第57話 嘘つき
今日はハティさんが家でお泊り。
そしてルーダも遊びに来ている。
ギースさん素っ気ないけれど「たまには親子水入らずで楽しんで来い」って。
ルーダに休みをくれるくらいだから優しいんだよね。
まあ、宿舎自体が隣だから、ちょっと移動したぐらいだけれど。
もちろん居座っているハンナも混ざっている。
エナは大はしゃぎだ。
みんなでご飯を食べて、どうでもいい話をして、笑い転げて。
母さんも声を上げて笑っている。
いつ以来だろう、こんな母さんを見るの。
ちなみに、【土寄せ棒】の「アンジェ」さんは大人しく家の隅っこにいる。
「どうしたの?」って聞くと「ちょっと」って言葉を濁す。
思い切って聞いたら、「ハティ」さんのせいらしい。
「彼」は「自然霊」の加護がとんでもなく強力。
眷属にしたくて「上位精霊」がにらみを利かせている。
その影響で、「アンジェ」さんも、どうしても彼に「ドキドキ」しちゃうんだって。
ヘッ!
〈あ、アタシは『ロッシェ』一筋なのぉっ!どんなイケメンでもっ!この気持ちは変わらない!変えてなるものですかっ!アタシの存在をかけてっ!〉
邪念を振り払うように「アンジェ」さんが咆哮した。
……ごめん。父さん。
僕はかな~り、嫉妬しているよ?
ケッ、これだからイケメンはさぁ。
全方位でモテモテで良いですよねぇ。
無機物さえ、範疇ってないわぁ!
僕の「アイデンティティ」奪わないでよねっ。
◇
子どもたちでゲームしようってことになって部屋に引っ込んだ。
でも、こんな楽しい時間のなかでも日中のあの言葉を僕は思い出す。
エナに寂しい思いをさせている。
僕は強くなってエルザさんやコレットと旅がしたい。
フィンたちともまた冒険をしたい。
でも、本当にいいのかな。
「オレの勝ち」
ルーダがカードをぽいっと床に放る。
そういえば三人でカードゲームをしている最中だった……
エナも交えて遊ぶのだからルールは簡単。
一対の図柄のカードが何枚かあって、山にある札を順番に引く。
手札と同じ図柄だったら床に放る。
それから隣の人にカードを引かせる。
先に手札がなくなった人の勝ち。
最後まで残った人が負けだ。
「エナも勝ち」
「あ、私も」
エナに続いて、ハンナも「上がり」。
ちなみにこの手のゲーム、僕はメチャクチャ弱い。引きが悪いんだ。
「お兄ちゃん、またビリだね」
「うん、ぜんぜん札が回ってこないよ」
「ハルって運悪いよな」
「だね~」
「違うゲームにしようか」
「その前にトイレ」
僕は廊下に出た。
◇
用を済ませて部屋に戻る途中、リビングでハティさんと母さんが話し込んでいる。
「ハル君のことですが」
僕の名前が出たので気になって聞き耳を立てる。
はじめの挨拶で「スケベエ」とか言うんだから、そりゃ気になるよ。
「フェンリルナイトに誘っておいてなんですが、一緒に旅をするのはやめさせようと思っています」
ハティさんが言った。
えっ?なんで。
「フィンたちが仲間にしたと知って、どうすればハル君が危険なことに巻き込まれないかを考えていました」
「まして、彼が姉と一緒にいるということはお尋ね者になると同義だ。そんなことはさせられない」
ここからだとハティさんの表情はわからない。
「彼も頑張ってはおりますが、修行を積むのは旅をしながらでなければならないということはない。まずは腰を据えて基礎訓練をすればよい」
そうハティさんは言って顔を上げた。
「もはや無関係ではないあなた方家族は、この自治区にいるうちは安全でしょう。ルーダもギースもいる。ここには私の縁故の者も通っているので、何かあった時でも頼ることができる。修行をしながらここで過ごしてもらえたならば彼も危険に身を曝すことはないと愚考しております」
ややあって母さんが言った。
「そうやってあなたは欺いて、自身が悪くなってまで他人を守ろうとするのですか」
「私は嘘つきの悪者で構いません」
「ハティ・マクスウェル様」
母さんがハティさんの名前を呼んだ。
僕は「ハティ」さんとだけしか紹介していない。
「夫は何かあったら『マクスウェル家を頼りなさい』と言い残していました」
母さんが手を固く握ったまま言った。
「『どの家よりも、誰よりもかの人々は慈悲深く、高潔であられる』と。『救いを求める者を無下に扱わない。もし困窮しているならば門扉を叩き懇願せよ』と」
「ハル君のお母さん」
ハティさんが言った。
「私は高潔でも慈悲深くもない。ただの人でなし。その言葉はおそらく姉上や父上のことでしょう」
「いえ、貴方のことです」
母さんはきっぱりと言い放った。
意を決したように父さんの名前を言った。
「我が夫、オルコス・ロッシェの遺言ですもの」
ハティさんが小さくため息をついた。
「ブレイブは義理の弟。お姉さまに導いていただきました」
「オルコスは、勇気ある男でした。ブレイブももちろん」
「憶えてくださっていたのですね。夫は軍をやめてからも常々私に語っていました。貴方様は部下が傷つくのを極端に嫌った。単独行動を好むのも、卑怯と言われようが直接干戈を交えるのを避けるのもそのためだと」
「潰走するあのときまで、国軍で死者の最もいない軍であった『銀の腰鎧』は、あなたという英雄があってこそ。だから無力な我々が生き残れたのだと自慢していました」
「私など臆病で生き汚いだけの男です」
背を向けている彼の表情はうかがい知れない。
「私のように残される者たちは、戦に赴く家族には必ず帰ってきて欲しいと願っています。だから、貴方の軍に入ることを多くの者が望んでいたのです」
母さんはなおも続ける。
「白狼将軍、ハティ・アガートラーム・マクスウェル様。貴方が高潔で慈悲深き騎士であると私は知っています。息子の身を案じてくれているというのもわかっています」
母さんは懇願するように言った。
「それでも私たちの希望である息子を導いてはくださいませんか。息子は旅をすることを望んでいます。きっとあの子は大切な人を見つけたんだと思います。ですから」
「私など、ご期待にそえるような人間では」
なおも否定するハティさんを見据えて母さんは厳しい口調で言った。
「夫を裏切らないでください」
否定を許さない声。
わかっている。
ハティさんたちと一緒に行くってことは、どうしても危険な目に遭うんだってこと。
ハティさんの言い分も理解できる。
旅をしながらじゃなくたって修行できる。
基礎を固めて、それから旅をしたって遅くはない。
でも、僕は知ってしまったんだ。
バクス村でバカにされてうじうじしていた僕は変われた。
エリーゼさんに出会って、フィンたちと旅をして。
オルジュの街でウルフスベインさんと夢を語って。
怖いこともいっぱいあった。
でも、それでも……
僕も、こんなふうに笑えるんだって。楽しいんだって。
みんなと一緒にいたいって思えるようになった。
ハティさんが重い口を開いた。
「一朝一夕で強くなどなれはしない」
え……なんて。
「悪いがハル君は彼が思い描いているような強さは手に入れられないでしょう」
うそ……だよね。
なんで今さらそんなことを言うんだよ。
「僕を騙したんですか?エルザさんやフィンたちも?」
思わず口をついて出た。
自分でも驚くぐらいの声色だった。
「僕は何をやってもダメで、みんなの足を引っ張っているってわかっていた」
「でも、ハティさんの『魔力なんかなくたって強い人なんて最高にカッコいいじゃないか』って言葉が嬉しかったから決心したっていうのに」
「それを、今さら…なんだよっ、強くなれないって」
僕はハティさんに「嘘つき」って捨て台詞を吐いて家を飛び出した。
◇
町はずれの広場で僕は木に当たり散らしていた。
「くそっ、くそったれっ、みんなで僕をバカにしてっ」
木を蹴りながら悪態をつく。
「嘘つきっ、騙しやがってっクソ野郎っ、ハティのクソ野郎!」
僕がそう叫んだ時だ、肩を掴まれる。
「っ!?」
殴られた。
尻もちをついて、顔を上げるとルーダが見下ろしていた。
「取り消せ」
睨みつけている。顔が真っ赤だ。
「親父はクソ野郎なんかじゃないっ、取り消せ」
僕の胸倉を掴んで揺さぶる。
でも、僕は酷いことをされたんだ。
「クソ野郎をクソって言って何が悪いんだよ」
ルーダが拳を振り上げたところで僕は彼女を突き飛ばした。
「ハティは嘘つきだ。僕を騙したんだ。みんなも、エルザさんもコレットも」
「親父をバカにするなっ」
ルーダが飛びかかってくる。
「取り消せって!謝れっ、親父はクソ野郎なんかじゃない!」
馬乗りになって僕を殴る。
「謝らないっ!取り消さないっ!」
僕も意地になって言い返す。
「なんだよっ、腰抜け。弱っちくて、ダメダメなくせにっ、人のことバカにできないくせに!」
「そうだよ、僕はダメダメでバカにされ続けて、笑いものにされてきたんだ。悔しいんだっ、ムカついてんだよっ、それなのに、ハティにまで裏切られて」
「親父は裏切ってなんかない」
「いいや、裏切ったね。騙して家に居させようとした」
「お前に親父の何がわかるっていうんだよ」
「じゃあ、僕の気持ちは誰がわかってくれるんだよ!」
ルーダが手を止めた。
そうだ。
僕の気持ちは、誰が分かってくれるんだ!
いっつも「魔力なし」「呪われ」「役立たず」ってバカにされた。
悔しくないわけないだろ。
腹が立たないわけないだろ。
悲しくないわけないだろ。
いつも、いっつも我慢していたんだ。
アイツらの顔ぶん殴りたかった。
「やってみろ」って?
じゃあ、母さんたちはどうするんだよ。
やった結果が「夜逃げ」だ。
分かっていたから今まで我慢していたんだ。
「アンジェ」さんが励ましてくれたって、慰めてくれたって……
僕は「独り」だったんだ。
「……信じていたんだ。嬉しかったんだっ、僕も、僕もフィンたちみたいになれるんだって。声をかけてくれて、強くなれるって言ってくれたのに……」
僕は声を上げて泣いた。




