第20話 旅路。狂犬登場と、甘酸っぱい「仲直り」パンケーキ。
ガラガラガラ――――
舗装されていない山道。
荷車を押しながら僕たちは進む。
荷物の載った荷車をスヴェンが率先して引っぱってくれた。
僕も、フィンレーも時々交代する。
僕は1人では引けないので、アルセイスと一緒に引っぱる。
スヴェンとフィンってどこにこれだけの力があるんだ?
女子チームは基本歩いている。
時々エナがぐずるので、その時は荷車に乗せる。
今はスヴェンが荷車を引いている。
僕たちはそれを押して手伝っていた。
「エナ、疲れたぁ」
エナが言う。
「ん?荷車に乗る?」
母さんが言う。
「ガタガタして嫌ぁ~」
そんなわがままを言う。
「じゃあ、兄ちゃんがおんぶするよ」
僕が言う。
エナは周りのみんなを見た。
ああ。わがままを言ったはいいけれど、人目が気になるんだ。
「ヤダぁ」
恥ずかしがって言う。
リムアンがため息をついた。
「何がしたいのやら」と呟いた。
「おい、リム」
それを聞き逃さなかったフィンレーが注意する。
「う……ごめん」
リムが謝る。
「ごめんなさいね」と母さんがみんなに謝った。
「いえいえ、いいんですよ」とみんなも恐縮して言う。
「え~な、ちゃ~ん」
そう言ってリャナンがエナに近づいた。
ぎゅっと抱き着く。
「お姉ちゃんと一緒に歩こう!」
ニコニコ笑ってエナの手をとる。
「エナちゃんはお利口さんだものね~」
そう言って顔を覗き込む。
「疲れたら、お姉ちゃんがおんぶするからね」
エナも頷いた。
歩きながら振り返ったリャナン。
僕たちに片目を瞑って見せた。
〈アイツ、なかなかやるわね……〉
アンジェさんが感心したように言った。
◇
一方、遠く離れた大陸西部では――――
「困ったわね」
エリーゼが呟く。
「もう一度尋ねるが、旅の目的は何か」
騎馬隊の隊長が静かに告げる。
五十騎はいるだろう。
さすがのエリーゼもこれは厄介だと思った。
「二年まえの戦争で、行き場をなくしてあちこちを放浪しているんです」
「子供連れでか?」
エリーゼの眉がぴくりと動いた。
「はい。夫に先立たれてから」
すぐに平静を装って答える。
「乗合馬車を使わないのは」
「そんなお金がないからです」
「糧はどうしているのだ」
「そんなこと、子供の前では」
嘘を連ねるエルザに、この隊長は容赦がない。
「では、近くの街まで我々が送り届けようか」
「いえ、騎士様がたにそのような」
「気にせずともよいのだ。それとも、我々が見返りを要求するとでも?」
「そんな……」
しおらしく答えるエリーゼだが、内心苛立っていた。
(面倒くさぁぁぁぁぁ)
腰の剣を抜きそうになる。
親切を装った物言いではある。
しかし、その目はエリーゼの豊かな胸をじっと見ている。
本音は別にあるようだ。
その証左に他の者は小声で「悪い癖が出た」とこぼしている。
エリーゼはエリーゼで十代の子供がいると思われていることにも腹を立てている。
(誰が年増じゃぁぁぁぁ、ボンクラめ)
「我々共和政府の軍は民の為に注力している。この荒野で進退窮まっている子連れを見過ごして何が民のための騎士か。遠慮は無用だ」
そう言って隊長が手を伸ばす。
「やめてください」
エリーゼがわざとらしく身を引く。
その時、遠方から声が上がった。
「その手をどけろ。それが騎士のすることか」
僅か離れたところ。
一人の青年がこちらへと歩いてくる。
悠然とした足取り。
青年の域を出ない若さながら、歴戦の猛者を彷彿させる。
「なんだ、貴様は」
「かような蛮行を行う者に名乗る名などない」
言いながら近づいてくる。
「なにっ」
「そこのご婦人、勝手ながらご助力をさせてもらえまいか」
「それは助かるね」
「む?」
「あなたがいれば楽ができそうだ」
エリーゼの言葉に、男は得心がいったように呟く。
「……そういうことか」
「積もる話は後でしましょう。露払いは頼むよ、アガートラーム」
「その名は止せと言うに」
アガートラームと呼ばれた男は、騎兵を前に怖じることなく口上を述べる。
「退けば追わない。だが、向かってくるのであれば、容赦はしない。向うならば決死でこられよ」
傍から見れば滑稽である。
五十近い騎兵を前に、一人の男が傲慢な発言をするのである。
「命が惜しければ、逃げても構わないぞ」などと。
当然のように騎士たちはそれを挑発とうけとった。
「どこのアホか知ったことではないが、騎士道をきどって恰好をつけたうえ、骸をさらすことになろうとはな」
隊長が笑う。
青年はその嘲弄を風が吹いたかのように聞き流す。
「どうする?」
そう片頬を歪ませて尋ねる。
「返答は、『バカが』だ」
このやり取りの間に、エリーゼたちは離れ、避難をする。
隊長格の男は答えると、抜剣した右腕を振り下ろす。
無論、突撃の合図である。
「荒神の怒鎚よ―――」
その言葉に応じるように旋風が起こった。
外套が風になびかれ彼の姿があらわとなる。
白銀の髪、琥珀色の瞳。
面立ちがどこかエリーゼ似ている。
右腕が銀へと変質していく。
肩鎧のような流麗なフォルムを象った。
彼はひどくゆっくりとした動作で腰をおとし、眼前の軍を見据える。
「我らに仇なす者を打ち砕け」
腰に引いた拳に紫電が走る。
「【雷神の戦槌】!」
「銀」の拳が突き出される。
虚空に放たれる正拳突き。
だが、合わせるように男の義手から雷が放たれる。
放電は敵の上空まで飛ぶと雷光となって降り注いだ。
天から降り注ぐ破壊は、古の神が怒りのままにふるう鎚である。
数十名で編成された小隊をことごとく焼き払い、焦土と化す。
轟音と巻き上がる土煙にコレットは悲鳴を上げる。
◇
ヤバい、ヤバい、ヤバい……この人は化け物だ。
私、コレットは目の前を歩く男の人を盗み「視る」。
黒い靄が体中を渦巻いている。
右の腕がとても色が濃い。
冷たい、夜のような深さ。
この人の心の声は静かで「視えない」。
でも、時々別な人の声で「憎い」ってうめくような声がする。
怯える私をよそに、目の前の二人はスタスタ歩いている。
「……たく、考えなしにも程があるわ」
「それ、言われたくない」
お姉ちゃんの愚痴に、即座に青年が答える。
「逃走手段として、馬とか残さない?」
「そんな器用な真似はできませんよ。それならひとりひとり倒さなくてはならないから時間もかかりますし」
「本当?できる子でしょ、アナタ。どうせ、アホ呼ばわりされたのに腹を立てたんでしょ」
「う……」
「ほら、短気はこれだから」
「あなたには言われたくないな、それ」
文句を言い合っているというより掛け合いみたい。
知り合いなのかな。後ろ姿そっくりだし。
「あ、自己紹介がまだだったね」
そう言って男の人が立ち止まる。
振り返った顔が一瞬だけ黒い靄に覆われる。
その奥から金色の獣の目がのぞいた。
「ひぅ」
私は必死に悲鳴を堪えた。
「はじめまして、私はハティ。ハティ・マクスウェルです」
この名乗りに固まってしまった。
「いやぁ~姉上が世話になっているね。迷惑かけてない?」
お姉ちゃん同様に気取りのない話し方。
「私が世話をしているの」
お姉ちゃんが小突く。
「姉上、挨拶の決まり文句ですよ~」
青年……ハティさんは苦笑いしている。
この人の好さそうな青年が「ハティ・アガートラーム・マクスウェル」――――
――――「白狼将軍」。
この人のことは噂で知っている。
大戦後期、暴虐の限りを尽くした「銀の右腕の魔人」。
帝都を陥落させた立役者でありながら、王様も追い出さざるを得なかった。
「侮辱をした」って理由で身内も、政敵の将軍も暗殺している。
単身、犯罪組織に乗り込んで虐殺したとか。
仲間でも気に入らなければシバキ倒すとか。
とにかくキレると何をするかわからない人。
ヤバい、ヤバい、ヤバい。なんでそんな悪鬼みたいな人が絡んでくるの!?
「君はなんていうの?」
「ひぃっ」
思わず悲鳴を上げてしまった。
ヤバい、殺される……
「あんまり怖がらせるんじゃありません」
またもやハティさんを小突く。
や、やめた方がいいですよ!いつキレるか。
「そんな~、誤解ですよ。姉上」
誤解も六回もないですよって……あれ?
この人、今、「姉上」って言った?
「ねえ、君は――――」
めげずにハティさんは声をかけてくれた。
けれど、私の反応に愕然とした顔で固まっていた。
「あ、あねうえぇ」
それから情けない声を出す。
って、また「姉上」って言った!?
お姉ちゃんが「よしよし」ってハティさんの頭を撫でて慰めている。
そうだ、そうだった。
ハティ・アガートラーム・マクスウェル。
その家名の通りマクスウェル家の人。
将軍になる前の通り名前は「マクスウェルの番犬(狂犬)」。
そして、お姉ちゃんの異母姉弟。
どうしよう、こんな魔獣がいっしょだなんて生きた心地がしない。
◇
場所は戻って、ハル一行。
「ふんふんふんふふ~ん」
リャナンが鼻歌を歌いながら歩く。
エナとつないだ手を大きく振って楽しそうに。
ちょっとグズついていたエナだったけれど、リャナンにつられて機嫌を直したみたい。
「あっ!」
エナが小さく声を上げる。
リャナンの手を離して駆けだした。
道のわきにいるチョウチョを見る。
「可愛いよねぇ」
リャナンがすぐに追いついて声をかける。
エナは黙ってうなずいた。
少しして、蝶が飛んで行ってしまう。
慌てるような旅じゃない。
だから、この道のりをどうやって小さい子を連れて踏破するかが問題だ。
ここにいるのは皆、それが分かっているからエナの行動に苛立つことはない。
「あっ!」
エナがまた走り出した。
草むらに入って行く。
「エナっ!?」
母さんが驚いて声を上げる。
あまり遠くに行かれては困る。
エナはすぐ立ち止まった。
少しだけ背の高い木。
そこに「真っ赤な実」がたくさんなっていた。
「おいしそう」
エナが呟く。
確かに、甘い香りが離れている僕たちの鼻にも届いてくる。
エナが、一つ摘み取る。
そのまま口に入れようとした。
―――――ぱちん
小さな弾くような音。
エナの足元に「赤い実」が落ちた。
「う……うええええええん」
手を叩かれてエナが泣き出した。
エナが食べようとした「実」を、リムアンが叩き落としたのだ。
「……」
リムは難しい顔をしている。
「どうした?」
皆で集まる。
〈これは……〉
アンジェさんが呟いた。
〈―――――「毒」よ〉
僕はその言葉にゾッとした。
エナが涙を拭おうとして「手」でこすろうとする。
「ダメっ、目に入る!」
そう言ってリムアンが手を掴む。
「嫌っ!いやぁっ!」
エナがもがく。
「うるさいっ!【解毒】」
リムアンの手から光が放たれる。
光はエナの手に纏わりついて、弾けた。
リムアンが息をついた。
それと同時に、体を突き飛ばしてエナは彼女から離れた。
そして、母さんに駆け寄って抱き着く。
声を上げて泣いていた。
「リム」
フィンレーが声をかける。
「う……」
リムアンがバツの悪そうな顔をした。
「わかっている。お前が最高に優しい奴だってこと」
フィンはそう頷いた。
「でも、やり方ってものもあると思う」
その言葉に、リムアンは服の端を握った。
「そんなの……リムだってわかってる」
「そうか」
フィンレーはそれだけを言った。
リムアンは、母さんとエナのところに行った。
「ごめんなさい」
彼女はそう言って頭を下げた。
母さんは恐縮してしまった。
「理由があるんですよね」
「はい……毒のある植物でした」
リムアンはそう答えた。
「けれど、リムがエナを泣かせたのは事実だから」
そう言ってリムアンがエナに触れようとする。
「ごめ――――」
――――パチン!
エナは泣きながらリムアンの手を叩いた。
「リム、嫌い!」
エナが声を上げる。
リムアンは黙って叩かれた手を引いた。
「ハンナちゃんが良かった!リムなんかより!」
エナが言う。
「ちょっとっ、エナっ!」
僕が言うと、エナはさらに声を大きくして泣いた。
◇
ヤバいなぁ……
エナがへそを曲げてから、とてもじゃないけれどいたたまれない。
今は、母さんに抱っこされて荷車に乗っている。
魔狼騎士団のみんなは、顔色一つ変えずに歩いている。
スヴェンも何も言わずに荷車を引いていた。
それから、日が落ち始める前に、野営の準備に入った。
僕は旅に出て初めて「マジックバッグ」なるものを知った。
見た目以上に物を収納できる「バッグ」。
その品質によっては2~3倍の量でも収納できる。
みんなで早々にテントを立てた。
たき火を前に、横並び。
「ごめんなさいね」と母さんはふて腐っているエナを連れてテントの中に引っ込んだ。
「食材採って来るね」そう言ってリャナンが歩き出す。
「完全に日が落ちる前には戻るね」と去っていった。
それからややあってリムアンが立ち上がった。
「リムもちょっと行ってくる」
それを、男子チームは一瞥する。
「いってら~」と軽い返事。
リムアンも森の中に入っていった。
「ねえ、リムアン、大丈夫なの?」
僕はフィンレーに聞いた。
「なにが?」
「ほら、エナのこと……気に病んでるようだから」
「ああ、かなり気にしているな」
フィンは気のない返事をする。
「慰めるとかさ、しなくていいの?」
「じゃあ、ハルが慰めてやってくれよ」
「え?」
意外な返事に驚いた。
「俺たち兄妹は、ただの馴れ合いでいっしょにいるわけじゃない」
フィンレーは言う。
「アイツも大人だよ。自分で自分のやったことの責任はとれるさ」
◇
「ただいま」
ほどなくして、リムアンが帰ってきた。
「ハル、ジャガイモちょうだい」
そう言って手を出す。
「え?うん。良いけれど」
ちょっと、リムアンが薄汚れている。
その様子を見てみんなは笑いをかみ殺している。
「楽しみにしているぞ」
そう言ってフィンレーがはやし立てる。
リムアンが歯を見せて威嚇した。
◇
甘い、いい匂いがしてきた。
匂いにつられて母さんもエナもテントから出てきた。
「ちょうど、できたところ」
そう言ってリムアンが「木皿」に載せたものを持ってくる。
あ!?
〈あらぁ~、あのちびっ子、やるじゃないっ!〉
アンジェさんも感心している。
なんてことだっ僕の「ジャガイモ」さんが!
「映える」乙女キューティにメタモルフォーゼするなんて!
そう、リムアンが作ったのは「ジャガイモ・パンケーキ」。
ふわっふわの厚手の生地。
その上に、色鮮やかなベリーソースがかけられていている。
さらに、赤、紫、黄……色とりどりの木の実が添えられている。
確かに、小麦粉はあったけれど……
でも、ベリーみたいな木の実とか、卵は?
あっ、まさかっ!?
フィンレーたちが笑っている。
「まさか、短時間で獲って来るとはな」
ええ?
「本気を出したリムアンは誰も止められないからな」
兄姉たちが笑っている。
「エナ……」
少し離れたところにリムアンがしゃがむ。
「昼間は、ごめんなさい」
そう言って頭を下げる。
「リムと仲直りしてくれる?」
そう言って問いかける。
エナはどうしようか迷ったようだ。
でも、まだ少し、意地を張っている。
「お願い。リムを許して。もう、叩かないから」
再度、リムアンが言う。
その言葉に、母さんがエナの背中に触れた。
エナは小さく頷いた。
「ありがとう」
そう言ってリムアンが笑う。
ああ、こんなに可愛い笑顔を見せる子だったんだ。
「エナ、リムといっしょに食べよう?」
そう言ってリムアンがエナを誘う。
まだちょっと素直になれないエナの手を引いて、たき火の近くへ連れていく。
「リムが作ったの。エナ食べてくれる?」
そう言って差し出す。
エナはリムアンとパンケーキに交互に視線を移す。
「どうぞ、めしあがれ」
フォークを渡されたエナ。
パンケーキを切り分け、口にした。
「っ!?」
そして、目を見開いた。
「おいしい」
そう呟いた。
「モチモチしてる……」
エナはパクパクと食べ始めた。
「よかった」
リムアンが微笑む。
エナの口の端についたソースをそっと拭いてあげる。
僕よりも年下に見えるリムアン。
それなのに、どこかずっと年上の人みたい。
その様子を見守っていた「魔狼騎士団」。
みんなは笑いをかみ殺していた。
……なんで笑っているの?
「ぷぷっ」
「くくくっ」
必死に堪えている。
「ねえ、なに笑っているのさ」
「いや……だってよ」
僕の問いにスヴェンが呟く。
「リムが親父にしてもらったのと逆のことしてるから」
そう言って笑いを堪えている。
「食い物につられて、『ハティ、今回だけ許す』って……くくっ」
ん?「ハティ」?
「あの時は、リムがへそ曲げてたんだよね」
「『リムはハティの子供じゃない』とかさぁ」
アルセイスが言う。
また、「ハティ」って……
「そのくせ、『あ~ん』ってしてもらって口拭いてもらって」
「どう見ても子ども扱いなのに」
「親父は、自分の子供として認められてないって怒っていると思ってたんだろ?」
「酷い勘違いだよね~だから、『マクスウェル家の子だよ』って」
「それで、親父、また怒られているんだからさぁっ」
ついに耐えられなくなったように、皆で笑い出す。
「ちょっっと、ちょっとぉ」
僕は声を上げた。
「え~、どうしたの?」
「ハティ・マクスウェルって言った?」
「言ったよ?」
「ハティ・マクスウェルが『親父』?」
「そうだよ?」
フィンたちの「何を言っているんだコイツ」という顔。
でも、僕はそれどころじゃなかった。
「ええええっ!?『白狼将軍』の子供だってぇぇっ!」
夜の森に僕の絶叫が響き渡った。




