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第41話 お姉ちゃんの昔話 ~覚醒!エリーゼさん~


「典型的な迷宮だったわね」

そうエルザは言った。

同心円状の迷宮。必ず中央の近くを通る。

ただこの迷宮は内側に向かう道がわかりづらくなっている。

壁側に沿わなければ進めないものだった。

中央部にたどり着いた。

目の前には暗い色調の中に継ぎ目と思われる場所が青白い光を湛えている。

「では、入りますか――――――」

部屋に踏み入るなり、風景が変わる。

酩酊して布団にもぐり込んだような足元から崩れる感じ。

体が下に沈み、ぐるぐると世界が回る。



気づけばエルザことエリーゼ・カナン・マクスウェルは夢を見ていた。

遠き日、父と母と共にあった時期。

父は王家に仕える武官であり、高官として領地を得ていた。

母は家を守り貞淑であった。

良妻賢母であり、よく彼女へは裁縫や舞踏、作法などを教えてくれていた。


父と母には彼女しかいなかった。

だからこそ愛情を一身に受け、後継者たるべく教育が施されていた。


だが、不満がなかったわけではない。

武官として、騎士としてある家柄では男児が尊ばれる。

女性ではせいぜい良家の子息に嫁入りをするか、婿をとるかといった方法がとられる。

それに彼女は納得がいかなかった。


自分ではだめなのか。

父の期待、母の願いに応じることは出来ないのか。

私がマクスウェルの家名を背負い、一人の騎士として名を成すことは出来ないのか。

結局、マクスウェルの名を失うか、誰かに譲るしかないのか。


家臣団にはやはり男児を願う声が大きかった。

もとより妾をとり、男子を産ませることも方法のひとつではあった。

だが、父はそれを拒んでいた。母を愛していたのだ。

それは、彼女も知っており、誇りでもあった。

だから、彼女なりにどうすれば良いかを考えていた。



あるとき、父が珍しく狩りに同行することを許してくれた。

彼女が七歳になったときであった。


馬車に乗り、その窓から併走する父の姿を見ていた。

たくましい馬の鞍に跨り、凛とした父の姿。

いざ、狩りが始まると父は護衛を残し、森の中に消えていった。


そして、森の中から聞こえる獣の鳴き声と勇壮な男たちの声。

暫くして森からは大イノシシが彼女のいる馬車へ向けて突進してきた。

護衛がイノシシを迎え撃ち、馬車へ近づけまいとする。

しかし、猛然と向ってくる。


彼女は恐怖で動くことができず、狂える獣から視線を外せないでいた。


そこへ、馬に跨り、颯爽と父が飛び出してきたのを憶えている。

馬上から矢を放ち、イノシシを射るとイノシシは向きを変える。

馬車から遠ざけるようにイノシシを追い、父は槍を構えた。


その投擲はまさに雷光のようであった。


瞬時にイノシシを貫いた。

イノシシの絶命を確認するとすぐに父は馬首を返し、馬車へと近づいてくる。


「エル。大事無いか?」

そう言い、安否を尋ねながら彼女の頭に手を当て撫でる。


彼女の返答は「お父様、馬と剣の扱いを教えてくださいませ」だった。


その言葉に父は驚いた顔をしたものの、すぐに破顔し、大声で笑った。

「お前が男でなかったのが、我が家の不幸か。いや、お前が生まれたことは我が家の栄光である!かくも嬉しきことはない。今日という日は祝福の日だ」

そして、馬車から彼女を抱き寄せるとそのまま鞍に乗せたのだった。


その次の日から、彼女は馬術や剣術にとどまらず戦場で戦う術を父について学んだ。

時には無手の格闘術まで手ほどきを受けた。

意外だったのは母の態度だった。

裁縫と礼法に加え、医術と法術の手ほどきをし始めたのであった。


一日は短く、そして月日はあっという間に過ぎた。

無駄に過ごした日はなかった。楽しみがなかったわけではない。

ただ、彼女の楽しみは淑女のそれとは違っていた。

いつしか、馬を駆ること、狩りをすることが楽しみとなった。

騎士たちの武勇談を聞き、吟遊詩人の列伝を聞くことに心躍らせた。

恋に焦がれるよりも血の滾ることのほうが彼女の喜びであった。



父が3年ほど国外へ出ることがあった。彼女が10歳のときである。

彼女が生まれたころにもあったというが、今回は3度目の海外派遣であった。

「エル。暫らく留守にするが家のことは任せる。母を助けてくれ。あと、鍛錬を怠ることのないように」

「はい、お父様」

「うむ。まあ、お前の場合は、鍛錬ばかりをして他のことを疎かにしないように注意しなくてはいけないのか」

「そのようなことございません」


「何を言うか、最近お前は武練場に籠もりきりだと聞く。それに、下町にも遊びに行っているな。悪い遊びはしていないだろうな?」

「それは大丈夫です。誓って家名を汚すようなことはしておりません」

「ならば、良い。だが、私が戻るまではお前が頼りだ。家を守り、少し自重してくれ」

「わかりました。お父様がお戻りになるまで、このエリーゼ、不肖ながら家を守り抜いてみせます」

「うむ。心強い。頼むぞ」

「はい」

「では、行ってくる」



彼女が13になろうという年、父が帰国した。

国境警備から王都へ連絡があり、父が無事に国境を越え王都へ向っていると聞いた。


彼女は父を迎えるべく、身なりを整え、家をいっそう綺麗に掃除し、馳走を準備した。

すぐにでも迎えに駆けていきたかった。

だが、約束を3年守ったことを示すために家で迎えることにしたのだった。

それこそが、彼女にとって人生二度目の運命を感じざるを得ないときであった。



屋敷の門をくぐる父の姿を窓で確認し、急いでホールに迎えに出る。

扉が開き、使用人たちを含め、皆で主を迎えた。

「今、戻った」

そのいつもどおりの簡潔な挨拶の父を見てエリーゼは父の胸に飛び込みたかった。

しかし、その思いは留めざるをえなかった。


見慣れない少年が傍らにいる。

使用人や部下の騎士見習いではない。

異質な存在。

表情は褪めている。

感情はうかがえないが、目に炯炯と光を灯し、意志の強さだけを示している。

そして、父に似ているのだ。

後ろで一つに束ねられた白銀の髪。鼻梁と眉の感じ。目の形。

違うのは年齢と体格、そして瞳がダークブラウンであることぐらいか。


エリーゼの視線を受けてもその少年は応じない。

だが、父はそれに気づいて口を開いた。

「エリーゼ、この子はお前の弟だ。名をハティという」

「なっ?!」

「ハティ、姉上だ。挨拶を」

「はい。はじめまして、姉上。ハティと申します。こちらではハティと名乗らせていただきます。以後、よろしくお願いいたします。」

言われて初めてハティがエリーゼを見、言葉を投げかける。

感情の伺えない声。それでいながら悠然とした礼にかなった所作である。


その晩、彼女は歓迎の宴もそこそこに屋敷を出ると鍛錬場へと籠もった。

立てられた太い杭へ幾度となく練習用の剣を叩きつける。

そうするしかやり場のない思いをすり減らすことができなかった。

女の身である以上、家督を継ぐことができないことはわかっていた。

だが、まさか異国の弟を連れてこられた。

取って代わるように自分の居場所に据えられたのだ。

そればかりではない。

敬愛してやまない父が、母のみを愛しているとばかり思っていた父が……

異国の女性と関係を持っていたという事実にやり場のない怒りを覚えた。


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