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第189話 愛と嘔吐が吹き出る戦場。届け!ティアの告白。そして、ついに主人公が……




「信繁、もう…いい……」


母の言葉を思い出す。


僕は、あの時思ったんだ。


忘れたことがない。


僕はあなたの息子として、ちゃんとやれただろうか。

もっとできることがあったんじゃないか。

最期、あなたを苦しめて、寂しい思いをさせただけなんじゃないか。

ただ、あなたが楽になれる日を、苦しみから解放される日を待った。

でも、そんな日が来ることはなかった。

日に日に死に近づいていく、ただ人としての尊厳が少しずつ失われていく様子を見ていた。


できることをしてきたつもりだ。

一所懸命がんばったつもりなんだ。


何をしていたんだ。


もっと早く気づいていれば。

もっと賢くて対応できたなら。


もっと力があって……


僕は僕が嫌いだ。


もっとみんなに好かれて信頼され慕われていたなら、あなたは安心することができたんじゃないか。


いつもお願いしていたよね。


僕を独りにしないでくれって。


あなたがいてくれるだけ、がんばろうってそう思って堪えられたのに。


許してくれって言っても許してくれないかもしれない。


――――でも、許しを請いたい。


だから、これが夢なのだということは嫌でもわかる。

ああ、これは夢だ。

なんて幸せな夢だ。

でも、嫌な夢だ。


ありもしない出来事。

ありもしない欲望。


ああ、母上。


あの笑顔、あの寂しそうな顔。


ごめん。みんな、ごめん。

ごめん。ごめんなさい。母さん。


僕は、あなたのことを忘れたわけではない。


でも、幸せな時間に麻痺していたんだ。


あなたを思い出す時間が少なくなった。


これは罰だ。


本当に愛して、本当に大切な人。

本当に思ってくれた人を忘れそうになっていた。


信繁。お前という奴は。


僕は僕自身が好きではない。


そんな僕を愛してくれた肉親を、忘れそうになっていた。


許せない。

許せない。許せない許せない許せない……




「戦力が分断された……やるわね」


真面目な顔でアンジェがウォーロック父子を見る。


「心外だ」


ウォルターが苦々し気に言う。


「いいかげん、私一人に押し付けるの、やめてくれませんかっ、重たいんですっ、好みじゃないんですこの人たち」


エルザが叫ぶ。


「お前も大概だがなっ!」


ウォルターがツッコミを入れる。


暴走寸前のハティ。


術に抗っているのか、拮抗が続いている。


対してウォーロック父子。


連携してエルザを攻めている。


二人とも将軍級の力を有している。


けして油断できる相手ではない。


だが、それを――――


「はぁぁぁっ!」


盾で剣をいなしながら体当たりを食らわせて吹き飛ばす。


間髪入れずに向かってくる剣をロングソードで捌き、切り返して距離を稼ぐ。


「エルザ・ジグニュール・ブライトガード―――」


帝国の英雄。

軍略・政略問わず非凡な才を持ち、死にかけの国を救った。

個の力も攻防ともに比類なく死角のない立ち回り。


「ほんと、動きが単調ですね」


――――ニョ


ウォルターが剣を振る。


―――ニョニョニョ


それをぬるっとした効果音を出しながらかわすエルザ。


「ウォルター!」


シグルドが叫ぶ。


声に応じてウォルターがバックステップで距離を開ける。


魔術の紫電が飛び、エルザを襲う。


――――ニョッ


エルザの姿が消える。


「嫌ですねぇ、そんなの痺れちゃいますよ」


(意味違くないか!?)


シグルドの背後に立つエルザ。


「高速で逃げ回るハティを捕捉するのは大変なんです」


「おかげで、私の瞬発力と動体視力は極限まで高められました」


「そして、この『かばう』スキル」


「ターゲット(スーキング相手)の弱点や死角に移動できる素晴らしい『スキル』を体得したのです」


自慢げに言う。


(いや、怖い怖い)


ウォルターは戦慄した。


極限まで高められた「ストーカー・スキル」。


ただ「対象」をつけ回すための「かばう」スキルの無駄遣い。


そして、戦場で「不沈艦」と呼ばれるほどの「固さ」。


攻撃が一切通らない、「ストーカー」など恐怖の対象でしかない。


「わたしだって、ハティにですねぇぇやってみたいんですよぉ」


唯一の難点は性格か。

いや、抑圧されたものをハティなら受け入れられると見極めた慧眼か。


エルザがギロッとティアを睨む。


「ティア。これは一個貸してあげます。あなたの本気をここで見せてください」


「ひっ」


あまりの凄みにティアですら悲鳴を上げた。

「私の旦那様に響く一言を言ってみろっ、やって見せろっ、むしろ、やれぇっ!」


エルザが咆哮した。


「でなければ、私は認めない。認めないぞっ、たかだか1歳下というだけのそれだけのことでぇぇ!」


魔力があふれ出る。


「魔装展開!『鋼鉄の茨姫アイアン・ローゼ』」


魔力が彼女を包む。フルプレートメールのように体を覆う。


「『お兄ちゃん』って言える特権なんかぁぁああぁ」


魔力の奔流が暴風を生む。


「なんだ、こいつは」


完全に狂言回しと化したウォーロック父子が叫ぶ。


「年下のくせに私を包み込んで甘々な思いに浸らせたくせにぃぃ」


兜の中から涙があふれ、慟哭が響き渡る。


「これは……」


ウォーロック父子が身構える。



「ふぅぅぅ」


ティアが深呼吸を繰り返す。


「大丈夫?」

アンジェが尋ねるのに対して頷いて応える。


ちなみに、今にも暴れそうなハティをアンジェは「ヘッドロック」していた。


ギチギチと締め上げている。


ティアは自ら頬をバシバシと叩いて気合を入れる。


「行くぞっ」


何かの試合のようだ。


覚悟を決めた顔で一歩を踏み出す。


「はぁん、私以上にデキるとは思えませんけど」


リムアンがわざとらしく煽ってくる。


それを爽やかに親指を立てて見せた。


「くぅ、やってみせてっ」


リムアンの声に後押しされてティアがすすむ。


相手は魔人、ハティ・アガートラーム・マクスウェル。


他の追随を許さない研鑽を重ねた武人。


正面からの戦いは誰をも寄せ付けないだろう。


彼が沈黙しているのはなぜか。何故か。


その答えが見えようとしている。


『―――――僕は、僕はいったい何をしていたんだ』


ハティの声が聞こえたような気がする。


「ハティ!」


ティアの声が響く。


「私は、お前のことが『大好き』だぁぁぁあ!」


風に乗ってその声が響き渡る。


(ついに、言ったぁぁぁぁぁぁあ!)


女子連中が瞠目する。


敵のウォーロック父子も、場違いなセリフに頭が追いつかなかった。


「はじめはオマエが怖かった。でも、勉強を教える間に、いっしょにいるうちに好きになっ、てしまった」


「アンジェの恋人なのにっていっつも我慢して、忘れようとしてっ、できなかった」


「婚約の話を聞いたときも、諦めたつもりだった」


「でも、できなかった」


「横暴な貴族の縁談から私を救ったこと、憶えているか?」


「デートした時のことも。髪飾り、大事にしている。今でも、こんな歳になっても」


「私に掛けてくれた上着、まだ返してないよな……やだよ、絶対に返さない。返すもんか。それ以上のものくれなきゃ、絶対にヤダからな」


「お前、右腕なくした時、私が『好きにして』って言ったのに、拒んだろっ!正直腹が立った。私にそんな価値もないのかって!」


「でも、エリーゼ様に聞いたんだ。泣いてたって、大切な人を傷つけないですんだって」


「なんだよ、お前も好きなんじゃないか。だったら言ってよっ、こっちはウェルカムなんだからさっ」


手をぎゅっと握りながら懸命に語り掛ける。


「だいたいな、お前はビビりなんだよ、お前より私らは弱くない。怒れよっ、悪いのはお前だって、自分を傷つけてまで護るものなんかないんだよっ!何を我慢してるんだよっ、ぶつけてみろよっ、私は受け止めるぞっ!」


「私は弱くない、弱くなどない。だから、絶対に言わない、言葉に逃げない」


「『お兄ちゃん』なんかじゃないっ!ハティが好きだからっ」


「ばか野郎っ!はやく起きろっ、いつまでもグスなんだからっ」


「目を開けろよっ!私を見ろっ、ティアを、私を見てっ!」




炎に覆われた森。


辺りは凄惨な状況だった。


「ばか野郎!ばか野郎っ!」


声が聞こえる。


「目を開けろ!前を見ろ。目の前に何があるっ、誰がいるっ!」


「アンタの目の前にいる人を見てよっ!私を見てよっ!」


「歯を食いしばれっ!たえろっ!自分の弱さに、情けなさに、ふがいなさにたえろ!」


「アンタが立ち止まろうが転ぼうがねっ、誰も助けてやくれないんだから。手をひいてもくれないっ、自分で立つしかないんだよっ」


「アンタの苦しみも辛さも、誰もわかっちゃくれないんだ」


「私だって甘やかさないっ。だって、アンタの辛さを、痛みを、代わってあげられない。くやしいけど隣にることしかできないんだからっ」


「だから、自分で立ちなさいよっ!あとちょっとだけでも頑張ってよ」


「信じてるっ、信じてるっ、泣き虫のアンタが本当は誰よりも強いって信じてるんだっ!」


「負けないでよ、信繁っ」


バシッという音とともに衝撃が走る。


「あ―――――」


視界が晴れた。


目の前に女の人がいる。


綺麗な人だ。


金色の髪。

赤い瞳。


幼さの中に大人びた知性を感じる。


「アンジェ?」


その人の名前を呼ぶ。


アンジェが頬を緩ませて笑った。


泣いている。


その顔が母上に重なった。


「……ばかやろう」


そう言って目を閉じる。


気づいた。

胸から出血している。

自分の手が血に染まっている。

僕がやったのか、僕がしたことなのか。


周りは火の海だった。


そうだ。


「銀の右腕アガートラーム」を移植したんだ。


なのに。


なんで、どうしてこんなことになった。


傷つけたくなくて、笑っていてほしくて、本当に好きで……


背筋から駆けあがる黒い感情。


でも、あの「ばかやろう」って叱る声が押しとどめる。


涙がこぼれる。

言われたじゃないか。

歯を食いしばれっ!って。

自分の弱さに、情けなさに、ふがいなさにたえろ!って。


自決したら姉上に怒られる。


姉上だって、僕がいてくれるだけでいいって言ってくれた。


こんな人たちを裏切れない。信頼に応えたい。


母上……母さん、僕はまだそっちに行けないよ。



――――【ハル・サイド】



僕は壁を攻撃していた「魔術兵」を一掃した。


「少し休んでいなさい」


そう、エルザさんが言った。


確かに、城塞都市の壁をぐるっと一周しながら戦ったんだ。


メチャクチャ疲れた。


「ロッシェ。お疲れ」


そう言ってアンジェさんが「ジュース」をくれた。


僕はお礼を言って口にする。


のどが渇いていたので、ゴクゴクと一気に流し込んだ。


甘酸っぱくておいしいなぁ。


「おかわりあるからね――――」


そう言いかけたアンジェさんが、戦場の方へ目を向けた。


「ごめん。行ってくる」


そう言うと杖を振るう。


その姿が魔力の光に覆われたかと思うと、消えた。


「転移の魔術」か何かだろう。


そういえば、ちょっと静かになったなぁ……


ガレットさんたち、まだ戦ってるのかな。


無事だといいけれど。


そんなことを考えていた時だ。


「ぁぁぁぁぁるぅぅぅぅ」


声がする。


「はぁぁぁるぅぅぅぅぅ」


僕を、呼んでいる?


「ハルゥぅ」


って、エリーゼさん?!


目が血走って、猛然とこっちに走ってくる。


こ、怖い!


反射的に僕は背を向けて走り出した。


「なんで、逃げるのぉですかぁっ」


「いや、だってぇぇ」


「まてぇ、にげるなぁ」


逃げながら思う。


女性に追いかけられる日が来るとは思わなかった。


それも相手は憧れの人。


でも、なんか怖い。


「待てって言ってるでしょう」


すぐに捕まえられた。


しかも後頭部を掴まれて地面に組み伏せられている。


「さ、さっきまで、戦場にいたの、では?」


「いましたよ。でも、戻ってきました」


どんだけ足が速いんだよ。


「なにが?あったんですか」


というか、この体勢はない。


はやく解放して。


「ハティったらお姉ちゃんに意地悪をするんです。ですから、一発ぶん殴ってやろうと思ったのですよ」


「はぁ」


「そこで、ハルを思い出したんです」


「どういうこと?」


何を言い出すのですか、この人は。


「ハルはちょうどいい棒を持っていますから。そいつで滅多打ちにするんです」


いやいやいや、どうしてそういう流れに?


だいいちさ、「共和政府軍」どうなったのよ?


仲間割れしてる場合じゃないでしょ。


「さあ、いいから、ついてきなさい」


そう言って僕を引き起こすエリーゼさん。



「いっしょに、ハティに『折檻』してやりましょう!」



ハティさんのお姉さん?なんでそんなに嬉々として言うの?




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