよ」
「元気だな、エナ」
赤い髪を二つに結ったそばかす顔の子がエナの頭をぐりぐり撫でる。
「妹がお世話になっています」
「ああ、ハルじゃん。おはよう」
「おはよう」
ルーダがこっちを見て固まる。
僕の隣にいる人に気づいたからだ。
ツカツカと歩み寄って、ハティさんに抱き着いた。
「親父、久しぶり」
「うん。元気そうで良かった」
ハティさん、ルーダがエナにしたみたいにぐりぐりと撫でまわす。
仲のいい親子なんだな。
「頑張りすぎてないか?ルーダは頑張り屋だから」
「そんなことないよ、親父」
「ほら、炭がついてる。鍛造もいいけれど、見た目も気にしなよ、女の子なんだから」
ハティさんがルーダの顔をハンカチで優しく拭いてあげている。
「なんだよ、もう。大丈夫だよ」
ルーダは恥ずかしそうにしながらも幸せそうに委ねていた。
「せっかくかわいいのに」
「リムたちにも言ってんだろ」
「ルーダだって可愛いぞ」
ハティさんが言うとルーダが逃げる。
「へんだ、親父のばーか」
「こら、親をバカというな」
「ばかだから言ったんだよ、ばーか、ばーか」
「こらっ」
「へへへへっ」
ルーダが店に逃げ込む。
後ろ頭を掻いてハティさんが入って行く。
「僕らも行こうか」
置いてけぼりにされたエナの手をひいて僕は店に入った。
エナが羨ましそうな顔をしていたのを僕は見逃さなかった。
◇
店の中では工房長のギースさんとハティさんが話している。
「娘が世話になっている。ありがとうギース」
「俺は何もしていない。勝手に居ついているだけだ」
「それでもだよ。はい、お土産」
ハティさんが焼き菓子の入った箱を渡す。
「もらっておく。おい、ルーダ」
ギースさんが受け取ったお土産をルーダに渡す。
「工房の奴らにもくれてやれ」
「わかったよ、親方」
ルーダがお土産を持って中に入って行く。
「親父、まだいるだろ?」
振り返って聞いてくる。
「うん。ギースと少し話があるからね」
「戻るまで待っててよ」
「わかった」
足早にルーダが去っていく。
ハティさん慕われているなぁ……
フィンたちもそうだったけれど、ホントみんなと仲がいい。
ハティさんはギースさんと話し始めた。武器についてらしい。
「まだできてないぞ。あんな無茶な仕様、すぐにできるか」
「無茶じゃないって」
「あのな、硬度と強靭さを兼ね備えた両手剣って時点で無茶だな」
「レジェンダリー級の鍛冶師にできないことなんてあるの?」
「できないとは言ってないだろ、バカにしてんのか」
「違うよ。『無茶』って言ったからさ」
「クエンチ(焼き入れ)やらテンパー(焼き戻し)は昔からやっている。だがな、お前の求めている仕様まではまだ至らない」
「アダマンタイトだって採ってきたじゃないか」
「急かすなと言っているだけだ。ミスリル銀のアミュレットをガキの分だけ先に作れと言ったのはお前だからな」
「それは大助かりだよ。デザインもカッコよくてみんな喜んでた。見た目によらず装飾とかセンスがいいよね」
「一言余計だ」
僕たちそっちのけで話し込んでいる。
時間を潰すのに店の中を覗いているけれど、そろそろ飽きてきたな。
エナもぐずりそうだ。
「アミュレットで思い出した。追加で頼んでたのってできている?」
「ああ、フィンが言ってたやつだな。急な注文だったが仕上げたぞ」
「素材を多めに預けていて良かったよ」
ギースさんはカウンター後ろにある棚の引き出しから木箱を取り出した。
「ハル、ちょっといい?」
ハティさんが呼んだ。
なんだろう?
「はい。これ、入団の証」
そう言って木箱を渡してくる。
え?もう入団していることになっているの?
既成事実ってやつ?
僕は箱を開けてみる。
首から下げるタイプのお守りだ。
銀でできた狼と剣をモチーフにしたもの。
こういうの初めてなんだけど、なんかカッコいいな……
「きれい」
エナが目を輝かせて覗き込む。
「エナちゃんには別なのを今度プレゼントするね。どんなのがいいかな」
ハティさんがにこにこしながら言っている。
「後で魔術処理をするからなくさないようにね」
「魔術処理?ですか」
「うん。他の誰でもない君の持ち物にするための処理だよ」
「呪いの間違いじゃないか」
ギースさんが言う。さらっと怖いこというなぁ。
「僕の加護もつけるから、安心サポートの特典付きさ」
ハティさん、ギースさんを無視して続ける。
って、え?魔人の加護?怖いんだけれど。やっぱり呪いじゃないの?
「右腕の力をほんのちょっとだけ分けるんだよ~、ハルには何が出るかなぁ」
ちょっと待て。そんな危ないガチャ引けないよ。
だってハティさんその右腕で人間じゃなくなったんだよね。
なんか、ヤバい方向に進んでる。返品できないかな。
◇
昼近くになって、名残惜しかったけれど店を後にした。
それから僕たちは街を見て回った。
ハティさんは僕たちにご飯をご馳走してくれた。
エナが「オムライスって食べたことない」って言ったら大喜び。
「食べなさい。食べなさい」って。
しかもエナに「はい、あ~ん」って食べさせている。
エナはご機嫌。僕はちょっと嫉妬。
出店でクレープも買ってくれた。
なんていうかハティさん、食べさせたがりなんだよね。
「子供は遠慮せずにモリモリ食べなさい。成長期なんだから」って。
子供の時、満足にご飯を食べることができなかったからだって。
今は家に戻るところ。
エナは僕とハティさんと手を繋いでいる。
「そぉれ」とエナがジャンプするのに合わせて僕たちがアシストする。
ブランコのようにして遊びながら歩く。
エナは声を上げて喜んでいた。
なんかいいなぁ……父さんが生きていたときみたいだ。
「ねえ、おじちゃん」
エナがハティさんの顔を見上げる。
「なんだい?」
「おじちゃん、エナのお父さんにならない?」
……え?
「どうしたの、急に」
「だっておじちゃんがお父さんになれば、ルーねえちゃんたちもエナのお姉ちゃんになるんだよ。みんなでいっしょにいられるよ。ハルお兄ちゃん、どっかに行っちゃうんだもの。いっしょがいいよ」
僕は胸が締めつけられた。
エナ、やっぱり寂しかったんだ。
「おじちゃんもさみしくないよ」
この言葉にハティさんが立ち止まった。
くっと口を引き結んで、それから笑った。
泣くのを我慢しているようにも見えた。
「ありがとう」
静かに言った。
出会ってはじめて聞いた。こんな声で話す人だったのか。
「でも、無理だよ。僕にはお嫁さんがいるんだ。エナのお父さんになるなら、エナのお母さんをお嫁さんにしないといけない。でも、それはできないんだ」
待って、まてまてまてまて、ハティさん、結婚してたの?
「お嫁さん?エルザお姉ちゃんがお嫁さん?」
「違うよ。姉弟は結婚できないんだ。お互いそういう気持ちはないから。まったくもってね」
ですよね。安心した。あまりに仲が良すぎるので心配してました。
「そのお嫁さん、どこにいるの」
「今は離れたところにいるよ。僕はその人を迎えに行かなきゃいけないんだ」
エナは首を傾げた。
「ケンカしたの?」
「そう、ケンカしてる。会いに行きたいけれど会いに行けない」
エナがハティさんの裾を掴んだ。
「ケンカしたら謝らないとダメだよ。こういうときは男の人が謝るの」
なんか偉そうに妹が説教している。
「そうだね」
困ったように笑う。
「でも、僕は悪い人だから、許してくれないかもしれないな」
「おじちゃんは悪い人なの?」
「そうだよ」
答えるハティさんの顔をエナはじっと見た。
「うそつき」
そう言ってぎゅっと抱き着く。
「お姉ちゃんとおんなじにおいがする」
「お姉ちゃん?」
「エルザお姉ちゃん」
ハティさんがきゅっと唇を引き締めた。
「うそつきのにおい。やさしいうそつき」
「ルー姉ちゃんも、リィもリムも、フィンもスヴェンもアルスも、うそつき」
「みんな、みんな自分が悪い人だって言う。でも、悪者の悪者だってエナしってる」
「エナはね、お姉ちゃんたちのこと好きだよ」
「だから、エナのお姉ちゃんたちは悪い人じゃないの」
「お姉ちゃんたちが大好きなおじちゃんもそうだよ」
「悪い人じゃないから、ちゃんと謝ったらおじちゃんのこと、きっとお嫁さんも許してくれるよ」
ハティさんがエナの頭をそっと撫でる。
「そうかい…ありがとう」
今日も1日お疲れ様です!
皆さんもムチャ振りに困っていませんか?
「スン」って消せたら楽なんですけれどね。
明日はきっといい日になると信じて叫びましょう!
ヴィクトリーー!




