第32話 ポテトは熱いぜ 【ハル・ルート】
グリード一行が到着し、そのままウルフスベインさんの屋敷に入った。
その夜は歓迎の晩餐会。
優雅な音楽の中、着飾った貴族階級(正確には議員階級)が談笑している。
テーブルの上には贅を凝らした料理が並んでいる。
(うむ、やはりソウル・ブラザーはわかっていらっしゃる)
僕はそれらを眺めて満足だった。
確かに豪華なのだが、そのどれもが素材の良さを引きたたせたものだった。
僕たちは何をしているって?
もちろん再度潜入しているのさ。
今度は全メンバーが参加している。
さすがにガレットさんとソニアさんは顔がばれているので待機。
合図とともに突入する手はず。
まずは僕たちでターゲットを確認して、決定的な証拠を押さえる。
そして、実行部隊で制圧という流れだ。
スヴェンは衛兵に混ざっている。
フィンとアルセイスが給仕に混ざっている。
あ、髪をアップにしたアルセイス、普段よりも3割増しでカッコいいな。
ふたりはスマートに給仕をこなしている。
おい、リムとリャナン、スイーツ盗み食いするな。
あまりに速いから誰も気づいてないだろうけど。
千本ノックで鍛えた僕の動体視力を舐めるなよ。
ああ、いけないいけない。
僕もミッションに集中しないと。
◇
「ふはははは、お前もようやく立場ってものが分かってきたじゃねぇか」
グリードが大口を開けて笑う。
「昔っからガレットの腰巾着だったお前が、ついに俺に仕えると決心するとはな」
そう言って無言でグラスを差し向ける。
「ハッ、なにとぞ、よろしくお願いいたします」
ウルフスベインはグラスにワインを注ぐ。
ガーネットを思わせる色合いのワイン。
バクス村で醸造されたものだった。
「ほぅ、これはなかなかだな」
グリードが一口含み、感嘆の声を漏らす。
「さすがはグリード様。王家へも献上されていたヴィンテージワインです。すぐにお分かりになるとは、いやはやご慧眼感服いたしました」
ウルフスベインの言葉に気を良くしたグリードが大仰に笑う。
「お前もなかなかに皮肉屋だな。王家を陥れて議員貴族の上位に至った俺に、わざわざ王家のワインを飲ませるのだからな」
ワインを飲み干し、さらにグラスを差し出す。
ウルフスベインはワインを注ぐ。
「まさにこのワインと同じ。長い時をかけて熟成させ、最後に俺が王家を飲み干してやったというわけだ」
さらにワインを呷る。
「お前たちは政治や策略というものに疎い。だから男爵どまりなんだ。要はいかに辛抱強く策をめぐらし、下準備をするか。そして機を見るや迅速に事を起こすか、だ」
「なるほど。ガレットの傭兵団にいたころからすでに青地図を描かれていたのですな」
「そのとおりよ」
なおも機嫌よく笑うグリード。
「して、臣従の証となる『恩寵』はいただけるのでしょうか?それで『眷属』を増やし、貢献することが出世へとつながるというのは本当でしょうか」
ウルフスベインが声を潜めて尋ねる。
「ああ、ちゃんと用意してあるぞ。まずはお前の誠意を見せてもらうのが先だ」
「ハッ、必ずやご期待に沿えましょう」
ウルフスベインが頭を下げる。
だが、下を向いたときにはこっそりと舌を出した。
(バーカ、せいぜい頭のぼせてやがれ。だいいちそのワインは熟成中の並のものだ。数カ月前から急に品質が落ちたからな。ちょうどいいと思って飲ませたら、やはりバカ舌には分からんかったか)
◇
屋敷の一角、廊下を滑るように移動する影がある。
布で口元を覆った女性。
黒い髪、浅黒い肌。黒曜石を思わせる瞳。
傭兵団「黒金の鷹」、大隊長の「鴉」ことソニアであった。
元山賊の頭だった彼女は、こうした隠密活動を得意としていた。
「くそっ、ついてねぇな」
重厚な扉の前に立つ兵士がぼやく。
「本当ですね」
ぼやきに若い兵士が答える。
「まあ、お前は新人だから、しょうがないと言えばそうだが……」
そう言って中年の兵士が若い兵士を見る。
「ウルフスベインのところのヤツでいいんだよな?」
「はい。2ヶ月前に配属になりました」
「そうか。まあ、ガタイがいいからな、期待しているぜ」
「ありがとうございます」
若い兵士は礼を言うと、首をかしげる。
「しかし、来賓のグリード様の部屋とはいえ、なぜお留守なのに警備をするのですか」
この問いを中年の兵士が笑う。
「あのな、主の所持品をお守りするのも兵士の務めだぞ。特にグリード様は上級の議員貴族だ。その持ち物は高価なものばかり、さらに政府から下賜されたものもあるからな」
「なるほど、そうでしたか」
若い兵士が頷く。一瞬だが瞳に怪しげな光が差した。
トントントントン……
床を叩く音がする。
中年の兵士が目をやると、若い兵士が足先で床をタップしている。
「おい、いくら暇だからといって……」
若い兵士を注意した時だった。
ヒュッ!
風を切る音がする。
「?」
中年の兵士は何をされたのか気づくこともなく絶命した。
「ボウズ、よくやったね」
中年の兵士が崩れ落ちるのと共に、その背後で血に濡れた短刀を手にしたソニアが言う。
「やはり、この部屋のようです」
「鍵は?」
「渡されていません」
「そうかい。なら開錠するしかないか。見張り頼めるかい?」
「はい」
年若い兵士に扮装していたスヴェンが答える。
◇
「お待たせいたしました。ドフィノワーズ(ポテトグラタン)でございます」
僕は大皿のグラタンをテーブルへと運ぶ。
フフフフ、こいつは僕史上最高の出来だ。
大人味にするためにちょっとスパイスを利かせている。
でも、バターのコクで深みを増した滑らかマッシュポテトがその刺激を優しく包み込む。
怖れ慄け、カースト上位ども。
最下層民の底力を舐めるなよ。
この至高のポテトグラタンをハフハフしながら貪り食うがいい。
最後の皿を出そうとした時だった。
「うっ!」
貴族の一人がうめいた。
そうでしょう、そうでしょう。うなるほどおいし……
周りの貴族たちもうめきだした。
しかも、お腹を押さえて妙に背筋をピンと伸ばしている。
あ、内股でせかせか走り出した。
ま、まさか。
「なんだ、何事か?」
上座にいた大男、グリードが狼狽する。
「どうしたのだ」
壇上から駆け下りてこっちに来る。
ま、まずい、逃げないと。
慌てた僕は手を滑らせてしまう。
「――――――あ」
しかも勢いあまってグラタン皿を宙に放り投げてしまった。
向かってくるグリード。
放物線を描いて飛ぶグラタン。
「なっ!?」
グリード、歴戦の戦士なのに気づくの遅い。
グリードはグラタン皿を顔面で受け止めた。
「ひぃぃぃゃぁぁぁぁっ!」
◇
「おい、俺の忠告は聞いていなかったのか」
ウルフスベインさんが頭を抱える。
「どうだっ!」
リムアンが胸を反らす。
「『どうだ』じゃねぇ、クソガキが」
ウルフスベインさんが恨みがましく言う。
「よくも料理に毒を盛りやがったな」
正確にはお通じが良くなる薬ですが。
「しかも、食わせるどころか、グリードの野郎の面にぶっかけるとはよ」
「どうだ」
「だから『どうだ』じゃねぇよ、クソガキ」
リャナンも悪ノリして言ったが、一蹴される。
「あ~、ハル」
僕を名指しする。
「お前のポテト・スローは最高で最悪な見世物だった」
「あ、ありが……」
「俺が怒ってるのもわかるよな?」
ズンって体が重くなる。
「わかっているよな?」
なんだ、これ?魔術なら「土寄せ棒」が無効化してくれるのに。
周りを見るとリャナンもリムアンも動けないでいる。
「ヤバッ、こいつの闘気……」
闘気?何ですかそれ?
「歯ぁ食いしばれよ、クソガキどもが」
拳骨を食らってこぶをつくった僕ら三人はさめざめと泣いている。
うん、じみ~に痛い。
「どうせお頭の差し金だろ」
ふぅとタバコの煙を吹く。
「お前ら、もう帰れ」
なんだろ、この渋い感じ。
「これからここは戦場になる」
はい?
「お前らが騒ぎを起こした間に、奴が持っていた『証拠品』を奪った」
……手際良すぎない?
「言っておくが、騒ぎが起きなくてもできたんだぞ」
「はい。すいません」
謝る僕の肩を小突く。
「盗まれたことに気づいたグリードは激怒するな。んで、証拠消そうと俺らを皆殺しにしようとする」
ウルフスベインさんが立ち上がった。
「というわけで、メイドさんごっこは終わりだ」
僕たちを見て笑った。
「今度こそ、本当に帰れよ、お前ら」




