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第47話 私たちの狂気の英雄 【ハル・ルート/ルーダ語り】

この回はハティの狂気を掲載しています。

表現を控えていますが、【残酷なシーン】もありますので、お気をつけください。


「……なんで殴り返さなかったんだよ」

ルーダが呟く。

気まずい……女の子の前でギャンギャン泣いちゃったからな。

しかもルーダとは同い年だ。

「女の子を殴ったりしない」

僕がそう言うと、ルーダは「ばーか」と言った。

でも嫌な感じはしない。


「親父をクソ野郎って言ったのはちゃんと取り消せよ」

「うん……ごめん」

「オレで良かったな。フィンたちだったら殺されていたぞ」

「そうだよね」


今になってみてつくづく思う。

「みんなどうしてそこまでハティさんのことが好きなの」

僕は不思議に思っていた。


フィンたちから断片的にだけど聞いていた。

彼女たちはみな戦災孤児で、「紅巾」と名乗る犯罪組織に捕まっていた。

その組織は捕まえた子を奴隷として売ったり、犯罪に手を染めさせたりしていた。

そこから救い出したのがハティさんだというのだ。


孤児院に入れたその後も生活の支援を続けていたのだという。

確かに、自分たちを救って、面倒まで見てくれた人なんだ。

だから恩を感じていてもおかしくはない。けれど、その熱量は異常だ。


ルーダが呟いた。

「オレたち、最初っから親父のこと好きだったわけじゃない。むしろ大嫌いだった」

膝を抱えたまま彼女が話し始める。



オレは捕まっている間、自分はどんな目に遭わされるのかずっと怯えていた。

自分たちよりも年上の子で、冒険者ギルドの内通者をさせられていた子がいた。


クロエというその獣人族の子がマクスウェルの次期当主を暗殺する仕事をさせられた。

ダンジョンでの事故を装ってその女を亡き者にしようとしたんだ。


けれど、この目論見は見事に失敗した。

そりゃそうだ。敵国の大将をつぎつぎと単身でやっつけたっていう女。

そう簡単にくたばりゃしない。


それで、自分の姉を殺そうとしたっていうことで親父は激怒した。

クロエを捕まえて、ねぐらを自白させてその日のうちに襲撃した。



地下室の扉が乱暴に開けられる。

銀髪の男が入ってくる。

きっと誰かを迎えに来たんだろう。

オレは隅で身を縮めた。オレじゃないように……


隣ではリムアンとリャナンが互いに身を寄せ合って震えていた。

男は「ここを出るんだ」と静かに言ったが、誰もが怯えて動かない。

「早く出るんだ」って近くにいた金髪、フィンレーの腕を掴んだ。


フィンは抵抗して暴れた。

「はなせっクソ野郎!」

そう言って男の腕に噛みついた。男はそのまま放っていた。

「君たちも早く出るんだ。ついてきなさい」

男は噛みついているフィンを連れていこうとした。

オレたちは誰もついて行かないし、フィンを助けようともしなかった。


男は困ったように「いい加減にしてくれ」と言った。

ひとりひとり襟首を掴んで部屋の外にぽいぽいと投げた。

オレも捕まって物でも扱うかのように放り出された。


なんだコイツ。

そう思っていたら後ろから追い立てられた。

「さっさと逃げろ」そう言って鞘に納めた剣で追い散らされた。


コイツ最悪だ。

そう、これが親父、ハティ・マクスウェルとの出会いだった。

突然やってきて追い散らされた。

コイツがいい奴だなんて印象をもつわけがない。


逃げるオレたちは途中で切り殺された組織の奴らの死骸を見ている。

親父がやったんだというのはわかった。

外に出たとき、自然と足が止まった。

外に出て、それから、どうすればいいんだ。

みんなも同じように呆然としていた。

なんだかお腹が空いた。とにかくご飯が食べたい。

誰かの腹が鳴った。


親父は、オレたちをここから遠ざけようと思ったんだろう。

「飯を食わせてやる。家にきなさい」と言った。

行くあてもなかったから、胡散臭いと思ったけれどぞろぞろとついて行った。


王都からそんなに離れていない屋敷に連れて行かれた。

マクスウェルの別邸だという。

そこで飯を腹いっぱい食わせてもらった。

飯を食ったら……オレたちは気が緩んでしまって、そのまま寝てしまった。



目が覚めると、あったかい毛布がかけられていた。

親父は「その身なりでは困るだろ」と言って順に風呂に入るように言った。

生まれて初めて風呂に入った。

使用人が頭の先からつま先まで洗って世話を焼いてくれた。

不思議なことにコイツらはオレたちに嫌悪感を向けることはなかった。

ただ言われたまま淡々とオレたちを洗い、清潔な服を与えた。

一晩で状況が一変した。もしかしたら、オレたちはここで面倒を見てもらえるのかと思った。


ところがすぐに教会の孤児院に預けられた。

まあ、そうだよな。

見ず知らずのガキを助けて数日とはいえ寝食を与えただけでも十分に善行だ。

でも、預ける場所はもっとちゃんとして欲しかった。

王都ならもっといいところもあっただろうに。

よりによってどぶ臭い貧民街の孤児院に預けるんだから。



「な、親父ったら酷いだろ?」

オレはそうハルに言った。

ハルはなんとも言いようがないようで曖昧な返事をした。

「最初会った時は剣で追い散らして、次はどぶ臭い孤児院に入れられたんだ。ろくに飯も食えないんじゃ、捕まっていたときとそう変わらない。みんな親父は何がしたかったんだって、恨んでた」



それから親父は週一の頻度で会いに来た。

飯は食えているか、病気してないかとか聞いてきた。

その頃のオレたちはまともに親父と口をきこうとはしなかった。

どうせこいつも折を見てオレたちを売り払おうって魂胆だろうって思っていた。


あの頃はリムが一番親父のこと嫌っていた。

「触るな」「近寄るな」「気持ち悪い」「ロリコン」って散々悪口言っていたっけ。

今のリムしか見てない奴は想像もつかないだろうけれど。


それでも親父はオレたちの世話を焼こうと一所懸命だったみたいだ。

来るときは必ず食い物を持ってくる。

服が破けていると繕おうとする。

あんなに手先が器用なくせに縫物だけは下手くそ。

仕上がりはとんでもなく酷いものだったけれど。

親父は頑張っていたけれど、オレたちは冷めたままだった。

石を投げたり、隠れたりした。

組織の奴らを皆殺しにするくらいだから、直接暴力をふるおうにも怖くてできなかった。



「なあ、ハル。リャナンってかわいいだろ」

「え、うん。可愛いっていうか、綺麗だよね」

「ガキの頃からリャナンは見た目が良かったんだ」

「……」

ハルは察したみたいだ。

「今みたいに泣いたり笑ったりする奴じゃなかった。ずっと黙っていて誰とも話さなかった……話せなかった」



そう、リャナンはオレたちの目の前で組織のやつらに乱暴されそうになったんだ。

でも、傷物は高く売れないって言い出す奴がいて、事なきを得た。

それからリャナンはリム以外の奴とは話さなくなったし、近づこうともしなくなった。


ある時、リムアンが熱を出した時があった。

コイツはもうダメだ。死んじまうって、みんなが諦めた。

けれど、親父は自分の姉貴に頼み込んで診てもらって、リムアンを治した。


ずっとつきっきりで看病した。

リムアンは抵抗したし、他の奴も「触るな」って邪魔しようとしたけれど。

親父は、意に介さなかった。

辛抱強く水を飲ませたり、額を冷やしたり、汗を拭いてやったり……


目が覚めたとき、リムアンは大泣きした。

感謝なんかしていない。

「触るな」「出ていけ」ってさんざん罵ったんだ。

親父は何も言わないで出て行った。


次の日に親父は何事もなかったかのように孤児院に来た。

リムアンのために体によさそうな食い物を持って。

普通じゃない。

拒絶されてざんざん自分を罵った奴のことを面倒見ようだなんて。


厨房で飯をつくりはじめて、うまそうな匂いがしてきた。

オレたちは腹が減っていたから時々のぞき見をしていた。

親父はオレたちにもちゃんと食わせてくれるけど、待ち遠しかった。

でも素直に「食いたい」って言えなかった。


オレが厨房を覗いたとき、リャナンが親父に話しかけていた。

珍しいと思って物陰から様子をうかがった。


そうしたらリャナンのヤツが震えながらスカートの端を持ち上げた。

「お……おじさん、もう、り、リムに触らないで」

小さな声だったけれど、オレに聞き取れた。

「リム、泣いてる。『アイツが触ったところ、ぜんぶ気持ち悪い』って体を拭いてた」


この言葉に親父は相当ショックを受けていたんだろう。

けれど、表情を変えなかった。

「……おじさんもあの人たちみたいに……したいんでしょ。わたしが、リムの代わりに触らせてあげるから」

親父は確かに汗で濡れた体を拭いたり着替えさせたりしていた。

けれど、オレから見て変なことしていたようには見えなかった。

でも、リャナンにとっては違ったみたいだ。

リムにいたっては触られたこと自体が汚らわしかったんだろう。


リャナンがさらにスカートを捲り上げようとした。

その時はじめて親父が怒鳴ったんだ。

「やめろっ!」


あまりに大きな声だったんで雷でも落ちたかと思った。

みんなも驚いて厨房に集まってきた。

リャナンは驚いて固まっていた。

「やめてくれ……なんで、そん…なこと……」

ボロボロと親父が涙を流し始めた。

「違うよ。なんで、酷い……あんまりだ。君たちが、なんで、こんな目に遭わないといけないんだ」

頭を抱えて、しゃがみ込んで泣いていた。


途中から来たフィンたちは状況がわかってない。

けれど、何か大変なことが起きて、親父が悲しんでいるってのはわかっていた。

これを見て胸がすくほどオレたちは腐ってなかった。


親父は立ち上がると、「どんな奴だった」とリャナンに聞いた。

このときの親父の顔は、思い出すだけでも怖かった。

感情が一切消えたような顔で、目だけが琥珀色に光っていたんだ。


リャナンも怖かったみたいだ。

震えながら「茶色い髪で顔に傷のある男の人」って答えた。

そうしたら「わかった」と言い残して親父はいなくなった。

何だったのだろうかってみんなで話した。

リャナンだけは膝を抱えて部屋の隅で縮こまっていた。


その晩、親父が孤児院に戻ってきた。

「リャナンはいるか」

そう言って入ってくる。

親父は頭から被ったかのように血まみれだった。

大きな麻袋を引きずっている。

その袋からも血が滴っていた。

リャナンを見つけると、目の前で麻袋の中身をぶちまけた。

みんなあまりのことに悲鳴を上げるどころか固まっちまった。

親父が床にぶちまけたのはいくつもの男の首だった。

それもみんな茶色の髪で顔に傷のあるもの。

……そう、リャナンが言った特徴を持つものばかりだ。


「このなかに君を傷つけようとした奴はいるか」

リャナンはおびえながらも頷いた。

「そうか」

親父は短く言うとその首をすべて魔術で焼いた。

「これで君を傷つけた奴はもういない。これから傷つける奴も僕が許さない」

そうして膝をついてリャナンの顔の高さになった。


「もう、自分を傷つけるのをやめなさい。おびえることもない。怖かったら僕を頼りなさい。僕は、君を傷つけない」


それだけを言うと帰っていった。

オレたちは親父の狂気に触れて完全に怖れをなした。

あの人は人間の皮を被った化け物だと思った。

でも、リャナンは違ったみたいだ。

リャナンの心はもうとっくにおかしくなっていて、狂っていた。

部屋の隅で泣きながら変な笑い声をあげていたんだ。


次の日の朝、リャナンが一変した。

にこにこ笑って楽しそうにオレたちに話しかけてくる。

最初はとまどったけれど、アイツがとっつきやすくなったというのは良かったとは思う。


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