第192話 不沈艦のエルザの葬送。「愛の誓い(エンゲージメント)」が亡者の魂を解き放つ。
「いい仕事をする子ですね」
エルザが笑う。
「『旦那様』が目をかけるのも頷けるというものです」
シグルドとウォルターを見る。
「振り出しに戻った、というより状況が悪化していますね」
エルザはにやりと笑う。
「まさか、解呪できるアーティファクトがあるとは」
「取りに行っていたのか」
ウォーロック父子が尋ねる。
「その通りですよ。あのエリーゼがただキャーキャーわめくわけなじゃないですか。ふざけている時ほど、腹の内では姑息なことを考えているのです」
エルザは彼らにそう答えると肩をすくめる。
「気づいていなかったのですか?では、あなた達はあの女に騙されている被害者なんですね。かわいそうに」
エルザが気づかわし気に言う。
「ここぞとばかりに人の悪口を言うのではありません」
そこへ、エリーゼが歩み寄ってきた。
遠くでは、ハルたちが伸びている。
「あら、お姉さま」
「違います」
「頑張った義妹にそんな態度ですか?」
「そうですねそうですね、よぉく頑張ったわねぇ私の下僕」
「あなたのではありません。ハティの下僕です」
「……はぁ?」
「……なんです?」
エリーゼとエルザは互いににらみ合う。
「この場を借りて言っておきますけれど、エリーゼ!なんで私の名前を騙ったんですか」
忌々し気にエルザが言う。
「ええ~何のことかしらぁん」
エリーゼがワザとらしくとぼける。
「ふざけないでください。時間を稼いだのは私ですよ」
エルザの言葉にエリーゼが舌うちをする。
「追っ手を撒くのに都合が良かったからですよ」
面倒くさそうに言う。
「本当にそれだけですか」
じっとりとした目で見る。
「本当に、『それ』だけですか?」
さらに顔を近づけてエルザが言う。
「……ちょっと、嫌がらせを」
ボソリとエリーゼが言う。
「ほおおおおらぁぁ、この性悪女」
「良いじゃない!根暗ストーカー女が『陽キャ』デビューしましたってなって」
「私は根暗ではありません!ストーカーですが」
「自覚症状あるのね?末期だわぁ、つける薬がないってこのことですねぇ」
キャーキャー言い争う「2エル」コンビ。
だが、それをシグルドの放った「魔術」が中断させた。
ふたりはため息を吐く。
『仕切り直しですね』
その言葉は同時に漏れ出た。
「では、私はウォルターを」
エリーゼが言った。
「そうですか。では、シグルドは私が」
エリーゼの言葉に、エルザが頷く。
◇
エルザの剣がシグルドを捉える。
だが、【蒼雷の装束】が発動して彼女を焼く。
それを意に介さず、エルザはにさらに仕掛ける。
「なんと、無茶苦茶な」
「別段、この程度の痛み、何でもありませんわ」
(麻痺効果も打ち消されている)
シグルドは距離をとりながらエルザを分析する。
――――元・帝国の女傑。
その功績から「鉄血のエルザ」と言われた。
しかし、彼女は智謀のみの将ではなかった。
大戦の折、彼女が守りに徹すればそれを抜くことはできなかった。
「軍略」だけではなく「武勇」においてもだ。
そして、攻め手にまわれば、その苛烈さと執拗さから相手が膝を屈する。
そこから戦場では「不沈艦のエルザ」とも呼ばれた。
一度距離が開いたことで、互いに息を整える。
「【蒼雷の装束】は確かに自動で身を守ってくれ、同時に反撃までおまけがついてくる優れた術だと思いますが」
「中途半端なのですよね」
やれやれといった態でエルザが肩をすくめてみせる。
「特に、反撃自体が効かない相手や食らってもすぐに治ってしまう相手には意味をなさない」
ニヤリと笑う。
「そう、バッキバキにきまっている今の私や再生超人のマクスウェル姉弟には」
「それに、もうお気づきでしょう?」
「魔術の大家。ウォーロックのあなた達と私の相性が最悪だってこと」
不敵に笑うエルザ。
「なぜ、奴らに味方する?」
シグルドが問いかけた。
「はぁ?」
「ハティに臣従したとはいえ、お前を追放した者たちではないか」
「バカも休み休み言いなさい。それとも耄碌したのですか?」
それからエルザは「もうろく……うぉろっく、ぷふっ」と呟いて笑う。
「何がおかしいのかわからん」
「ああ、この手の挑発が効かない人でしたよね」
「挑発だったのか」
それにはエルザがため息をついた。
「おかしみを解さない人って嫌ですねぇ」
彼女は真顔に戻って言った。
「第一に、私はハティのことが大好きで、いつだって傍にいるために全力なのです」
「第二に、あなた達は私を陣営に引き入れるために『従属』の魔術という屈辱的な方法をとった」
それにシグルドは何の感情も見せない。
「居場所を与え、地位を与えただろう。何よりも『従属』とはいえ我々がお前を害することはできない制約もつけていた」
「あなたたちは、ですよね」
エルザが歯噛みする。
「手下を差し向けたでしょう。それと『従属』の効果の確認もした」
エルザが唸るように言う。
「乙女の口から何を言わせた?ゲス野郎」
「そうか、それはすまなかった。てっきり喜んでいたと思ったが」
「そんなわけないでしょう。これだから『死人』は」
この言葉に、初めてシグルドが表情を変える。
「気づいていたのか」
「もちろんですよ。『元シグルド・カイン・ウォーロック卿』。首都にいたとき、ずっと観察していましたもの」
「ストーカー気質だな」
「自覚しています」
エルザが笑う。
「なるほど、『ディアブロ(悪魔)』とはよく言ったものですね」
「あなたたち(・・・・・)を動かしているのは、『転生』の力を持った転生者(悪魔)ですか?」
シグルドは答えない。
「亡者と成り果ててまで、あなたは何をしようというのですか?」
エルザの問いに、シグルドは眉一つ動かさない。
「あなただって、とっくに気づいているでしょうに」
その言葉に、シグルドは剣を構えた。
「黙れ、女狐」
怒りの表情。
「ようやく、あなた本来の『顔』が見えましたね」
◇
シグルドは剣と魔術を併用し、一定の距離を保つ。
―――――ニョ
エルザは「スキル」を使って背後に移動する。
ギャリッィィィィ!
彼女の一撃はシグルドのロングソードで阻まれる。
切り返される剣をエルザは盾で防いだ。
「【盾撃】」
盾でそのままシグルドを攻撃する。
砲撃のような衝撃波を放ったが、シグルドも素早く距離をとって退避していた。
―――エルザは攻めあぐねていた。
何かが掛け違えばこの均衡が破れる。
そして途端に天秤は一方に傾くだろう。
「っ!」
シグルドの断頭の一撃。
エルザがこれを盾で防ぐ。
「っ!?」
受けた盾が焼き切れる。
瞬時に彼女は盾を手放し、剣をその身に受けることを回避した。
「……これでも仕留められぬか」
感情のうかがえない声。
一方のエルザは不敵な笑みを浮かべる。
「……これは?」
シグルドは自身の変化に訝しむ。
「弱体化の魔術か。いつの間に仕掛けていた」
シグルドのその言葉にエルザが笑みを浮かべる。
「さあて、いつからでしょうね?息子さん共々私がお相手していた時からかしら?それとも、エリーゼとおしゃべりしていた時かしら?」
エルザがうそぶく。
その様を感情のうかがえない顔でシグルドは観察していた。
「詮索に意味はないようだな。現状に対処するだけだ」
「効いているみたいですねぇ。【熱量選別】」
そっとエルザが自身のお腹を撫でる。
「私が、旦那様から頂いた愛の結晶」
そのしぐさは、勘違いされそうではある。
だが、別の意味で「ハティ」はやらかしていた。
彼女はかつて、ハティとの一騎打ちの果てに「腹」を貫かれていた。
そして、ハティは「贖罪」として「銀の右腕で再生」した。
こうして「眷属」。エルザ・ジグニュール・ブライトガードが誕生したのだ。
「いや、単に『眷属』として分け与えられた『恩寵』では……」
「いえ、違います!私とハティの関係は『眷属』などという俗っぽいものではありません」
「だから、『魔力』の『パス(繋がり)』が、『繋がった(エンゲージメントした)』眷属なのだろう?」
シグルドの言葉にエルザは「ハッ」と口元を抑える。
「エンゲージメントですって?」
体を震わせる。
「わかっているじゃないですかっ!」
興奮して手をぶんぶん振る。
「そう、これは『婚約の証』なのです!」
それから感極まったように手を広げて天を仰いだ。
「ああっ、これこそ『一心胴体』!」
「ふひひひひ」と不気味な笑いを漏らす。
「永久に分かたれることのない『愛の誓い』なのです!」
ムフーと荒い鼻息を吹くエルザ。
「ちが――――」
「違いません!もはや、ハティと私は『ひとつとなった』のですっ」
「話を聞かない奴だな」
シグルドの体から靄のようなものが流れ出ている。
「なるほど。会話を長引かせて、『熱(魔力)』が完全に排出されるのを待っているのか」
「え?違いますよ。あなたに私がどれだけハティを愛しているか教えて差し上げているだけです」
エルザが言う。
「これで『理解させ(わからせ)』は完了ですね。最期に良い話を聞けて、冥土の土産になったのではないですか?」
そのエルザの言葉に、シグルドは眉一つ動かさずに言う。
「お前の言葉を借りれば『中途半端』だな」
シグルドが呟く。
「体と外とで『仕分け』ているのだろう?」
「だが……」
シグルドの体が揺らぐ。
その境界があいまいとなった。
「これでは、仕分けるための『壁』がつくれまい」
まるで「ゴースト(幽体)」のようになったシグルド。
「お主の切り札は潰えたぞ」
「そうですか。残念です」
エルザが苦笑する。
「ホント、ざんねんな人」
アーメットの中の顔が、「ニタァァァァ」と歪む。
「幽体になってくれたおかげで、あなたの『パス』が見えました」
そして、エルザがロングソードを構える。
「そうですかそうですか。やはり『アイツ』の支配と供給を受けて動いていたのですね」
「モロ出しにするなんて、『変質者』みたいですねぇ、シグルド」
「そんな、危ない人にはお仕置きが必要です」
ロングソードが輝き始める。
「何も、エリーゼだけが『アーティファクト』を持っているわけではないのですよ」
エルザが剣を顔の前で一度掲げる。捧げる剣のように。
「知っていたはずですよ。亡者となって耄碌したウォーロック殿」
剣が輝きを増した。
「もはや、『操り人形』と化した亡者殿」
エルザの顔がいつになく「暗く寂寥に満ちた」ものとなった。
「その枷を外し、魂の解放を」
それはまるで、葬送の言葉のようであった。
「――――【希望の南十字星】!」
エルザは全魔力を込めて、剣を振り下ろす。
光の斬撃が飛ぶ。
シグルド・カイン・ウォーロックの姿が光に飲まれる。
◇
エルザの魔術による武装【鋼鉄の茨姫】が解けた。
光が収まり、爆炎が晴れる。
そこには炭化した人の姿があった。
「幽体化が解けましたか」
「これで、原形を留めているとは……見事としか言いようがありませんね」
エルザが嘆息する。
「……こ、ちら、が……ほんめ、いだったか」
黒い人型から声がする。
「まだ動けるのですか」
シグルドが腕を差し向ける。
魔術を使おうというのだろう。
だが、上げた腕が崩れた。
「もう、いいかげんお休みなさい」
エルザが剣を手に歩み寄る。
「ウ…オル、ウォウ…ター。ウォルター……『ウィル』」
ウォルターの名を、愛称を呟くシグルド。
それは助けを求める声ではなかった。
愛した者を呼び、その行く末を案じる声だった。
エルザが口を歪める。
涙をこらえたのだ。
「もう、いいのです。お眠りなさい。きっと『彼』も待っていてくれます」
剣が走る。
幾条もの剣筋が、その影法師のような人形を粉砕した。
「どうか、安らかに」
エルザの目から一筋の涙がこぼれた。




