第47話 「いただきます」マクスウェル家の教え。昨日のおかげさま?
ぼんやりとした視界に見慣れない天井。
「魔狼騎士団のフェンリルって、昔話の魔狼のことですよね?」
コレットの声が聞こえる。
「お、コレットは知ってるんだ。そう、そのフェンリルからとったんだ」
フィンレーが楽しそうに話している。
「俺たち、『白狼将軍』に憧れていてさ。そのまま名乗るのもあの人に悪いって思って、じゃあ強い狼で、銀か白ってイメージのがあるのってなんだって話した結果がフェンリルだったんだ」
嬉々として話すフィンレーの向こうでエルザさんも嬉しそうに微笑んでいた。
いや、白狼将軍の名前、「ハティ」はフェンリルの子どもなんだから、逆転してるよね。
コレットも複雑な顔をしていた。
彼らの話す「白狼将軍」とは良い噂を聞かない。
必ず枕詞に「みんなに嫌われている」ってつく人。
「ふふふっ、白狼将軍ってとっても強くてカッコいいの!優しくってぇお料理も上手でぇ」
うっとりとリャナンが話す。
その様子にコレットは困惑したようだ。
「金がないのに気前はいいんだよね」
「変なところでケチだけどな」
アルセイスやスヴェンも悪ノリして話している。
「気前の良さって言ったらさ、毎月の給料日はお風呂連れてってくれたよね!」
リャナンが嬉しそうに言う。
「そうそう、そんで、俺たちのお決まりは……」
フィンレーの言葉に全員が声をそろえる。
『風呂上がりのアイス!』
これには不機嫌そうなリムアンも加わった。
そうして笑いあう。
「親父、いっつも風呂上がりに食わせてくれたよな」
「バカみたいに高いのに無理してさ」
「風邪ひいたとき、作ってくれたよね」
「俺、どっちかっていうと親父の方のが好き」
「それ、リムも!」
「リムはあ~んってしてもらえるからでしょ」
嬉しそうに話す。
不思議そうに首をひねるコレットにアルセイスが自慢げに言った。
「僕たちのお父さんなんだよ」
「え!?」
コレットは驚いた。
「勝手に言ってるだけよ」
すかさずエルザさんが物言いをつける。
「俺たちを引き取って孤児院で育ててくれた恩人なんだ」
フィンレーの言葉にコレットは「ほえ~」とよくわからない返答をした。
「リムは、子供じゃない」
ぼそっとリムアンが言う。
「リムったらまだ言ってる」
そうだった。旅の途中で聞いていた。
「ガキの頃は『お父さんと結婚する』とかいうの多いって聞くけど、こじらせすぎなんじゃないの」
「うるさい。いいでしょ」
そのやり取りを不思議そうに見ているコレット。
今度はスヴェンがこっそりとコレットに教えた。
「リムアン、白狼将軍の嫁になりたいって本気で狙ってるんだ」
リムの耳が赤くなっている。
本当に、本気のようだ。
「ハル、いつまで寝てるの!早く起きて」
リムアンが僕をぺチぺチ叩く。
「はい」
僕は体を起こした。
◇
そうこうしているうちにテーブルに料理が運ばれてくる。
それぞれが好きな物を頼んでいるのだから、来た順番に手を付けるのかと思いきや揃うまで待っている。
というか、僕が起きるまで待っていてくれたのか。
「みんなそろったか?」
フィンレーが言う。
「じゃぁ、『いただきます』」
全員が手を合わせ、「いただきます」と言ってから食器を手にする。
「?」
コレットはこの不思議なお祈りに首をかしげる。
まあ、僕もこんな簡素で手のひらを合わせるだけのは最初は驚いた。
今じゃ、ハンナも慣れてしまっている。
「どうしたの」
「今のお祈りは何ですか?何をいただくのですか」
コレットの問いにリャナンが答える。
「私たちは命を奪ってその命を『いただく』の。だから、いただく命に感謝の気持ちで『あなたの命をいただきます』って言ったのよ」
「それは今日の糧を与えてくれた神様へのお礼とは違うのですか」
「もちろん、糧を与えてくれた神様には感謝しているの。でもね、やっぱり一番にその命が糧として私たちの血肉になってくれることに感謝したいの。あなたのおかげで明日一日生きられそうですって、無駄にしないよって」
この考え方にコレットは興味を持ったみたいだ。
「何も小難しく考えなくてもいいんだ。俺たちは親父がいっつもしていて、そう教えてくれたから習慣でやってるってだけ。他の人に強要もしない」
「それでは皆さんご一緒にご唱和願います!」
フィンが音頭をとった。
「マクスウェル家家訓―――――」
ひとつ、「いただきます」「ごちそうさま」は必ず言え。今日のウ●コは昨日のおかげさま。
ひとつ、お前は木の股から生まれたか?父ちゃん母ちゃん恨んだってしょうがない。
ひとつ、他人がどうだとか口にするな。そんなの負け犬の遠吠えだ。
ひとつ、仲間を侮辱する奴はぶん殴っても構わない。けれど殴り返されることを忘れるな。
ひとつ、偉そうな奴はおだてておけ。財布の紐も警戒も緩くなる。
ひとつ、迷ったら自分の中の鏡に向かって聞いてみろ。そこに映った自分は誇れるのか。
ひとつ、お前は誰だ?そんなの決めるのお前だけ。誰も責任とっちゃくれない。
ひとつ、ヤバいと思ったら逃げちまえ。生きていたらどうとでも言える。
……あれ?なんでエルザさんまで姿勢を正して言っているの??
とか言っている僕もハンナも習慣化してしまって一緒に言っているけれどさ。
「白狼将軍のこと本当に尊敬しているんですね」
「もちろん。大人なんて信じちゃいなかった俺たち全員が『この人は信じられる』って思わせてくれたんだから」
スヴェンが眉根を寄せながら言う。
「俺たち、引き取られてからも盗みをしたことがあったんだ。それを知った親父は怒るでもなく悲しそうな顔したんだよ。『自分が悪いんだ』ってさ。『こんなことをさせるくらい腹を減らさせた自分が悪い』って」
クッと口元を歪ませて涙を堪えているようだ。
「一緒に謝りに行って、親父はなけなしの金を払って貴族なのに平民に頭を下げたんだ」
「だから、私たちはね、この人にこんな顔をさせちゃだめだって思ったの」
「本当に自分たちがダメなことをしたってわかったんだよ」
「あの時、すごくかっこよかった」
みんなの声が震えている。
きっと思い出したんだろうな。
それから飲み物と一緒に内にある何かを腹に流し込んだようだ。
「だから、俺たち魔狼騎士団は、非道はしない。盗みも、騙しもな。あの人に恥じない生き方をしないとな」
湿っぽい空気を払うためか、それからは色々なバカ話を始めた。
主にダンジョンでの話だけれど、本当に楽しそうだ。
なんだろうな……
隣のエルザさんを見た。
エルザさんも目元を緩めて笑っている。
心底楽しそうにして見守っている。
言ったら悪いけれどお母さんみたいだ。
なんか、いいなぁ。
◇
「エーレンブルグは参列を頑なに拒否している」
ウォルターが集った将軍たちに告げる。
「さらに、旧王国の者がガレットを頼って集まってきている」
「ただでさえ復興が進んでいないからなぁ」
ランドルフが眉間を抑える。
「王政から共和制に変わったことに慣れていないのか、執政官が地方を治めることに抵抗している。われわれが貴族も平民もなく、その才で官として取り立てると言っても耳を貸さない」
ランドルフが忌々し気に言った。
「まずは生活基盤が確立していないからだろうか」
口の重いリュックが疑問を呈する。
「リュック様の言が一番の理由かと思います」
唯一の女性、クレイグが話す。
「神の御教えを解いて、孤児たちの保護や貧しい人たちの受け入れを促しても誰もが自身のことでいっぱいです」
「そこで、流民となった者たちや不満を抱えているのものがガレットを頼って集まっていると」
ランドルフが深々とため息をついた。
「エーレンブルグに受け入れるキャパシティなどないだろう」
「そこが問題だ」
ウォルターが口をはさんだ。
「膨れ上がった流民どもの不満が暴発するのも時間の問題だ」
「その怒りの矛先が、我々為政者というわけですか」
ランドルフが背もたれに寄りかかってため息をつく。
「まるで、以前のわれわれと同じですな」
ディアブロの言葉にランドルフが食ってかかる。
「俺たちは違うだろう。こっちは復興に尽力しているし、寄付だって行っている。治安回復や不平等の解消だって」
「ランドルフ、熱くなるな」
リュックが注意する。
「自分たちはなにもしないのに、虫のいい話だ。ったく」
「我々もガレットを懐柔して政治基盤を盤石にと思っていたが、ガレットもなかなかの食わせ者、戦争のきっかけをいまだに手放そうとしない」
「いずれにしても早いうちに火種を消しておかなくてはなるまい。ガレットがこちらに加わらないならば、消えてもらわなくてはな」
「ちなみに議会はなんと?討伐ですか」
「懸案として我々の意見を求めている」
ウォルターの言葉にランドルフは鼻で笑った。
「あのタヌキ爺どもめ。わかりきっているくせに。自分たちじゃあ印象を悪くする決定は下さないってか」
意見を求めるといっても八割がたはもう決まっている。
ウォルターに話が回ってくるときはほぼ議会で意思決定がなされている。
ただ議会が一方的な採決を下したわけではないという体裁を整えるだけのこと。
そのためにこの六人を招集している。
「私としてはガレットが再三の要請を拒否していることと、不穏な動きがあるために討伐するしかないと考えています」
リュックが言う。
彼は生粋の武人だ、上官の命令は絶対。
この場合も議会での意思を汲んでいる。
「戦は避けられないのでしょうか」
クレイグの言葉にディアブロが首をふる。
「聖女殿、お気持ちはわからんではないが、無理なこともある」
この言葉にクレイグはびくりと身を震わせた。
「しかたあるまい。ガレットには見せしめになってもらい、反乱の芽は摘まなければ」
ナハトも続いた。
「なれば、我々は戦を起こさんと画策するガレットを討伐すべしと提案をする、それでよいか」
ウォルターの言葉に、クレイグを除いて皆が首肯する。
「その陣容はどうする?主力の我々が出て一気に潰すのが妥当だろう。相手が相手だけに変に出し惜しみしては返り討ちに遭いかねん。変に手こずっていても印象が悪い」
リュックが陣容について質問をする。
「首都の防衛にも戦力を割かれるな」
「あの痩せ犬がうろついているからか」
ランドルフとリュックが意見を交わす。
「それもあるが、性格上、ガレットが襲われればそっちに向かうはずだ。だが問題は別にある」
「あの魔女……アンジェが暴れ出すと?」
「そちらの可能性が高いな」
「人質はとってあるのだろう」
「それだけでは心もとない」
「ならば、私が残ろう。イグリースも監視に残せばよい」
ディアブロの言葉に「うむ……」とウォルターが考え込む。
「司令?」
「やはり、アガートラームの動きが気になるな」
懸念を示す。
「それは、ガレットよりも魔女の方を選ぶと?あの時は姉を選んだのに」
「だからこそだ。あの男のことだ慙愧の念にかられて今度こそ魔女を取り返しに来ることもある」
「来ないという保証はないですものね」
不意にかけられた声に部屋の入り口を見る。
白銀の髪の女性が立っていた。
「イグリース」
小柄ながら豊かな胸をした女性。
静謐なアイスブルーの瞳。
茨の意匠を施したロングソード。
「帝都を陥した時の話は皆が知っていることでしょう?あの人は『家族』を奪う者には容赦がない」
円卓に歩み寄りつつイグリースと呼ばれた女は続けた。
「ならば策はあるのか」
「あら、私などが策を述べてもいいの?私があの人たちと交わした約束を知っているでしょうに」
「ただ会議を混乱させるためだけに言ったのか?」
ランドルフが睨み付ける。
「私は十分にあり得ると司令殿の懸念を明らかにしただけですよ」
そうイグリースがうそぶく。
「きさまっ」
「よさないか」
怒りを露わにするランドルフをリュックがおさえる。
イグリースは「こわいこわい」とわざとらしく繰り返す。
「イグリース。策があるならば言ってみろ、一考の余地はある」
ウォルターが言う。
その顔をじっと見つめ、すぐにイグリースは不敵な笑みを浮かべた。
「戦力の増強をしてはどうかしら?」
「どういうことだ」
「エーレンブルグを攻めるのに、『ティア・シュトゥーテ・フライン』を使うのよ」
「なんだとっ」
これには一同が驚いた。
「人質を抑えて、対策もたてている。あの人は実質この二年は侵入もできないでいるし、あの魔女も身動きがとれない。そして、あなた達が施した仕掛けは、高い魔力を有する者がこの地から欠ける、もしくは侵入するとあの魔女の負担が大きくなるようになっている」
「つまりは、懸念材料のアンジェ・フラン・スカーレットをより疲弊させるということか」
「そういうことです」
「たしかに、我々と共にいるティアの首が刎ねられると思えばアガートラームとて下手なこともできまい」
「だが、あの暴れ馬。裏切るとは考えられないか」
その言葉にイグリースが笑みを浮かべる。
「彼女に兵を預けてもこちらの息がかかった者ばかり、反旗を翻しても野戦では大軍に押し包まれてどうにもできないでしょう」
この言葉に納得しながらもランドルフは「女狐が」と吐き捨てた。
「さすがは、と言っておこうか『鉄血の』」
ウォルターの賛辞にイグリースは眉をひそめたがすぐに薄く笑う。
「まずはイグリースの案をもとに作戦をたてる。リュック、ランドルフ、陣容と兵站について任せる。進めてくれ。クレイグはその補佐を。ナハトはエーレンブルグの動きを引き続き探るように。ディアブロはあの魔女の監視と首都の警戒を強めてくれ」
ウォルターはそう告げると席を立つ。
「私は議会へ意見を提出する」
そして会議室を出る直前、振り返り、イグリースに言った。
「イグリース、あとで私の部屋に来い」
イグリースは不快そうに眉をひそめた。
だが、すぐに表情を消す。
(待っていて、私の『旦那様』。最高のエンタメにしてみせます)




