第2話 「脂身」大好きドブネズミ。「愛と平和の鎮魂歌(レクイエム)」で「スン」!
ああ、今日のご飯も最高だったなぁ……
といっても、いつもの「ジャガイモ」さんなんだけれど。
ジャガイモ農家だけあって「母さん」のレパートリーは豊富なんだ。
今日のジャガイモさんは「ロスティ」。
カリッとした表面にほっくりとした中身。
付け合わせは「蒸したお野菜」だけれど、ジャガイモさんのおかげで満足だ。
今日一日の疲れも取れたし、なんだか体が「軽い」。
「ジャガイモパワー」は偉大だ。
「口福」に浸っている僕の横で「アンジェさん」は床をコロコロ転がっている。
〈もう、ヤダぁ、ロッシェったらぁん〉
「アンジェさん」、照れまくっている。
昼間、アンジェさんに注意された時のことを言ってるんだ。
〈「大切な人」って、大切な人の「名前」って言ったけどさぁ〉
〈ぐへへへへへへ〉
彼女の声は僕にしか聞こえない。
昔から。
父さんも昔は「聞こえてた」って言っていたけれど。
「そういえば、アンジェさんの声って僕だけにしか聞こえないんだよね」
「どうして父さんとは口を利いてくれなくなったの?」
身悶えていた(実際はコロコロ床を転がっていただけの)彼女がぴたりと止まった。
〈アタシを捨ててどっか行ったからよ〉
寂しそうで、悲しそうで、怒りのこもった声。
僕は二度と聞いてはいけないことなのだと思った。
〈みんな、みんな私を置いていっちゃう。いなくなっちゃう……〉
僕はその泣いているような声に思わず「彼女」を抱きしめてしまった。
〈あ……ロッシェ〉
彼女は泣き止んでくれたようだ。
―――――バサッ
紙の落ちる音がした。
「……お兄ちゃん?何をしているの」
エナの声。
足元には「絵本」が落ちていた。
「【棒】さんを抱っこしながらスリスリしてる」
あ、ヤバい。
「おか~さ~ん、お兄ちゃんがまた【棒】さんと仲良ししてるぅ~」
エナは部屋を出ようとした。
「ちょっと、ちょっと待って!エナっ、誤解なんだ!」
僕は必死に呼び止めようとした。
「おにいちゃんが『ヤバい人』してる~」
エナは僕の言葉など聞こえてないかのようにパタパタ走り出した。
僕は慌ててエナを追いかけた。
◇
どうにかエナを捕まえることができた。
まあ、母さんには知られてしまったけれど。
お母様。
僕はいたって普通の子ですよ?
「ストレスでおかしくなった」とか言わないで。
そして、さめざめと泣かないで。
そうこうして、今は妹のエナに絵本を読んであげていた。
昔、父さんが買ってくれた本。
父さんは兵士をしていて文字も読めた。
僕にも文字の読み方を教えてくれた。
今度は僕が父さんに代わってエナに読み方を教えるんだ。
「タヌキさんは言いました。『僕じゃない、このリスがやったんだ』」
エナは絵を見ながら僕の声に聞き入っている。
「リスさんは言いました。『私じゃないわ。なんであなたは嘘を言うの』」
……毎回読んでも重い内容。これ、本当に幼児向け?
エナはそれでも楽しそう。まぁいいか。
そう思っていたらなんだか外が騒がしい。
なんだろう?
「お兄ちゃん、お外が……」
「だよね」
僕はエナに「ちょっと見てくるね」と言って外へと出た。
何かあったら怖いので【土寄せ棒】のアンジェさんと一緒に。
◇
真っ暗になった外は月明りでほの白く照らされていた。
カサカサと茂みが音を立てる。
(え?なに、怖いんですけど)
〈気をつけて〉
アンジェさんが警戒を促す。
茂みからポルコが出てきた。
「は、ハルっ!」
なに、またなんか言われるの?
「助けてくれっ」
「え?」
「大変なんだ。農園が荒らされて」
ええええ?
「な、なんで、そんなことに」
「わからない。お前も手伝ってくれよ」
「わかった」
僕はポルコに従って走り出す。
〈ちょっとっ、ロッシェ!〉
アンジェさんが何か言っている。
でも、僕は気づいていなかった。
そして、ポルコがニヤついていたことにも。
◇
「あれ?何ともないけれど……」
僕はジャガイモ畑に来て、代わり映えしないことに驚いた。
「おかしいな、さっきまで変な獣がうろついていたんだけれど」
ポルコが言う。
「そう?」
違和感がある。
今さらながらだけれど、コイツが僕に助けを求めてきたってことに。
「お~い、大丈夫か」
ポルコの取り巻き達も来た。
「ああ、今は大丈夫みたいだ」
ポルコが言う。
「じゃあ、ちょっと見回ってから帰るか」
奴の提案に、みんなで頷く。
〈アイツら、なんか企んでる……〉
アンジェさんが僕に警戒を促す。
「手分けしようぜ」
そうポルコたちは言って見回る範囲を決め始めた。
って、なんで僕は林の方に行かされるんだ?
〈ロッシェ。アイツらが離れてから移動しましょう〉
アンジェさんの言葉に僕は頷く。
「見回ったらまたここに集合な」
そういってアイツらは行ってしまう。
〈とりあえず、現時点では何もしてこないみたいね〉
あまりにもあっさりと離れていったポルコたち。
妙な不気味さを感じながら、僕は「アンジェさん」と共に林へと向かった。
◇
林の中を「アンジェさん」と一緒に見回っていた時だった。
「う、うわああああああああ!」
悲鳴が聞こえる。
慌てて畑に戻ると、でっかい……ネズミ?
「デカネズミ」がいた。
肥満体のポルコより大きい。
「なんで俺ばっかり追いかけてくるんだよぉ」
ポルコがデカネズミに追いかけられている。
小太りのポルコが顔を真っ赤にして必死に走っている。
……あ、コケた。
さすがにこれはヤバい。
僕は「アンジェさん」を手に走った。
〈……あのヤロウ〉
「アンジェさん」のお怒りの声。
ぼんやりとだけれど光って見えた。
「このぉぉぉ!」
叫ぶ僕にデカネズミはすぐに気づいた。
なんだ、あのネズミ?
でっかいだけじゃなくて、黒い煤みたいなのが出ている。
〈……この、害獣がぁ〉
忌々しげなアンジェさんの声。
デカネズミの目がいっそう赤みを増した。
黒い煤が畑や僕に向けて降ってくる。
〈てめぇっ、ドタマかち割るぞ!〉
アンジェさんが威嚇する。
その乱暴な言葉遣いとは裏腹に「ほわわわん」と羽のような光があたりに広がる。
黒い煤が羽に触れて消えた。
デカネズミは、それに気づいたのか、急に逃げだした。
「?」
呆気に取られている僕。
〈……フンっ〉
不機嫌そうなアンジェさんの声。
ポルコはブフッブフッって荒い息をつきながらつぶやいた。
「なんだよ、あいつ」
「ポルコが見たって言うの、アレ?」
「知らねぇよ!」
ポルコが叫ぶ。
なんだ?どういうこと?
『キャァァァァァッ!』
あのデカネズミが走り去った方から悲鳴が上がった。
「今度はなんだ!?」
ポルコがうろたえる。
あっちは、ハンナの家の方だ。
僕は思わず走り出していた。
◇
ハンナは僕の幼馴染。
ご近所さんということもあり、エナの面倒をよく見てくれている。
家の近くまで来ると、おばさんとハンナが座り込んでいるのが見えた。
おじさんは家畜のえさやり用フォーク(ピッチフォーク)を手にしている。
もちろん彼女たちを庇うためだ。
デカネズミはそんな彼らにお構いなし。
ハンナの家の豚を齧っていた。
って、ネズミって肉食べるんだ。
騒ぎを聞きつけて村のみんなが集まってきた。
「魔物だ!」
「なんで、魔物がこんなところに」
「結界はどうした」
口々に騒ぎ立てる。
今はそれどころじゃないでしょ。
しかし、このネズミ、豚の脂身ばっかり食べてる……
もしかしてポルコが襲われたのってそれ?
まあ、大人たちがこれだけ集まっているんだから、僕の出番はないよね。
そう思っていたら、「脂身」…もとい、「ポルコ」がやってきた。
「お、俺、見たんだ!ハルの奴が結界にイタズラしていたのを」
はぁっ!?
「ハルっ、どういうことだ!」
詰め寄られる。
「し、知らないよっ、違う。僕じゃないって」
僕の弁明に誰も耳を貸さない。
『ポルコ君がああ言っているんだ!』
そう、口が達者なポルコは村のみんなに信用されている。
「親父もそうだったが、役立たずってだけじゃなくて迷惑をかけるとは」
「父さんは関係ないだろ!」
僕は思わず叫んでいた。
「父さんをバカにするなよっ」
「うるさい、魔物を引き込んだロクデナシめ」
「違うって言ってるだろ!」
言い争っている後ろで悲鳴が上がった。
食事を終えたデカネズミ。
今度は標的をポルコに向けた。
「いかん!逃げろ」
誰かが叫ぶ。
大人たちはピッチフォークやスコップを手に魔物を追い払おうとした。
チュゥ――――
え?鳴き声メチャクチャ可愛いんですけれど。
とはいえ、目は赤々と光って不気味だ。
デカネズミはしっぽを一振りした。
それだけで大人たちは蹴散らかされた。
「ひぃ」
邪魔者を排除し、ネズミはポルコに狙いをつけた。
「このっ!」
石が飛ぶ。
ハンナが投げたんだ。
「あっち行け、気持ち悪いんだよ!この豚野郎!」
……え?
「あ、間違った。ドブネズミ!」
……わざとじゃないよね。
ハンナに続けとばかりにみんなで石を投げる。
多くはネズミに当たったけれど、たまに逸れてポルコにも当たる。
「いたい、痛いっっ、俺にもあたってる!」
奴の非難は興奮したみんなの耳には届いていない。
「痛っってぇ!」
ポルコが一際大きな悲鳴を上げる。
うっわぁ、ハンナ、良い肩してるぅ!?
剛速球。
ポルコのお腹にクリーンヒットした。
「チィ、リリース、ミスった。バックスピンかかってホップしちゃった」
ハンナが肩をコキコキ鳴らしている。
あれ?そんなキャラだった?
そして、ワザとやったの?
〈ロッシェ!〉
アンジェさんの声。
チュゥ、チュゥ!
あまりにも投石がうっとおしかったのか、ネズミが村人たちに向かっていく。
「うわぁ!」
人垣が崩される。
その真ん中にいたハンナが巻き込まれてしまう。
「あっ!」
転んだハンナ。
チュゥ!
ドブネズミと言われた恨みからか、ネズミがハンナに襲い掛かる。
「やめろぉ!」
僕はデカネズミに立ち向かった。
「アンジェさん」を振り上げる。
〈ロッシェ!あの「ネズミ」を【私】でぶっ叩くのよ!〉
アンジェさんが光り輝く。
「わかったよ!『相棒』!」
僕は駆けた。
幼馴染を救うために。
もう少し!
――――――ああっ!?
石に躓いてしまった。
誰だよ、こんな大きいの投げたの!
その拍子に「アンジェさん」がすっぽ抜けてしまった。
「彼女」は真っ直ぐにネズミに向かって飛んでいく。
〈【私の愛と平和の鎮魂歌(アンジェ・ラブ・アンド・ピース・レクイエム)】!〉
アンジェさんが叫ぶ。
そして、ネズミのお尻に突き刺さった。
その瞬間だった。
――――――スン
あれだけの巨体が一瞬にして音もなく消えてしまった。
みんな唖然として立ち尽くしている。
あれだけの喧騒が、一瞬で静寂へと変わった。
後に残ったのは、月明りを受けてほの白く光る【土寄せ棒】の「アンジェさん」だけ。




