第21話 「ハティ・マクスウェル」という人物。噂と違くない?
「ハティ・マクスウェル」
正式には、「ハティ・アガートラーム・マクスウェル」。
戦で負傷した後、「銀の右腕」を移植した「魔人」。
そう、彼は「人間」ではない。
それだけに留まらない。
人間であった頃からすでに、彼には様々な逸話がある。
その、どれもが彼の「残虐さ」ばかりを誇張するもの。
「俺たちは、犯罪組織に捕まってたのを『親父』に助けられたんだよ」
そうフィンレーが言う。
「まあ、助け方は最悪だったけれどなぁ」
スヴェンが続けた。
「それで、『面倒見るから』って王都のスラムにある孤児院に入れられたんだ」
アルセイスも言う。
「ちゃんと、おとうさんは、私たちの生活の面倒をみてくれたよ?」
リャナンが続ける。
『まぁね~』
みんなはどこか気のない返事。
「……リムは、『子供』じゃない」
リムアンがちょっと睨んでくる。
え?どういうこと?
首を傾げる僕に、フィンレーは耳打ちした。
(リムアン、親父にマジ惚れしていて「嫁」になるって)
はぁっ!?
(いきさつは、俺たちも知らないんだ。けれど、かれこれ10年以上だから、本気だな)
待て。
今、君はとんでもないこと、口走ったぞ。
「10年以上」だと?
では、今、十代半ばと言っても良い姿の「リムアン」さんは、いったいお幾つなのだ?
〈ロッシェ、女の子はミステリアスなものなのよ〉
僕の考えていることがわかるのか、【土寄せ棒】の「アンジェ」さんが言う。
「ねえ、あなた達は、『白狼将軍』のお子なの?」
母さんが尋ねた。
「え?ああ、はい」
フィンレーたちは首を傾げる。
そう、母さんの目はいつになくキラキラしていた。
「なら、あなた達も【銀の腰鎧】?」
期待に満ちた問い。
そう、数年前に死んだ僕の父さん、「オルコス・ロッシェ」。
父さんは「白狼将軍」の旗下で働いた兵士だった。
父さんは「銀の腰鎧」と呼ばれた旧王国屈指の騎士団に所属していた。
そのことを生涯誇りとしていた。
父さんだけは「ハティ・マクスウェル」を尊敬していたんだ。
「卑怯者」と呼ばれ、直接戦うことを嫌い、奇をてらった作戦ばかり。
そうして弱った敵ばかりを討った。
英雄譚を好む皆は、彼の姉、「エリーゼ・マクスウェル」の豪胆な戦いを好んだ。
だから、「白狼将軍のハティ」は好かれない。
でも、父さんは「あの御方は、一兵卒の『命』すら惜しむ慈悲深い方」と言った。
「無能な自分が生き残ったのも、かの御仁が自身を犠牲にしてきたからだ」と。
その話を信じている母さんは、父さん同様に「白狼将軍」を尊敬している。
「あ~、すみません。俺たち、従軍の経験はないんです」
フィンレーが困ったように言った。
「先ほどお話ししたとおり、『親父』と俺たちは、血縁はないんです」
フィンレーは続けて言う。
「でも、育ての親としても、人としても尊敬はしています」
その言葉に母さんは少しがっかりしたようだった。
「夫の話を少し聞けるかと……」
母さん、寂しかったんだね。
「どういうことです?」
スヴェンが尋ねた。
「夫、『オルコス・ロッシェ』は【銀の腰鎧】でしたから」
これに、今度はフィンたちが驚いた。
『ロッシェだって?』
フェンリルナイトたちは互いに顔を見合わせる。
「【鉄棍のオルコス・ロッシェ】?」
そして、一斉に僕を見た。
「ハル・ロッシェ?」
僕に聞いてきた。
「はい、僕は『ハル・ロッシェ』でございます」
答えると、一斉に歓声を上げた。
「やったーーーー!」
「みつけたどーーーー!」
「やっぱりだ!」
「ひゃっほう」と盛り上がるみんな。
あの~、どういうことですか?
「ねえねえ、やっぱり『魔力なし』なの?」
リャナンが聞いてくる。
「うん」と頷いたらみんなで嬌声を上げた。
「ヤッバっ、本物だ!」
「スッゲー、マジもんだよ」
いや、珍獣扱い。
「ということは、その【棒】は伝説の?」
アンジェさんを見る。
〈なに?人をじろじろ見て。有名税取るわよっ〉
フンッとそっぽを向くような声を出すアンジェさん。
「キタキタキタキターーーー」
何なの、このテンション?
『リーサルウェポン!ゲットだぜぇぇえええ』
フェンリルナイトたちが小躍りし始める。
興奮のあまり、リャナンとリムアンが手をとり合って跳ねている。
いや、どういうことよ?
〈ま、ようやく時代が私たちに追いつき始めたってことよ〉
アンジェさんが僕に囁いた。
◇
所変わって、大陸の西側――――――
日が落ちた頃、ようやく村についた。
途中からエリーゼの様子がおかしい。
変に陽気なのだ。
コレットはこれまでにない様子のエリーゼに違和感を禁じ得ない。
久しぶりに弟に会ったということで、その嬉しさからなのだろうと始めは思っていた。
けれど、道中やたらボディタッチが多いし、距離が近い。
言葉遣いもときどき丁寧な口調が出る。
村に一件しかない宿屋に来たとき、その異変が殊に出た。
「二部屋空いてますか?」
ハティが聞くと宿の主人が怪訝そうな顔をする。
「ケンカでもしたのかい?」
「え?」
「若い夫婦が、子供だっているんだ。別々に泊まることなんかないだろうに。子供がかわいそうだ」
非難がましくハティに言う。
「え?あの……」
多分な勘違いに驚いて言葉が出ないハティ。
エリーゼが「まぁ」と歓喜の声を上げて割り込んだ。
「ご主人、わかってくださいますか?夫ったらいつまでも意地を張って『お前たちは別の部屋に泊まりなさい』なんて」
悲しそうに口元を抑える。
この急な小芝居にコレットは驚いた。
「そうかい、甲斐性のない旦那だ。ほらっ、狭い部屋だが、ベッドをくっつければ3人でも寝られるだろう。なんだったら仲直りする間、その子たちを預かっていてもいいぞ」
「あ、あの、ちがうんで…」
間違いを正そうとするハティの横腹をエルザが殴る。
「ぐぇっ」とハティが小さくうめく。
「ご主人、ありがとうございます。それでは一部屋でお願いします。いいですね、あ・な・た」
そう言って腕を組む。
「……はい」
ハティが小さく答える。
◇
上機嫌でハティを引っ張るエリーゼをコレットは後ろから眺めていた。
部屋に入るなり、ハティが文句を言う。
「姉上、なんですかあの演技」
渋い顔をする彼に対してエリーゼは鼻歌までうたいはじめる。
「うふふふぅ、久しぶりに姉弟で一緒に寝られるチャンスですものぉ、逃す手はないじゃないですかぁ」
頬を赤らめながら満面の笑みを浮かべるエリーゼ。
コレットは思考が追いついていない。
「ほら、コレットも混乱してますよ」
「あら、ごめんなさい。嬉しくってつい。コレットも同じベッドで寝ましょうねぇ、楽しみねぇ、ア・ナ・タ」
「その悪ノリやめてくれませんか。誤解されます」
「やだ、お姉ちゃんのこと嫌いになったの?」
「いえ、好きですよ」
「まぁっ、コレットの前で告白なんて」
「ですから、誤解を招きます」
「お風呂どうしましょう?久しぶりに一緒に入りますか」
「結構です。だいたい、いつの話を持ち出しているのですか」
ハティが頭を抱える。
「コレット、助けてくれ」
そうコレットに懇願する。
「あの、先生、そのくらいにしてあげては」
「コレットっ、なんてこと!?」
エリーゼが愕然とする。
「あなたまで私からハティを引き離そうとするの!」
「いえ、違います。困ってるみたいなので」
「まさか……」
そういってコレットの顔を覗き込む。
「な、なんですか」
戸惑うコレットの額をつつく。
「もう、おませさんなんだから。いくらハティがカッコよくたってあなたにはまだ早いんですから」
「なにを言ってるんですか?!」
「一緒にお風呂とかちゅ~とかはもっと大人になってからにしないと」
「いえ、大人の方がまずいですって」
「じゃあ、いましたいと」
「言っていません」
「そう?まあひとまず安心ですね」
この後もベッドを譲って床で寝ると言ったハティに対してエリーゼは姉弟で同じベッドで寝ようと言い張って聞かなかった。
「とりあえず、先に風呂屋に行って汗を流してきてはどうでしょう。荷物番は私がするので」
「ハティも一緒に行きましょう」
「昼間の騎士団が気になります。打ち滅ぼしたとはいえ、仲間が捜索するでしょうから」
ひどく真っ当な意見なのだが、エリーゼが却下した。
「嫌です。ハティも一緒に入りましょう」
「行きましょう」ではなく「入りましょう」と言うあたりがおかしい。
「何を言っているんですか。一緒に入れませんよ、私が捕まります」
「じゃあ、私も行きません」
「コレットだけで行かせるのですか?保護者でしょう」
「この子は一人でもお風呂に入れます」
「あの~私も別に行かなくてもいいんですけれど」
「女の子はそういうところは遠慮しちゃだめだよ、汗を流して疲れをとっておいで」
ハティが笑顔で言う。
「あ、別に汚いというわけじゃないよ、長旅で疲れてるんじゃないかって思って」
「いえいえ、大丈夫です。お気遣いいただいているってわかっています」
コレットは目を反らして深々とため息をついた。
それからチラチラとエリーゼの様子を見る。
なんというか、甘えん坊になってる。
見た目が若いだけに、頬を膨らませて拗ねている様子がいっそう幼く見える。
「じゃあ、風呂は却下ですね。お湯をもらって体を拭くとしましょう」
「はあ」
「じゃあ、ハティはお姉ちゃんの体を隅々まで拭いてください」
「なんでそうなるんですか!?」
「それはダメですよ、さすがに」
「姉弟ですもの、何も問題ありません」
「むしろ姉弟だから大問題ですっ!」
「彼女の言うとおりです。何を無茶苦茶な」
「みんなであれもダメ、これもダメとなんで意地悪を言うの」
「意地悪ではなく、世の常識ですよ。あと、教育上よくない」
「昔は――――」
「子供の頃の話ですよね」
「大きくなっときも私が―――――」
「ちょっ、ちょっと待ってください。ダメですって口にしちゃ」
「事実でしょうに」
「勘違いしないでくれ。看病してもらった時の話だ、死にかけだったから」
必死に訴えるハティ。
「今度はしてもらっても罰は当たらないでしょう」
「私にとっては罰です」
「あの時はもうりっぱに育っていましたからねぇ、逞しくなって。今度はお姉ちゃんがりっぱに育っているところを見せてあげようじゃありませんか」
「やめてぇぇぇ」
ハティの悲鳴が響く。
◇
「はい、ア・ナ・タ。あ~ん」
「……やめてくださいぃ」
心労でやつれたハティさんが言う。
ちなみに「様」づけはやめてほしいと二人に言われた。
(魔人と十字の騎士なんだよね?というか、ほんっとおぉに姉弟なんだよね)
「もう、子供の前だからって照れなくてもいいんですよ。ちゃぁんと仲直りしたってみせてあげなきゃ」
「もう勘弁してください」
こんなお姉ちゃんは初めて見る。
とにかくデレデレして周りを気にせず甘える。
う~ん、好きな人には尽くすタイプなのかな。
心の声を映すイメージが桃色のお花畑。
ハティさん、強引に席替えをして私を間に入れる。
「あ~ん、ならコレットに」と言うと、お姉ちゃんが私を見る。
ちょっと期待してしまう。
「これも良いわね」って言いながら腸詰めを切り分けはじめた。
心の声がしない。本当に思っていることなんだ。
差し出された腸詰めを私はご満悦で頬張る。
何倍にもおいしく感じた。
「コレット、良かったね」とハティさんも嬉しそうだ。
私はもぐもぐさせながらも大きく頷く。
(きゃぁわぃぃぃぃぃぃ!)
頷いた途端、ふたりの心の声が視えた。
このとき初めてハティさんの声が聞こえた。
(良い、実に良い!子供が健康でモリモリ食べる姿はじつに尊い!)
「あの、僕もしていいかい?」とハティさんが遠慮がちに尋ねてきた。
なんだか黒い靄が消えている。
あの暗い声も聞こえてこない。
私はハティさんの勢いに圧されて頷いた。
ハティさん、満面の笑みで「コレット、コレット、何が食べたい?」とうきうきし始める。
(やった~、何がいいかな、好き嫌いないかな?ここは無難にいこうかなぁ)
なんだろう、この心の声。
「ハンバーグかい?ハンバーグいってみようか」と食べやすいように切り分けて差し出す。
ちょっと緊張しているのか頬が赤い。
近くで見ると、睫毛も長くて、綺麗な顔立ち……王子様系超イケメンなんですけれどぉ!
私は意を決して口を開いたところ、横からお姉ちゃんが割り込んできた。
「ひゃぁっ!?」
「何するんですかっ、姉上っ」
ハティさんの非難に口をモグつかせながらお姉ちゃんが言う。
「私だって、モグ、してもらったこと、ムグ、ないのに、なんで先にコレットなんですか」
「相手は子供でしょう」
「関係ありません。まずはちゃんと、お姉ちゃんにしてから、順番にしなさい」
「ほんとうにこの人は……」
ハティさんが眉間を抑える。
「さあ、遠慮なくっ」
気合を入れてお姉ちゃんが言う。
「ハティのその、大きくて太いのを私の口にねじ込むのですっ!」
「私の手前の皿の腸詰めのことですよね。言い方、気をつけてください。通報されます」
ハティがフォークに腸詰めを刺して差し向ける。
「あ…おっきい……」
うっとりとエルザが見つめる。
「姉上、ちゃんと口を開けてください。入れづらいです」
「入るかしら」
「歯を立てたりしないでくださいね」
「ん、む……」
すこししてパリンと小気味良い音がする。
「ぅぅんっ、おいっしぃぃ」
お姉ちゃんが腸詰めを噛みしめて嬌声を上げる。
「ハティ、次はその黒光りしてるのが食べたいのぉ」
「姉上、順番と言ったではないですか」
「ええ~、お姉ちゃん我慢できないっはやくぅ」
「茄子焼ですよね。いい加減、そのビジュアルだけ言うのやめてください」
ハティさんがちょと緊張したように私へ向き直る。
「コレット、いいかい?」
私は頬を赤らめたまま黙って頷く。
「無理しないでね」
そう言ってハティさんは私の頤にそっと手を添えた。
ごめん、お姉ちゃん。
弟さん、美形すぎて私変な想像しちゃいそうです。
「さあ、どうぞ」
ハティさんが改めてハンバーグを差し出す。
「はむっ」
思い切ってかぶりついた。
ハティさんは優しくフォークを引き抜く。
ハティさんとても優しい顔で笑っていた。
「いや~、良いもんだねぇ。おいしそうにご飯を食べてくれている姿ってさ、見ているこっちも幸せな気分になるよ。子供はモリモリ食べて元気いっぱいなのが最高なのさ!」
この人はたぶん、私たちまったく違う感覚なんだろうな。
心の中で「元気百倍!大きく育てよぉ」とか叫んでいるだもの。
「ハティ、はやくぅ」
お姉ちゃんのねだる声がする。
うん、きっとこの人も違う感覚なんだろうな。
ジャガイモ仲間へ
今日も1日お疲れ様でした。
今日1日頑張った皆さん「ヴィクトリー」です。
堪えることは力を蓄えること。
そして「勇気」ある選択だって皆さんには伝わっていると嬉しいです。




