第203話 魔人さんのホスピタル。「悪魔のささやき」とまだ来ぬ「ジャガイモ」
ここは、大陸の西側。エルフ自治区、シルバニア。
魔人ハティ・アガートラーム・マクスウェルの別邸がある。
和風建築のそこには、地下室があった。
そして、地下室の中、倉庫とともとれる場所。
この一角に「座敷牢」がある。
「ランドルフ」
格子を挟んでハティは敵将、ランドルフ・エッガーと対峙する。
「考えは変わらないか?」
問いにランドルフは顔を背ける。
その態度に、ハティはため息をついた。
「君の、その強情なところは嫌いではないよ」
そう言う。
座敷牢と言っても洗面台や用を足す場所も用意されている。
パーテーションすらある。
板敷の先には布団もあり、充分に休むこともできる。
「ところで、ランドルフ」
ハティが声をかけるが、ランドルフは答えない。
「洗面器に、髪の毛がついていた」
ビクゥゥゥ
ランドルフが身を震わせた。
「最近増えているね。昨日は4本だったかな?今日は倍近い」
ランドルフが小さく震えている。
「最近、『進行』が加速していないか?」
フッとハティはため息をついた。
「ちゃんと『海藻フルコース』でケアしているのにさ」
「このままじゃ、『手遅れ』になるんじゃないか」
プルプルと身を震わせて堪えているランドルフ。
「ねえ」
そう言ってハティは格子に近づいた。
「僕の『銀の右腕』が『再生』を司る神器だと知っているよね」
ハティは囁いた。
「僕の右腕を治し、今なお擬態している『アガートラーム』。その『再生能力』に際限はない」
「再度、欠損しようとも、すぐに復元できる」
光を背に受けた、ハティの影が伸びる。
「言っている意味はわかるよね?」
ハティの言葉。
ランドルフはそれを聞くまいと抵抗する。
――――――にょ
なんとも「ぬるっ」とした音がする。
「っ!?」
ランドルフは目を見開いた。
ハティの背後。
忽然と「ソレ」は現れた。
旧帝国の女傑。エルザ・ジグニュール・ブライトガード。
今となっては自他ともに認める「ハティ」のストーカー。
ハティの背後の暗がりで「ニタァ」と笑う銀髪美女。
「ん?」
――――にょ
ハティが気配に気づき、振り返る。
しかし、エルザの姿はなかった。
「気のせいかな」
そう言ってハティはランドルフへと向き直る。
「話を戻そう。力を分け与えるというのは『眷属』となることと同義。でも、僕は狭量じゃないんだ」
――――にょ
再びエルザがハティの背後に現れる。
(話が頭に入ってこねぇ。いや、聞く気はねぇが……気が散るわぁ)
ランドルフはハティと……その背後の「エルザ」の視線を受けながら困惑する。
「エルザだって、自由にしているよ?」
(ああそうだな。オマエの「背後」で「自由に」しているよな)
「僕に『敵対しない』っていう誓約さえ守ってくれればいいだけなのさ」
ニコニコと笑いながら言うハティ。しかし、目は笑っていない。
その背後では、ハティの後頭部に顔を寄せて「スンスン」匂いを嗅いでいるエルザ。
しかし、目は笑っていない。
(いや、ハティよ。オマエ、真面目に俺と交渉しようとしているが、まず後ろの「ソレ」なんとかしろよ)
「君が忠誠を誓った『クレイグ』さんも、わりと乗り気なんだけれど?」
ハティが言う。
「嘘だ!」
はじめてランドルフが言葉に反応する。
「嘘じゃないさ」
ハティが言う。
背後のエルザも頷いている。
「コレットの説得に応じてくれてね。さっきも言ったけれど『眷属』って言ったって、僕は何も求めていない。僕を『傷つける』ことをしなければいいだけ」
それからため息を吐く。
「でも、それだけじゃあ、僕にあまりメリットがないだろ?」
「だから、君もセットで『眷属』になってくれたらGOサイン出そうかなって」
肩をすくめるハティ。
彼の長い髪の先を摘んで、匂いを堪能しているエルザ。
「ねぇ」
「クレイグの目を治したいって思わないの?君の『髪』だけじゃないんだぜ」
悪魔は笑う。
その後ろでは髪の毛を「三つ編み」にし始めたエルザ。
(いや、オマエの「髪」もな!好き放題されてるぞ!)
ランドルフはツッコまずにはいられない。
「最悪、クレイグさんだけでも良いけれどさぁ」
チラリとハティはランドルフの頭部を見る。
「眼が見えるようになったクレイグさんが君を見て、どう思うかまでは責任持てないなぁ」
そして、ハティは格子から離れる。
「ゆっくりと考えてもらって、僕は構わないよ。でも、君の『リミット』はそう待ってはくれないようだけれどね」
そう言うと、背後を見る。
「あのさ、エルザ。真面目に話しているの。イタズラしないでくれるかなぁ」
「あら、ごめんなさい。『旦那様』」
「その呼び方やめてね」
「じゃあ、『ご主人様』」
「なお、良くないよ。眷属化の交渉しているのに。彼に変な誤解されるよ」
(いや!気づいてたんかいッ!?)
ランドルフはひっくり返りそうになる。
「まずは、帰ったら『ただいま』だよね?」
「あん、ただいま帰りましたッ!『ご主人さまぁ』」
「それやめようよ」
「ええ~」
「ところで、リュックさんはどう?」
「まぁ、もう少し療養が必要ですかねぇ」
「そっかぁ」
ぷりぷりと体をくねらせているエルザと呆れ顔のハティ。
「とにかくさ、ランドルフ。君の『ソレ』はちゃんと保証されるし、アフターフォローもされるんだ。『クレイグ』さんの目も治る」
ハティがふいに向き直り、口の端を上げた。
「君が変なプライドを捨てるだけで解決する問題なんだよ」
この邪悪な囁きに、ランドルフは呻くしかない。
「あ、『旦那様』。彼への次の食事。卵焼きとワカメの味噌汁。ひじき入りの豆腐ハンバーグを用意してあげましょう」
エルザがニヤニヤ笑いながら言う。
「そうだね。投獄しているとはいえ、『敗将』には誠意をもって接しなきゃいけないね」
そう二人は笑い合い、地下室を出ていく。
彼らが去った後だった。
地下室にはランドルフの慟哭が響いた。
「くそおおおお!『悪魔』どもめええええ!」
◇
場所は変わって、北国エーレンブルグ。
雪は解け、短くも「熱い」夏を迎えていた。
「シィィィ!」
ちゅどーーーーーーん!
鋭い呼気と共に放たれた投石。
その僅か後に響く爆発音。
「よっしゃああああ!ヴィクトリーーーー!」
暑苦しい男の声。
「ハンナちゃん!びくとりーーーー!」
幼い女の子の声。
「ふぅ」
少女はため息をつくと、うっすらと浮いた汗を拭った。
「ほら、『エース』アイシング」
スッと音もなく大柄な女性が隣に立ち、氷の入った革袋を差し出す。
「ありがとうございます。ソニアさん」
「いいてことよ」
腰に片手斧とククリ(曲刀)を提げた色黒の女性が笑う。
革袋を受け取り、少女―――ハンナは右肩を冷やす。
「ナイス投球!見事な剛腕だったぜ『エース』」
2メートル近くある巨躯の男、ガレットが声をかける。
「みごとだったぜ!『えーす』」
肩車をされてにっかりと歯を見せて笑う子供。
ハルの妹「エナ」であった。
「エナはすっかりガレットさんがお気に入りだな」
「えへへへ」
エナが笑う。頭には「バンダナ」を巻いていた。
ガレットもつられてむず痒そうに笑った。
「エナも将来有望だな。真面目にトレーニングしてるからなぁ」
ガレットが話題を変えた。
「まだ小さいから、『スリングショット』からだけれどな」
ソニアが続けて言う。
「お~い、お頭ぁ、今日の獲物も、デカいぞぉ」
遠くから声がする。
ズシン、ズシンと重い地響きを立てて近寄って来る巨大な影。
「おお、ウォルフ!」
「しっかし、スゲェなハンナの嬢ちゃんは。コイツ仕留めるんだからよ」
ガレットの声に手を振りながら、ガレット同様に大柄なウルフスベインが歩いてくる。
5メートルを超す巨大な「イノシシ」を担いで。
「今日はカツレツだな」
「イイねぇ」
笑い合う。
「ポテサラはマストだな」
「ハルのポテサラ食べたいね」
そう言って笑い合う。
「お兄ちゃん……」
エナが小さく呟いた。
「あ」
しまったとばかりに皆がエナを見る。
「あ~、もう少ししたらくるって」
慰めの言葉に寂しそうな顔のエナ。
「もう少しっていつ?」
さらに覗き込んでくるエナ。
問いに、困ったように目を逸らすガレット。
「いつって……いつだろうなぁ」
最強の傭兵団「黒金の鷹」。
スポ魂マインドの荒くれ者ぞろいのこの集団。
荒事には慣れていても、「子供」の扱いには慣れていない。
彼らは、視線をそらし、はぐらかすことしかできなかった。




