第19話 巨人殺しと冒険者と。ポルコ大量発生!?
エリーゼとコレットの逃避行は割と順調だった。
追跡する者をまくために、最初に森に入った。
「あの……エリーゼ様」
コレットがそう呼んだとき、すぐに失言であったと察した。
あの優しい姉のような顔が暗く悲しみに満ちたものになったからだ。
「先生」
すぐに言いなおした。
その様子を見てエルザが苦笑いする。
「気をつかわせちゃったわね」
「いえ……」
言葉が出ない。
「どうする?ここまで付き合ってもらったけど、考え直してもらってもいいのよ」
エリーゼが静かに尋ねた。
「今だったら、まだ私に囚われていたってことで戻れる。役人の目が届きづらい―――」
「やだっ!」
コレットが叫ぶ。
「なんでそんなこと言うのっ」
「だって」
「だってじゃないっ!」
コレットの剣幕にエリーゼが黙る。
「あのとき置いて行かないでって言ったよね。私を捨てないでってお願いしたよね」
顔を真っ赤にしながら目じりに涙を溜めている。
「今さらなんでそんなこと言うのっ『姉ちゃん』!」
泣きながらも睨みつけるコレットにエリーゼは言葉がない。
しばらくの沈黙。
「ごめんなさい」
エリーゼは頭を下げる。
そしてそっと手を伸ばしてコレットを胸に抱く。
「ごめんね、コレット」
頭を撫でながら謝る。
「そうだよ、ひどいよ」
◇
しばらくは森に潜伏しながら情報収集を続けた。
エリーゼはいくつか拠点を持っているのか、森の中でも空き家を見つけて過ごすことができた。
壊れたところをエリーゼはすぐに修復し、食糧調達もこなす。
さすがに主食などは購入しなくてはならない。
食料品を求めて村に下り、情報収集をした。
「手配書は回っているみたいね」
エリーゼは購入したリンゴをかじりながら言った。
「先生、はしたないですよ」
コレットが咎める。
それを「はいはい」と空返事をしながらも嬉しそうにコレットを見る。
「似顔絵がぜんぜん似てなくて助かったわ」
文字を読めない者も多い村だから手配書の似顔絵は重要だ。
だが、それも似ていないのでは意味をなさない。
「これなら、しばらくは大丈夫そうね。パンも買えたし、ミルクもチーズも買えたから、晩ご飯は『私』特製のシチューにしましょうか」
言葉にコレットが嬉しそうに返事をする。
「私、先生の作るシチュー大好き!」
「そう言ってくれると嬉しいわ。母の得意料理だったから」
話ながら農道を歩いていく。
◇
村と森の境まで来た時だった。
「コレット、後ろを振り向かないで。そのまま歩きましょう」
言葉にコレットも異変を察したのか黙ってうなずく。
「ねえ、コレット。今日買えた芋はいくつだったかしら」
「えっと八つです」
「ニンジンは?」
「四本です」
「芋の数からニンジンの数を引くと?」
「四です」
「正解。計算ができているね」
エリーゼが少しだけ首をかしげる。
「じゃあ、リンゴはいくつ買った?おまけしてもらったのも含めてね」
「七つです」
「さっき食べた分を引くと」
算数の問題をだしながら歩いている。
「私も食べたので、残り5つです」
「そう、五つなの」
だが、コレットに分かりやすいように追跡者の数を教えている。
「よくできているね。あ、そろそろかな」
エリーゼの言葉通り、石が飛んできた。
「おっと」
二人が立ち止まると茂みから男たちが4人出てくる。
「最近、村を出入りしているな」
一人が声をかけてくる。
「どちらさま?」
「この辺をねぐらにしているモンだよ」
「へえ、そう」
「女二人か。一人はガキだが」
そう言って値踏みするようにエリーゼたちを眺める。
「綺麗な顔をしてるじゃねえか。特に姉の方はいい体してて……」
この後のことを想像してよだれを垂らさんばかりの顔で見ている。
コレットは不安げにエリーゼを見るが、当のエリーゼは表情一つ変えない。
「あん?コイツ、ビビッて固まってるぜ」
エリーゼを見て笑う。
周りの者も合わせて笑った。
エリーゼはため息をつくと、手にした荷物をコレットに渡す。
「ちょっとだけ待っていて。動いちゃだめだからね」
言うと、手首のストレッチを始める。
「あん?」
男たちが訝しんだ瞬間だった。
ゴキッという鈍い音が響く。
一瞬で間合いを詰めたエルザの拳が男の顔面にめり込んでいた。
男たちがたじろぐ間もなく、着地と同時に跳ねて回し蹴りを隣の男に叩き込む。
これも鈍い音がして男は倒れた。
「なっっ!?」
そこでようやく二人の男が声を上げたが、遅かった。
二人並んでいるところへ割り込み、頭を掴むとそのまま地面に叩きつける。
エリーゼは返り血がついていないかを確認して、自身の手を男の衣服で拭う。
「ところで、三下を使って様子見をしているのは、何か意図があるのかな?」
エリーゼの言葉に木々がざわめく。
木立の陰から男が出てくる。
背の高い、細長いという印象のある男だ。
しかも、のっぺりとした仮面をつけた男。
「噂に名高いリーゼントーター(巨人殺し)。手に負えんな」
「あら、古いあだ名を知っているね」
「素手でゴーレムを滅した化け物とはまともにやりあえん」
「で?逃げて政府に情報を流すの?」
「いや。見逃してくれるならば、他言しないと誓おう」
「そう。物分かりが良くていいね。あなたは」
エリーゼは手を振って「行っていいぞ」と合図をする。
男は音もなく木立の中に姿を消した。
「先生……」
コレットがようやく声を発したときだ。
エリーゼがコレットに向かって走り、剣を振り抜いた。
コレットは動けないまま、背後で物が倒れる音を聞いた。
「まあ、こんなことだろうと思ったけれどね」
血振るいをして剣を鞘に戻す。
コレットが恐る恐る振り返ると、先ほどの仮面男が後で倒れていた。
「コレット、大丈夫?」
「あ、はい」
エリーゼは息一つ乱していない。
「さて、ねぐらで夕食摂りたいところだけれど、ちょっと無理そうね」
残念そうに言いながら、死体の懐を探る。
「う~んめぼしいものは無いわね」
「先生、死体から剥ぎ取るんですか」
「そうよ?足のつきそうなのはダメだけれど、使えるものはね」
コレットは夜盗まがいの振る舞いに驚いていた。
「あ~、ちょっとコレット、勘違いしないでね。昔から追剥してたんじゃないからね」
エリーゼが言う。
「死体を隠す暇なんてないでしょ?じゃあ、この死体をそのまま放っておいたら?何も盗られていない死体なんて、ただの殺人鬼に会ったか、返り討ちにあったかって思われるじゃない」
コレットは疑惑のまなざしで見ている。
「ほ、ホントよ?何、その疑いの目は」
「いいえ~」
◇
「ブヒッ、ブブヒヒヒ……」
山道に木霊する笑い声。
〈くっ、この豚がっ!〉
アンジェさんが忌々しげに言う。
まさか、こんなところで出くわすとは思わなかった。
「なんで、ここにいるんだ!?」
フィンレーたちも驚いている。
僕の目の前には「ポルコ」じゃなかった……「オーク(豚頭獣人)」がいた。
「こんな山道にオークって珍しすぎる」
「滅多に出ないから、別な人と間違えちゃったね~」
「ホント、一瞬ビビったぜ!なんであの豚野郎がこんなところにって思った」
「激しく同意」
あの~、リャナンさん、スヴェンさん?リムアンさん?
「しつこそうな奴だと思ってたから間違っちゃたぁ」
「てへぺろ」と舌を出すリャナンさん。可愛いなぁ。
「お兄ちゃん!どうしようっ」
エナが荷車の上で言う。
「どうしたの!?」
僕は慌てて聞いた。
「ポルコがいっぱいいる!」
妹よ、そういうふうに、人の外見でイジるのやめましょうね。イジメになるから。
「クソっ、ポルコに囲まれてるぞ!」
いや、だからさ、フィンレーさんや……
「ブヒブヒ」言いながらオークが群がってくる。
手には棍棒や投石用のスリングを持っている。
「ポルコ大量発生なんて、ゾンビよりも『終わってる』じゃないかっ」
アルセイスさ~ん。
オークたちは粗末な身なり。
獣の毛皮を腰巻にしているぐらいだ。
涎を垂らして好色な目で女性陣を見ている。
「ああっ、どうしましょう!ポルコくんっ、品位だけじゃなくて知性も捨てたの!?」
母さん、アナタが一番ひどいよ。
そう思いつつも、旅立つ時の母さんたちを思い出してしまった。
◇
「ごめんなさい。母さん、エナ……」
僕は家に戻るなり、頭を下げた。
「ぼ、僕……我慢できなくて」
涙が自然にこぼれた。
「ポルコを―――――」
言いかけた時だ。
「ド突き倒したのね」
母さんが静かに言った。
「え?」
僕は顔を上げた。
母さんは笑っていた。
「男の子なんだもの。ケンカぐらいするでしょ」
「でも、その、だって……」
僕は言い淀む。
「アンタがどんな目に遭っていたか知らないとでも?」
母さんは言った。
「本当は私があの『豚』をぶん殴ってやりたかったんだけれどね」
「でも、母さんが出て行ったら、アンタが恥をかくじゃない」
そう言って鼻をすすった。
「謝るのは、母さんの方よ」
母さんは僕に何も言わせず、頭を抱いた。
「ごめんね、ハル。我慢ばかりさせて」
僕は声を上げて泣いた。
◇
石が飛んでくる。
「【盾】!」
リムアンの言葉と共に光の盾ができる。
円形のそれが、石を防いだ。
「オイオイ、危ないじゃねぇか、『豚野郎』」
フィンレーが「赤い槍」を構える。
腰にはロングソードを提げているけれど、「槍」も使うんだ。
「やる気だねぇ」
アルセイスが「杖」を構えた。
「おばさまは、ちょっとだけエナちゃんに目隠しをお願いします」
リャナンが母さんに言った。
「大丈夫。俺たちが傷一つ負わせやしない」
スヴェンが大盾と片手斧を構えて母さんたちの近くに来る。
「ハルも、お袋さんたちと一緒に」
重ねてスヴェンが言う。
僕は指示に従って母さんとエナの傍に寄り添った。
〈ロッシェ。任せていいと思うよ〉
アンジェさんが言う。
〈コイツらは「強い」。オークごときに遅れはとらないわ〉
その言葉が終わるかどうかという時だ。
「アルスっ!」
フィンレーの声。
「はいよっ!」
アルセイスが応じる。
「詠唱省略!――――【樹木束縛】!」
杖をひと振るい。
途端に、地面から蔦が伸びて「オーク」たちを捕らえる。
「いいねぇ」
スヴェンが口笛を吹く。
「じゃあ、間の悪いことに襲い掛かってきた豚野郎」
フィンレーが口の端を歪める。
「全員まとめて、返り討ちだ」
言うと同時にオークに向かって走る。
それにリャナンとリムアンも続く。
『恨むんなら、似ている誰かさんを恨むんだなっ』
みんなの声。
「ブヒイイイイイイ~~ン」
「オーク」たちの悲鳴が響き渡った。




