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第26話 漢ガレットの真面目な話1 【ハル・ルート】


俺は物心ついたときには路地裏で生活していた。

親の顔も名前も知らない。

自分の名前も知らない。

帝国領では同じような孤児がたくさんいた。

それが当たり前だから不幸だとか羨むだとか思ったこともない。

とにかく腹が減った。飯が食いたい。それも腹いっぱい。

それしか考えることはなかった。

だから飯を食うために、孤児どうしで縄張り争いをしていた。

縄張りと言ってもたいしたことはない。

ゴミ捨て場、特に食い物が捨ててある場所をめぐっての争いだ。

俺は年齢の割には背が高く、力が強かった。

ガリガリの薄っぺらな体で、丸顔。

日に焼けて黒かったから「薄い丸焼き(ガレット)」と呼ばれた。

別の地方じゃ「富」を意味するというらしいが、それとは縁のない人間だ。

とにかく、見た目でそう呼ばれた。

何日かおきに周りの奴が死ぬ。

飢えだけではない。事故もあるし病気もある。

時にはヘマをして殺されることだってある。

自分の命もそんなもんだと思っていたから、特段感傷的になることはなかった。

とにかく、目一杯飯が食えて満たされることが夢だった。



あるとき、闘技場の近くを通った。

興業があるとき、屋台が出る。酔っ払いなどの懐は狙いやすかった。

時には気の大きくなった奴が、犬に餌でもくれてやるみたいに食い物をよこすこともある。

プライド?そんなもので腹が膨れるなら世話がない。

だから、みすぼらしい自分を見せて憐れみを乞うのだ。


恰幅の良いおっさんが声をかけてきた。

「おまえ、体でかいな」

男娼には向かないなりだから、声をかけられても警戒はしていない。

「剣闘士にならないか」

なんのことだかわからない。

「アカデミーに入れば、飯が食えるぞ」

この誘い文句に乗った。

「剣闘士ってなんだ?」

「この闘技場で戦って、客を喜ばせる見世物だ」

「アカデミーってのはなんだ?」

「剣闘士になるための訓練をするところだ」

「なんで、飯を食わせてくれるんだ」

「剣闘士になって稼いでもらうためだ。簡単に死ぬようなら金にならない。もちろん、客を喜ばせるための方法も覚えてもらうぞ」

どのみちいつ死ぬかわからない生活だ。

剣闘士の試合で死ぬのもそう変わりがない。

アカデミーで訓練している間は飯が食える。

剣闘士になっても飯が食える。

それならば、今とそう変わりがないどころか、マシなほうだといえる。

「いいぜ。ついていくよ」

俺はそう答えた。

「おまえ、名前はあるのか?」

「知らねぇ。みんなはガレットって呼ぶ」

「ほんじゃあ、ガレット、決まりだな。よろしく」



これが興行主のルーカスとの出会いだ。

ルーカスにはヘレネという嫁がいたがこいつはいつも多くの女を侍らせていた。

もともと生き死にや消息について関心の薄い孤児連中。

俺がいなくなっても、「ああ、アイツはどっかで死んじまったのか」と思うだけだ。

だから、剣闘士になるなどといちいち周りのやつらに伝える必要もなかった。

アカデミーは闘技場に隣接している。

しかも、広大な敷地を有している。

高い壁に囲われていて、まるで刑務所か何かのようだ。

外出の自由などない。外との連絡や交流もない。

それらを壁の中に入る前に説明されたが、どうでもいい話だ。

ルーカスはすぐに教官と思しい男に俺を引き渡した。

大柄な男で、顔や腕には傷痕が縦横に走っている。

「これから、俺がお前の面倒を見る。レックスだ」

不愛想な男だ。

ついてこいと顎で示す。

個室が割り当てられた。部屋と言っても寝床があるだけの3メートル四方の空間だ。

それでも、寒暖に申し分のない楽に寝られる場所など初めてだ。

同じような部屋が訓練場兼庭を囲むように並んでいる。

三階建ての建物だ。

ついで、食堂に案内された。

朝と晩にここで飯を食わせてくれるという。

時間は鐘を鳴らすので、それに合わせてくるといいという。

食べるのも仕事のうちだから、量も十分にあるので取り合いにならない。

そして、風呂を案内された。信じられるか?風呂だぞ。

今までそんなもん、聞いただけで使ったことがなかった。

それから、一日の過ごし方や治療を受ける場所まで説明があった。

一度にはおぼえられないだろうから使いながら憶えろということだ。

「一度でも逃げたら、殺す。訓練をサボっても殺す。俺たちは剣闘試合をするためだけに生かされる」

最後にこう言われた。

「剣闘士はほとんどがここで死ぬ。だが、客に人気があり、十分に稼ぐことができたら出ていくことができる。俺のように教官になるのもいい。興行主になるのもいい。もちろん出て行ってもいい」

レックスは頬を歪ませて続けた。

「とにかく、戦って生き抜くことだな」



剣闘士の訓練はかなりきつかった。

初日から半殺しにされた。

剣にはじまり、斧、弓、槍、盾、ロープなどの使い方。

素手での格闘。

戦車の乗り方や戦い方。

馬の乗り方と戦い方。

猛獣や魔獣との戦い方。

試合に出る前に使い物にならなくなるを避けるため、致命的な怪我はさせられなかった。

それでも、容赦ないしごきが続いた。

訓練と称していびってくる手合いがいる。

飯の時間も意地の悪い奴らがちょっかいをかけてくる。風呂の時もだ。

だが、剣闘士どうしのケンカはご法度だから表立ってのことはない。

みんな自分が大事だから、庇おうなどという奇特な奴なんか存在しない。

すべて、自分の力でねじ伏せるしかなかった。

もともと身長だけはあった。

飯を食わせてもらえるようになって体が大きくなっていった。

次第に奴らを見返せるようになってきた。



そして、剣闘士としてデビューすることになった。

最初は盾と片手剣の試合だった。

相手は俺よりも先にデビューしている奴。

司会が客を煽っている。

円形の闘技場、高い観覧席の四方から野次がとび、血に飢えた獣のような叫び声が木霊してくる。

恐ろしいとは思わなかった。

とにかくやるだけだ。

試合は一方的だった。かなりいたぶられた。

盾や剣を失ったが、戦意は失っていなかった。


俺は素手で向かって行った。

相手に飛びかかり、殴り倒す。

不意をついたので相手は転倒し、盾や剣を使う間もなく格闘になった。

自分もかなりやられたが、相手を倒すことができた。

いっておくが、剣闘士の試合で故意に相手を殺すことは少ない。

もちろん、事故などで死ぬことはあるが。

殺すのは主に罪人を使う時。

生かすか殺すかを決めるのも客の気分次第。


試合が終わったあと、レックスが俺のところに来た。

「やるじゃねぇか、ガレット。盛り上がったぜ」

そう言って肩を叩いて去っていった。


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