第205話 雨の中。忘れ去られた女の子
大陸の北西部。シルバニア自治地区近くの街。
ゴロゴロゴロ―――――
曇天の中、遠雷が響く。
人々は空を見上げ、足早に通りを行く。
しだいに、湿ったような空気の匂いが濃くなっていく。
ポツリポツリと滴が落ち始めた。
そして、瞬く間に大きな雨粒が落ち始める。
――――――ザァ
土砂降りの雨。
雨から逃れようと逃げまどう人たち。
その青年もまた、この急な雨から逃れてきた一人だった。
「ついてないなぁ」
そうぼやきながら軒下へ避難した。
頭のてっぺんからつま先までずぶ濡れ。
「はぁ……」
ため息交じりに濡れた自分の髪を掻き上げて、水滴を落す。
(買い付けの仕事、ようやく任されたってのに)
彼は「行商」の仕事に就いて一年。
真面目に働いてようやく「買い付け」まで任されるまでになった。
しかし、数年前からの反乱組織による抵抗で政府は瓦解。
物資の高騰や品質の低下など、諸々の不運が重なり、今や市場は混迷している
満足な買い付けもできないまま、こうして突然の雨に降り込められていた。
青年は、肩から順に濡れたところの水気を払う。
(うへぇ、ズボンまでびしょ濡れ。張りついて気持ち悪いなぁ)
そう思って足元を見ていた時だ。
同じ軒下。
隣にいる少女の存在に気づく。
少し青みがかった髪。
肩口で無造作に切られたその髪先から滴が滴っている。
(雨宿り……だな)
青年はそう思う。
自分だってそうだから、この少女が突然の雨にここへ避難してきたのも不思議はない。
少し釣り目がちな猫のような少女の目は、いっこうに弱まらない雨脚を見ていた。
(あれ?この子)
どう見ても10代半ばくらいの少女。
特徴的な跳ね毛。
青年はこの少女に見覚えがあった。
「なに?」
声をかけられる。
気づけば少女が青年を見ていた。
気だるげに目を細めている。
「え?あ、え~と」
青年は少しばかり戸惑った。
見覚えがあるとはいっても、記憶はおぼろげで「誰」という確証がない。
変に尋ねてナンパだと思われても都合が悪い。
「ねえ、なにってリムが聞いているの。無視するな」
少女……リムアンが苛立たしげに言う。
(リム……どこかで?)
青年は不確かな記憶のまま尋ねた。
「えっと~、会ったことある?」
青年が尋ねると、少女は少し驚いたような、それでいて期待を込めた目で見上げてくる。
「どうだろ。憶えていることある?」
よくわからない「問い」。
青年は記憶を探るが、やはり霞がかったままで判然としない。
その様子を見ていた少女はため息をついた。
「……そう」
寂しそうに視線を足元に落とした。
髪先からか、滴がぽつぽつと落ちている。
「たぶん……『はじめまして』だよ」
そう少女は呟いた。
ザァ―――――――
雨の音は大きく、少女の言葉を所々かき消す。
それは、青年が思い出そうとするのを邪魔するように。
「リムは、もう行くね」
雨に濡れている前髪が、少女の目をわずかに隠している。
少女の表情は判然としない。
「じゃあ、さようなら『―――』」
彼女は青年の名前を呼んだ。
そして、駆け出す。
雨の中、彼から逃げるように。
「え?ちょっとっ」
青年は呼び止めようとするが、その声も雨音にかき消される。
記憶にはない。
知りもしない少女。
しかし、「どこかで会ったような」感じだけはある。
名前も知らないのに、なぜか、その寂しそうな顔だけは。
自分の横っ面を張り倒したくなるような後悔だけを抱えて青年は空を見上げる。
――――「忘れられるのが怖い」。
そう泣いていた「名も知らぬ少女」の声が聞こえたような気がした。
ジャガイモ仲間の皆さんへ
今日もお疲れ様です。
日々頑張っている皆さんは、それだけで素晴らしいと思います。
家から出ることのない1日だって、
何もしなかった1日だって、
もちろん、嫌なこと、理不尽なことに耐えた1日も。
皆さんが今日1日過ごしたこと、それだけで素晴らしい事なのだって私は思います。
たとえ誰かが憶えてくれていなくたって。
本当にお疲れ様です。




