第194話 空虚(ホロウ)の騎士。魂を喰らった悪魔の嘲笑
ハティ・アガートラーム・マクスウェル。
最狂の魔人と呼ばれた男。
彼は大の字に寝転がり、現状の把握に努めていた。
体がとんでもなく痛い。
全身を殴打されたような痛み。
しかも、魔力が「スン」と拡散されていて、活動できるギリギリの量。
とんでもない倦怠感。
そして、なぜかティアが抱き着いている。
「妹分」として可愛げがあるとは思っている。
だが、「蕾」ではない彼女に心が動かされることはない。
なのに、なぜ、彼女は「早口言葉」のように……
……いや、「呪いの言葉」のように呟いているのだ?
「しゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅき……」
よく噛まないよなぁと感心している。
さらに、よくわからないのは「おえぇぇぇ」とえづいているハル。
(ちょっと、吐くなら離れてやってくれよ)
視線を横に移すと、離れた場所でコレットがアンジェとリムアンに叱られている。
本当に、何があったのだろう。
反対に視線を動かすと、姉のエリーゼとウォルターが、エルザとシグルドが戦っていた。
こっちは、まあ理解できる。
(体が……動かないな)
非常にまずい。
おそらくだが、「ハル」に魔力を「スン」と拡散されたのではないか。
特に「魔人」の黒い魔力を。
とりあえず、「回復」が最優先。
おそらく、アンジェの見立てが正しければ、相手は「悪魔」だ。
「あの~、ティアさん?」
恐る恐るハティは声をかける。
「しゅきしゅきしゅきしゅ……?」
ティアが顔を上げた。
「しゅき」
勢いというものだろう。
ティアは顔を上げ、ハティを見たまま言ってしまった。
沈黙が訪れた。
「あ……」
非常に気まずい。
「えっと、ティア……」
ハティが声をかける。
ビクゥゥゥゥ!
ティアが身を震わす。
「あ、ああっあああああ」
なんだか呻いている。
しかも、顔が真っ赤だ。
「えっと、あの……」
ハティもそのただならぬ様子に言い淀む。
「どいてくれ」とは言い辛い。
「僕もティアのことは『好き』だよ?」
ハティが言う。
どどどどーーーん!
謎の爆発音がする。
そして、ティアは顔から火を吹いた。
「ひいぃぃぃやぁぁぁぁ!」
悲鳴を上げる。
「あ……」
声をかけようとした時にはティアの姿がなかった。
遥か彼方。
走り去る金のポニーテールが見える。
ほどなくして草を踏む音が聞こえる。
影が差した。
アンジェが難しい顔で覗き込んでいる。
「アンタさ……」
「え?」
ハティはその意外な表情に驚く。
「ほんっっとに、もうっ!」
そう言って踏みつけられる。
「ぐえっ!」
ハティは呻く。
「心配かけさせるなよ……アンタがさ…いなくっ、いなくなったらさっ」
アンジェが口を歪める。
「泣く人がいっぱいっ、いっぱいいるって、まだわからないの?」
ぽろぽろと涙をこぼす。
「……ごめん」
謝るハティ。体はまだ動かない。
しゃくりあげながら「ホントよ……」と呟くアンジェ。
「引っ叩いても起きないし、エルザとの『魔力のつながり(パス)』通じて、干渉してやっとって……」
「『ロッシェ』でも起こせなかったら――――」
アンジェが涙を拭きながら言う。
「――――アンタもろとも『すべて灰』にしてやるところだったわ」
目に陰鬱な光が灯っている。
本気の目である。
ハティは苦笑いするしかなかった。
(そんなに、僕を想ってくれているだなんて)
彼も大概にズレている。
閃光が走る。
エルザが切り札のアーティファクト【希望の南十字星】を使ったのだ。
熱波と爆風が頬を撫でる。
コレットとリムアンが駆け寄ってきた。
「アンジェさん、ハティさん!」
「ハティ!」
駆け寄るとハティに縋りつく。
「よかったぁ」
ふたりは安堵の声を上げる。
ハティはそっと彼女らの頭を撫でた。
「ところでさ……」
ハティが言う。
「魔力がほとんど残ってないんだ。回復アイテムない?」
彼の言葉に、アンジェがマジックバッグから「芋」を取り出す。
「ハルのジャガイモ?」
「そう。どんな【魔法薬】よりも効くわよ」
そう言ってアンジェがハティの口にねじ込む。
「モゴッ!…ムグ……モムモム……」
ハティは咀嚼しながら思う。
(これはこれで、「天国」なのではないか?)
おかわりの「芋」をコレットやリムアンが食べさせてくれる。
(義理の娘が交じっているとはいえ、「蕾」に囲まれるなど……)
沸々と魔力と活力が湧いてくる。
(ああ、「蕾」エナジーが充填されていく……)
多分に「ハルのジャガイモ」効果なのだが、ハティには関係ない。
彼が「幸福(口福)」に浸っている時だった。
エリーゼの方も決着がつきそうであった。
「っ!?」
異変に真っ先に気づいたのは「コレット」だった。
「なに?あの……黒い魔力っ」
悪寒を感じ、身を震わす。
シグルド(ディアブロ)がエルザに倒されたことによって判明した魔力の出どころ。
分散されていたものが、ひとつに集約された。
(エリーゼお姉ちゃんっ!)
◇
時を同じくして、戦場ではガレット率いる「黒金の鷹」が奮戦していた。
ハティが大半の兵を倒してしまったので、数における劣勢は感じられなくなっている。
別な場所では「白銀の虎」を率いてフリードが戦っている。
敵本陣にハティ、エリーゼ、エルザ、ティア、アンジェが攻め込んでいた。
(将軍級はいないが、「数」があるってのも厄介なんだよなっ)
広域を攻撃できる技を持たないガレットは特にそう感じている。
だが、集団戦において「黒金の鷹」や「白銀の虎」の力は抜きんでている。
二つの軍は誰もが精兵であるため、並の軍が相手であれば4倍の数相手にもひけをとらない。
(適材適所ってもなぁ)
ウルフスベインが「魔狼騎士団」をフォローしながら戦っている。
怒号と爆音、剣戟が入り乱れるなか、向かってくる兵がいる。
土埃を巻き上げて、奇声を上げている。
(なんだ!?あの異様に速い…)
歩兵である。
騎馬よりも速いのだ。
(って、「お貴族様」じゃねぇか!?)
ガレットは「貴族嫌い」だ。
身分に胡坐をかいて、偉そうなのが鼻につく。
だから「偉そう」に見下してくる「ティア」は昔から苦手だ。
『ひょおおおおおおおおっ』
奇声を上げて爆走している。
奇行が目立つティア。
自分が連れていた「魔狼騎士団」たちを人に押し付けて本陣に斬り込んでいった。
そして、今度は奇声を上げて戻ってくる。
(ホント、アイツは何がしたいんだ)
瞬く間に眼前まで来た。
「おい、お貴族様!ちったぁ『協調性』持てよっ!俺ら『チーム』だろ!」
ガレットは言うが、ティアは一切反応しない。
「おいっ」
ティアはそう言って近くにいたフィンレーに掴みかかる。
「は、はいいい!?」
あまりのことに裏がった声でフィンレーが返事をする。
「ハティが私のこと『好き』だって!」
フィンレーは固まった。
とんでもなく目をキラキラ輝かせ、ニヤついているティア。
「あ、はい。そうっスね。知ってます」
ガバッ!
ティアが今度はリャナンに掴みかかる。
「ハティが私のこと『好き』だって!」
またもや目をキラキラ輝かせ、ニヤついて言う。
「え?あ…おめでとう?ございます」
リャナンもどう返してよいかわからずに言う。
「ああっ、ありがとう!」
礼を言ったティアが次々と仲間を捕まえては報告する。
まったくもって周りが見えていない。
とはいえ、ガレットもティアの「恋心」を知らないわけではない。
「よぉっしゃぁ!お貴族様、『ヴィクトリィィィィ』!」
人差し指を天に突き上げるようにして祝福した。
「……誰も、お前には報告していない」
ティアが「スン」として言った。
(こ、こいつぅぅぅっ)
さすがのガレットもイラッとした。
(俺の扱い悪すぎだろう!)
一発殴ってやろうかと拳を握った時だった。
天から声が響いた。
◇
『人の子らよ!括目しなさい』
アンジェの声である。
有無を言わせぬその声に、誰もが一瞬手を止め、空を見上げた。
上空には蜃気楼のように二人の人間が剣を交えている様子が浮かぶ。
「エリーゼ様!」
「ウォルター司令!」
各軍から自身の総大将を呼ぶ声がする。
『今、あなたたちの長が、一騎打ちをしています。これ以上あなたたちが剣を交えることに意味はありません。この戦の勝敗はすでに、この二人に委ねられたのです』
声に重ねるように、ガレットが大音声を上げる。
「双方、剣を納めよ。もはや血を流す必要はない。この戦の趨勢はかの二人に委ねられた」
ティアも続く。
切り替えが早い。
「やめだやめだ!私は剣を納めるぞ!そなたらはどうする?これを好機として不意打ちをするか?恥をさらすか?」
言うなり、ティアは、地面に剣を突き立てる。
ガレット達黒金の鷹も武器を地に突き立て、前方の共和政府軍を威圧する。
この様に、共和政府軍も武器を地に突き立て、視線で牽制する。
互いににらみ合いが始まった。
◇
「どうした?もう行ってしまうのか」
背後から聞こえたウォルターの声に、エリーゼが振り返る。
うつぶせた姿勢からゆっくりと起き上がる。
致命傷だったはずだ。
それなのに何事もなかったかのように起き上がり、笑みを浮かべている。
それは醜く歪み、目は血の色に染まっている。
「っ!?」
エリーゼは悪寒を感じてすぐに距離をとる。
彼女が斬った場所からは黒煙のようなものが立ち上っていた。
「こんなことでは死なない。残念だったな、エリーゼ」
「あなたは、誰ですか」
「ウォルター・ホロウ・ウォーロックだ」
「ちがう…私の知っているウォルターでは……」
「ああ、そういうことか」
言うなり、ウォルターは鎧を脱ぎ捨てる。
胸部に穴があり、黒い靄のようなものが漂っている。
「ホロウとはよく言ったな。『空虚』か」
「く……」
エリーゼが歯噛みする。
彼の身に何が起きたというのか。
「姉上、すみません―――」
ハティの声がする。
「待ちなさ……」
彼女が非難の声を上げる間もなく、ハティが背後から斬りかかる。
しかし、その剣は背中から生えた腕によって阻まれる。
「やはり、か」
ハティは確信したように呟くと、跳躍して距離をとる。
「姉上、こやつ憑りつかれています」
「っ!?」
「手出しを控えておりましたが違和感がありました」
「どういうことです」
「姉上が来られる前に少し問答をしました」
「私は姉上とウォルターの仲を知っておりましたし、ウォルターともそのことで話したことがあります。ですが、先ほどの会話で反応すらしなかった。つまりは概ねがウォルターなのに、わずかながら彼から逸脱している」
そこで、ハティが剣の切っ先を向ける。
「なによりも、自分の父親を屍兵として操るなどという暴挙、およそ人間のものではない」
忌々し気にハティが言う。
「おい、そうだろ。顔を出したらどうだ、ディアブロ」
「く、くくくく……」
「ディアブロ(悪魔)などという名前、あまりにもそのままではないか」
ウォルターの胸部、黒い靄が覆う穴からディアブロの顔が出てくる。
同時に背後からは一対の腕が新たに生える。
「では、やはりウォルターはもう……」
「すでに魂は喰らった。最後まで抵抗していたよ、そうそう『エリーゼに手を出すな』と言っていたぞ。泣けるな。愛されていたのだな」
「貴様っ!」
「この男は立派であったよ。神殿騎士団として私を抑え込もうと必死に抗った。しかし、一度解かれた封印を再度施すことができなかった。故にその身に封じ、自身はこの国を去った」
ディアブロが語る。
「戦はいいな。怨嗟、憤怒、さまざまな感情が生まれる。そして私たちに活力を与えるのだ」
「姉上」
ハティが目配りをする。
エリーゼも剣を構えなおす。
肩の傷は塞がっていない。
時間をかければ失血多量で命も危ない。
「アンジェ!」
ハティが叫ぶ。
アンジェが「空間転移」の魔術を使って姿を現す。
「おお、賢しらなエルフ。ずいぶんと手こずらせてくれたな」
「何百年とこの地の瘴気を沈めて歩き、我が復活を阻みおって」
ディアブロが声をかける。
アンジェはそれに応えることなく、エリーゼを連れて離脱した。




