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第2話 棒と瞳とストーカー


サク、サク、サク……


僕は、愛用の棒で農園の地面を突いていた。


地面を着いた瞬間、黒い靄のようなものが地面から出てくる。

すぐに消えるんだけれど、その後土からはとてもいい匂いがする。


昨晩、僕は魔物を一瞬で消した。


みんなは気味悪がって近づかなくなった。


結界を壊したという疑惑は、ハンナの嘘でうやむやになった。

「私はハルと一緒に見回りをしていた」ってみんなに説明したんだ。


彼女はポルコと僕が農場に行くのを見て、後をつけた。


僕が一人になったときに「一緒に見回ろう」って提案して見回りをした。

けれど、農園でポルコが襲われているのを見て怖くなって逃げ出した。

家に戻ったところで魔物に襲われた。


こんな内容だった。もちろん全部、嘘だ。


でも、ポルコだって嘘をついていて真実を証明できない。

だから、ハンナの嘘も嘘って証明できない。


娘が言うことをおじさんもおばさんも否定しなかった。


だから、こうして僕は農園でまだ働かせてもらっている。


ハンナには頭が上がらない。

ああ、僕はなんで地面をつついているのかって?

傍から見れば、何をしてるんだって話。


だけれど、これをしないのとした後では、植物の生育が違う。

試しにやらない年があったけれど、その時は天候不順でもないのに生育が悪かった。

それどころか虫害や病害にあった。


それから僕はこの棒で農園の作物近くの地面をつつくようになった。

植物を直接叩いたら、痛めてしまうかもしれないのでやらない。

けれど、萎れかけていた葉にツヤが戻るのを見ていると間違いじゃないと思っている。


ポルコはこれが気に入らないらしい。

僕から取り上げて捨てたこともあったし、壊そうとしたこともあった。


けれど、不思議なことに次の日には僕の手元に戻ってくる。

壊そうと斧を使っても、火で炙っても傷つきも焦げもしない。

軽くもなければ重くもない。いつもちょうどいい感じ。

不思議な棒だなぁと思っている。


不気味な感じもしないんだよね。


そういえば、父さん「それは先祖が熾天使フランメさまから授かった杖なのだ」って言っていたっけ。

こんなブドウ色の棒が?って思う。

けれど、でも不思議と手になじむから僕の相棒って感じ。棒だけにね。

この棒を手にしている時だけは、なぜか心の靄も晴れるような気分だった。


そう、時々、女の子の声が聞こえるような気がするんだ。


「頑張れ。『ロッシェ』」ってさ……



私、コレット・オルレアはいつも怯えていた。

私のことを見てくれないお父様とお母様。

見えないところで意地悪をしてくる大人たち。


お父様が死んで、すぐに私は孤児院に入れられた。

貴族の子供ではなくて、ただの捨て子として。

数年前まで戦が続いていたので孤児は多い。

魔物も出るし病気や事故で孤児になる子もいる。


孤児院で私は他の子と同じ部屋で過ごした。


朝晩と食事が与えられる。

お湯とほとんど変わらないスープとお芋がいつものご飯。


お風呂がないので身を清めることがない。

髪を切ることもないので伸び放題。


屋敷にいたときは使用人が髪を梳って結んでくれていた。

自分では結び方がわからない。


他の子も自分のことで精一杯。

他の子がどうであろうと興味がない。

誰かを助けて仲良くなろうとか、そういう気力すらないんだ。


10歳くらいになったら、近所の農家さんのお手伝い。

農家さんのお手伝いのお礼が、私たちのご飯になる。


だから何を言われても私たちは黙って働く。


大きくなったら出て行かなくてはならない。

それまでに働くところを探さなくちゃいけない。


でも私はのろまだからいつも失敗ばかりして怒られる。


何か言おうにも怖くて言葉が出てこない。

そうやって「もういいよ」とか「明日から来なくていいよ」とかすぐに言われてしまう。


行くところがなくなって孤児院に引きこもるしかなくなった。

みんなが働いている時間は書庫で本を読んで時間を潰す。

夜にはみんなと一緒にスープとお芋を食べる。


みんなは何も言わない。

でも、働きもしないでご飯を食べている私をどう思っているんだろう。


周りの子の本音を「覗きたい」という気持ちはある。

けれど、でもまた本当のことが見えてしまって、傷つくのも嫌だな……


冷めて固くなったお芋を齧る。

おいしくない。


喉にひっかかる。私はそれをスープで流し込む。

味があまりしない。


でも、お腹は空いているから食べないと。

本当に私は誰にも必要とされない。私は、いらない子なんだ。

悲しいと思うけれど、自分からいなくなろうとは思わない。

怖いから、そういうことを選ぶこともできない。


私はダメな子なんだ。どうしたらいいんだろう。




食事を終えて少しした時だった。


なんだろう、とても気持ちが悪い。

今まではちょっとした違和感だけで済んでいたんだけれど。


「コレット、大丈夫?」

シスターが心配して声をかけてくれる。

でもシスターと同じ姿の誰かが囁く。

(チッ、面倒な子ね)

うっすらとだけれど胸のあたりに黒い靄のようなものがかかっている。


「……はい」

私は気味の悪さを堪えながらシスターに頷いた。


「そう、本当に具合が悪くなったら言うのですよ」

(その辺でくたばってくれたら面倒が減るのに)

心配そうに顔を歪めている年老いたシスター。

でも、その言葉に重ねるように彼女と同じ姿の誰かの囁きが「視える」。


怖い、怖い、なにこれ、また……


小さい頃はこういうことが時々あった。

でも、ここしばらくは起きなかったのに。

また、あの時みたいに気味悪がられるの……

やだよ、視たくないよ。



共和国首都ミッドガルズ。

旧王都をそのまま首都として定め、王城を暫定的な議事堂として利用している。


他の都市も反乱時の暴動によって破壊されていたためだ。

現在新たに議事堂を建築中ではあるが、遅々として進んでいない。

破壊された各都市と政治機能の復興こそが急務であったからだ。


いまだに戦の傷跡が色濃く残る首都、その王城の一角。

ほの暗い廊下を一人の女性が歩く。


陽光の下では白銀に光る髪は、燭台の光を受けて飴色に光っている。

腰には茨の装飾が施されたロングソード。


銀を基調としたプレートメイルを身に纏っている。

彼女の靴音だけが廊下に響く。


彼女はふと立ち止まると声を発した。

「ねぇ、あなたは何者かしら」

答えはない。


「ずいぶんと下手くそね。今、大人しく出てきてくれるなら害意なしとして見逃してあげます」

穏やかな口調で語りかける。


「10数えましょう。それまでに出てきてください。もちろん、変なことをしたら敵意ありとして処断するわ」

口調と裏腹に苛烈なまでの殺意を向ける。


ゆっくりと黒髪の女性が姿を現す。

「見た顔ね」

「私も……です」

アイスブルーの瞳を向ける白銀の髪の女性。

穏やかな笑みを浮かべてはいるが目の奥には暗い光を湛えている。

それに対して黒髪の方は戸惑いを隠せないでいる。


「何が目的?」

「言いません」

「でしょうね」

銀髪の言葉を受けて、黒髪の女性がそっと刀の柄に手をかける。


「いけない子ね。剣を抜くなんて」

「っ!?」


「あなたの流派は柄に手をかけたときには抜いたも同義。私が見逃すと思って?」

「それだけ誘っておいて言うのですか」


黒髪の女性は機をはかりつつも窓際まで後退する。

「恐ろしいまでの殺気。それでよく見逃すなんて言えますね」

「あら、察しがいいですね」

「もし私の知っている人なら、油断をしたらすぐに首を刎ねるでしょう」


この言葉に銀髪の女性は目元を緩める。

「ますます察しがいいですね」

そう楽しそうに笑う。


「ご褒美をあげます。あの人に伝えてください。『あなたの大切なものは、ちゃんとしまってある』って。もう一つ。『絶対に焦らないで』ってね」


言い終えると同時に、黒髪の女性に斬りかかる。

剣を抜く動きは見えなかった。


「くぅっ!」

黒髪の女性はその鋭さに飛び退く。


「ダメですよ、そんなんじゃ。精進しなさい」

銀髪の女性はクスクスと楽しそうに笑う。

避けたはずの黒髪の左腕がわずかに斬られている。


「影よ、戒めとなれ。【シャドウバインド(影縫い)】!」

魔術を使う。

銀髪の足元に広がる影が伸び、本体である彼女自身に絡みつく。


動きが止まったわずかの時間。

黒髪が跳躍する。

窓へ向け跳び、そのまま外へと身を投じた。


「ふ……」

その様子を銀髪の女性が微笑みながら見ている。

「さすが私の『旦那様』の子。いい教育を受けていますね」

呟くと共に拘束している影が砂のように綻び、崩れていく。

「ちゃんとお使いをするのですよ」


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