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第3話 棒と瞳。役立たずの僕と見向きされないコレットとの出会い。



〈ちょっと、ロッシェってば!大胆っ〉


「逃げちゃダメだよ。優しくするから」


〈ヤダッ、そこは……〉


「この溝のところだね」


〈ちょっと、強いっ……優しく〉


「ああ、ゴメン。つい……」


〈んん……〉


「アイツの臭いがする」


〈もしかして、嫉妬してるの?〉


「アイツの臭いなんか、僕が消してやる」


〈ああ……ロッシェ〉



バシャバシャ――――――



僕は「アンジェさん」に水をかける。


ヘチマのスポンジで「彼女」の体を洗っている。


綺麗にしなくちゃ。



さっき、【土寄せ棒】のアンジェさんを誤って投げてしまった。


しかも、「魔獣?」と思われる「ネズミ」の尻にだ。


ちょっと触れただけなのにメッチャ「獣臭い」。


これじゃ、部屋に置いているだけでも悪臭がする。



―――――でも、不思議だ。



なんでアンジェさんが「ぶつかった」だけであのネズミは消えたんだろう。


〈ロッシェ~、もういいでしょ~〉


アンジェさんの声。


僕は顔を寄せる。


〈あんっヤダッ〉


恥じらうアンジェさん。


僕はスンスンと臭いを嗅ぐ。


「うん。もう臭くない」


〈サイッテイ!女の子の匂い嗅いでおいて「臭い」なんて!〉


「ごめんごめん」





「お兄ちゃん、どうしちゃったの?」


「エナ、だめよ。今のお兄ちゃんはいつものお兄ちゃんじゃないの」


ハルの妹、エナは首を傾げる。


「でも、お母さん。お兄ちゃん、いっつもあんな感じだよ」


「うう……」


ハルの母親、マーナが口元を抑える。


(どうか、アナタ……息子を、ハルを守ってください。私が「真人間」に育て直しますから)


マーナは「たらい」に向かう息子の後ろ姿を涙目で見る。


【土寄せ棒】に話しかけながら洗うハル。


その姿にあふれ出る涙を堪えられない、母、マーナであった――――





サク、サク、サク……


僕は、【土寄せ棒】の「アンジェ」さんで農園の地面を突いていた。


今は「ジャガイモさんの種芋」を土に植える作業。


「アンジェ」さんの今日のコーディネートはV字の帽子。


〈今日のアタシは、ブイブイ言わせちゃるゼ!〉


今日も今日とて「アンジェ」さんは元気いっぱい。


「ふふっ」


思わず笑みが浮かぶ。

本当に癒されるなぁ……


ふかふかのベッドに優しく寝せてあげてぇ。


土のお布団を掛けてあげるんだ。


〈早く芽吹けよ、萌え萌え、キュン☆〉


アンジェさん楽しそう。


地面を突いた瞬間、黒い靄のようなものが地面から出てくる。


そして、すぐに消える。


その後の土からはとてもいい匂いがするんだ。


昨晩、僕は魔物を一瞬で消した。


みんなは気味悪がって近づかなくなった。


結界を壊したという疑惑は、ハンナの嘘でうやむやになった。

「私はハルと一緒に見回りをしていた」って、みんなに説明したんだ。


彼女はポルコと僕が農場に行くのを見て、後をつけた。


僕が一人になったときに「一緒に見回ろう」って提案して見回りをした。

けれど、農園でポルコが襲われているのを見て怖くなって逃げ出した。

家に戻ったところで魔物に襲われた。


こんな内容だった。もちろん全部、嘘だ。


でも、ポルコだって嘘をついていて真実を証明できない。

だから、ハンナの嘘も嘘って証明できない。


娘が言うことをおじさんもおばさんも否定しなかった。


ポルコが反論しようとしたけれど、石を手で玩ぶハンナを見て口を閉ざした。


だから、こうして僕は農園でまだ働かせてもらっている。


ハンナには頭が上がらない。





「今日は、お世話になります」


老齢のシスターが言う。


「いえいえ、麓の村からわざわざお出でになるとは」


農園主はシスターにお辞儀をした。


「こちらこそ、ご迷惑をおかけするかもしれませんが、よろしくお願いします」


シスターはそう言って微笑む。


隣には女の子がいた。


「君が、今日お手伝いをする子だね」


農園主が尋ねる。


少女は無言で頷いた。


シスターが少女の背中を軽く叩く。


ハッとした様子で少女はお辞儀をした。


「今日は、よろしく……おねがいします」


小さい声で言った。


「内気な子なので、ご容赦ください」


シスターは笑みを崩さずに言った。


「そうですか。まあ、一昨年前まで戦がありましたからね。いろいろな事情を抱えた子も多いですから」


農園主は事情を察しているのか、にこやかに言う。


「では、今日一日お預かりします。夕方にはお迎えに?」


「いえ。自分で帰ってこられると思いますので」


「そうですか。では、あまり遅くならないうちに帰しますね」


そう言って農園主は後ろを振り返って少年を呼んだ。


「おい、ポルコ」


「はい。農園主さん」


にこやかにポルコは返事をする。


「この子の面倒を見てくれるか」


「ええ、任せてください」


そう言ってポルコは進み出る。


「けして、ケガをさせてはだめだぞ」


「はい。ムリなこともさせませんから」


そう言って膝をかがめて少女の目線の高さになる。


「こんにちは。お名前は?」


少女はビクリと身を震わせた。


それから小さく震え続ける。


「ごめんなさいね。本当にこの子は……」


シスターがため息を吐く。


「いいんです。気にしないでください。人見知りする子なんですよね」


ポルコは笑顔のままで言った。


「まあ、なんて優しい子なの」


シスターは感心したように言う。


「ええ、彼はこの農園でも一番に賢い。人望もあるからいろいろ任せているんです」


「それなら、安心ですね」


ふたりの言葉にポルコは頭を掻く。


「やだなぁ、そんなに持ち上げないでくださいよ。恥ずかしい」


謙遜をするポルコ。


笑う大人たち。


「俺は、ポルコだよ。今日はよろしく」


ポルコはニコニコと笑いながら少女に挨拶をした。




私、コレット・オルレアはいつも怯えていた。

私のことを見てくれないお父様とお母様。


見えないところで意地悪をしてくる大人たち。


お父様が死んで、すぐに私は孤児院に入れられた。

貴族の子供ではなくて、ただの捨て子として。


数年前まで戦が続いていたので孤児は多い。

魔物も出るし病気や事故で孤児になる子もいる。


孤児院で私は他の子と同じ部屋で過ごした。


朝晩と食事が与えられる。

お湯とほとんど変わらないスープとお芋がいつものご飯。


お風呂がないので身を清めることがない。

髪を切ることもないので伸び放題。


屋敷にいたときは使用人が髪を梳って結んでくれていた。

自分では結び方がわからない。


他の子も自分のことで精一杯。

他の子がどうであろうと興味がない。

誰かを助けて仲良くなろうとか、そういう気力すらないんだ。


10歳くらいになったら、近所の農家さんのお手伝い。

農家さんのお手伝いのお礼が、私たちのご飯になる。


だから何を言われても私たちは黙って働く。


大きくなったら出て行かなくてはならない。

それまでに働くところを探さなくちゃいけない。


でも私はのろまだからいつも失敗ばかりして怒られる。


何か言おうにも怖くて言葉が出てこない。

そうやって「もういいよ」とか「明日から来なくていいよ」とかすぐに言われてしまう。


今日はやっと、山の方にある「バクス村」でのお手伝いの話が来た。


シスターは足が悪いので荷馬車に乗せてもらう。


私も一緒に乗ることを許された。


「帰りは、自分で帰ってこれますか?」


シスターが言う。


「……はい」


私はそう答える。


そう答えるしかないだ。


だって、シスターはそう答えることを「望んでいる」ように「視える」から。


「そう。あまり遅くならないうちに帰って来るのですよ」


気のない返事が返ってくる。


内心はほくそ笑んでいるというのに。





「おいっ!ハル」


ポルコの声がする。


僕は作業を中断して顔を上げた。


隣に見慣れない子がいる。


栗色の髪。


でも、ボサボサの伸び放題で、顔が見えない。


「この子、麓のノービス村の孤児院の子だ」


そうなんだ。


それで、なんでいるのかな?


「お前の作業、手伝わせろ」


ホント、急だな。


「頼んだぞ」


そう言ってポルコはさっさといなくなる。


まあ、体よく押しつけられたってところか。


〈ホント、相変わらず嫌な奴ねぇ〉


アンジェさんが「べぇ」って舌を出すような音を出す。


女の子はうつむいたまま、もじもじしている。


う~ん。


エナよりは年上だけれど、僕よりは年下かな?


僕は汗を拭ってから彼女のいる草地まで歩いて行った。


「ねえ」


僕は女の子に声をかけた。


彼女はビクリと身を震わせる。


内気な子なのかな?


細い腕、小さな手。


こんな子に作業をさせるなんて可哀想だよ。


僕だって聞いたことはある。


麓のノービス村には、孤児院がある。


そして、そこに入れられるとまともな食事を与えられることがないらしい。


さらに、10歳くらいになると働かされるんだ。


社会復帰の名目で。


でも、それは実質、自分で食い扶持を稼ぐってこと。


ちゃんとしたところなら働いた報酬を渡す。


けれど、ほとんどのところは彼らをタダ働きさせるんだ。


みんな生活が苦しい。


だから、そんな酷いことがまかり通っている。


「お腹、空いてない?」


僕が尋ねると、女の子は顔を上げた。


「僕はご飯、まだなんだ。よかったら一緒に食べようよ」


「で、でも……私」


彼女は言い淀む。


きっと、何か見返りとか要求されると思ってるんだろうな。


「気にしないで。ただ、一緒にご飯を食べようってだけだから」


そう笑う。


女の子は小さく頷いた。


ジャガイモ仲間へ


今日1日お疲れ様でした。

いい日であってもそうでない日であっても、今日1日を生きているだけで素晴らしいことだと思います。

それではまた、明日。

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