第3話 棒と瞳。役立たずの僕と見向きされないコレットとの出会い。
〈ちょっと、ロッシェってば!大胆っ〉
「逃げちゃダメだよ。優しくするから」
〈ヤダッ、そこは……〉
「この溝のところだね」
〈ちょっと、強いっ……優しく〉
「ああ、ゴメン。つい……」
〈んん……〉
「アイツの臭いがする」
〈もしかして、嫉妬してるの?〉
「アイツの臭いなんか、僕が消してやる」
〈ああ……ロッシェ〉
バシャバシャ――――――
僕は「アンジェさん」に水をかける。
ヘチマのスポンジで「彼女」の体を洗っている。
綺麗にしなくちゃ。
さっき、【土寄せ棒】のアンジェさんを誤って投げてしまった。
しかも、「魔獣?」と思われる「ネズミ」の尻にだ。
ちょっと触れただけなのにメッチャ「獣臭い」。
これじゃ、部屋に置いているだけでも悪臭がする。
―――――でも、不思議だ。
なんでアンジェさんが「ぶつかった」だけであのネズミは消えたんだろう。
〈ロッシェ~、もういいでしょ~〉
アンジェさんの声。
僕は顔を寄せる。
〈あんっヤダッ〉
恥じらうアンジェさん。
僕はスンスンと臭いを嗅ぐ。
「うん。もう臭くない」
〈サイッテイ!女の子の匂い嗅いでおいて「臭い」なんて!〉
「ごめんごめん」
◇
「お兄ちゃん、どうしちゃったの?」
「エナ、だめよ。今のお兄ちゃんはいつものお兄ちゃんじゃないの」
ハルの妹、エナは首を傾げる。
「でも、お母さん。お兄ちゃん、いっつもあんな感じだよ」
「うう……」
ハルの母親、マーナが口元を抑える。
(どうか、アナタ……息子を、ハルを守ってください。私が「真人間」に育て直しますから)
マーナは「たらい」に向かう息子の後ろ姿を涙目で見る。
【土寄せ棒】に話しかけながら洗うハル。
その姿にあふれ出る涙を堪えられない、母、マーナであった――――
◇
サク、サク、サク……
僕は、【土寄せ棒】の「アンジェ」さんで農園の地面を突いていた。
今は「ジャガイモさんの種芋」を土に植える作業。
「アンジェ」さんの今日のコーディネートはV字の帽子。
〈今日のアタシは、ブイブイ言わせちゃるゼ!〉
今日も今日とて「アンジェ」さんは元気いっぱい。
「ふふっ」
思わず笑みが浮かぶ。
本当に癒されるなぁ……
ふかふかのベッドに優しく寝せてあげてぇ。
土のお布団を掛けてあげるんだ。
〈早く芽吹けよ、萌え萌え、キュン☆〉
アンジェさん楽しそう。
地面を突いた瞬間、黒い靄のようなものが地面から出てくる。
そして、すぐに消える。
その後の土からはとてもいい匂いがするんだ。
昨晩、僕は魔物を一瞬で消した。
みんなは気味悪がって近づかなくなった。
結界を壊したという疑惑は、ハンナの嘘でうやむやになった。
「私はハルと一緒に見回りをしていた」って、みんなに説明したんだ。
彼女はポルコと僕が農場に行くのを見て、後をつけた。
僕が一人になったときに「一緒に見回ろう」って提案して見回りをした。
けれど、農園でポルコが襲われているのを見て怖くなって逃げ出した。
家に戻ったところで魔物に襲われた。
こんな内容だった。もちろん全部、嘘だ。
でも、ポルコだって嘘をついていて真実を証明できない。
だから、ハンナの嘘も嘘って証明できない。
娘が言うことをおじさんもおばさんも否定しなかった。
ポルコが反論しようとしたけれど、石を手で玩ぶハンナを見て口を閉ざした。
だから、こうして僕は農園でまだ働かせてもらっている。
ハンナには頭が上がらない。
◇
「今日は、お世話になります」
老齢のシスターが言う。
「いえいえ、麓の村からわざわざお出でになるとは」
農園主はシスターにお辞儀をした。
「こちらこそ、ご迷惑をおかけするかもしれませんが、よろしくお願いします」
シスターはそう言って微笑む。
隣には女の子がいた。
「君が、今日お手伝いをする子だね」
農園主が尋ねる。
少女は無言で頷いた。
シスターが少女の背中を軽く叩く。
ハッとした様子で少女はお辞儀をした。
「今日は、よろしく……おねがいします」
小さい声で言った。
「内気な子なので、ご容赦ください」
シスターは笑みを崩さずに言った。
「そうですか。まあ、一昨年前まで戦がありましたからね。いろいろな事情を抱えた子も多いですから」
農園主は事情を察しているのか、にこやかに言う。
「では、今日一日お預かりします。夕方にはお迎えに?」
「いえ。自分で帰ってこられると思いますので」
「そうですか。では、あまり遅くならないうちに帰しますね」
そう言って農園主は後ろを振り返って少年を呼んだ。
「おい、ポルコ」
「はい。農園主さん」
にこやかにポルコは返事をする。
「この子の面倒を見てくれるか」
「ええ、任せてください」
そう言ってポルコは進み出る。
「けして、ケガをさせてはだめだぞ」
「はい。ムリなこともさせませんから」
そう言って膝をかがめて少女の目線の高さになる。
「こんにちは。お名前は?」
少女はビクリと身を震わせた。
それから小さく震え続ける。
「ごめんなさいね。本当にこの子は……」
シスターがため息を吐く。
「いいんです。気にしないでください。人見知りする子なんですよね」
ポルコは笑顔のままで言った。
「まあ、なんて優しい子なの」
シスターは感心したように言う。
「ええ、彼はこの農園でも一番に賢い。人望もあるからいろいろ任せているんです」
「それなら、安心ですね」
ふたりの言葉にポルコは頭を掻く。
「やだなぁ、そんなに持ち上げないでくださいよ。恥ずかしい」
謙遜をするポルコ。
笑う大人たち。
「俺は、ポルコだよ。今日はよろしく」
ポルコはニコニコと笑いながら少女に挨拶をした。
◇
私、コレット・オルレアはいつも怯えていた。
私のことを見てくれないお父様とお母様。
見えないところで意地悪をしてくる大人たち。
お父様が死んで、すぐに私は孤児院に入れられた。
貴族の子供ではなくて、ただの捨て子として。
数年前まで戦が続いていたので孤児は多い。
魔物も出るし病気や事故で孤児になる子もいる。
孤児院で私は他の子と同じ部屋で過ごした。
朝晩と食事が与えられる。
お湯とほとんど変わらないスープとお芋がいつものご飯。
お風呂がないので身を清めることがない。
髪を切ることもないので伸び放題。
屋敷にいたときは使用人が髪を梳って結んでくれていた。
自分では結び方がわからない。
他の子も自分のことで精一杯。
他の子がどうであろうと興味がない。
誰かを助けて仲良くなろうとか、そういう気力すらないんだ。
10歳くらいになったら、近所の農家さんのお手伝い。
農家さんのお手伝いのお礼が、私たちのご飯になる。
だから何を言われても私たちは黙って働く。
大きくなったら出て行かなくてはならない。
それまでに働くところを探さなくちゃいけない。
でも私はのろまだからいつも失敗ばかりして怒られる。
何か言おうにも怖くて言葉が出てこない。
そうやって「もういいよ」とか「明日から来なくていいよ」とかすぐに言われてしまう。
今日はやっと、山の方にある「バクス村」でのお手伝いの話が来た。
シスターは足が悪いので荷馬車に乗せてもらう。
私も一緒に乗ることを許された。
「帰りは、自分で帰ってこれますか?」
シスターが言う。
「……はい」
私はそう答える。
そう答えるしかないだ。
だって、シスターはそう答えることを「望んでいる」ように「視える」から。
「そう。あまり遅くならないうちに帰って来るのですよ」
気のない返事が返ってくる。
内心はほくそ笑んでいるというのに。
◇
「おいっ!ハル」
ポルコの声がする。
僕は作業を中断して顔を上げた。
隣に見慣れない子がいる。
栗色の髪。
でも、ボサボサの伸び放題で、顔が見えない。
「この子、麓のノービス村の孤児院の子だ」
そうなんだ。
それで、なんでいるのかな?
「お前の作業、手伝わせろ」
ホント、急だな。
「頼んだぞ」
そう言ってポルコはさっさといなくなる。
まあ、体よく押しつけられたってところか。
〈ホント、相変わらず嫌な奴ねぇ〉
アンジェさんが「べぇ」って舌を出すような音を出す。
女の子はうつむいたまま、もじもじしている。
う~ん。
エナよりは年上だけれど、僕よりは年下かな?
僕は汗を拭ってから彼女のいる草地まで歩いて行った。
「ねえ」
僕は女の子に声をかけた。
彼女はビクリと身を震わせる。
内気な子なのかな?
細い腕、小さな手。
こんな子に作業をさせるなんて可哀想だよ。
僕だって聞いたことはある。
麓のノービス村には、孤児院がある。
そして、そこに入れられるとまともな食事を与えられることがないらしい。
さらに、10歳くらいになると働かされるんだ。
社会復帰の名目で。
でも、それは実質、自分で食い扶持を稼ぐってこと。
ちゃんとしたところなら働いた報酬を渡す。
けれど、ほとんどのところは彼らをタダ働きさせるんだ。
みんな生活が苦しい。
だから、そんな酷いことがまかり通っている。
「お腹、空いてない?」
僕が尋ねると、女の子は顔を上げた。
「僕はご飯、まだなんだ。よかったら一緒に食べようよ」
「で、でも……私」
彼女は言い淀む。
きっと、何か見返りとか要求されると思ってるんだろうな。
「気にしないで。ただ、一緒にご飯を食べようってだけだから」
そう笑う。
女の子は小さく頷いた。
ジャガイモ仲間へ
今日1日お疲れ様でした。
いい日であってもそうでない日であっても、今日1日を生きているだけで素晴らしいことだと思います。
それではまた、明日。




