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第2話 棒と瞳とストーカー


「……はぁ」

僕は深々とため息をついた。

ずっとかがめて痛くなった腰を伸ばす。

腰をトントン叩きながら空を仰ぐ。

日は高く昇っている。

日の出前から働いているのだから、とてつもなく疲れた。

「アイツ、魔術使えないらしいぜ」

「魔力なしだてな」

遠くで談笑するポルコたち。

「休憩」って言ってからどれだけ経っているんだよ。

しかも話の内容は僕をバカにするもの。

「俺たちでも『生活魔術』くらいは使えるぜ。なぁ?」

ワザとらしく指先から火を灯して見せる。

「ケヒヒヒヒ、キッショ~」


そう、僕はこの国でも珍しい「魔力なし」だ。

大人子ども男女関係なく、その辺の草でも動物でも魔力を持っているらしい。

「家畜以下じゃん」

そうですよ、そうですよ……

「親父もだったな」

「アイツのところの男はみんなだって。魔女の呪いって話もあるぜ」

「気持ち悪ぅ」

「なんでそんな奴がこの農園にいるんだよ。領主に納めるワインだって作ってるんだぜ」

「だから芋堀りしかさせてないんだよ」

「わかるぅ」

「親父がほら、もと王国騎士団の団員だったから農園主も気を遣ったんだよ」

「なんつったけ?銀の……腰鎧フォールズ?」

「親父も使えない奴だったてウチの父ちゃん言っていたぜ」

「じゃあ、腰鎧じゃなくて腰巾着やってたんじゃねぇか」

「それな~」

くそっ、頭にきた。

僕のことはいい、でも父さんのことは許せない。

そう思って愛用の棒を手にアイツらのところに行こうとした時だった。

「お昼だよ~」

遠くからハンナの声がする。見ると、ハンナと一緒に妹のエナもいる。

だめだ、ここで暴力沙汰にでもなったら、エナたちにも迷惑をかける。



――――パドゴフィル共和国。大陸西部に位置する巨大国家。

数年前までリディアツ帝国とパルミテリア王国で戦争をしていた。

パルミテリア王国がこの戦争に勝ち、帝国領を併合。

けれど、戦後復興が上手くいかずに3年もしないうちに反乱が起きる。

結果、王国も滅亡して議会制を導入した共和国となった。


共和国が建国されて1年。

依然として僕たちの生活は楽にならない。

戦で働き手は少なくなっていたし、土地も荒れてしまったから。

魔物だってうようよしている。

森に入って狩りをするなんておいそれとできたものではない。


僕たちが住むバクス村は、元々は王国領の端、オルレア辺境伯の領地だった。

反乱が起きる前に伯爵さまは亡くなっている。

代わりに治めていた人は反乱軍に連れていかれた。

政府の人が来るようになったけれど、僕らにとっての生活は変わり映えしなかった。


辺境って言われるくらいだから交通の便はあまりよくない。

それが幸いしたのか戦場になることはなかった。

でも、騎士団も憲兵もろくに来ないんじゃ魔物が出た時に対処なんかできっこない。

いつも魔物に怯えながらも細々と畑を耕して僕らは生活をしている。


この辺は農業と畜産が主な産業。

ブドウ栽培に適した気候だから昔からワイン造りが盛んで王家にも献上していた。

僕は農園に雇われていてお手伝いをしている。

でも、みんなに嫌がられていて肝心なワイン造りにほとんど参加していない。

こうしてジャガイモづくりばかりしている。


「……ただいまぁ」

日が落ちるころに帰宅。

「お帰り」

母さんが迎えてくれる。

なんだか少し、ホッとした。

「ハル、疲れたでしょ、すぐにご飯にするから」

そう言ってくれる。

「ありがとう、もうお腹が減って倒れそう~」

僕は椅子に座り、そのままダラ~っと体をテーブルにうつぶせた。


あ、僕の名前は「ハル」という。ハル・ロッシェ。

母さんと妹がいる。

父さんは病気で6年前に死んだ。

妹はまだ小さいので働けないから、僕が農園で働いて収入を得ている。

母さんも農家さんの手伝いをしているので疲れているはずだ。

それなのにこうやって僕たちのご飯を作ってくれる。

だから、辛くても頑張らなきゃいけないって思うんだ。


でも、その気持ちと裏腹に日中の嫌なことはいつまでも、もやもやと残っている。

ああ、今日もまたどやされた。

なんでこうも目の敵にされるんだろ。

がんばっているのに。ちゃんとやっている……はずなんだけれどな。

「お兄ちゃん、お疲れさま」

妹のエナがぽんぽんと頭を撫でてくれる。

「ありがと~」

僕は妹に労らってもらう。なんとか今日の嫌なことを忘れられそうだ。

「ほらっ、そんなところで伸びてないで、手を洗っておいで」

母さんの言葉にのろのろと体を起こして洗い場まで行く。

桶に水を入れて手を洗う。

今日のご飯、何かな。

肉、入ってたらいいなぁ……



なんだろう、とても気持ちが悪い。

今まではちょっとした違和感だけで済んでいたんだけれど。

「コレット、大丈夫?」

シスターが心配して声をかけてくれる。

でもシスターと同じ姿の誰かが囁く。

(チッ、面倒な子ね)

うっすらとだけれど胸のあたりに黒い靄のようなものがかかっている。

「……はい」

私は気味の悪さを堪えながらシスターに頷いた。

「そう、本当に具合が悪くなったら言うのですよ(その辺でくたばってくれたら面倒が減るのに)」

心配そうに顔を歪めている年老いたシスター。

でも、その言葉に重ねるように彼女と同じ姿の誰かの囁きが「視える」。

怖い、怖い、なにこれ、また……

小さい頃はこういうことが時々あった。

でも、ここしばらくは起きなかったのに。

また、あの時みたいに気味悪がられるの……

やだよ、視たくないよ。




共和国首都ミッドガルズ。

旧王都をそのまま首都として定め、王城を暫定的な議事堂として利用している。

他の都市も反乱時の暴動によって破壊されていたためだ。

現在新たに議事堂を建築中ではあるが、遅々として進んでいない。

破壊された各都市と政治機能の復興こそが急務であったからだ。


いまだに戦の傷跡が色濃く残る首都、その王城の一角。

ほの暗い廊下を一人の女性が歩く。

陽光の下では白銀に光る髪は、燭台の光を受けて飴色に光っている。

腰には茨の装飾が施されたロングソード。

銀を基調としたプレートメイルを身に纏っている。

彼女の靴音だけが廊下に響く。


彼女はふと立ち止まると声を発した。

「ねぇ、あなたは何者かしら」

答えはない。

「ずいぶんと下手くそね。今、大人しく出てきてくれるなら害意なしとして見逃してあげます」

穏やかな口調で語りかける。

「10数えましょう。それまでに出てきてください。もちろん、変なことをしたら敵意ありとして処断するわ」

口調と裏腹に苛烈なまでの殺意を向ける。


ゆっくりと黒髪の女性が姿を現す。

「見た顔ね」

「私も……です」

アイスブルーの瞳を向ける白銀の髪の女性。

穏やかな笑みを浮かべてはいるが目の奥には暗い光を湛えている。

黒髪の方は戸惑いを隠せないように言う。

「何が目的?」

「言いません」

「でしょうね」

黒髪の女性がそっと腰の剣の柄に手をかける。

「いけない子ね。剣を抜くなんて」

「っ!?」

「あなたの流派は柄に手をかけたときには抜いたも同義。私が見逃すと思って?」

「それだけ誘っておいて言うのですか」

黒髪の女性は機をはかりつつも窓際まで後退する。

「恐ろしいまでの殺気。それでよく見逃すなんて言えますね」

「あら、察しがいいですね」

「もし私の知っている人なら、油断をしたらすぐに首を刎ねるでしょう」

この言葉に銀髪の女性は目元を緩める。

「ますます察しがいいですね」

そう楽しそうに笑う。

「ご褒美をあげます。あの人に伝えてください。『あなたの大切なものは、ちゃんとしまってある』って。もう一つ。『絶対に焦らないで』ってね」

言い終えると同時に、黒髪の女性に斬りかかる。

剣を抜く動きは見えなかった。

「くぅっ!」

黒髪の女性はその鋭さに飛び退く。

「ダメですよ、そんなんじゃ。精進しなさい」

銀髪の女性はクスクスと楽しそうに笑う。

黒髪の方は左腕の傷を抑える。

「影よ、戒めとなれ。【シャドウバインド(影縫い)】!」

魔術を使う。

銀髪の足元に広がる影が伸び、本体である彼女自身に絡みつく。

動きが止まったわずかの時間。

黒髪が跳躍する。

窓へ向け跳び、そのまま外へと身を投じた。

「ふ……」

その様子を銀髪の女性が微笑みながら見ている。

「さすが私の『旦那様』の子。いい教育を受けていますね」

呟くと共に拘束している影が砂のように綻び、崩れていく。

「ちゃんとお使いをするのですよ」


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