第201話 【第二部スタート】雨はみんなの傷を濡らす?カビても捨てないで僕のポテト
雷鳴が轟く。
窓を強くたたく雨音。
「ううっ」
リムアン・マクスウェルは夢にうなされていた。
恐ろしい、実に恐ろしい夢。
怒号と剣戟。
そして、血の臭い。
それは、幼い頃の記憶。
彼女は夢の中で、必死に走った。
雨に打たれ、泥にまみれながら。
稲光と共に、ひときわ大きな轟音。
近くに落雷したのだろうか。
リムアンが目を見開く。
辺りを見回し、安堵の息をつくどころか自身の体を抱きしめる。
震える体。
流れる汗。
いっこうに落ち着く気配がない。
◇
「ハティ……」
躊躇いがちな声と共に、襖があけられる。
「リム?」
ハティは布団から半身を起こした。
「どうしたの?」
暗い中でもわかるほど、リムアンの血の気は引いていた。
「いっしょに、寝てもいい?」
その言葉にハティは一瞬だが眉をひそめた。
だが、リムアンのただならぬ様子にすぐに表情を戻した。
「いいよ。怖い夢でもみたの?」
ハティの言葉に、リムアンが頷く。
そして、彼女はゆっくりと彼の布団に歩み寄る。
ほんのわずか躊躇った後、布団にもぐり込んで来た。
ぎゅっ
リムアンがハティの体に身を寄せる。
小さく丸まり、それでも顔を押しつけるようにしていた。
小刻みに震える体。
ハティはあやすようにぽんぽんと軽く彼女の肩を叩く。
「おやすみ。僕はここにいるよ」
優しく、子供をあやす声。
彼女が寝つくまで、ハティはそうしていた。
◇
リムアンが寝息をたてはじめた頃だった。
ジャキ……ジャキ……
金属どうしがこすり合う音が響く。
嵐の音の合間。
床を踏む音と金属音が響く。
ス―――――――
ハティの部屋の襖が、またも開く。
ガァアアアアアン
落雷の音。
そして、稲光に照らされる「金髪の少女」の姿。
髪の房を口に咥え、冷ややかな紅玉の目でハティを見下ろしている。
アンジェ・フラン・スカーレットであった。
彼女の手には、「枝切りハサミ」。
ジャキッ、ジャキッ―――――
具合を確かめるかのように開閉している。
「オマエのその『枝』、切り落としてやろうか」
抑揚のない声。
「その後、世の男ども全員の『枝』も落して回る。連帯責任だ」
彼女が部屋に踏み入れた。
ハティが「静かに」とジェスチャーを送る。
寝汗をかいて、時々苦しそうに声を漏らすリムアンを示した。
「ようやく落ち着いたんだ」
小声でハティが言うと、アンジェはため息を吐く。
――――ドスッ!
ハティの顔の横。
枕に「枝切りハサミ」が突き立った。
「これで、勘弁してあげる」
そう言って「枝切りハサミ」を引く抜く。
「こういう時こそ『ママン』の器ってのを見せてあげるんだから」
ハサミを放り捨て、アンジェは「リムアンの反対側」へともぐり込んだ。
「『川の字』で……我慢してあげる」
そうアンジェが呟いてハティにしがみついた。
アンジェは鼻を鳴らして悦に入ってはいたが、ハティは違った。
(うう、寝苦しいぃよぉ)
ハティは寝心地の悪さを心の中でぼやいた。
(夏なんだからさぁ……暑いんだよぉ)
◇
場所は変わり、ドワーフ自治区「アダマス地区」の「メタラム集落」。
僕、ハル・ロッシェは引っ越しの準備を進めていた。
ガレットさんの領地「エーレンブルグ」へ引っ越すためだ。
ルーダが「ハルだけでもここに残れよ」と言っていた。
まあ、友達と離れるのは寂しい。
けれど、「土」のないこの街は……
ちょっと、僕には狭すぎるな―――フッ
雨が降っている「メタラム」。
石畳が濡れて少し抒情的。
人通りは少ない。
「窓の外。雨の雫がぁ土を濡らしぃ」
〈シトピッチャン〉
「吹く風が、乱暴に窓のガラスを叩くぅ」
〈ガラスのハートっ〉
「ああ、アンニュイィィ~」
〈あんにゅういぃぃぃ〉
「僕はまたぁ、畑に出られなぃ日々」
〈ワワワワ~〉
「湿った心。湿った空気。ああ、こんな日はぁ」
〈こんな日はぁ〉
「心の中までカビそうだね」
〈除湿しちまえっ!〉
「ああ、ぽてぇとぉ」
〈ぽてぇとぉ〉
「カビてもぉ」
〈カビてもぉ〉
『僕のポテト、棄てないでぇ』
――――ふふ、渾身のバラードだぜ。
【土寄せ棒】の「アンジェ」さんこと【棒ジェ】さんの合の手も最高さ。
彼女は「アンジェ・フラン・スカーレット」さんの分身。
というか、もはや独立した別人格。
本体のアンジェさんが僕のご先祖様と出会い。執着した。
その結果、ご先祖様にプレゼントした【土寄せ棒】に彼女の「執念」という名の「生霊」が憑りついた。
そして、代々「ロッシェ家」の男性を見守ってくれている。
「守護者」的存在?
でも、僕にとっては幼馴染の「お姉さん」かな?
〈うふふ、ロッシェ『相合傘』ね〉
ちょっとご機嫌の【棒ジェ】さん。
今は金先を「傘地」に取り換えているので「【棒ジェ】傘バージョン」。
うん。彼女は有能な僕の相棒だ。
〈あの雀斑「オレっ娘」もやるじゃないのさ〉
【棒ジェ】さんがつけているのは「ルーダ」が作ってくれたもの。
金属のアタッチメントで取り付け取り外しが簡単。
畳めばポケットに収まるくらいにコンパクト。
「メンテナンスしに、ちゃんと来るんだぞ」ってルーダが言っていた。
アフターフォローまでしてくれるなんて。
なんて、「職人魂」。僕も負けていられないね。
そんなことを思いながら歩いていると、見知った後ろ姿を見かけた。
あれ?リャナン?
露店を覗いては、楽しそうにしている。
雨で客足も遠のいているので、露天商も愛想がいい。
あの戦のあと、フェンリルナイトのメンバーは別々に行動していた。
リャナンとフィンレー、スヴェンが「エーレンブルグ」に。
リムアンとアルセイス、オーレがエルフ自治区「シルバニア」に。
「首都ミッドガルズ」にはコレットとエリーゼさんにくっついてコリガンくんが。
ルーダはもともとここ、「メタラム」で鍛冶師見習いをしているから戻ってきた感じ。
今は、引っ越し準備で「エーレンブルグ組」も「メタラム」に来ている。
この雨もあって引っ越し準備はお休みだから、リャナンが街にいてもおかしくはないんだけれど。
〈ロッシェ……〉
【棒アンジェ】さんが僕に注意を促す。
(うん)
僕も気づいた。
リャナンの後ろをつけている男たち。
いかにも悪そうな感じ。
リャナンは前にかかってきた黒髪を手の甲で押しのけた。
一瞬ではあるが、男たちを見ていた。
それから、機嫌良さそうに鼻歌を歌い、裏路地へと歩いて行く。
(これは―――――)
嫌な予感がした。
でも、僕は荒事に向いていない。
なら、こういった手合いは、「人に見られる」のを嫌う。
それも、複数人。
ふふふ、いつまでもビビりのハルさんじゃないぜ。
僕の「素敵なバラード」で、人々の注目を集めるのさ。
そして、悪漢どもも思わずホームシックにかかって諦める。
「田舎の母ちゃんが泣いているぞ!」という僕の言葉で感動してね。
なんとも、平和的解決じゃないかっ!
僕は、意気揚々と後を追った。
◇
リャナンが人気のない裏路地を歩く。
そこまで広くない路地。
建物が影を落として薄暗い。
後ろから足音がする。
雨の日の襲撃。
水音を立てないのは困難だ。
気配からして知らない人物。
さきほど目視で確認はしていた。
リャナンは少し歩調を早めた。
前の辻から、二人の男が歩いてくる。
(後ろは……ひとり。前にふたり)
数を把握する。
前のふたりが姿を現したと共に、後ろの一人が足を早める。
前のふたりは「ショートソード」を抜きかけていた。
(やはり)
リャナンは傘の柄から手を離し、刀の柄に手をかけた。
「おい――――」
知らない男の声。
リャナンは、右斜め前に刀を静かに抜く。
男が彼女の肩に手をかけようとした。
ス―――――
鯉口から離れた刀の切っ先が、スライドするようにリャナンの左肩下から滑り出る。
後ろから歩いてきた男には、リャナンの体と傘がブラインドになって刀は見えなかった。
歩み寄る勢いそのままに近づく。
――――トス
滑り出た切っ先が男の胸に吸い込まれる。
「っ!?」
彼が気づいたときには遅かった。
リャナンは前へ向き直る勢いを使い、刀を引く抜く。
同時に突いた男の心臓を抉っていた。
前から向かうふたりは、何が起きたかもわからず、呆然としていた。
リャナンは傘を弾き上げ、踏み込む。
滑り込むように距離を詰め、右前の男を斬り下げる。
そして即座に左前の男を一刀のもとに斬り倒した。
――――わずかばかりの残心。
そして、血振るいをしてからの納刀。
「私、知らない人に触られるの嫌なの」
感情の一切消えた声で呟く。
雨が彼女を濡らし、頬を伝って落ちた。
表情は見えない。
辺りは湿った空気に交じって生臭く鉄錆た臭いが漂いはじめた。
その時だ。
『湿った心。湿った空気。ああ、こんな日はぁ』
『心の中までカビそうだね』
珍妙な歌が聞こえてくる。
しかも、音程やらテンポやらが微妙におかしい。
『ああ、ぽてぇとぉ』
『カビてもぉ』
『僕のポテト、棄てないぃぃんんでぇ~ん』
――――ガタッ
物音がする。
振り返ると、「ハル」がいた。
「あ、あれ?どういうこと?」
間の抜けた彼の声が聞こえる。
ジャガイモ仲間の皆さんへ
お待たせいたしました。
第二部スタートです。
これからも、ご愛読下さいますよう、よろしくお願いいたします。




