第195話 「全世界の蕾たちに謝れ」――悪魔の威厳を粉砕する魔人さんの弁舌
ディアブロが深々と呼吸する。
「長らく続いた戦のおかげで力を得、自由の身となることができた」
「なんだったか……ああ『アドニス』とかいう愚者が手を貸してくれたおかげでな」
「この地を去る前に、息子としてシグルド・ウォーロックに会った。息子可愛さに従順に従ってくれたよ」
「あと少しというところで、アガートラームよ、お前のおかげで『計画』が先延ばしになった」
自慢げに語るディアブロ。
「なるほど、姉上とアンジェの共倒れを狙う、あのバカな計画か」
忌々し気に言うハティ。
その様をニヤつきながらディアブロは言う。
「直接、ウォーロックの邸宅に行っていたならば今頃は違っていたであろうが、運が良いのか悪いのか」
薄ら笑いを浮かべるディアブロへ、ハティは問うた。
「なれば、王を退ける戦を起こす必要もなかったろう。この国は自壊しただろうに」
「よくもぬけぬけと。お前とエルフは相も変わらず我が力を削ぎ続けていたではないか」
ディアブロは油断なく見ながら続ける。
ハティは表情を変えない。
ディアブロは話題を変えてきた。
「魂を食らう時、その者の記憶も覗くことができる」
言葉にハティが眉根を寄せた。
「特にこの男とは長らく体を共有していたからな。よく知っているよ」
そして、下卑た笑みを浮かべる。
「例えば、『エリーゼとのこと』など、な」
そしてハティの表情をうかがうように続けた。
「実に仲睦まじい『恋人どうし』ではないか」
◇◇
【アナウンス】
ここで、ハティさんがキレます。
以前のエリーゼさんと同じような早口になるので、読者のみなさんご注意ください。
あ、久しぶりの「クロエ」だニ!
◇◇
ハティがため息を吐く。
そして、ディアブロへ汚物でも見るような目を向ける。
彼は「悪魔」を指さして言い放った。
「お前、気持ち悪い」
「何が姉上とウォルターの『イチャイチャ』を見た、だ。十代の子供でもあるまい。拾った『薄い本』読んで自慢するのと変わらんぞ。お前の歳はいくつだ」
「まあ、姉上はお美しいからぁ~。魅了されるのもわからんではない。が、人が『イチャコラ』しているのを覗き見てはしゃぐなど、『覗き趣味』の変人ではないか。いまの今まで相手はおらなんだか」
「ああ、そうやって男の胸に本体をうずめて得意になっているのは、そういう趣味か?いやはや、さらに姉上をいやらしい目で見ているということは、実に多趣味なことで。結構結構、ついでに『コケコッコー』とでも鳴いて見せるがいい」
黒々としたウォルターの胸に渦巻く靄を見る。
「世の中は多様性が認められる。性自認や性的思考なども容認されるところは多い」
情け容赦ない。ディアブロのこめかみに血管が浮かび始める。
「私は人の性癖をとやかく言う狭量ではない。だが、お前はダメな奴だ。『覗き趣味』という自分の特異な性癖を人に一方的におしつけて羞恥をさそって喜ぶなど、まるで盛った猿ではないか」
この言葉に、ディアブロがうめき声を上げる。
「き、きさま……」
「もう一度言う。お前、気持ち悪い」
この言葉にディアブロが雄たけびを上げる。
怒りが沸点に達したのであろう。
「だまれ、黙れ、黙れぇ!」
「おお、己の痛々しいまでの姿に気づき、ついに恥ずかしくなったか」
「このガキがっ、お前なぞ蕾愛好者ではないか」
「それがどうかしたか」
ハティは平然と流す。
「やれやれ、これだから。性欲と愛情とをはき違えている輩は」
頭が痛いとばかりに眉間に手をやり、首を振る。
「いいかね、幼子とは国の宝だ。これから国を支える大切な存在だよ。それを愛でるのは当然である。見目麗しきは重畳である。しかし、ど~うも色欲にくらんだ輩は性的な対象と見る。嘆かわしい。私が余人と違うのは、子供たちに一切『手』を出さなかったことで証明される。いいかねこういう格言がある『汝、蕾愛好者なら護れ』」
「そして、アンジェは私の最愛の人だ。幼い姿だろうが、妖艶な夫人であろうが関係はない。ただの性欲の対象としてしか相手を見ることのできないお前は、やれ姿がどうのとほざくが、根本からして違うのだよ」
そこで、ハティがぴたりと動きを止める。
「?」
不意の出来事にディアブロは訝しんだ。
「アンジェ……そうだ、二年もアンジェは捕らえられていたんだ……」
わなわなと体を震わせる。
そこから憎しみを露わにしてディアブロへ吠えた。
「お前、アンジェに何をした?彼女に何をしたぁっ!!」
ハティが吠える。
「いや、何も―――」
「していないわけないだろ?アンジェだぞ!あの可愛いアンジェを捕らえて我慢できる奴がいるわけがない」
「いや、本当に何も」
「してないのか?できないのか?お前は特殊な性癖なのか!?」
(それはお前だ)
「ああああああ、アンジェがぁぁ、こんな変人に『なでなで』とか『プリン半分こ』などされていたかと思うと」
そこでぴたりととまる。
「いや、待てよ。それでさえもあの可愛さだ。ということはそれでもなお失われぬ可憐さを備えているということか」
ぶつぶつと独り言を言って思案する。
「うむ。嫉妬のあまり狂ってしまった。お前がアンジェに魅了されて悪戯をしたことはひとまず置いておこう」
「いや、していない」
「だが、仮置きであるだけだ。きっちり償ってもらうし、許すことない」
「だから、していない」
「可愛さのあまりにテンションがハイになってしまうのもわからんでもない」
「していないって言っているだろう!」
「隠すでない。魅了されるのはわかるぞ」
「おまえ、ほんとバカなのか」
「本当に?本当に何もしていないの?」
「私はお前と違って蕾愛好家ではない」
「ああ、やはりそっち系か……悪魔は性別がないと聞いたことがあるが、かわいそうに」
「重度のシスコンが何を偉そうに」
「はっ」
ハティが失笑する。
「語るに落ちたな、悪魔よ。敵わぬと知って話題を変え、次にあげつらったのがこれか。お前は今までに会った凡夫どもと同じ言葉を吐いた。すなわち、奴らと同じ程度であると自ら暴露したわけだ」
恐ろしいまでにハティの弁舌の調子がいい。
「論旨がずれている。頭の悪いお前にもう一度言ってやろう。性欲と愛情は違うのだよ」
ハルの芋に何か良からぬものでも混じっていたか。
「家族を愛するのは当然だ。まして、尊敬する姉を愛してやまぬのは当然。それを異性だからと性的な目で見るなどありえんよ。それこそゲスの勘繰り、その程度の浅はかな物言いは己の欲望を他者に投影しているだけの愚者だ。いいかね、私はこの腕を継承するためあらゆる責め苦を受けた。ありもしない欲望まで突きつけられてな!そのどれにも屈しなかったし、身近な女性を借りた誘惑にも応じなかった。わかるか?神の責め苦ですら揺るがなかった私の『愛情』をおまえごときの破廉恥な妄想と同列にするな。言語道断なのだ。すべては、アンジェ・フラン・スカーレット、エリーゼ・カナン・マクスウェル。そしてこの【銀の右腕】が証明してくれる」
「ぐ、く……」
「私は姉上を愛している。それは肉親としての敬愛である。不浄な関係などあろうはずがない。姉上とて同じように邪な感情など無いはずだ」
「先ほどの蕾愛好者発言といい、此度のシスコン発言といい、どうやらお前は長い封印生活で色欲をこじらせて頭がおかしくなっているのでないか。ああ、確かに本体が寄生主の胸から飛び出ているなど、普通の者よりも頭の出来が妙な証なのかもしれぬな。ウォルターの首とお主のその『靄』、どちらに脳みそが詰まっているのか。よもやウォルターの方にのみ脳みそが詰まっていて、お主は空っぽなのではないかね」
からからとハティは笑って見せる。
「このガキ、もう許さん。お前は仲間の前で辱めてから殺す!いや、仲間を目の前で辱めてから殺してやろう!」
ディアブロが吠えた。
なんだかもう、浮き上がった血管がキレそうな感じになっている。
先ほどまで笑い声をあげていたハティの声がぴたりと止む。
首を傾げながら冷ややかな顔で悪魔を睨みつける。
「ゆるさないのはこちらのセリフだ」
静かながらも明らかな怒気が込められている。
「お前は多くの者を傷つけた。姉上、アンジェ、ティア、ガレット、師匠、家臣、民草、そしてウォーロック父子だ」
先ほどまでのハイテンションは怒り心頭の裏返しか。
「お前など勝手にどうにかなってしまえばいい。世界のために」
性格の悪い発言が続く。
「まず最初に、全世界の蕾達に謝れ」
ハティはブレない。
だが、ここまでだ。
「そして―――――」
剣を抜く。
『くたばれ、ゲスが』




